24.好きを並べる
ライネルはまだ会場へ戻るつもりはないらしい。もう少し満喫したいのか、馬を先へと歩かせる。
慣れない山道を進むライネルの足元や周囲をカーランは注視し、ゼオも周囲に気を配りつつライネルの話し相手も務める。そんな中でラウノアは同じ馬に乗るシャルベルをそっと見上げた。
ラウノアの視線に気づいたシャルベルは、少し複雑そうな表情をしたまま視線を右へ左へと動かす。
「その……先程はすまなかった。妙な態度をとってしまって」
「いえ……。わたしも驚いた話ですので」
馬が歩く動きに合わせて体が揺れる。けれど落馬の心配など毛ほども浮かばない。
支えてくれる手は力強く、身を任せて大丈夫だと思えるから。
「いつ知っていたんだ? 父が婚約を打診していたこと」
「シャルベル様が公爵様とともに婚約打診のためベルテイッド伯爵邸にいらしたときです。わたしたちが部屋を出たあとで、伯父は公爵様に、ラウノアが領地にいたときに婚約を打診したのはなぜなのか、なぜラウノアが領地にいると知っていたのか、と問うていたとわたしの執事から聞きまして」
「だから父は、あの夜会で相手を見つけなければ自分が探すと言ったのか」
自分が願っても願わずとも、ラウノアとの婚約は決まっていたのだろう。
しかし、そこには明確な違いが存在する。
(父がベルテイッド伯爵に打診したままで進んでいれば、ラウノアに選択権はなかった)
そうなるとラウノアは家のためにと頷いていたかもしれない。社交界で見せる姿のように、慎ましく、控えめに、婚約者としての関係を保っていたかもしれない。
それが悪いわけではない。家同士の関係や政略面から結ばれる婚姻において、相愛が生まれるとは限らない。
親や家から与えられたものを受け入れる。愛そうと、頑張って愛する。自分とラウノアもそうなっていただろう。
現状では、そうなっていたかもしれないということは想像もできない。そうなっていたらラウノアはどういう態度を取っただろうかも。
自分で選び、自分が望んだからこそ、これまでのようにラウノアと接し、言葉を交わし、迷うのだ。
途中で婚約を解消するかもしれないと、自分でそう告げてから婚約を決断してくれたラウノアも、きっと同じはず。
「ラウノア。父もいろいろと動いていたようだが、現在にそれは関係ない。気にしないでくれ」
「……はい」
逸らしていた視線をまっすぐラウノアに向け、少し瞼を震わせてシャルベルが告げる。それを見て、受け取ったラウノアは頷いた。
シャルベルはいつもそう。ラウノアを尊重してくれる。
少し胸があたたかくなりながらラウノアは視線を前へと向けると、前を進んでいたライネルが馬を揃えてくるところだった。
「ところでシャルベル。おまえはラウノア嬢のどういったところに一目惚れしたんだ?」
「それを申せば、殿下の婚約者選びの参考になるのでしょうか?」
「言うな。最近は母上の目が怖い」
興味津々という表情で滑らかに動いていた口が途端にうっ……と詰まって続きを失くす。
けろりとしたシャルベルが形勢逆転させたのを見て思わず苦笑し、ラウノアはライネルを見た。
「殿下は、この方と想われる方はいらっしゃらないのですか?」
「俺はもう少し自由でいたいんだがなあ」
「この寄り道だけは長くは続けられませんよ」
「分かってる。陛下と母上のためにもそろそろ決めるつもりだが、それに関しては黙っていてくれ」
「「承知しました」」
触れ回るべきではない内容なのですぐにシャルベルとラウノアも頷く。それをライネルも満足そうに見て頷いた。
そして、その視線をシャルベルからラウノアに向ける。
「ラウノア嬢は、シャルベルのどこを好ましいと思う?」
「殿下」
シャルベルが僅か眉を動かしライネルを止めようとするが、ラウノアはそれをそっと制した。ライネルは気さくだが、学友相手であるからとこれ以上失礼なことはできないし、答えずはぐらかすわけにもいかない。
シャルベルを見て小さく頷けば渋々というように引き下がってくれた。
シャルベルは優しい。ラウノアとの関係をよいものにしたいという気持ちと、それが重たくならないようにという加減をいつも探っている。
それに気づいているから、シャルベルの想いを嬉しく思う。
