第17話、二人きりの買い出し、放課後のサイドストーリー。
6時間目の終了を告げるチャイムは、俺にとって「解放」の合図ではない。 むしろ、もう一つの「激務」の始まりを告げる合図だ。
「碧ーっ! 帰るよーっ!」
予告なしに教室のドアが開き、七瀬が飛び込んできた。
その後ろには、いつも通りの二人が控えている。
クラスメイトの男子たちが「今日もかよ……」と絶望的な溜息を吐く中、俺は鞄を肩にかけた。
「ああ、帰るか。……今日は買い出しか?」
「うん! 今日の夜は、絶対に碧の家でゆっくりするって決めてるから!」
七瀬が俺の腕を強引に引く。
「私も、今日は予定をすべて空けてきましたわ。……貴方と一緒に過ごす時間は、何物にも代えがたいリフレッシュになりますから」
椎名が涼しげな顔で、しかし俺のもう片方の腕を確保する。
校門を出て、夕暮れの街へと繰り出す。 オレンジ色に染まった渡り廊下や、部活動の声が響く校庭。 いつもの4人。いつもの帰り道。
「じゃあ、七瀬と美波は先に碧の家に行ってて。私は碧とスーパーに寄ってから行くわ」
椎名がリーダーシップを発揮する。
「えー、私も碧と一緒に買い出し行きたい!」
「……私も。碧にぃ、離れたくない」
「ダメよ。あなたたちはいつも余計なもの(お菓子)をカゴに入れるでしょ。……それに、今日は少し『大人』な献立にしたいのよ」
椎名が謎の説得力で二人を制止する。
「わかったよーだ! 碧、ポテトチップスはコンソメ味ね!」
「……美波は、チョコレート。……ビターなやつ」
二人は不満げに口を尖らせながらも、碧の家の鍵を受け取って走り去っていった。
残された俺と椎名は、いつものスーパーへと歩き出した。
スーパーに入ると、涼しいエアコンの風が、火照った身体を心地よく冷やしてくれた。
椎名は慣れた手つきでカートを引き、俺はその横を歩く。
「さて、今日の夕飯は何にしましょうか。……一昨日は生姜焼きだったわね」
椎名が真剣な表情で、野菜コーナーの棚を見つめる。
「そうだな。……あ、でも一昨日の朝、フレンチトーストを食べたばかりだったな。……甘いものの後は、少し塩気のある、ガッツリしたものがいいか?」
俺の問いかけに、椎名は指を顎に当てて考え込んだ。
「フレンチトースト……ええ、そうね。あの卵たっぷりの甘い香りは最高だったわ。……なら、今夜は正反対の方向性で行きましょう。……カレー、はどうかしら?」
「カレーか。いいな。……あいつら、カレーなら三日続いても文句言わないしな」
「ふふ、そうね。特に七瀬なんて、お鍋ごと食べちゃいそうな勢いだわ。……よし、今夜は『お家のカレー』。鶏肉を贅沢に使ったチキンカレーにしましょう」
俺たちは精肉コーナーへと向かい、新鮮な鶏もも肉を二枚、カゴに入れた。
椎名が玉ねぎと人参、ジャガイモを厳選していく。
その横顔は、生徒会副会長としての厳しい表情とは異なり、どこか柔らかく、家庭的な光を帯びていた。
「あとは……椎名、コーヒーの豆は足りてるか?」
「あら、気づいてくれたの? ありがとう。……貴方の淹れてくれるコーヒー、香りが深くて大好きなの」
椎名は少しだけ顔を赤らめて微笑んだ。
最後に、七瀬と美波への「貢物」であるポテトチップスとチョコレートをカゴに入れ、俺たちは会計を済ませた。
夕闇が深まった街を、2人で並んで歩く。 買い物袋の重みが、手のひらに心地よい。
「……ねえ、碧」
椎名が、ぽつりと呟いた。
「ん?」
「こういう時間……。学校のことや、他のことを全部忘れて、ただ今日の夕飯のことだけを考えている時間。……私、すごく大切にしたいの」
「……そうか。まあ、俺も嫌いじゃないよ。……騒がしい連中がいない今の時間もな」
「……ふふ。そうね」
椎名はそれ以上何も言わず、俺の歩調に合わせてゆっくりと歩き続けた。
その影が、街灯の下で一つに重なり合う。
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