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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
番外編3

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過去話 居場所と名前 その2

 ♦*♦*




 戦はウィンドル国の勝利で終わった。――ウィンドル国側にも衝撃を残して。


 返り血に染まり平然と戦場を歩き砦に戻った少年を、誰もが遠巻きに見つめた。恐れ、奇異、しかし少年は気にした様子もない。

 国としてはありがたい活躍であっても、あまりにも問題が多すぎた。軍はすぐに少年を呼び、そしてその年齢に頭を抱えた。

 報告しないわけにはいかない。軍はすぐに中央に事の次第を報告、中央の面々も驚きで受けとめ、頭を抱えた。


 少年兵は十三歳以上と決められている。どういう経緯で少年が参戦することになったのかをすぐに究明しなければいけない上、少年にこれ以上の参戦を認めるわけにもいかない。

 戦後処理と引き続きの警戒に加え、少年に関する調査が行われることになった。


 その結果、国王はある決定を下した。

『少年を軍から脱退、貴族預けとする』との決定により、少年は二カ所目の生活地を去ることになった。


 しかし、この少年をどこの貴族へ預けるかについて中央は頭を悩ませた。

 ただでさえ、このままならとんでもなく強くなりそうな少年である。下手な相手には渡せない。できれば騎士になってほしいものだがそれを決定とさせることは国王が認めなかった。それに、少年は少々対人関係にも難ありの様子。貴族預かりとしても苦労は多そうだ。


 中央が頭を悩ませていたとき、ある家が手を挙げた。その家が、少年の家になった。






 中央からのお達しによって少年は迎えにきた馬車に乗せられ、再び暮らした場所を去ることになった。


 なにかと目をかけてくれた男たちは「じゃあな」と見送ってくれたが、その見送りはたった数人。戦後処理も忙しい中では致し方なくもあったが、少年自身はさして気にするところではなかった。

 意思に関係なく連れてこられた場所だ。それでも初めにいた場所とは違って、見えなくなっていく光景を目で追ってしまったけれど。


 見えなくなってやっと、少年は初めて乗る馬車に同席している人を見た。


 これまで見たことがないような人だ。茶色の綺麗な髪と藤色の柔らかな眼差し。簡単に斬れてしまいそうな、弱そうな人。そんな人の隣にはこれまた見たことのないような人がいるが、隣のその人とは違う空気を持っていて服装も違う。

 少年の静かな観察の目に、弱そうな人が微笑んだ。


「初めまして。私はルフ・カチェット。こっちは侍女のマイヤ」


「……」


「あなたを私の家で預かることにしたの。これからよろしくね」


「……」


「あなたの名前を聞いていないのだけれど、聞いてもいいかしら?」


 やはりこの人はこれまで見た人とは違うようだと少年は感じた。

 声の音もそう。感じたことのない空気もそう。――その目も、そう。


 分かったのは、関わってくる相手だということだ。苦手な人間だ。

 こういう相手はどうしたものかと少年は悩むのだが、それは表情に出ることはなく動かない。マイヤがぴくりと片眉を上げるのに気づいても、ルフはそっと手で制し少年をじっと待った。


 聞かれているのか名前だ。そう。名前。

 だから少年は、呼ばれていた単語をそのまま伝えることにした。


「……ガキ」


 なぜか、マイヤというらしいほうの人物が目を剥いて固まった。

 何で? と首を傾げる少年を見て、ルフは小さく喉を震わせた。


「それは呼び名ね。あなたを示す、あなただけのものではないみたい」


「……おれだけ」


「これまであなただけがそう呼ばれていたのかしら? なら、せっかくだから、私からあげてもいい?」


 充分に通じる名前なのに。ルフという人物がしようとしていることが解らない。

 だから首を傾げると、額に手をあてたマイヤの隣でルフが笑顔を浮かべた。


「私はね、あなたに娘の護衛をお願いしたいの。あなたをガキなんて呼ばせられないわ。あなただけのもの、あの子があなたを呼んでいると分かる唯一のものを、贈らせてもらえないかしら?」


