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9.新しい家族

 見えたのは二人の青年だ。一人はこの屋敷へ来て出迎えてくれたクラウ。しかし、もう一人に覚えはない。


 アレクはじっと見知らぬ青年を見た。

 クラウとは、屋敷へ来てからベルテイッド伯爵をはさんで自己紹介をしてある。アレクも、ガナフも、マイヤやイザナも同じだ。だから問題はないが、見知らぬ人物をラウノアに近づけるわけにはいかない。


 ケイリスを警戒するアレクの眼差しに、クラウはじっとアレクを見た。

 父であるベルテイッド伯爵から、ラウノアの傍にいる四人はカチェット伯爵家からの付き合いなのだと聞いている。ラウノアとともにベルテイッド伯爵家に移ったのだと。


 それを聞きクラウは驚いた。

 ラウノアは、四人にとってそれほどの主なのかと。忠義に厚い者たちだと。


 嫁入りでもあるまいし、仕える家を見限ってただ一人に付き従うことを選ぶ使用人など、そうそういるものではない。しかも、侍女だけでなく、家では大きな役目を担う執事まで。

 しかし、それに値するだけの主なのだと、今のアレクの眼差しを見ていれば感じ取ることができる。


「アレク。こいつは俺の弟、ケイリスだ」


「初めまして。これからよろしく、アレク」


 ケイリスは気さくな人らしい。にこりとした微笑みととも、挨拶のために手を差し出す。

 しかし、アレクはそれに応えることはなく、じーっとケイリスを見る。その視線に居心地の悪さを感じたのか、ケイリスは手を引っ込めて少し頬を引き攣らせた。


「……俺、初めてこんなにも警戒された」


「信用できないと思われてるんだろ」


「兄貴は!? 兄貴のほうが愛想ないのに!」


「うるさい」


 心外、と言わんばかりに騒ぐ弟を一蹴し、クラウはアレクを見た。


「夕食だからラウノアを呼びにきた。いいか?」


 訪問者の目的が分かり、アレクは小さく頷く。

 半身を返し、部屋の扉をノックする。すぐに中から答えがあり、アレクはそっと扉を開けた。


 室内にいた三人の目はすでに扉に向いていた。開いた扉の向こうにいるのはアレク、クラウ、そして見知らぬ青年。

 それを見て、ラウノアはすぐに腰を上げた。そして、ゆっくりと頭を下げる。


 そんな妹にクラウは小さくため息を吐いたが、隣のケイリスは目を瞠り表情を輝かせた。


「そうそう! なんで今まで思い出せなかったんだろ。ラウーーうぐっ」


「女性の部屋に平然と足を踏み入れるな」


 感極まった様子ですぐにでもラウノアの元へ足早に向かいそうなケイリスだったが、その首根っこをクラウだけでなくアレクにまで掴まれ、引き戻された。反射的に首を後ろに向けたケイリスからは「アレクまで!?」と驚愕の声が飛んでいる。

 息が合っているのか、兄と護衛官の意識なのか、ラウノアは戸惑いつつもすぐにアレクへ視線を向けた。


「アレク。手を放して。その方はケイリス様でしょう?」


 主の確認にアレクは頷いた。その頷きにラウノアもやはりと、改めてケイリスを見た。


 真面目そうで、初対面では威圧を感じてしまう兄のクラウに比べれば、どこか軽く話しかけやすい青年のような印象を抱く。

 正反対のような二人だが、一緒にいればぴたりと噛み合うような、自然と不思議な空気がある。


 ラウノアは「どうぞ」と入室を促し、改めてケイリスに頭を下げた。そんなラウノアにケイリスも空気を和らげ、ラウノアを見つめる。


「俺はケイリス・ベルテイッド。騎士団で騎士をしてる。今日からは兄として、よろしく。ラウノア」


「ラウノアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 控えめに、けれど品良く、お辞儀をしてみせるラウノアに、ケイリスも笑みを浮かべた。

 ラウノアはそのままマイヤとイザナ、そしてアレクを紹介する。ケイリスは気さくに三人にも「よろしく」と声をかけた。


 弟と妹の挨拶が終わるのを見計らい、クラウは来訪目的を告げた。


「ラウノア。俺たちは夕食の時間だから呼びにきたんだが、行くか?」


「はい」


 クラウの言葉にすぐに頷き、ラウノアたちは部屋を後にした。


 ベルテイッド伯爵家では、食事は可能な限り家族全員で摂る。それは領地でも王都でも同じらしい。

 そうした席では、食事だけでなく会話も楽しまれる。夫人の楽しそうな話をベルテイッド伯爵は相槌を打ちながら耳を傾け、ラウノアもココルザードとのささやかな会話を楽しんでいる。

 王都ではさらに、クラウとケイリスが加わる。クラウは自分から好んで話し出す人には見えないが、ケイリスはどうだろうと、少し楽しみにしながらラウノアは食事の間へ向かう。


