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4.竜と竜使い

「シャルベル様……もしやと思いますが、この地まで……竜で来られましたか?」


「ええ。……まさか、私の竜が人に危害を?」


「いえ! そうではないのですが……」


 しかと否定してくれたわりに煮え切らない。そんな様子にシャルベルはすぐさま腰を上げた。

 その動きに反応し、ベルテイッド伯爵も腰を上げつつ、自分を落ち着かせるように息を吐いた。


「……白い鱗の竜ですか?」


「はい。ベルテイッド伯爵。できれば遠回りせず。私の竜の事案は、私の事案です」


 もしも竜が何事かを起こしたのなら、それは回りくどい問答で時間をとっていい事態ではない。

 そう判断したシャルベルのきっぱりとした言葉と真剣な眼差しに、ベルテイッド伯爵も驚きから冷静に戻ろうと息を吐き、シャルベルを見た。


「先程、我が屋敷の庭に突如竜が降り立ったそうです。おそらく――」


「行きます」


 言うや否や、シャルベルは足早に部屋を出た。その後ろにベルテイッド伯爵と執事、数人のメイドも続く。

 廊下に出れば、屋敷に訪れた衝撃を認識させられるように、メイドたちが慌てふためき使用人たちも右往左往しているのが分かった。そして、ベルテイッド伯爵夫人もまた、侍女とともにベルテイッド伯爵の元へ駆け寄ってくる。

 来客の姿にすぐさま礼をしつつも、その表情は少々不安げだ。


 王都にいれば、式典などで竜の姿を見る機会はある。騎士団の関係者ならば目にする機会も増える。

 が、ここは王都ではなくモルト領。竜など見たこともない者ばかり。


(ヴァフォルが? だが、なぜ)


 相棒である竜――ヴァフォルは、子どものような言動をとることもあるが、基本は指示をよく聞く個体だ。自分から人に近づいたことはない。来たこともない屋敷の庭に降り立つなど、ありえない。


(俺を迎えにきたのか? だが、時間はさしてかけていない。こんなこと、今までになかったんだが……)


 執事の案内で向かったのは、本館の周囲に広がる庭ではなく、離れた方向だった。

 急ごうと走る先に見えるのは、小ぶりだが心地よさそうな建物。そこには不釣り合いな白い鱗の竜。一人の老人、侍女と騎士のような者、一人の令嬢。

 令嬢の傍で騎士が守るように立ち、侍女も令嬢と老人の傍にいる。


(あのご老人は前ベルテイッド伯爵。あの令嬢は……?)


 来客かもしれない。そう思い、シャルベルはすぐさま令嬢と竜の間に割り込んだ。


「ヴァフォル。何をしている」


 突然前方に立った青年の姿に、ラウノアは何度目かの驚きを感じた。

 そしてゆっくりと竜と青年を見比べ、アレクを下がらせようと腕に触れた。ラウノアを見て渋るアレクに、ラウノアはそっと頷く。


「大丈夫」


 しかとそう言うと、アレクは隣まで下がる。改めて、ラウノアは目の前の光景を見た。


 祖父と穏やかに読書をしていた時、突如として空から白い竜が降りてきた。祖父も仰天、マイヤやイザナも咄嗟に防衛体勢をとり、アレクは剣の柄に手をかけた。

 しかし、竜はなにをするでもない。


 ただじっと、自分を見つめるだけ。

 敵意は感じない。こちらが逆鱗に触れなければなにをするでもない。


(この竜は、この方の相棒。まさかこんな所に竜が来るなんて)


 竜は基本、王城にでも行かなければお目にかかれない存在だ。だから、ここで遭遇するなどまずない。


 ラウノアは前に立つ青年の背を見つめた。その先にはヴァフォルと呼ばれた竜がいる。

 ヴァフォルは乗り手の存在を視界に認め、そっと顔を突き出した。


 その鼻筋に手を置き、シャルベルはヴァフォルを見た。


「待っていろと言ったんだが……全く。飛んでもいいとは言ったが、何をしに来た」


 言葉が返ってくるわけではない。しかし問うてしまうのも無理からぬ事態だった。

 これでは、自分がなんのために町はずれに降り立ったのか分からない。


 ため息を吐く乗り手にヴァフォルは一度引くと、その視線をラウノアに向けた。相棒の視線にシャルベルも後ろを振り返る。


 ラウノアの銀色の瞳と、シャルベルの澄んだ青い瞳が、かちりと合わさった。ラウノアの目には冷淡な印象を抱かせる精悍な容貌が映り、シャルベルの目には銀色の髪を揺らす冷静で感情の読めない表情が映る。

 目が合う、それだけのこと。それでもラウノアは胸の内が冷えるのを感じ、心臓が一度大きく脈打ったのを感じた。それでもそれを表に出すことはなく、立ち上がり淑女として礼をした。


