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8.悪態…ではありません

 ♦*♦*




 王都にあるベルテイッド伯爵邸は領地にあるそれと同じように、爽やかな空気が吹き抜ける穏やかな空気に包まれている。池や橋などはないが、噴水や水路があるおかげで緑は豊かで季節の花が美しく咲き誇っている。


 そんな屋敷の中で主人たちを出迎えた使用人一同の中には、一人の若い青年が立っていた。

 使用人の数は多くない。必要最低限というような少数に、ラウノアは昔のカチェット伯爵家を思い出す。

 そんなラウノアの前では、ベルテイッド伯爵が青年を見た。


「クラウ。久しぶりだな」


「ええ。父上もお変わりなく」


 ベルテイッド伯爵と軽く挨拶を交わすのは、彼の息子であり、ベルテイッド伯爵家長男、クラウ・ベルテイッドだ。

 鋭さのある眼差しは少しだけ威圧的にも感じられるが、一切気にした様子なく、続けてベルテイッド伯爵夫人とココルザードが言葉をかけた。


「元気そうね、クラウ。たまには連絡を頂戴な」


「母上はすぐに嫁はまだかと言うでしょう。それが嫌なんです」


「もうこの子は……」


「クラウ。久しぶりだね。元気にしているかい?」


「じい様までわざわざ来なくても……。歳を考えてくださいよ」


 孫のため息交じりの言葉にも、ココルザードは軽く笑った。傍にいる不満げな母親などクラウには見えていないようだ。

 しかし、そこには家族という気さくで気心知れた仲が感じられる。


 そんな様子を見つめるラウノアは、自分に向けられた目にそっと淑女の礼をした。そっと下げられた頭にクラウは僅かに目を細め、ラウノアを見る。

 第三者のように楚々とした娘と警戒心を持つように探る目を向ける息子。ベルテイッド伯爵はそんな両者を少し困ったように見つめた。


 数秒の沈黙の後、動かないラウノアを見ていたクラウが口を開いた。


「君がラウノアか。父が娘として引き取ったと聞いた」


「はい。この度、ベルテイッド伯爵のご厚意を受け、ベルテイッドの末席に名を連ねることとなりました。ラウノアと申します」


 礼を解きつつも、ラウノアは視線を下げたまま答えた。

 落ち着きはらった丁寧な言葉にクラウは僅かに目を瞠り、すぐに眉根を寄せた。


 それに気づかぬラウノアは、流れた沈黙に失敗を悟った。そして、直視しないようこそりとクラウを見れば、険しい表情で自分を見ているのが分かった。


「……それでは、まるで赤の他人だな。まあ実際、従兄妹というだけでそれと変わらないかもしれないが」


「……申し訳ありません」


「何に対する謝罪だ。俺はなにも咎めていない」


 また、謝りそうになって、ラウノアは口を閉ざした。


 反論をしないのは、それをすることで生まれる軋轢や騒動を避けたいからだ。

 争わず。目立たず。それが、これまでカチェット伯爵家で過ごしてきた姿だったから。


 ベルテイッド伯爵家の人たちは優しい。

 けれど、ラウノアにも、できないことがある。だから、この線引きは、カチェット伯爵家にいた頃から変えず行う。


「クラウ。妹になんてことを言うの」


 母の少しだけ咎める声音に、クラウは小さくため息を吐いた。そんな様子を父と祖父はなにも言わず見守っている。

 そしてクラウは、やれやれと言いたげにラウノアを見た。


「ラウノア。君はこれから、家族であり、ベルテイッド伯爵家の一員だ。他人行儀にはしなくていい。……こっちも、従兄妹とはいえ、顔も憶えていなかった非がある」


「あ……ありがとうございます。……クラウ様」


 それまでの、少し強かった声音が和らぎ、出てきた謝罪に少し驚く。

 いきなり家族となれば、戸惑うのが当然。けれど、クラウは大して気にはしていないように躊躇いなく告げた。


 ラウノアが少し頬を緩め、クラウはなにもなかったかのように平然としている。そんな二人に、ベルテイッド伯爵も満足そうに笑みを浮かべた。

 息子と娘は仲良くできそうだ。もう一人の息子に関して心配は一切していないが、事前に教えてあったとしても、家族としてやっていけるのかという相性はやはり、会ってみないと分からない。


