第10話、二重生活の境界線。
改札を出て、帰り道を歩き出す。
「今日も家で食べてくだろ? ついでに夕飯の買い出し行っていいか?」
俺の問いかけに、三人は当然のように頷いた。
「うん! いいよ!」
「碧のご飯、楽しみ」
いつものスーパーに入店する。
カートを押しながら、俺は指示を出した。
「七瀬、美波。お菓子コーナー行っていいけど、1個までな!」
「はーい!」
「……了解」
二人は脱兎のごとくお菓子コーナーへ走っていった。まるで遠足に来た小学生だ。
残された俺と椎名は、野菜コーナーへ向かう。
「さて、今日の夕飯は何にしようか」
「そうね……お昼がラーメンだったから、夜は少し野菜も摂りたいけれど、やっぱりご飯が進むものがいいわね」
椎名が真剣な顔で野菜を選んでいる。その横顔は、やはり美しい。
俺たちが並んで歩いていると、すれ違った主婦の人たちが「あら、若いご夫婦かしら」と囁いているのが聞こえた。
「……聞こえた? 碧」
「あー……まあな」
「ふふ、ご夫婦、だって」
椎名は嬉しそうに微笑み、俺の腕に手を添えた。
「じゃあ、今日は生姜焼きでもするか! キャベツの千切りたっぷりで」
「いいわね。豚肉には疲労回復効果もあるし、昨晩遅くまで起きていた碧にもぴったりよ」
精肉コーナーで豚ロース肉をカゴに入れ、必要な調味料もチェックする。
最後にコーヒーコーナーへ行き、椎名お気に入りのドリップパックを補充した。
レジ前で七瀬と美波と合流する。
七瀬の手にはポテトチップスの新商品、美波の手にはチョコ菓子が握られていた。
「よし、全員揃ったな」
会計を済ませ、分担して荷物を持ち、俺の家へと帰還した。
「ただいまー!」
家に着くと、それぞれのルーティンが始まる。
七瀬と美波は、買ってきたばかりのグッズを一度広げてニマニマした後、すぐにテレビの前を陣取った。
「美波、勝負だよ! さっきのラーメンのカロリー消費する!」
「……ゲームでカロリーは消費しないと思うけど、受けて立つ」
二人は格闘ゲームを起動し、激しい戦いを始めた。
俺と椎名はキッチンに立つ。
「私はキャベツを切るわね」
「頼む。俺はタレを作る」
生姜をすりおろし、醤油、酒、みりんを絶妙な配分で混ぜ合わせる。
フライパンで豚肉を焼き、タレを一気に回し入れると、ジューッという食欲をそそる音と共に、香ばしい匂いが部屋中に充満した。
「わ、めっちゃいい匂い!」
「攻撃力高い匂い……お腹空いた」
ゲームをしていた二人も、匂いにつられてキッチンを覗きに来る。
「はい、できたぞ。運ぶの手伝ってくれ」
テーブルには、山盛りの千切りキャベツと、照りの美しい豚の生姜焼き。そして炊きたての白米と味噌汁が並んだ。
「いただきまーす!」
四人で食卓を囲む。
豚肉を一口食べ、白米をかき込む。生姜の辛味とタレの甘みが、口の中で爆発する。
「んん~っ! これこれ! 白米泥棒!」
「お肉が柔らかいわ。下処理が完璧ね」
「……碧にぃの生姜焼き、世界一」
みんなの笑顔を見ながら食べる飯は、やはり美味い。
スーパーで買ったお菓子も少し開けて、食後のデザートとお喋りを楽しんだ。
食べ終わると、椎名が立ち上がる。
「片付けは私がやるわ」
「いや、俺もやるよ」
「いいのよ。碧はずっと運転手役(荷物持ち)だったんだから」
結局、二人で並んで皿を洗うことになった。
その間、リビングでは「第二回戦」が始まっている。
片付けが終わり、俺もリビングに戻ると、三人が俺を手招きした。
「碧もやろ! 4人で乱闘モード!」
「負けないわよ」
そこからは、時間を忘れてゲームに没頭した。
俺は手を抜いたり、たまに本気を出して三人を絶望させたりしながら、大いに盛り上がった。
気付けば時計は22時を回っている。
「……ふぅ、いい汗かいたな」
俺は一息ついて、三人に告げた。
「そろそろ、風呂入ってこいよ。どうせ今日も泊まってくだろ?」
昨日の今日で、また泊まりだ。もはや半同棲状態だが、誰もそれを疑問に思わない。
「うん! じゃあ私一番!」
「次は私ね」
「……最後、私」
順番に風呂に入っていく。
風呂上がりの三人は、俺の貸したジャージやTシャツを着て、髪からいい匂いをさせてリビングに戻ってくる。
その無防備な姿を見るたびに、俺は男としての理性を総動員しなければならない。
「最後、碧の番よ」
「お、おう」
最後に俺が風呂場に向かう。
三人が入った直後の浴室は、甘い香りと湿気で充満しており、シャンプーのボトルや椅子の位置から彼女たちの存在を生々しく感じてしまい、少し気まずい。
俺は冷水を浴びて雑念を払い、風呂から上がった。
リビングに戻ると、七瀬がドライヤーを持って待ち構えていた。
「碧、こっち座って!」
「え? ああ」
ソファの前に座らされると、七瀬が俺の髪を乾かし始めた。
「昨日は碧にやってもらったから、お返し!」
七瀬の指先が頭皮をマッサージするように動き、温風が髪を乾かしていく。
気持ちいい。これだけで眠くなってしまいそうだ。
「……碧の髪、サラサラで好き」
「そうか? ありがとな」
髪を乾かし終えると、四人で協力して布団を敷く。
いつもの配置だ。俺の寝る場所(ソファか隅っこ)を確保しつつ、三人の布団がその周囲を固める。
「じゃあ、電気消すぞ」
パチン、と部屋の明かりを落とす。
「おやすみ、碧」
「おやすみー!」
「……おやすみ」
闇の中で、三人の寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
今日一日歩き回って、はしゃぎ回ったのだから当然だ。
10分ほどして、完全に寝息が規則正しくなったのを確認すると、俺は音を立てないように立ち上がった。
「……さて」
俺は静かに自室へと移動し、ドアを閉めた。
ここからは、目黒碧としての時間ではない。
『椎崎』としての時間だ。
ゲーミングチェアに深く腰掛け、PCの電源を入れる。
モニターの光が顔を照らす。
俺は引き出しから愛用の黒いマスクを取り出し、装着した。
マイクの位置を調整し、配信ソフトを立ち上げる。
タイトルは『【新作】今日発売のコラボキーボード使いながらランクマ回す【椎崎】』だ。
「……よし」
『配信開始』ボタンをクリックする。
瞬時に同接数が数千、数万と跳ね上がっていく。
コメント欄が猛烈な勢いで流れ始めた。
『待機!』
『椎崎さんこんばんは!』
『今日キーボード買ったよ!』
『俺も買った! 打鍵感最高!』
画面の向こうにいる何万人もの視聴者。
そして、壁一枚隔てたリビングで眠る、キーボードを買ってくれた三人の幼馴染。
俺は少しだけ口元を緩め、いつもの低音ボイスで語りかけた。
「――はい、どうも。椎崎です。……今日はみんな、俺のコラボデバイス買ってくれたか? ありがとな。……実は俺も、今日現物を見てきたんだけどさ……」
秋葉原で見た光景を思い出しながら、俺はキーボードに指を走らせた。
カカタッ、と軽快な音が防音室に響く。
俺の、二重生活の夜は、まだ始まったばかりだ。
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