 そんな両者を見たヴァフォルは身を翻すと、少しだけ離れて、日向ぼっこと言いたげに伏せの体勢をとった。

 相棒の挙動に理解が追いつかず、シャルベルは一度その視線を逸らし、ラウノアとともにいたココルザードへ視線を向けた。


「前ベルテイッド伯爵ですね。突然のこと、驚かせてしまい申し訳ありません」


「いやいや。はははっ。まさかこんな所で竜が見られるとは思いませんでした。隠居生活も悪くないものですな」


 軽やかに笑うココルザードから悪気は感じない。シャルベルも「失礼しました」と述べ、ともに来たベルテイッド伯爵たちを見た。

 突然の竜に驚いていたが、どうやら敵意はないようだと感じた一同がほっと息を吐いている。しかし、当主たるベルテイッド伯爵は一つ咳払いをすると、シャルベルを見た。


「ご説明願えますか?」


「私は竜と町はずれの森に降りました。人が近づいたときのため、いつでも飛べるようにはしてきましたが、なぜここに来たのかは私にも……」


「そうですか。竜から人を傷つけることはそうないとは聞いていますが……」


「申し訳ありません。今後このようなことがないよう、気をつけます」


「お願いします」


 乗り手として謝罪するシャルベルに、ベルテイッド伯爵は大きく息を吐いた。ほっとしたような息に、隣ではベルテイッド伯爵夫人も安堵を表情に見せる。

 内心は困惑と疲労を覚えながら、シャルベルはもう一人の被害者へ視線を向けた。


 礼をするため立ち上がったまま、恐れも驚きも表情に見せず、なにも言わない様相は慎ましい印象を与える。


「ご令嬢。驚かせ、怖がらせてしまい、申し訳ない」


「いえ。驚きましたが、恐ろしいことはございませんので、ご心配には及びません」


「そうか」


 言いながら、シャルベルはラウノアを見た。

 控えめに下げられた頭。長い銀色の髪が風に揺れ、同じ色の瞳は今、瞼の下に隠されている。一歩下がるような佇まいは、それでも、品が感じられた。


 見つめる中、ベルテイッド伯爵夫人がそっとラウノアに寄り添い「大丈夫?」と心配そうに声をかけた。ラウノアもそれに対し「大丈夫ですと微笑み返す。


 そんな二人を見つつ、ベルテイッド伯爵家の来客だったのだろうか……と思いつつ、その身なりや所作から貴族令嬢だろうと予測をつける。

 立場上、貴族社会や社交界での顔見知りが多いが、あいにくと目の前の令嬢に覚えがない。うんざりするほど女性が近づいてこようとするので避けようとする癖がついているが、おかげでどこの令嬢だという情報が頭には多く入っているのだが、そこにも覚えがない。


 なので、シャルベルはココルザードに視線を戻した。


「前ベルテイッド伯爵。来客中に申し訳ありませんでした。私はこれで」


「いえいえ。シャルベル殿。この子は私の孫で、グランセの新しい娘です」


 笑みとともに放たれた言葉に、シャルベルは大きく表情を動かさずとも面食らった。

 ラウノアを見て、ベルテイッド伯爵を見る。シャルベルの視線にベルテイッド伯爵は笑顔で深く頷いた。


「先日、新たに娘として引き取りました。ですので、私の娘です」


「あなた。私とあなたの娘、ですよ」


「ああ。私たちの子で、息子たちの妹だ」


 ベルテイッド伯爵夫人はラウノアに寄り添い、ベルテイッド伯爵も笑顔を浮かべる。二人を見て、ラウノアも眉を下げて少し頬を緩めた。


(後継者のためになされることの多い養子縁組で、わざわざ……。まあ、他家のことに深入りするものではないな)


 家同士が決めたことであり、それを国王陛下が了承した。それが通っていれば問題ない。


「ベルテイッド伯爵令嬢、失礼した。私はシャルベル・ギ―ヴァントという」


「改めまして。ラウノア・ベルテイッドと申します」


 シャルベルにそっと頭を下げながらも、ラウノアは顔に出さずともその家名に驚いた。


 ウィンドル国でギ―ヴァントといえば、ギ―ヴァント公爵家しかない。

 建国よりの長い歴史をもつ名家で、莫大な財産を有し、政でも中心たる発言力を持っている。現当主は領地にいるため政治への介入は減っているそうだが、影響力は健在。加えて、領民からの信頼も厚いという。


(そんな方がいち伯爵家に来られるなんて……)


 シャルベル自身はあまり気にしていないようにも見える。用件は済んだらしく、すでに帰宅づもりの様子でベルテイッド伯爵と挨拶を交わしている。


(公爵家の方。それも竜使い。あまり関わらないようにしないと)


 内心で小さく息を吐きながらも、ベルテイッド伯爵たちとともに、王都へ帰るシャルベルを見送る。

 シャルベルが鞍に乗り、ヴァフォルが身を起こす。ヴァフォルは一度だけ頭を振ると、最後にラウノアに視線を向け、飛び立った。






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