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普段高校生ゲーム実況者として活動している俺だが、最近仲良くなりつつあるVTuberが3人とも幼馴染だった件について。  作者: 水鳥川倫理
第2章

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19/23

第18話、幼馴染は、ネットの海で響き合う。

「ただいまー」

「おかえりーっ! 碧、遅いよーっ! お腹空きすぎて、美波がソファのクッションを齧り始めたよ!」

「……齧ってない。……でも、限界」


家に着くと、リビングでは既に格闘ゲームの第二ラウンドが始まっていた。

俺と椎名は顔を見合わせて苦笑し、すぐにキッチンに立った。


「よし、今から作るから待ってろ」


俺はエプロンを締め、包丁を握る。

椎名が手際よく野菜の皮を剥き、俺が鶏肉を一口大に切っていく。

玉ねぎを飴色になるまで炒める香ばしい匂いが、家中に充満する。


「ん〜っ! この匂い、最高! カレーだよね!?」

七瀬がキッチンに首を突っ込む。


「そうよ。大人しく待ってなさい。……今、碧が魔法をかけているところなんだから」

椎名が楽しそうに追い返す。


煮込み始めて30分。 隠し味にインスタントコーヒーを一匙、そしてチョコレートを一欠片。 これで、ただの「お家のカレー」が、プロ並みのコクを持つ一品に化ける。


「よし、完成だ。盛り付け手伝えー」


「はーい!」


4人がテーブルを囲み、湯気の立つカレーライスを前に手を合わせる。


「「「「いただきまーす!」」」」


スプーンを口に運ぶ。

じっくり炒めた玉ねぎの甘みと、スパイスのピリッとした刺激。

そして、ヨーグルトで下処理した鶏肉が口の中でホロリと解ける。


「んん〜っ! おいひい! やっぱりカレーは飲み物だね!」

七瀬がものすごい勢いで完食し、すぐにおかわりを要求する。


「ええ。このコク……隠し味が効いているわね。……碧、貴方は本当に、人の心を掴むのが上手いわ」

椎名が満足そうに頷く。


「……久しぶりに、普通のカレー。……温かい。……美味しい」

美波が、慈しむように一匙ずつ運んでいく。


談笑しながらの夕食。 テレビから流れるニュースも、誰かの失恋話も、今はただのBGMだ。 この時間がずっと続けばいい。 心の底からそう願う。


だが、時計の針が午後8時を指した瞬間。 3人の空気が、一変した。


「……あ、あはは。ごめん! 今日、クラスの女子と……その、恋愛相談の通話が入ってるんだった! 帰らなきゃ!」

七瀬が、唐突に立ち上がった。その目は泳いでいる。


「私もよ。……生徒会の、緊急のオンラインミーティングが入ってしまったわ。……ええ、本当はもっとここにいたいけれど、責任があるから」

椎名もまた、不自然なほど素早く片付けを始める。


「……私も。……友達と、オンラインでゲームをする約束。……行かなきゃ」

美波もまた、表情を崩さずに席を立った。


「えっ? ああ……そうか。みんな忙しいんだな」


俺は、去りゆく三人の背中に向かって、力なく声をかけた。

昨日の今日で、また「用事」か。

あんなに楽しそうにカレーを食べていたのに、その後の反応があまりにドライだ。


「片付けは私たちがやっておくわ! 碧は座ってて!」

三人は驚異的なスピードでシンクを片付け、嵐のように去っていった。


バタン。


ドアが閉まり、リビングに静寂が戻る。

さっきまでの熱気が嘘のように、部屋の温度が下がった気がした。


「……なんか寂しいけど、まあ、俺も仕事(配信)があるしな」


俺は一人、静まり返った家の中で呟いた。

首から下げた黒いマスクを装着し、俺は自室へと向かった。




午後9時。 俺は自室の遮光カーテンを固く閉ざし、防音ドアの鍵をかけた。 PCの電源を入れると、3枚のモニターが同時に冷徹な光を放つ。


黒いマスク、そしてサングラスを装着。

