15.変わりゆく
シャルベルと話をしていたことをすでに知っていた側付きたちは、ラウノアの召集にすぐさま集まる。揃った四人にラウノアは今夜のことを伝えた。
ガナフ、アレク、マイヤ、イザナ。四人は黙ってラウノアの話を聞き、それが終わって拳をつくった。
表情を歪める者。真剣に何かを考える者。それぞれを見ながらラウノアは自身の答えを紡ぎ出す。
「従うことが最も平穏だわ。拒んで考えられる最悪の事態は、王命によって召し出されること。現状、陛下は秘密として動いてくださっている。この機を逃せば貴族社会に広まってしまう。それなら、お受けするほうがいい。お受けして考えられる最悪は、古竜がわたしの言うことを聞き、乗り手として認める態度をとること。元々、陛下もわたしが乗り手になるかもしれないと読んでおられるそうだから、それをこれまで確認しようとしなかったことからも、反故される可能性は低いと思う」
「最も望ましいのは、古竜に会っても、言うことを聞かず態度を変えないこと、ですね」
「そう……できないこともないけれど……」
希望的観測に、ラウノアもガナフも瞼を伏せた。
ラウノアの結論にはマイヤも苦し気に眉根を寄せ、イザナもラウノアを見つめる。
「ですがお嬢様っ。それがもし、表に出ることになったら……!」
「そうね。そのことも考えないといけない。だから最悪は、古竜の件が解決しても、わたしが乗り手候補として貴族社会に知られること。それを回避するためには秘密にされることがいい。……知られても、わたしの力じゃどうにもできない」
そう言って眉を下げる。そんなラウノアに側付きたちも表情を歪めた。
秘密とは、どこから漏れるか分からない。何が原因で表に出るか分からない。だから細心の注意を払って、危険から離れて過ごす。
ラウノアもこれまでそうしてきた。目立たず、平穏に。
けれど、流れる時間は、生活環境の変化は、いつも非情だ。
変化はいつも、望む形であるとは限らない。
(乗り手にされるなら、そこにはきっとわたしが想像するとおりの理由があるはず。それなら拒否できるはず)
竜が乗り手である騎士を選ぶ基準は竜の判断だ。それを人間が考えること自体、あまりにも意味がない人間の思考の範囲だ。
けれど、ラウノアと古竜に関してはそこに推測できる理由が存在する。だからラウノアは乗り手になる可能性よりも他の人々に注目される方向で事態を考える。
「お嬢様。古竜による今回の件にお嬢さまが動かれるとして、竜との接触を避け続けることは最早難しいかと……」
「わたしもそう思ってる。だからいま以上に慎重に、絶対に守らなければいけないことは何があっても守りとおすわ。そのためなら、全てを利用する」
ラウノアの目に宿るのは揺るがない覚悟だ。
それを見る側仕えたちも同様の強さを宿し、ラウノアを見て頷く。
「ですがお嬢様……。それでもお嬢様が目立つことにはなってしまいます。それも古竜となると……」
マイヤの心配そうな眼差しにラウノアも力なく笑みを浮かべた。
ラウノアには、絶対とする一線がある。
その絶対に、直接ではなくとも縁がある存在が竜だ。だから竜と接することを避けてきた。
それがここで崩れてしまう。最悪も充分に考えつつ、小さく息を吐く。
竜に近づくことは、古竜に近づくことは、本来なら避けたい。王命の危険があれど、できうるかぎりの理由をつけてでも避けたい。
「……だけどね、餌を食べないという古竜を、このまま見殺しにはできないの」
「お嬢様……」
「だって古竜は――……」
その先は、不用意には口にできない。
頭に浮かぶのは、太陽が愛する銀の髪の友。
だからラウノアは、覚悟を決めて側付きたちを見つめた。
「夕食後、すぐにあの方に会いにいくわ」
「「承知しました」」
友にもすぐに伝えなければ。
どんな反応をするだろう。だめだと怒られるかもしれない。
胸の内でごめんなさいと謝って、ラウノアは窓の外へ視線を向けた。
側付きたちと話し合ったあと、すぐに夕食になった。
ベルテイッド伯爵たちにも古竜の件は話せない。確定されれば秘密裏に話すことになるかもしれないが、どうするかはマクライ王の判断によるだろう。
今日も平穏な食事の時間。伯爵夫妻も笑みを浮かべ、祖父も楽し気だ。二人の兄も普段どおりでケイリスの話に笑いが絶えない。
今はもう、大切な家族。
もしかすると、とても大きな迷惑をかけるかもしれない。
それだけは胸を痛める。けれどきっと、そう言うとまたクラウに怒られるのだ。そう思うと自然と口許が緩んだ。
シャルベルとの約束の時間までの間、ラウノアは友に会うことにした。
遅れそうになったときを考えてマイヤとイザナに後を頼み、ラウノアは走る。
友はいつも、太陽に照らされた草原にいる。小さな花が野草に交じって咲き、涼し気な風が吹き抜ける、不思議と落ち着く大好きな場所。
どこからか聞こえる水のせせらぎ。鳥の鳴く声。耳でそれらを感じながらラウノアは急いだ。
「ギルヴァ様……!」
そして、見つけた。
ラウノアが呼びかけるより先にその頭の耳がぴくりと動き、振り返る。
不敵で精悍な容貌は野性味に溢れ、整った容貌は人々の視線を集めるだろう。銀色の髪が風に揺れ、尻尾の毛もふわりと風に撫でられる。
慌てたように駆けてきたラウノアに、ギルヴァは面白おかしそうに口角を上げた。
「どうした。慌てて。婚約者が浮気か? それとも古竜か?」
