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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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27,積み重ねる思い出を

 ♦*♦*




「――……なるほど。まさか昔の記録が残されてたとはな。ウィンドル国王が承知してたのはそのせいか」


「はい……。驚きました。わたしも、国の書物も記録も全てないと思っていました」


「歴史から消してるからな。そう思って当然だ」


 いつもの草原。かつてギルヴァが古竜や大切な人と逢瀬を交わした、大切な思い出の詰まる場所。

 ギルヴァの記憶から再現されているここの空には、いつも竜が飛んでいる。


 それを見るようにギルヴァが草の上に寝転がった。


「あーあ。知られちゃまずい奴に知られて、しかし生き残ることになるとは」


「ギルヴァ様は逃亡の準備をされておられたのでは?」


「さあな。……とはいえ、王の考えは今はまだ個人のものだからなんとかなる。王や俺たちの手を離れたところで知られれば、王も決断を変えざるを得なくなる可能性が高い。引き続き、気は抜くな」


「はい」


 そうだ。今はまだ自分も秘そうとしてくれる人たちだからなんとかなっているだけ。そうではない者が出てくれば、事態は大きく変わる。

 そうなってほしくはない。


「しかしまあ、王家はつくづく惜しい」


「? とおっしゃいますと?」


「おまえがカチェット家を出るとき、想定される厄介がなければ王はおまえを王子の相手として迎えることができた。そうなってれば、今婚約者問題で頭を抱えることもなかった。おまえならあの呪いも捕食できるからな」


「それはそうですが……。わたしはお断りしたと思います」


「だろうな。だから、トルクの奴がとった方法はおまえに婚約者という守りを与え、王家すら説得できる手を持たせたってことだ。おまえの婚約者は自分になにができるかと模索してることがあるが、あいつが婚約者じゃなけりゃここまできてねえだろ」


 シャルベル以外にも名乗りを上げた者はいた。けれど自分はシャルベルを選んだ。家や親の力を駆使するではなく、自分の言葉で、ラウノアの心を思いやってくれた、その心を。

 だから、ちゃんと隣に立つ決断も下すことができた。


「ギルヴァ様もシャルベル様を信用なさっているのですね」


「おまえが信じるなら俺も信じるしかねえだろ。とはいえ、あいつが心変わりでもすれば言え。百発くらいは殴ってやる」


「しないでください!」


「自慢じゃねえが、俺は顕現できる肉体の主とその血筋の者を泣かせるだの苦しめるだのしてきた奴らはバレねえように悪夢を見せてきた。安心しろ。とっておきをお見舞いしてやる」


