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普段高校生ゲーム実況者として活動している俺だが、最近仲良くなりつつあるVTuberが3人とも幼馴染だった件について。  作者: 水鳥川倫理
第2章

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第12話、逃げ出した天使たち。

数時間後。


午前2時の熱狂が嘘のように、窓の外からは鳥のさえずりと、新聞配達のバイクの音が聞こえ始めていた。俺は三時間ほどの泥のような眠りを貪り、這い出すようにして学校へ向かった。


教室での俺は、ただの「背景」だ。窓際の席で頬杖をつき、教科書の内容など一文字も頭に入れず、昨夜の配信のクリップがSNSでどう拡散されているかをチェックする。


やがて、学校のチャイムが放課後の訪れを告げた。本来なら、ここからが俺の「本当の戦い」の始まりだ。


「碧! 起きて! いつまで死んだ魚みたいな目をしてるのよ!」


いつものように、教室のドアが勢いよく開き、三人の「天使」が襲来するはずだった。七瀬の弾けるような高音、椎名の凛とした涼やかな声、そして美波の無言ながらも重い圧力。俺は机に突っ伏したまま、彼女たちが運んでくる三者三様の甘い香りを予感して、心の防護壁を築いていた。


だが、この日の「襲来」は、どこか様子が違っていた。


「……お、お前ら。今日も俺の家に来るんだろ? 晩飯の材料、何を買えばいい?」


あくびをしながら顔を上げると、そこには三人の美少女が立っていた。一人は、ボブヘアーに蝶々のリボンを揺らした、活発な幼馴染・習志野七瀬ならしの ななせ。一人は、長い黒髪をなびかせ、生徒会副会長を務める才色兼備の幼馴染・幕張椎名まくはり しいな。一人は、紫がかったショートウルフヘアにクールな瞳を宿した、寡黙な幼馴染・検見川浜美波けみがわはま みなみ


三人は、いつもなら俺の腕を取り合い、誰が最初に俺の家に入るかで、それこそ法廷闘争でも始めるかのように揉めるはずだ。しかし、彼女たちの視線は、なぜか泳いでいた。


「ごめんね! 今日は……ちょっと、用事があるの! クラスの女子と、その、進路の話とか……とにかく、緊急事態なんだから! 晩ご飯は一人で適当に食べて!」


七瀬が、スマートフォンを背後に隠しながら、捲し立てるように言った。その頬は、なぜか耳まで赤らんでいる。


「私もよ。今日は生徒会の急な予算会合が入ってしまったの。貴方にお弁当の容器を返す時間も惜しいくらいに……。ええ、本当に残念だわ。また明日ね」


椎名が、いつもの完璧な微笑みを貼り付けたまま告げる。だが、その声はどこか事務的で、一刻も早くこの場を立ち去りたいという焦燥が見え隠れしていた。


「ごめんね。私も、塾の集中特訓があるから……。今日は、行けない。お土産、今度持ってくるから」


美波は、俺の制服の裾を掴むいつもの指先を、名残惜しそうに自分のポケットに押し込んだ。その瞳は潤んでいるようにも見えるが、その奥には何か「戦い」に赴く者のような強い意志が宿っていた。


「……えっ? ああ、そうか。三人とも忙しいんだな。まあ、たまにはそういうこともあるか」


俺は拍子抜けしてしまった。いつもなら、俺の「一人になりたい」という切実な願いなど一蹴して、土足で俺のパーソナルスペースを蹂躙する奴らなのに。


嵐が去るように、三人は足早に、逃げるように教室を去っていった。一人残された俺は、夕闇が差し込む静まり返った教室で、ポツンと立ち尽くす。


「……なんか、変な感じだな」


いつもはあんなに煩わしいと思っていた彼女たちの声が、香りが、温度がない。胸の奥に、ほんの少しだけ、自分でも驚くほどの寂しさが刺さっていた。


「……いや、いい機会だ。今日は早く帰って、仕込みに時間のかかる料理でもするか。そのまま料理実況に繋げればいい」


自分に言い聞かせるように呟き、俺は誰もいない家へと向かった。校門を抜ける三人の背中が、それぞれ別方向の「急ぎ足」で消えていくのを見て、俺は奇妙な違和感を覚えたが、それを深く追求する気力はなかった。




午後6時30分。


三人の喧騒が一切ないキッチンは、まるでモデルルームのように無機質だった。俺は、昼間の「冴えない碧」を脱ぎ捨て、『椎崎』としてのスイッチを入れた。今夜はゲーム実況ではなく、月一の恒例行事となっている『椎崎の秘密の厨房キッチン』。手元と調理音だけを映す、実写の料理配信だ。


「……はい、椎崎です。今夜は一人飯。お前らも腹減ってるだろ? 今夜は、個人的に極めた24種類のスパイスを使った『特製ダークスパイスカレー』を作っていくよ」


俺は、首から下げたスマホスタンドのカメラ位置を微調整した。映っているのは、使い込まれた厚手の木製まな板と、研ぎ澄まされたステンレスの牛刀。そして、清潔感のある黒いエプロンを締めた俺の腹部から下だけ。


トントントントン――。


軽快な、しかし正確無比なリズムで、大玉の玉ねぎが透き通るような微細なみじん切りへと姿を変えていく。俺の包丁捌きは、もはや趣味の域を完全に逸脱していた。


「リスナーからはよく『プロの料理人だろ』って言われるけど、違うよ。ただの素人だ。まあ、身近に腹を空かせた……なんていうか、食欲の権化みたいな奴らが三人もいると、自然と身につくんだよ。……今日はそいつらがいないから、正直、あんまり気合が入らないけどな」


マイクを通した俺の独り言に、コメント欄が即座に反応する。


『その「そいつら」って誰だよ! 男? 女?』


『椎崎さんの包丁の音、ASMRとして完成されてる。落ち着くわ』


『気合入ってないとか言って、そのみじん切りの精度は何なんだよ。プロを煽るなw』


俺は、クミンシード、カルダモン、シナモンスティックを熱した油に投入した。パチパチという音と共に、芳醇でエキゾチックな香りがキッチンいっぱいに立ち上る。


「……ふぅ。やっぱり、料理は食べてくれる奴がいないと、ただの化学実験だな」


俺は、出来上がったカレーを一口味見した。完璧だ。辛味の奥に玉ねぎの甘みが凝縮され、複雑に絡み合うスパイスの刺激が鼻を突き抜ける。いつもならここで騒がしい批評が飛んでくるはずだが、今夜はただレンジの音が響くだけだった。


「さて、お前ら。完成だ。飯テロ、存分に味わってくれよ。俺は一人で食うけどな」


俺はカメラを皿に近づけ、黄金色の脂が浮く漆黒のカレーをアップにした。コメント欄には、阿鼻叫喚の飯テロ被害報告が溢れかえる。それを見ながら、俺は一人、静かにカレーを胃に流し込んだ。

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