「……古竜の件で、お話があります」
ギルヴァはどこまで予想がついているのだろうか。
考えつつもラウノアはギルヴァを見つめ、ギルヴァもラウノアを見る。そしてすぐになんのためらいもなく地面に腰を下ろすと、自分の隣を数度叩いた。
促されたラウノアはギルヴァの隣に腰を落ち着け、事の次第を話し始める。
ラウノアの話にギルヴァは一切口を挟まず、それでいて時に微かに眉を動かす程度でさして表情も変えず、ラウノアが伝え終えるまでずっと聞き続けた。
そして――……
「はあぁっー……。あいつ……くっそ。面倒事増やしやがって。そりゃ変に思わせたかもしれねえが理解してるだろうが」
聞き終えたギルヴァの口から出たのは、親しい相手にこぼすような愚痴だった。
項垂れて額に手をあてる様子に、ラウノアもなんとも言えずギルヴァを見る。
やがてギルヴァはゆっくりと頭を上げると、胡坐の上に頬杖をついた。
「おまえの決断は分かった。王が約束を守るなら従っておいたほうが無難だろう。後々に起こるかもしれない問題はいくつかあるが、それはひとまず置いておく」
「はい」
「それに、おまえの言うとおり、古竜のこの件から守らなければいけない秘密へ辿り着く可能性は限りなく低い。乗り手とされれば確かに目立つことになるだろうがな。――だが、覚悟しろよ。その余白と油断がもしもにつながらないように、これまでも目立つことは避けてたんだからな」
「はい。肝に銘じております」
これくらいなら。ここまでなら。
その判断が、足元を掬うことになるかもしれない。
少し心臓が冷え、鼓動が早まる。背を嫌な汗が流れるような気がして不安が押し寄せる。
「安心しろ。もしもが起こっても、俺が守ってやる」
そう言って幼子にするように頭に手を置くギルヴァに、ラウノアは小さく笑った。
ギルヴァはいつもそう。自分の不安をすぐに見抜いて、子どもの頃から変わらない行動で慰める。この方法もずっと変わらない。
力が抜けたラウノアにギルヴァは表情を和らげた。
ラウノアが秘密を守るために苦心していることは知っている。その秘密を共有しているのは自分なのだから。
ラウノアはいつも頑張っている。そしてやっと、自分の幸せを考えてくれた。
それは嬉しくて。だから、この助言をしなければいけない。
「ラウノア」
「はい」
「守ることは大切だ。だが同時に、守りきれなくなったときのことも考えておけ」
思わぬ助言に目を瞠った。
これまで考えていたのは、守ること。だから目立たず、平穏に過ごしてきた。
シャルベルもラウノアが目立つことを好まないと、そう思っているように。
驚くラウノアにギルヴァはふっと口角を上げる。
「変化は訪れる。流れを止められないこともある。もしおまえが、秘密と自分の幸せ、秘密と誰かの命、そういう天秤を前にしたとき、選ぶほうを間違えるな」
「そ…れは……」
「そうなっても俺が守ってやる。だから、心配するな」
自分はいつも目の前のことに精一杯だ。
けれどギルヴァはきっと、もっと先を見ている。
秘密を知られるなど、最もあってはならない、恐ろしい事態だ。
けれどギルヴァの声音に冗談などない。だからラウノアは言葉は出ずとも、ゆっくりと頷いた。
そんなラウノアを見つめ、ギルヴァは話題を変えるようにラウノアの頭にぽんっと手を置いた。
「それから古竜のことだが、俺に、どう動いてほしい?」
「……よろしいのですか?」
「それが、おまえの意思なら。それが今のところ望ましいと、おまえは思うんだろう?」
「はい」
頷けば、ギルヴァは不敵に笑った。
具体的な内容はギルヴァが決める。ラウノアはただ、頼むだけ。
けれどそれが、ラウノアだけがギルヴァに協力を願い、実行されるという証明。
己の頼みを告げたラウノアにギルヴァは喉を震わせた。
「分かった。なら、そうなるよう動く。――ラウノア。おまえが古竜を心配する気持ち、俺は嬉しい。おまえが動くことを決めた理由の一つはそこにあるんだろう」
「それは……」
「俺も同じだ。それに、おまえが決めた決断に手を貸すことは俺の誓いだ。だろう?」
そう言って笑う。そんな友をラウノアは見つめた。
決断するのはいつもラウノアだ。ギルヴァがするのは、そこに手を添えること。
いろんなことを教えてくれたのもギルヴァだ。ギルヴァならきっとラウノアよりもたくさんの選択肢を出すことができて、誰にも気づかれず事をなすことができるのだろう。
それでも、ラウノアの選択をいつも尊重する。本当に危険で、間違ったことは諭してくれる。
「ありがとうございます。ギルヴァ様」
「いや。それに、おまえがカチェット伯爵家を出て意思と覚悟を持ったように、俺にも覚悟が必要だからな。――これからどういう事態になろうとも」
「……ギルヴァ様は、どこまで、何を考えていらっしゃるのですか?」
「安心しろ。俺の問題だ」
そうではない。そうではなくて。
詳しく聞きたいけれど、ギルヴァはきっと教えてくれない。それを感じ取ったラウノアは問うことをやめ、意識を切り替えた。
「それからもう一つ。シャルベル様のことでご相談があります」
「なに? 浮気?」
「違いますっ……!」
静かだけれど強い目で何かを見ていたギルヴァの表情が一転、にやりと意地悪く笑みを浮かべてラウノアを見る。
友の笑いながらの言葉にラウノアは思わず強めに否定した。