そこにはもう、遅刻常習犯の「目黒碧」はいない。

数万人の視聴者が固唾を呑んで待つ、伝説の配信者「椎崎」がいた。


『配信開始』


「――はい、どうも。椎崎です。……今夜はちょっと、ガチでランクマッチ回していくよ。エイムのキレが良すぎる気がするんだ。……たぶん、美味いカレー食ったせいかな」


低く、響くような声。

リアルタイムで流れるコメントの滝。

『椎崎さん待ってた!』『カレーって何だよw』『今日も無双してくれ!』


俺はマウスを握りしめた。

指先の感覚が、現実世界の自分を切り離していく。

画面の中を舞うアバター。

一ミリの狂いもない射撃。

これこそが、俺が最も「自由」になれる瞬間だった。


同時刻。

碧の家から見て左の家。

神志名鈴香(習志野七瀬)は、フリフリのアバターを纏い、咆哮していた。

「かかってこいやーっ! 鈴香の右ストレート、食らわせたげるからねっ!」

格闘ゲームの画面で、彼女の操作するキャラが華麗に宙を舞う。


碧の家から見て右の家。

神楽坂遥(幕張椎名)は、冷静な声で指示を飛ばしていた。

「このエリアの物資は、すべて私の管理下にあります。……侵入者は、排除するまでですわ」

サバイバルゲームの広大なマップを、彼女は理知的に支配していく。


碧の家から見ての正面の家。

雲雀川美桜(検見川浜美波)は、呼吸を止めていた。

「……見えた。……終わり」

遠く離れた建物の隙間に見える、敵の頭部。

彼女がトリガーを引く音だけが、静かな部屋に響く。


4つの部屋。4つの秘密。 それぞれが、目の前の相手が「ただの幼馴染」であることに微塵も気づかず、ネットという広大な海で、互いの存在を「尊敬すべきライバル」として意識し合っていた。




深夜2時。 七瀬、椎名、美波の配信が、ほぼ同時に終了した。 彼女たちは、それぞれのモニターを閉じ、心地よい疲労感と共にベッドに潜り込む。 明日もまた、大好きな碧に会える。 その楽しみだけを胸に、彼女たちは深い眠りへと落ちていった。


だが、俺(椎崎)の夜は、まだ終わらない。


「……よし。10連勝」


俺はエナジードリンクの三本目の缶を開けた。 時刻は深夜3時を回っている。 同接続数は、深夜にもかかわらず6万人を維持していた。


『椎崎さん、体力お化けかよ』

『声がさらにセクシーになってきたな』

『夜明けまでやるつもりか?』


「……ああ、今日は止まらないんだ。……なんだか、今夜は一人の時間が長い気がしてさ。……まあ、独り身の寂しさをゲームで埋めてるだけだよ」


俺は自嘲気味に笑い、再び戦場へとログインした。

画面の中では、無数の敵が襲いかかってくる。

それを淡々と、冷徹に、しかしどこか優雅に屠り続ける。

その姿に、視聴者は「孤高の王」としての幻想を抱く。


午前4時15分。 東の空が、うっすらと紫がかった色に染まり始めた。


「――はい。というわけで、今夜はこの辺で。……みんな、朝まで付き合ってくれてありがとな。……良い一日を」


配信を切ると、部屋に耐え難いほどの沈黙が戻ってきた。

ヘッドセットを外し、マスクを脱ぐ。

モニターの明かりを消すと、一気に「目黒碧」という現実が押し寄せてくる。


俺は重い足取りでリビングに降りた。 そこには、3人が帰り際に洗ってくれたカレーの鍋が、ピカピカに磨かれた状態で置かれていた。


蓋を開けると、わずかに残ったカレーの香りが鼻をくすぐる。

温かかった食卓の記憶。

あいつらの笑い声。

それらが、幻だったのではないかと錯覚するほど、夜明けの家は冷え切っていた。


「……おやすみ、みんな」


俺はソファに倒れ込み、泥のような眠りに落ちた。

数時間後には、またあいつらが「碧、起きなさい!」と怒鳴りながらやってくる。


その「騒がしい日常」という名の救いを待ち望みながら、俺は意識を手放した。

二重生活の協奏曲は、まだ第一楽章を終えたばかりだ。

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