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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第二部

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20.いられない

 それからも式典は滞りなく進み、いよいよ、建国祭の目玉ともいえる竜の演舞と古竜の登場が迫る。

 次第に観客たちもその浮足立った心を抑えるのが難しくなっているのか、華やぐ表情と大きくなる声が会場全体にまで広がる。


 竜の演舞と古竜の登場は続けて行われる。

 竜が相棒である竜使いを背に乗せ空を舞い、他の竜たちとの息の合った飛行を披露する。そしてその演舞の最後に古竜が登場することになっている。


 竜に憧れ、その姿を見たいと望むまだ幼い子どもたちは観覧席の最前列に集まり、そのときを待っている。大人たちも滅多と見られない竜を楽しみに、そして幼い日々の憧れを思い出すように会場を見つめ、令嬢たちは竜よりも竜使いたちを熱心に見つめるため、空を仰ぐ。


 そのときをすぐそこに控える会場の盛り上がりとは裏腹に、ラウノアはそっとベルテイッド伯爵へ声をかけた。


「伯父様」


「どうした? ラウノア」


「こんなときになんなのですが……少し、露店を見にいってもよろしいですか?」


 式典終盤の盛り上がり。最大の見どころまでのわずかな休息時間。ラウノアが告げた言葉に、ベルテイッド伯爵は驚いてラウノアを見た。

 少し申し訳なさそうに視線を下げ、少し言いづらそうにしているラウノア。望むなら許可を出してやりたいが、もうすぐ建国祭一番の見どころである。滅多と見られない古竜を見せてやりたいとも思ってしまうベルテイッド伯爵は、少しだけ迷った。


 ラウノアの申し出が聞こえたクラウは、ベルテイッド伯爵の迷いなど知らずちらりとラウノアを見る。


「なんだ。腹が減ったのか?」


「クラウ。なんて聞き方をするの」


「ラウノアはあまり食事をしていなかったね。グランセ、いいんじゃないか?」


 ぴしゃりと窘められたクラウだが気にした様子はない。ココルザードの言葉にはベルテイッド伯爵も、そういえば……と思い出す。


 昼食のときには、食欲がなかったラウノアだ。すぐに騎士団へ向かい、式典開始まで何かを口にしている様子も見なかった。

 午前中は緊張を強いられ疲れていただろう。その緊張が解けたことで空腹を感じたのなら、それはなにも悪いことではない。


「分かった。竜の演舞か、古竜のときには戻れるかい?」


「……戻れないと思ったら、離れて見ています。他の観客の邪魔になってはいけませんので」


「分かった。それなら……」


 ベルテイッド伯爵は視線を会場警備中の騎士へ向ける。さほど離れた場所にいたわけではない騎士が手招きに応じて近づいてくると、ベルテイッド伯爵はすぐに用件を告げた。


「娘が少し場を離れる。従者アレクを呼んでくれるか?」


「承知いたしました」


 応じた騎士に頷き、ベルテイッド伯爵はラウノアを見る。その視線に礼を返しラウノアは騎士に続いた。


 そっと会場を離れる。……離れるしかないことが、胸を痛めた。

 けれど、こうするしかない。


 会場を出たラウノアは会場内部にある控室に連れていかれ、アレクが来るのを待った。騎士はすぐにアレクを連れてきてくれ、持ち場へ戻る。

 それを見送り、ラウノアはすぐに会場を離れた。


 会場を離れれば途端、人気が少なくなる。会場の傍には許可を受けた露店が並び、美味しそうな匂いや物珍しい物を売っている。どれも貴族向けの商品だ。

 式典はすでに終盤であり、それも滅多とお目にかかれない古竜の登場を控えている。となると、露店に客は少なく、中には古竜を見たいのか一時閉店している店もある。


 そんな光景を見て、ラウノアはアレクを振り返った。


「お腹、すいてない?」


 ひとつ頷きが返ってくる。だろうなと思いつつ、ラウノアは近くの椅子に腰かけた。

 白いテーブルは軽食用だろう。その白さが眩しく、花が生けられた小さな花瓶が飾られている。


 ラウノアの髪を風が撫でた。今日は穏やかな風が吹いていて、竜に乗って飛行するのもしやすいのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、青い空を見上げた。


「よりによって、節目に建国祭にあたるなんて……。悪戯みたい」


「……帰る?」


「伯父様たちを心配させてしまうわ。……大丈夫。離れれば見ることはないし、見られることもない。建国祭が終われば目にすることなんてないもの」


 竜は会場でしか飛ばない。離れれば大丈夫。

 今回の演舞に出ている竜は全頭、相棒がいる竜たちだ。指示を無視して単独行動はとらない。乗り手がしかと手綱を握る。

 古竜は建国祭前に騎士を傷つけた上、乗り手もいない。騎士たちも慎重になるだろう。飛行させるとしても、指示を聞かないかもしれない竜が相手であるならば周りを囲うかもしれない。それでも念のため、飛行するだろうときには、見つからないよう物陰にでも隠れなければいけない。


(いっそのこと、会場の控室にいようかしら……。伯父様たちへ伝達してもらえれば捜させることもないし、空から見られることもない。……だけど、近ければ何かあったときに外に出れば気づかれる。やっぱり離れた方がいいかもしれない)


