23.それぞれの推測
建国祭はひとまず、日中の式典を全て終えた。
竜の演舞の最後には古竜が突如風を起こすという事態が起こったが、終了と同時に会場に降り立ったレリエラはにこりと微笑み、
『古竜は建国よりその存在が語られております。しかし、まだまだ瞬時の反応や飛行能力も素晴らしいものです』
演出は全て古竜の実力を示すもの、として無事に終わらせた。
騎士団棟へ戻りそれを聞いたシャルベルは安堵の息を吐き、レリエラに感謝を伝えた。
そして、観客たちも帰路に着き、ラウノアもベルテイッド伯爵家の面々と合流し、屋敷へ戻った。
すぐに夜会への準備を始めなければいけない。式典が終わってもまだまだ建国祭は終わらない。
そして、その準備を始める前に側付きたちを自室へ入れ、ラウノアは古竜の一件を話した。
「古竜が……。な、何か不審がられるようなことはなかったのですよね……?」
「以前のヴァフォルのように見るだけだったわ。だけど、今回は他にも騎士の方がいたからどう思われたかは……」
「しかしお嬢様。古竜が威嚇したというその物売りは気になるところです。竜は多く、人間にさほど関心を持たぬもの。威嚇されていたという原因、その丸薬は……」
「それならここにあるわ」
眉根を寄せたガナフの言葉に賛同の意を抱きながら、ラウノアはテーブルに置いた小さな鞄から例の小包を取り出した。
白い袋を縛る麻の紐。簡素なそれから取り出す丸薬。
竜たちが威嚇していた物。調べるとしていたシャルベルに告げるのをすっかり忘れて、こうして持ち帰ってしまった。
それを見て、マイヤが心配そうにラウノアを見る。
「お嬢様。それは口にしても大丈夫なのでしょうか……?」
「詳しくは調べてみないと分からないけれど。竜たちがよくないと判断していたものなら悪い面もあるのかもしれないわ。……体にいいと随分評判のようだったけれど」
この丸薬を売っていた青年を思い出す。
彼は、この丸薬を「知り合いが作っている」と言っていた。彼は頼まれているだけで、これが竜に影響するものとは思っていないのだろう。
古竜が、常にはない威嚇で騎士を傷つけたという騎士団内での情報を、ラウノアは知っている。
(その騎士は、この丸薬を飲んでいたのかもしれない……)
竜に関わることの多い騎士だ。しかも竜使いとなれば、竜が嫌う丸薬を口にしてその臭いか何かを竜が感じ取り、嫌がったという可能性が高い。
ラウノアが持っていて威嚇しなかったのは、まだ口にしていないからか、それとも、普段から関わることがないからか……。
(もしかして……)
どちらにせよ、古竜はおそらくこの丸薬のせいであの場所までやってきたのだろう。
見られないようにと遠ざかっていたラウノアに近づかれる心当たりがない以上、現状で考えられるのはそれだけだ。
丸薬に関しての今後を考えるラウノアの傍で、ガナフが真剣な眼差しで口を開いた。
「お嬢様。――どうなされますか?」
その問いに、側付きたちの視線が主を見る。
丸薬を小包に戻し、ラウノアは少し視線を下げた。
「ヴァフォルの乗り手であり、古竜に指示を与えていたシャルベル様が傍にいらしたから、小娘一人よりも警戒すべきものがあったヴァフォルも古竜も気に留めなかったのよ。全てを知るのは古竜だけでいいわ」
「「御意に」」
竜の言動に人間が理由をつけることなど、できはしない。
それでも心はどこか重たいまま。ラウノアは息を吐き、夜会への準備を始めた。
♦*♦*
「――つまりこの丸薬が、竜の様子がおかしい原因だと?」
「その可能性が高いです。普段にない竜の様子見や威嚇を受けた騎士がこの丸薬を飲んだかどうかの確認をすべきかと」
「その丸薬、ここ最近かなり出回っています。体に効くととても評判なのですけれど……」
「人にはよくても竜には悪いってやつですかねえ」
シャルベルが出した報告に、騎士団長ロベルト・ウェルバーンは机に置いたその丸薬を見た。
どこにでもあるような普通の丸薬だ。どこにも変哲なところは見えない。……あくまで表面上は。
「古竜がいきなり指示を無視したのはそのせいか……。分かった。調べろ」
「ありがとうございます」
「で、話を聞く商人以外に巻きこんだ部外者はいねえだろうな?」
商人に関してはすでに聴取を始めている。といっても、彼は製作者ではないので、知り合いというその薬師らしい人物や丸薬に使われている薬草など、知っていることを聞いているだけですぐに解放される。素直にいろいろと話をしてくれるのでその点は助かっている。
ロベルトの言葉にシャルベルは一瞬だけ唇を引き結んだが、隣からルインの視線を感じ、報告はきちんと行った。
「いえ。ベルテイッド伯爵令嬢ラウノア嬢、およびその護衛官がいました。竜たちが危害を加えるようなことはありませんでした。俺が傍で警戒していましたので」
「ベルテイッド伯爵令嬢? ……ああ。おまえの婚約者か。なんだ、図ったような同席だなあ?」
「ご冗談を。俺は竜の演舞中です」
軽口を叩き合う……にしては表情ひとつ変えないシャルベルにロベルトは喉を震わせた。
騎士団長と副団長。三人の中で家格がもっとも高いのはシャルベルだが、騎士団内での立場はロベルトの方が上。
公私を考えるとややこしい関係性だが、騎士団内の指示系統をしかと保ちつつ、三人は気心知れた関係でなりたっている。
「怪我をさせてないなら問題ねえだろ。俺は竜のことはおまえらほど知らねえからな。この件はおまえらに任せる」