「常に思うのは、お優しいということです。わたしにも相棒竜であるヴァフォルにも。シャルベル様は他者の思いを聞く、または探ろうとなさるので。それに他者想いであるというところです。騎士の皆さまへの厳しさもそうですし、わたしへの言葉や態度も、常に気遣ってくださっているものだと感じます。時には不安や躊躇いも言葉を使って伝えようと、知ろうとなさってくださいます。そういったところも、わたしにはとても好ましいところだと思えます」
言葉にすれば、そんな姿を見せたときのことが頭に浮かぶ。浮かんで自然と頬が緩んだ。
そんなラウノアの言葉に少し驚いたような顔を見せたライネルは、感心しながらシャルベルへ視線を向ける。
「ほお……。昔からは想像もできなかったそんな人間味あふれた一面がシャルベルにあったのか。――おい。おいシャルベル。どうした? おい」
最後は最早揶揄うようなにやにや顔であり、声音もそのとおりである。
口が歪んでいるライネルの表情に、ラウノアも視線を頭上に向けた。
片手で口許を隠し視線を逸らしているシャルベルがいる。なぜかこちらを向こうとしない。
「ほほお。シャルベルにも照れるということがあるのか。これは愉快だ」
「……違います。殿下、もうよろしいですか?」
「分かった分かった。いい言葉を引き出した俺に感謝しろよ」
笑いを収めることなく、ひらりと手を振ったライネルが馬を少し駆けさせ先を歩く。
それを見送りラウノアはまたシャルベルを見た。――が、やはり視線は逸らされている。
「……ご不快なことを口にしてしまいましたか?」
「いやっ、そんなことはない。……嬉しかった」
否定は勢いよく、最後はまた視線を逸らされて。
ぱちりぱちりとそんな姿を見つめていると、ライネルの言葉が頭をよぎる。
「……照れて、いらっしゃいますか?」
「……」
ライネルにはすぐに否定したその否定が返ってこない。視線も返ってこない。そんな姿はまた普段の彼とは違う。
そう思うと自然と頬が緩んで、自然とシャルベルを見つめてしまう。
そんなラウノアの視線に気づくとまた視線は逸らされ、しかしやがて、逸らされ気味の視線のままゆっくりと口が開かれた。
「……俺は、君の、分け隔てないものの見方や控えめながらもしかとした意思があるところ。家族想いで、竜にも恐れずヴァフォルにも快く接してくれるところや冷静なところ。確かな強さを持っている君の人を思いやる優しさや、ときに無邪気に楽しそうなところ、そういうところを、好ましく思っている」
思わぬ言葉が返ってきてラウノアは目を瞠った。
シャルベルの目がラウノアを見て、その目と合って、心臓が高鳴る。
(あ……うっ……!)
思わずシャルベルから視線を逸らしてしまう。さきほどまでのシャルベルと同じことになっているなど思いもせず、ラウノアは逃げ場がないので俯いた。
「あ、ありがとう……ございます……」
「いや」
どうにもいたたまれない。
互いにそう思っていると、前方から「着いたぞー」とライネルの声がかけられる。
「いま行きます」
これ幸いとシャルベルは馬の肢を急がせた。前を見て馬を走らせるシャルベルとの相乗りは、最初よりもずっと心持ちが変わっていた。
ライネルに追いついた場所は、納涼会会場の傍に広がる森にある小高い山の上だった。
馬の肢でも登れる程度の高度であるが景色はいい。眼下の森やその先の草原、流れる川は王都の傍を流れている。逆に、王都のすぐ傍にあるその場所からは王都の方面もよく見える。
馬を降り、ラウノアも景色に見入った。危険でもある場所なのでアレクがすぐ傍に控える。
「この場から見えるよりもずっと先にも国は広がっている。その先にも国民がいて、暮らしがある。本当に……広いな」
「はい」
ライネルの目が地平線の先を見つめる。その姿にゼオやカーランも静かに頷いた。
ラウノアもその光景をじっと見つめる。どこまでも広がる光景は平和そのもの。見える光景にも、その先にも、人々の笑顔があり、暮らしがある。
見つめて――瞼を震わせた。
「殿下。そろそろお戻りになられたほうがよろしいかと」
「そうだな。少し時間をくってしまった。シャルベル、ラウノア嬢。戻るか」
「はい」
カーランの言葉にライネルが頷き身を翻す。それを追いかけようとしたとき、ラウノアの足が止められた。
目の前に立った護衛官の背中。問うより先に視線を向け、金属を弾く音が響いた。