 安心と嬉しさを感じるベルテイッド伯爵の前では、「もうっこの子は」と夫人がラウノアの傍に寄りそう。そしてラウノアを見て、口許を綻ばせながらもう一人の話を始めた。


「もう一人、ケイリスという息子がいるの。今は仕事中でしょうから、帰ってきたら紹介するわね」


「はい。楽しみです」


「あいつのことです。どうせはしゃぐだけですよ」


 全く…と呆れのような息を吐き、クラウは早々に使用人たちに指示を出し始める。それに従う使用人たちを見ながら、ベルテイッド伯爵は続けて、クラウにラウノアの側付きを紹介した。






 ラウノアに与えられたのは領地の屋敷と同じような、家族としての立派な一室だった。

 荷物を解くマイヤとイザナは、せかせかと仕事をしながらも、ソファで一息つくラウノアに嬉し気に声をかける。


「安堵いたしました。ご子息も快く迎えてくださって」


「うん。クラウ様やケイリス様とは、あまりお会いすることがなかったから、お人柄をよく存じ上げなかったけれど。……社交界じゃ、目立たないようにって、従兄弟でも深く話はしなかったから。わたしもあまり憶えていなかったの。クラウ様と同じね」


 少しだけ寂し気に笑うラウノアの姿が胸を衝いた。イザナは少し辛そうな顔をしつつも、聞いていないふうを装うマイヤを見てはっと同じように表情を変える。


 ラウノアにとって、社交界はデビューした最初から変わらず、目立たずこなすことが最優先だった。

 だからこそ、伯父だろうと従兄弟だろうと、積極的交流も会話もしていない。会うことも王城での夜会くらいしかなかった。


 ターニャたちの嫌味や悪態もあって、社交界に参加したのは必要最低限。参加しても、壁の華であった時間の方が圧倒的に多かった。


(他貴族との繋がり作りや、わたしの婚約者を見極めること。考えていたのはそういうことばかりだった)


 カチェット伯爵令嬢として出席していた頃に意識していたことは、もう、必要ない。

 そう思うとどうしても、少しだけ心が暗くなってしまう。


(きっと、わたしの婚約者は伯父様がお決めになる。だから、わたしがするべきことは、目立たない者であること)


 それだけを意識して、これから過ごしていく。

 他に意識するべきことがなくなって、ある意味では身軽に、それだけを考えればよくなった。


 そう思うと、少しおかしい。

 内心自嘲的な笑みが浮かんでいると、それをかき消すイザナの声が聞こえた。


「でも! クラウ様ってちょっとぶっきらぼうというか、ご家族にもあんな感じで。お嬢様のこと認めないのかと思って身構えちゃいました」


「こらイザナ。あなたはもう……」


「あ。すみません……」


 素直なイザナにマイヤも困った顔になり、ラウノアも小さく笑みがこぼれた。

 感じていた。クラウとの邂逅で一瞬、イザナが警戒していたのを。


「あなたの粗相でお嬢様が目立つような真似をしないようにしなさい。ガナフさんに報告しますからね」


「えっ! それは勘弁してくださいマイヤさん! 父様ああ見えて怒ると怖いんです!」


「駄目です」


 必死に訴えすがるイザナにもマイヤは首を横に振る。まるで母と子だ。

 そう見えて、ラウノアは思わず笑ってしまった。


 長旅の疲れを癒す休息を兼ねてマイヤとイザナと話をしていれば、あっという間に時間は過ぎていく。


 空が色を変え、窓からは眩しい夕日が射し込む。

 それを見ていたラウノアの護衛であるアレクは、普段どおりにラウノアの部屋の前でその仕事に務めていた。


 ラウノアを守るのが与えられた役目。剣を振るうのが得意で、それしかできない自分が、初めて与えられた役目。だから精一杯努めるアレクは、耳に届いた音に視線を動かした。


 廊下の曲がり角の向こうから聞こえる足音。数は二人分。

 瞬時に判断し、聞き慣れない足音であることから剣の柄に手を添える。


『アレク。剣は、誰彼構わず向けていいものではないの。あなたはちゃんと、それを感じられるでしょう?』


 不意に、耳に蘇った懐かしい声が静かに諫めてくる。

 だから、アレクはゆっくりと柄に添えた手を放した。代わりに、向かってくる気配に意識を向ける。


(敵意。殺気。ない。気配。消す様子ない)


 自分が感じる感覚に従い、情報を分析、判断する。

 剣を抜くべき相手――ラウノアに危害を加える相手、ではないと判断し、廊下の角を曲がってくるのをじっと見ていた。その姿はすぐに現れ、視線が合い、あちら側はとくに表情を変えることもなく気軽に声をかけてきた。


「おまえは……確か、ラウノアの護衛だな。アレクと言ったか」


「おお……。なんか、できる護衛って感じ」


「騎士が威勢負けしてどうする」


 アレクの前に、クラウと、クラウに呆れられている男がやって来た。






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