 その笑みは、なんだか少し安心する。太陽ではなく、太陽から感じられるぬくもりのような。

 だけど同時にむず痒い。そんなものを少年は知らないから。


 関わってくる相手は苦手だ。どうしたらいいのか自分には解らないから。

 困って。悩んで。だけど解決策など浮かばない。


 思わずルフという人をこそりと見た。こういうとき、少年が知るのはなかなか答えない自分への怒りの感情。

 なのに、ルフという彼女はずっと笑顔だ。そしてその目の向こうに見えるのは、知っている男たちが宿していたものとは違う、何か。


 だから少年は、ルフという女性から目を逸らして小さく頷いた。その人が笑った気配がしたけれど、どうしたらいいのか分からない。


「ありがとう。家に着くまでに考えておくわね」


 そう言うと、その人はそれ以上喋らなくなった。マイヤという隣の人も同じ。

 だから少しほっとして、少年はただ馬車に揺られた。初めて見る外の景色に気づいて、ただそれを見ていたらいつの間にか宿に着いていた。


 それから何日も馬車で走って宿に泊まって、日数をかけてルフという人の家があるという場所へ着いた。

 宿に着く度に、ここが家かと首を傾げる少年にルフは否定を返していたが、その瞬間だけはルフが先に紹介した。


「ここが、今日からあなたの家よ」


 大きな建物だ。前にいた場所も大きかったけれど、いろいろな役割の建物が混在していた。

 それに、建物の周りも他に見たことがない様子。孤児院とも全く違う。


 そう言って微笑むルフは晴れた空の下で美しく、品よく、笑っていた。茶色の髪は日に当たって一本が金色のようで、笑顔なんて珍しくもないのに、目を離せなくて。

 なにか嬉しいことがあったのかとそんな姿を見つめ、そして建物の前にある花々に目を向けた。


 こんな場所を見るのは初めてである少年は無意識に周囲に視線を向け、緑の中に咲く小さな植物に気がついた。

 緑色の伸びた茎と広がる葉。その先端に咲く、白い花が二輪。


「それは、アイネレクという花よ。二輪が一緒に咲いて、一緒に栄養を分け合っているの」


「アイネレク……」


 花に興味など持ったことはないし、今もそう。ただ周りを見て目についただけ。


 少年の表情はいつも動かない。何を感じ、何を考えているのかも分からないような、そんな表情。

 そんな少年を見つめ、ルフは優しくその傍に膝を折った。


「そう。あの花から、あなたの名前をもらおうと思うの」


「花?」


 問い返してルフを見ると、優しい目をして笑って頷いた。そしてその口から、願いをこめた音が紡がれる。


「アレク。それがあなたの名前」


「アレク……」


「二輪の一輪。あの子を支えてくれる一輪」


「?」


 首を傾げる少年――アレクに、ルフは優しく笑って立ち上がった。それを目で追うと、屋敷の扉から駆けてくる人影に気づいた。


「かあさま! おかえりなさい」


「ルフ。おかえり」


「ただいま。トルクさん。ラウノア」


 女の子はルフの足に抱き着いて、後からやってきた男性は嬉しそうに笑っている。それを見ていると男性に気づかれ、男性はすぐに膝を折ってアレクに目線を合わせた。


「君がルフが言ってた子だね。僕はトルク。よろしく」


「……」


「ラウノア。あなたもご挨拶」


「こんにちは。ラウノアです。あなたのおなまえは?」


 初めてましてだった砦の男たちはこんなことはしなかった。これも初めての経験だ。

 だからアレクは、どう返していいものは分からなかった。


 ルフの足から離れて名乗ってくれたラウノアという子は、アレクを見てこてんと首を傾げる。そんな子供二人を、ルフもトルクも、屋敷から出てきた他の使用人たちも微笑ましく見つめている。


 名前。また名前を問われている。

 だから答えようとして……ルフの微笑みがよぎった。


「……アレク」


「アレク? アレクっていうの? いっしょにあそんで、なかよくしようね!」


 そう言って伸ばされる手。無邪気に伸ばされる手や言葉はどうしていいものかとひどく困ってしまう。

 ラウノアの伸ばされた手を見つめていると、笑う気配がして隣のルフがアレクの手を取った。何をと戸惑っていると握られた手がラウノアにそれに触れ、ぎゅっと小さな手に包まれる。


 目の前にある満足気な笑み。優しく見つめる大人たちの目。

 むず痒いことばかりでアレクは困り、けれどどうしてか、その手を振り払うことはできなかった。






 ♢*♢*






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