 ケイリスは自然とラウノアの隣を歩き、クラウは二人よりも一歩前を歩く。後ろにはマイヤたちが付き従った。


「そういえばラウノア。シャルベル副団長に会ったんだって?」


「はい。先日、領地のお屋敷へ来られて、その折にご挨拶を」


ベルテイッド伯爵家(うち)に? まさか……おまえの不真面目さが原因じゃないだろうな?」


「兄貴ひどい。俺、真面目に勤務してるしー」


 呆れ交じりのクラウに、ケイリスは頬を膨らませた。

 そんな二人のやりとりを微笑ましく思いながらも、ラウノアはシャルベルを思い出す。


(竜に乗るのは騎士。つまり、ケイリス様がおっしゃったように、シャルベル様は騎士団の副団長の立場にあられるのね。ケイリス様は騎士団の騎士だと、伯父様も教えてくださった)


 少しだけ記憶を掘り起こす。

 そういえば、社交界に出るようになって、公爵家の子息が将来有望な騎士だとかなんだとかという話を小耳にはさんだ気がする。


 カチェット伯爵家は、元々、王家や公爵家と言葉を交わすような立場にはない。平凡な伯爵家に声をかける者も少ない。

 ラウノアも社交界では目立たぬようにしながらも、聞き耳だけはたてていた。噂や醜聞などはいらない。ただ、情報を集めるために。


「副団長、ベルテイッド伯爵家に娘がいるって先に知ったから、今度の夜会が披露目だろうって」


「それだけか? まあ、公爵家が気にするような話でもないからな」


「特に気にしてもなかったよ」


 二人の会話を聞きながら、ラウノアはそっと視線を伏せた。


 確かに、公爵家が気にするような話ではないだろう。家同士の結びつきの話なのだから。

 しかし、ラウノアは、もとはカチェット伯爵家の跡取り娘だった身。


(わたしがカチェット家の者だと知れば、他貴族がどう思うか……。伯父様やベルテイッド伯爵家にご迷惑がかからなければいい……)


 多くの貴族が行う養子縁組は、家督相続のためだ。

 しかし、今回ベルテイッド伯爵が行ったこれは違う。カチェット伯爵家からの提案を、ベルテイッド伯爵家が受けただけの、利などない養子縁組。そして、そんなことを他貴族は知らない。


 クラウもケイリスも、きっと気づいている。けれど、それを口にしない。

 その心遣いが、胸が痛むほどに、嬉しかった。


 ラウノアたちが食事の間についたとき、すでにベルテイッド伯爵夫妻とココルザードが着席していた。親と祖父は、三人を見てにこやかに笑みを浮かべている。

 それを見て、クラウはぴくりと眉を動かした。


「なんですかその顔は」


「いや、なにも?」


 にこやかな父に、クラウは早々に席に座った。ケイリスとラウノアもそれに続くと、すぐに食事が運ばれ、夕食が始まる。

 久方の一家の食事。料理長が腕を振るったのか、運ばれる料理はどれも見た目も美しく、その腕の良さをうかがわせる。


「親父。シャルベル副団長が行ったって聞いたけど、本当?」


「ん? ああ。……何か聞いたのか?」


「いや。今度の夜会がラウノアのお披露目かって」


「そうだな。あのときは、シャルベル様を追いかけてきたのか、竜がいきなり庭に降りてきてな」


 苦笑いの父の言葉に、ケイリスも思わず手を止め、クラウも視線を向けた。

 眉を下げ困り顔を浮かべるベルテイッド伯爵を見て、ココルザードが軽く笑う。


「あのときは驚いた。しかし、竜を近くで見えた貴重な時間だったよ。ねえ、ラウノア」


「はい。とても驚きましたが……」


「私もよ。あんなにも近くに竜がいたなんて、倒れてしまいそうだったもの」


 ベルテイッド伯爵夫人の言葉に、ケイリスは驚いたように目を大きくさせた。

 普段のシャルベルとヴァフォルを多少なりと知っているからこそ驚いてしまうのだが、そういえば……と思い出されることも一つ。


「ヴァフォルがなんか機嫌悪いって言ってたの、それかなあ……」


 思わず腕を組んでいるケイリスに、ラウノアがちらりと一瞥を向けた。


 ケイリスは騎士だ。つまり、他の職種の者よりも竜に近い。

 どうやらケイリス自身は竜使いではないようだが、今後、竜に選ばれることがないとは言い切れない。


 だから、シャルベルほどではないにしても、ケイリスにも、近づいていい部分と近づいてはならない部分が存在する。

 戒めのように、己の鼓動が訴える。それを感じつつも、ラウノアは思わず、ケイリスに問うた。


「あの……ヴァフォルは機嫌が悪いのですか?」


「俺もよく分かんないけど、副団長が言うにはそうらしいよ。まあ、もうそれも収まってきてるみたいで、なにか気に入らないことがあったんじゃないかってさ。竜の気まぐれって、本当に、乗り手でも分かんないから」


「そうですか……」


 内心でほっとした。竜の感情も人と同じ。さまざまありながら、機嫌の悪さもいずれは収まる。長引いていないなら、不安になるほどではないだろう。


(ヴァフォルはどういう性格の竜だろう……)


 知りたい。けれど、それはできない。

 だから、心に想うだけにする。


 一度だけ見た白い竜を思い出しながら、ラウノアは食事を再開させた。






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