「できません! って、そんなことをなさってきたのですか!?」


 衝撃の事実を暴露された。ギルヴァはいつだってバレないようにしてくれて、用もなく外に出るようなことはないと言っていたしそう聞いていたから。

 まさか自分が知らないだけで勝手なことを……そう思ってギルヴァを見るが、飄々とした様からは読み取れない。


「当然だろ? おまえらを苦しめる奴を見逃してやるほど、俺は優しくねえよ。必ず守るって約束したからな」


「そうですが……。しないでほしいです」


「そりゃ無理だ」


「……くれぐれも、見つからないようにお願いします」


「おうよ」


 ニヒヒと笑うギルヴァに少し頬を膨らませてしまう。困った人だ。


 ギルヴァはずっと約束を守り続けている。自分が顕現できる肉体が現れたときには必ず。

 我が子がいたことを知らず、最愛の人と共に生きる道を選ばず、死して知ったことに愕然とし、必死に守り生き抜いた愛する人に――誓った。


 最期までその立場であることを優先したことに後悔はない。だから次は――彼女が守り抜いたものを、立場もなにもかも関係なく、なにを賭しても守り抜くと。


「……嫌な記憶、思い出させなかったか?」


「大丈夫です。それに……嫌だなんて思ったこともありません。大事な、大事な、ギルヴァ様とユリフィ様の、思い出です」


「思い出か……」


 その口許に浮かぶ薄らとした笑み。その目がなにかを思い出すように揺れて、ラウノアは視線を草原に移す。

 過ごした時間。交わした言葉。出会いと別れ。涙と笑み。

 知っている。代々の当主たちもラウノアも、それは何度も夢に視る。


 カチェット家は国内で唯一、数が減ってあちこちに散らばった精霊の集まる家だった。

 それは偶然ではない。国の滅亡とともに自然を失い、追われた精霊たちは愛する気配に引かれたのだ。

 それが、始祖の意を受け取ることができる巫女だった。魔力とはまた少し違う力に精霊たちは加護を与えた。それは、その家で赤子が産まれる度に続いた。


 精霊が愛した始祖と深い関係のある巫女。そしてその巫女が交わり為した子はこれまた精霊の愛する聖獣の血を引く者。

 ギルヴァの力は、魔力は、巫女の力に引っ張られるように呼び戻されたものでしかない。


 ――だから、あの家で、あの場所で生まれる、精霊たちの愛する血を受け継いだ者でなければ、もう、加護が与えられることはない。


 それが分かってもやっぱり、ギルヴァの想いは変わらなかったけれど。


「ラウノア。おまえもたくさん作れ。あいつとの思い出」


「はい」


「俺も、随分たくさんの思い出ができた。特におまえは誰よりも忙しない刺激的な思い出ばかりだな」


「そっ、それは仕方がないかと……」


「ははっ。いいことだ」


 軽やかに笑う。そんなギルヴァを見て、少しだけ笑みが浮かぶ。


(ギルヴァ様にもたくさんの思い出を、もっと、これからも――……)






 ♦*♦*




 社交期の始まりといえる、王家主催の夜会の当日。

 今年社交界にデビューするあどけなさも残す少年少女たちは、華々しく、絢爛に、煌めく世界に圧倒される。

 社交の始まりということで力の入り具合が分かる女性たち。その視線は男性を追いかけたり、足で追いかけたり。男性たちも女性に声をかけたり、久方の友人や知り合いへの挨拶にも忙しい。

 今年デビューする少年少女を連れた親たちは挨拶に回り、緊張している子息令嬢たちも各家に挨拶を行う。ラウノアもベルテイッド伯爵家の中でそういった挨拶を受けていた。


 社交期の始まりのこの夜会。デビュタントの子息令嬢たちは、親と共に王家に挨拶することが決まりとなっている。

 初の社交会で王家に挨拶など緊張以外のなにものでもないが、高位の貴族でないとこの機会以外で王家と言葉を交わせることはないに等しい。

 だからか、緊張しながらもはきはきと挨拶をする子息令嬢は少なくない。どこか微笑ましい光景には王家の面々も終始にこやかだ。


「ラウノアはデビュタントのときも今と変わらず落ち着いていたな。よく憶えてる」


「そんな……。わたしもとても緊張していました」


「そうか? 見えなかったな」


 軽やかに笑うベルテイッド伯爵にラウノアも微笑んだ。

 父だけの同伴で出席した初めての社交の場。伯父であるベルテイッド伯爵はもちろん王家にも挨拶をした。目立たずを心掛けそう振る舞ったことは今も変わらない。


 ベルテイッド伯爵の言葉に伯爵夫人ロイリスが軽やかに喉を震わせる。


「私も憶えているわ。なんてしっかりした子なのかと驚いたもの。我が家は…クラウは平然としていて緊張のきの字もなくって」


「可愛げがなくてすみませんでしたね」


「ケイリスは終始はしゃいでいて。しまいにはクラウが首根っこを掴んでいたわね」


「楽しんでたのに兄貴が邪魔するんだもんさ。ひどいと思わない? ラウノア」


「ふふっ。お二人は本当に仲がよいのですね」


「「どこが」」


 声が揃って、むっとして、相手をじたりと見る。そんな動きも一緒だからベルテイッド伯爵と夫人と揃って笑ってしまうのだ。







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