第16話、三色の弁当箱と、溶けゆく静寂。
屋上に出ると、春の澄んだ空気が肺を満たした。 給水塔の下、いつものベンチ。 4人で座るには少し狭いが、それが俺たちの「特等席」だった。
「はい、これ。……遅刻したけど、昨日のうちに準備しておいたから」
俺は鞄から、色とりどりの風呂敷に包まれた弁当箱を3つ取り出した。 3人の目が、パッと輝く。
「わぁっ! 碧の手作り弁当! これがないと1日が始まらないんだよね!」 七瀬が赤い弁当箱を引ったくるように受け取る。 中身は、彼女が大好きな醤油の香ばしい唐揚げと、甘めに焼いた卵焼き。それと、口直しのポテトサラダだ。
「……煮物の面取り、今日も完璧ね。貴方の包丁捌きには、いつも驚かされるわ」
椎名が紺色の弁当箱を開け、感嘆の息を漏らす。
彼女には、出汁をじっくり含ませた筑前煮と、皮目をパリッと焼いた鮭の塩焼き。
彩り豊かな栄養バランスを考えた和食だ。
「……タコさんウインナー。……碧にぃ、わかってる」
美波が黄色の小さな弁当箱を愛おしそうに見つめる。
彼女には、ふんわりとしたミニハンバーグと、彼女がなぜか固執するタコさんウインナーを多めに入れてある。
三人はそれぞれ、俺が作った料理を幸せそうに頬張り始めた。
「んむ……おいひい! 碧、やっぱり天才だよ!」
七瀬が口いっぱいに唐揚げを詰め込みながら叫ぶ。
「ええ。この鮭の塩加減……これだけで白米がいくらでも食べられそうだわ。……悔しいけれど、家庭科の成績が良いだけの私では勝てないわね」
椎名が上品に箸を動かしながら、俺を盗み見る。
俺も自分の分(冷蔵庫の余り物を適当に詰めただけの茶色い弁当)を食べながら、彼女たちの笑顔を見ていた。
朝の静まり返ったリビングでの孤独が、急速に溶けていく。
やはり、一人の食事より、こうして騒がしく食べる飯の方が、何倍も美味い。
「ねえ、碧。そういえばさ」
七瀬が、ふと思いついたように箸を止めた。
「最近、ネットで流行ってるじゃん? あの……FPSゲーム。なんて言ったっけ、そう、『Crisis Sector』!」
心臓が、ドクリと大きく波打った。
まさか、このタイミングでその名前が出るとは思わなかった。
「……ああ、まあ、名前くらいは知ってるけど」
「昨日の夜、ちょっと配信を見てたんだけどさ! すっごい人がいたの! 『椎崎』っていう人なんだけど、動きが人間じゃないの! 空中で三回くらい方向転換してヘッドショット決めるんだよ!?」
七瀬が興奮気味に、空中で手を動かして説明する。
その動き、昨夜の俺自身がやった「ダブルジャンプ・エア・フリック」そのものだ。
「あら、七瀬も『椎崎』を? 彼の立ち回りは、もはや芸術の域だわ。敵の配置を二手三手先まで読み切り、盤面を支配する様は、一流の指揮者のようね」
椎名が眼鏡をクイと押し上げ、分析的に語る。
「私が見た狙撃手もすごかった。……でも、椎崎さんは、別格。……あの人のエイム、……見惚れる」 美波がぼんやりとした瞳で、空を見上げた。
俺は冷や汗を拭いながら、必死に「普通の高校生」を演じた。 まさか、目の前で自分のプレイを絶賛している3人が、俺の正体だとは夢にも思っていない。 同時に、俺もまた、彼女たちがそれぞれ別のジャンルのトップ配信者であることに、微塵も気づいていなかった。
「へ、へぇ……。みんな、そんなにゲームに詳しいんだな。俺は操作が難しそうで、敬遠してるよ」
「えーっ、もったいない! 今度、みんなでやってみようよ! 碧も、私たちが教えてあげるからさ!」
七瀬が無邪気に笑う。
(……教わるも何も、その理論を作ったのは俺なんだがな)
とは口が裂けても言えない。
「そ、そうだな。……いつか、機会があれば」
俺は曖昧に笑い、唐揚げを口に放り込んだ。
彼女たちが、それぞれの「裏の顔」でこのゲームの極致に触れていることを知っているのは、世界中で俺(椎崎)だけなのだ――という自惚れすら、この時の俺にはあった。
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