29,それぞれの候補者
「――……そういうことですか。まあ……それなら俺は当てはまりませんね」
「しかし彼女しかいないようだ。平民からとなると数が膨大すぎる上、重臣たちはなにかと文句をつけるだろう。おまえに、それを跳ねのけてでも娶りたいほどの強い想いがあるならともかく」
「生憎と心当たりがありませんね」
改めてシャルベルとマクライ王から事情を聞いたライネルは納得して頷いた。
城下に出てふらふら寄り道をしてもそういった方面に走ったことはない。誰かに本気で入れ込んだことはない。花街に連れていかれたときもライネルは楽しくお喋りをするというだけで、誰かに入れ込んでいる様子も踏み込む様子もなかった。
それを知っているシャルベルも、ライネルが心から想う人となると誰も思いつかない。
「なんだ。王子は恋したことねえのか」
「ありません。入れ込まないようにしてきましたし、政略婚しか考えてなかったので」
「んじゃ、その副団長に恋するしかねえな」
「……すでに玉砕の気配が漂っているんですが?」
「よし。まあ相手は白竜が選ぶ女だ。ってことは王子は背伸びしなきゃならん。加えて剣術でも稽古するか?」
「恐ろしいスパルタ……!」
まだ見ぬ訓練に絶望を覚える。ライネルは机に手を打って愕然と項垂れた。
打ちひしがれるライネルなど気にせず、ギルヴァはしれっと視線をシャルベルに向ける。
「その副団長。誰かと婚約の気配は?」
「いや。そういった話は聞かない。……話はあるだろうが」
「マクライ王。ひとまず確保だ。そいつを逃すと相手がいない。もう一人の仲を引き裂いて話を進めることになる」
「すぐに侯爵に内々に話をしよう」
「王子。最悪権力行使で強引に進めろ。恋はその後だ。どうせおまえ、そいつ以外に嫁とってもよほどに魔力が強くねえと子は作れねえからな?」
「分かってる……」
やるしかない。打ちひしがれていたライネルだが、顔を上げてなんとか気力を取り戻したようだ。「人生最大の難所だ…」とぼやくライネルに「できる限りのことはいたします」とシャルベルも手助けは拒まない。
なんとか片方に目途がたった。そうなるともう一人。
「グレイシアのほうはよき相手はいたか?」
「それなら決めた。王女の傍に護衛がいただろ。年上の」
「ガドナンか? グレイシア付き部隊の隊長だ。シャルベルと同じ白い竜の乗り手だ」
「そいつだ。あの会場で一番魔力が強いのはそいつだな。その次が騎士団副団長同士。あの男の魔力の強さなら黄色が選んでもおかしくないかと思うが、まあ、あれなら問題ない」
その評価にシャルベルは僅か目を瞠った。
ガドナンとは竜使いとして訓練を共にしたことも少なくない。ヴァフォルはまだまだガドナンの相棒には勝てず、ガドナンの相棒は身体も大きく強い。
(ガドナン殿は何度か選定を行って選ばれたのだったな……。それまで何度も選定時に会っていたはずだが…)
そういったことは初めましての竜でない限りは珍しい。今の乗り手たちもほとんどは初めましてで選ばれた者たちだ。
「……なぜ黄色はガドナン殿を選ばなかったんだ?」
「さあな。俺が知るのは、乗り手に相応しい魔力の強さとそいつの心だ」
「心……?」
「竜は人間の心をよく見てる。敏感に感じ取る。こいつは駄目だと思えば選ばねえよ。結局それは竜が決める、竜の基準だ」
誰かにどうにかできるものではないとギルヴァは言う。それを聞いてシャルベルもそういうものかと口を閉ざした。
(魔力が充分でも心次第では下の竜が選ぶこともあるのか……。ということは逆もあり得るのか……?)
ギルヴァの言うとおりなら、自分には少なくとも白かその下の青色の竜が選ぶ魔力があるということだ。心を竜がどう見ているのかは分からないが、ヴァフォルは魔力が少ないとしても心で補えると見て選んでくれた可能性もあるということだ。
「王女の護衛もちょいと歳は上に見えたが、護衛やってるならある意味候補の一人だろ。王女と護衛の婚約となるとまあ少々騒がしくなりそうだが、それはそれで面白い」
「おまえがそう言うのは少し意外だな。まるで恋愛小説の題材だ」
「ラウノアだってそういう本は読んでるからな。たまに暇つぶしに俺も読むくらいだ」
ラウノアが読む本を教えてもらってシャルベルも読むことがある。その中にそういった類の本があることもある。
なので全く読まないというわけではないが、どうやらギルヴァもそうだったようだ。
「相手が決まれば次は鍛錬だ。つっても昼間は無理だから夜だな。仕方ねえから、俺が夜に王宮のおまえの部屋に侵入するから、そこで訓練」
「堂々と王宮への侵入宣言をするな」
「仕方ねえだろ」
「警備はどうする?」
「穴作らせたら不審だ。バレねえように行くが、バレかけたらなんとかしろ」
なんという他人任せ。しかしギルヴァが口封じに動くとそれはそれで問題なので、ライネルは「う、うむ……」となんとも言えずに頷いた。
息子にこれから降りかかる苦労を察しつつ、マクライ王はギルヴァを見つめる。
「ギルヴァ殿。我が子らのために苦心いただき感謝する」
「気にするな。今、王家や国に何かあればラウノアが困る」
いつだってブレないなと、シャルベルは隣を見て思う。
ギルヴァの基準はどこまでもラウノアだ。その幸せ、その意思を可能な限り尊重している。
(それほどに、こいつの中での過去の事は大きいのだろうな…)
ギルヴァはとうに死んでいる。それでも今、こうしてその存在を感じる。いるはずのない存在、言葉を交わすことなどない存在。
死してから知ったことにギルヴァはどんな想いを抱いたのだろうか……。
「ってわけだ。王子、今夜からやるぞ」
「こっ……!」
「当たり前だろ」
……ライネルが非常に苦労しそうである。普段見ることのない苦し気な様子に珍しさを感じつつも、シャルベルにはどうもできないので沈黙を保った。