「「はい」」
「といっても、竜の行動にいちいち理由づけもできねえだろうが。新発見でもあればまあいいかと思っておく。――ルイン。おまえ、気づいたことあるか? おまえが一番竜慣れしてるだろ」
騎士団長ロベルトは、竜使いではない。騎士団入隊からこれまで竜に選ばれたことはなく、本人はその実力のみで団長の座に上り詰めた。
騎士団は実力主義であり、竜使いであろうがそうでなかろうが、その実力が判断材料となる。シャルベルもレリエラも、実力の上に竜使いとしての優れた腕が評価され、今の立場にいる。
竜使いになりたくて騎士団に入隊する者も少なくないが、それが叶う者はほんの一握りでしかない。
ロベルトの視線が向くのは、上官を前にしているとは思えぬほど普段どおりで、顎に手をあて思案するルインだ。
「慣れてるっていっても……まあ……そうですねえ……。古竜はよっぽどあの丸薬が嫌いみたいってことくらいですかね」
すでに出ているのと同様の結論にロベルトもそれ以上を促すことはせず、代わりにシャルベルへ視線を向けた。
「おまえ、今夜の夜会に出るな? なら先帰れ」
「ですが――」
「婚約してから初の大舞台だろうが。婚約者一人で入場させる気か?」
「昼間も随分注目の的だったものね。私は欠席しやすいから、代わりになるわ」
日中にも散々話にされていたのを知っている。だがシャルベルはあくまで仕事が中心で、その話の相手になることもなかった。それを受けたのは、自分ではない。
(……婚約を発表してから、ずっとそうだったな)
ずっと、矢面に立たせてきた。
彼女はそれに何も言わない。それどころか、騎士団内での自分のことを案じていた。
あまり目立つことを好まない婚約者は、昼間、震えていた。
「――分かりました。レリエラ殿。すまないが後を頼む」
「ええ。古竜に接触だなんてびっくりしたでしょうから、しっかり寄り添ってあげてね」
そう言ってひらりと手を振るレリエラと、警備任務と仕事の山で出席できそうにないロベルトに見送られ、シャルベルはルインとともに騎士団長執務室を後にした。
騎士団棟の廊下を時に騎士が行き交う。まだ建国祭の警備任務は終わっていないので棟に残っている騎士は少なく、多くが外に出払っている。
その中を、シャルベルとルインは歩く。
古竜や丸薬のことを考えていたシャルベルの耳に、ルインの調子を変えない声が届いた。
「いいんですか。古竜が警戒しなかったこと、報告しなくて」
「それをして、どういう結論になる」
「そんなことがあったのか。なんでだろうなあ。不思議だなあ」
「そういうことだ。それに一応は指示を与えていたのは俺だ。傍で警戒していたからこそ古竜も警戒しなかった可能性もある」
「かもですけど。けど――彼女が乗り手かもしれません」
最後に発した声には、普段のへろりとした音も、便乗して面白がっている音も――感じない。
足を止めたシャルベルは、淡々と憶測を並べたルインをゆっくりと振り返った。
シャルベルの目に映るのは、お調子者な空気などない、かといって憶測に対する嫉妬もない、読み取れない表情。
「――それで? 彼女に竜に乗って戦えと? 俺たちと同じことをしろと?」
「それは無理でしょ。レリエラ副団長じゃあるまいし。……だけど、古竜が指示を聞く人がいれば、それだけで俺らが頭を悩ませることも、騎士が負傷することもない」
「それこそ騎士団内で対応を考えなければいけないはずだ」
乗り手に頼っては、騎士団は竜を持て余す。人間は竜よりも短命だ。
竜が国にとって重要とされるのは、神獣とされると同時に、それを扱える術を持っているからだ。
だからこそ騎士団は、子竜のときから簡単な指示を刷り込みで覚えさせる。将来的に乗り手が見つからなくても、簡単な指示は聞くように。
――人と、竜のために。
「彼女が古竜に接触することなど、今後ないだろう。余計な憶測で彼女の平穏を乱すな」
ぴしゃりと言い放つ音とともに、肌が感じる僅かな刺激。
だけれどルインはただ目を細め、眼前に立ち自分を睨むシャルベルを見た。
シャルベルの言うとおり、ただの令嬢が今後古竜に関わることなどないだろう。今回接触したのは建国祭だったことと、たまたま、あの物売りが傍にいたから。
普段屋敷で過ごす令嬢に、普段騎士団の竜舎にいるどんな竜でも接触はしない。
(気づいてないのか……。自分が婚約してからヴァフォルが古竜に近づく頻度が増えてるって)
他の竜使いとは違い、竜舎に相棒竜の様子を見にいけば、相棒竜が離れてくれなくてしばらく留まることになるのは、竜使いで唯一ルインだけ。
だから知っている。相棒竜の傍で一緒に日向ぼっこさせられれば、いやでも他の竜の様子が目に入るから。
可能性は――高い。
ちらりと見たあの令嬢が、そうである可能性が。
だが、婚約者である目の前の男がそれに関してどうするつもりかなど、今のその態度で充分に分かる。
(まあ、俺はどっちでもいいけど)
だから、ルインはへらりと笑って両手を降参の意思を示すように上げた。
「んじゃいいです。もしそうだったら他の騎士が面倒だなって、思ったくらいなんで」
「……」
「あ。副団長信じてないでしょ? いいんですよ。俺、そういうの興味ないんで。これも誰にも言いませんから」
それが本音。でも、口調は軽口をたたくよう。
そんなルインにシャルベルは僅か眉根を寄せ、探るようにルインを見た。
「……ならいい」
そうとだけ言い、シャルベルは身を翻した。