 見つかってはいけない。それは友からの忠告でもあり、ラウノア自身がそうすると決めたこと。

 そうと決めるとラウノアは席を立つ。


「せっかくだから、少しだけ露店を回って何か食べましょう? あとで、伯父様にどれが美味しかったとお話しないといけないもの」


 そう言って歩き出すラウノアの後ろを、アレクは静かに付き従った。


 露店は食べ物を売っている店もあれば、体にいいという薬、可愛らしい雑貨や布地を売る店までさまざまだ。

 こうした店は国から正式な許可を受けなければ出店できない。そして、願い出ても否認されることもある。ここに出ている店は、出ているだけで名誉を得られると言っても過言ではなく、国からの信頼もあるということの表れ。

 だからこそ、貴族たちも気兼ねなく利用できる。


 ラウノアも手軽に食べられるサンドイッチやスコーンを購入し、アレクと一緒に軽食用テーブルに腰を据えて少しの腹ごしらえ。昼食を抜いていたのでこの軽食がとても美味しく感じられる。

 さすが国の信頼を得ているだけあって、とても美味だ。ハムの塩味も野菜の新鮮なしゃきしゃき感も、それほど大きくないサイズも軽食用としてぴったり。


 アレクとそれを食べ終えた頃、ふと、アレクが会場の方へ視線を向けた。


「どうしたの?」


「……竜の声。演舞が始まった」


「それなら、もう少し……空からも見られない場所に行って、終わった頃に控室に戻りましょう」


 立ち上がるラウノアに続き、アレクも席を立つ。そして歩き出した。足早になりそうになる逸る心を必死にとどめて、なんてことない様子を保ったまま、自然と会場から離れるように動く。


 戻らないことでベルテイッド伯爵たちには心配をかけているだろう。それが心苦しくて、ごめんなさいと、何度も胸の内で謝る。

 同時に、つきりと胸が痛んだ。

 今回の竜の演舞にはシャルベルも出ると聞いている。見られないこと、あとで感想を問われても答えられないこと、それがまた、苦しい。


(だけど……こうするしかないのです。ごめんなさい)


 逃げるように、会場に背を向けた。


 これが嫌だと思ったことはない。自分だけの問題ではないから。

 ただ、周りを欺くことが、辛い。そうするしかできないことが、苦しい。


 カチェット伯爵家にいた頃なら、抱かなかった。――ベルテイッド伯爵家に引き取られたからこそ、痛むのだ。


 きゅっと唇を噛み、ラウノアは急いだ。

 足早に進み会場からなるべく離れる。周囲には樹々もあり、建物の一角が会場を隠すようになった。

 少しだけほっと息を吐いたとき、ラウノアの耳に人当たりのいい声が届いた。


「そこのお嬢様。少々顔色が良ろしくないようですが、こちらの品はいかがです?」


 足を止められたラウノアの前に静かに歩み出るアレク。けれど、ラウノアに声をかけた商人らしい若い男はそういう従者に慣れているのか、微笑みを崩さない。

 その手には籠を持っており、中には小包が見受けられる。


 そんな男と籠を見て、ラウノアは合点がいった。

 露店を出す商人もいれば、歩き回って物を売る者もいる。商品も持ち歩くことができ、歩いて人を集めようとするからこそ、こういう者もいる。


「物売りの方ですね。お気遣いありがとうございます」


「いえいえ。こんなにお綺麗なお嬢様ですから、気になってしまうもの」


「お気遣いはありがたいのですが……。申し訳ありません。少々急いでおりまして」


「おや。どちらまで? 貴族の皆さまは会場に集まっておられるようですが……」


 会場は見えない。もうすでにある程度離れている。

 離れた会場の方を見る男性に、アレクがすっと腰に手を伸ばした。が、ラウノアが後ろからそれを止める。


 国が招き入れた商人を傷つけてはいけない。それをしては大問題だ。

 止めるラウノアをちらりと見たアレクは、すぐに伸ばした手を戻す。


 表情を変えず男性を見て、ラウノアは表情を困ったように変えた。


「化粧を直しにいくのです。古竜の登場がすぐですので、急いでおりまして」


「ああ。それは申し訳ありません。……ですが、もしお加減が悪いようでしたら、これをどうぞ」


 ラウノアに歩み寄った男は籠から小包を一つ取り、差し出した。

 籠に入っていたそれは男の商品だろう。それが分かるからこそラウノアは首を横に振った。


「いただけません。それは大事な商品でしょう? わたしは――」


「実は、最近かなり評判になりまして。今日もかなり売れたんです。なので問題ありませんよ」


 そう言って、ラウノアの手に小包をそっと置く。驚いて男を見ても男はにこりと微笑んでおり、その笑みに嘘は見えない。

 顔色が悪いラウノアを案じ、微力ながらと差し出された手。


「身体によく効く薬なんです。これがあればたちまち調子が良くなること間違いなしですので」


「それは……高価なものでは……?」


「これは私の善意と、受け取ってください」


「……ありがとうございます」


 会場との間は建物や樹々のおかげで丸見えということはない。それでも万が一がある。ラウノアは男性に礼をし、アレクとともにその場を離れるため歩き出した。

 早く建物の陰に入り、安全を確保しなければ。


(薬……。そういえば、身体によく効く丸薬があるとご婦人方がおっしゃっていたような……。もしそうなら、さっきの方はいずれは表彰されるような素晴らしい薬学知識を持つ方なのね)


 そうならば、あとで一つ買ってみるのもいいかもしれない。

 そう思った矢先、背筋に悪寒が走った。






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