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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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222/242

26,約束を胸に翼を広げる

「ま、相手の魔力によっておまえの成長も変わる。良い相手がいることを願ってろ。赤ならそのまま、黄色なら立ち上がり、白なら背伸び、青や緑ならジャンプだな」


「言葉が軽いせいで中身のハードさが全く伝わらないっ……」


 普段ライネルは自由で気ままだ。寄り道と称してふらふらとして、市街に遊びに出ることだって珍しくない。

 そんな自由で軽い王太子は、振り回す側になれど振り回される側になることは滅多とない。


(殿下が遊ばれている……)


 ケラケラ笑うギルヴァ。崩れ落ちているライネル。

 そんな光景にシャルベルは物珍しさを覚えたが、それはマクライ王も同じようで笑っている。


「ライネル。しかと教育してもらえ」


「死にますけど!?」


「おー。死なねえように頑張れ」


「死なせないようにしてくれるか!?」


「甘いわ小僧」


 ハッと鼻で笑ってライネルを見下すギルヴァ……ラウノアの図。

 普段ならばありえない光景である。しかしてギルヴァの性格か雰囲気のせいか、全くラウノアという見目に左右されないのはある意味いいことであろう。


 涙を流しながら「うぅ……」と倒れるライネルをそのままに、マクライ王はギルヴァを見た。


「ギルヴァ殿。ライネルもそうだが、娘のグレイシアの相手もよければお探し願いたい」


「ああ。王子の呪いはいつでも発動できるように花開いてるが、王女の呪いはまだ芽吹いてる程度でありかつ弱い。赤か黄色、白でもおそらく問題ない」


 ライネルは王太子。グレイシアは王女であるが、ウィンドル国において女王誕生の歴史はない。いずれは王家を出てどこかの家に嫁に入る。

 グレイシアが絶対に安全という保障があるわけではないが、呪いの芽吹きに差があるのはおそらくそういうこと。


 とはいえ、グレイシアの呪いも成長する可能性は大いにある。そのまえに相手を見つけ、早々に婚姻させたほうがいい。


「強ければ強いほどいいが、王女のほうは魔力の強い相手なら王女自身の呪いも薄まる可能性がある」


「! そうなのか?」


「可能性だ。身体の深く……血に刻まれる類の呪いは外部から解呪はできず、次代にまで受け継がれる。つまり、母親の腹の中からってことだ。男はどうしても刻まれた呪いを与える側になり、女は受け取る側になる。与えるだけの男と違って、女は受け止めた男の魔力を呑み込むんだよ。そこで男の魔力が強いと、女の魔力を捕食できる。女自身の呪いを削り取ってくれる可能性がある。おまえの場合は逆だな」


 話を聞く三人が難しそうに表情を歪める。


「他者の魔力は呪い、ではなかったか?」


「それを混ぜて一つとできるのが唯一、女の胎の中だ。とはいえ、王女がいくら魔力を受け取っても完全に消せるもんじゃねえだろうな」


 ふむ…とギルヴァがなにやら思案する体勢に入るのを見て、シャルベルも頭を整理することにした。


 次期後継者たる王太子ライネルにかかっている呪いは、グレイシアよりも遥かに強く、次代へ継がせないためにはライネルのその呪いのかかった魔力を受けとめて呑み込んでしまえる女性が必要になる。女の魔力で呑み込んでもらい、ライネルが与える呪いを消し去ることで赤子に継がせない。グレイシアは逆に、男性の強い魔力によってグレイシアの呪いを呑み込んでもらい、自身の呪いも削り取ってもらう。

 どのみち必要なのは強い魔力を持つ者。そしてそれは、限りなく少ない。

 考えていたシャルベルは気づいた。


「相手を見つけて次代が誕生したとしても、殿下自身の危険は変わらないんだろう? それによって国が混乱する可能性もあるはずだ」


「あるな。まあ……血の呪いとなると外部からできることはないに等しいんだが……」


 口許に指を添えたギルヴァは、なにやら徐に手の平を上に出す。銀色の瞳が光を放つと、ぶわりと風が生じた。


「「「!」」」


 光輝くような、不思議な風。しかしまるで水の中であるかのように冷たさもある。

 徐々に収まった冷たい風は、ギルヴァの手の平を中心に静まった。


 残ったのは、三つの石。緑のような青のような不思議な色をもつ石。

 それを指で持って光を透かすように確認したギルヴァは、それをライネルに渡す。


「これは?」


「俺の魔力で生成した石だ。それ自体が微量だが魔力の波を発生させている。おまえらの呪いは身体内部としての病なんかの影響で出る場合と、事故だ事件だと外部から引き寄せる影響があるだろうと俺は見てる。呪いを抑えるにはそれなりの魔力をぶつけるしかない。ってわけで、呪いに容易く勝てる俺の魔力を波の振動のように与えて影響を抑える」


「相殺させる魔力か……」


「ああ。できれば肌に直接触れる部分に着けたほうがいいし、肌身離すな。効果が薄れる。一つは王女、もう一つは念のためマクライ王が持っておけ」


 しかと握りしめ、ライネルは頷いた。


 解呪できない呪い。それがどういう影響を与えてくるか分からない。病になるか、事故に巻き込まれるか、不審な死を遂げることになるか……。

 恐ろしくないといえば嘘になる。しかし、これを次の代へ引き継がせるわけにはいかないし、こうして守ってくれる者もいる。


(父上がギルヴァ殿を斬るとしていればこうはならなかった。過去の過ちを認め、歴史に興味を持つ父上でないと。……そう思うと、不思議な巡り合わせだな)


 このときにラウノアの秘密を知ったのも。守ろうとするシャルベルがいることも。ラウノアがカチェット家を出たことも。起こった様々な事案と、クロリスのことも。


「――……縁とは、不思議なものだな」


 こぼれたライネルの言葉にギルヴァの視線が向く。

 この場所も。現王家も。ラウノアの婚約者も。――カチェット家の当主たちが守り、秘してきたこと。知られてはならない者に知られ、その人が下した決断。


「ラウノアは、引きが強いからな」


「……?」


「秘密に触れても姿勢を崩さない婚約者。見逃す決断をした国王と王太子。国を貶めるかつての同胞。まず近づくことはなかっただろう古竜。――全部この時代でないとできてねえよ」


 そこにいたのがラウノアだった。最後の、ラウノアだった。

 それがおかしいから、どうにも口端が上がってしまう。


「それに、ラウノアじゃねえと気づけなかったこともある」


 ギルヴァの視線が動く。その先に居るのは、ライネルに懐くあの鳥だ。

 すっかり怪我は治ったようで傷痕も見えない。元気そうに翼をばさばさと広げる姿を見て、ギルヴァは指で手招いた。


 それを受けて鳥が翼を広げる。腕に乗った鳥に、ギルヴァはまず水魔法を手にかけ身体を撫でる。ぶるぶると身を震わす鳥を、今度は熱魔法、そして風魔法をかけて撫でる。

 ばさっと翼を広げた鳥を見て満足そうな顔をすると、ギルヴァの視線はライネルに向いた。


「ほら。約束だ」


「あ。おっと……!」


 翼を広げた鳥はライネルが慌てて上げた腕に止まる。その爪がライネルを傷つけないように、そっと。

 飛んでも問題なさそうな様子に安堵の息を吐いた。


「よかった。元気になったんだな。なにかあれば本来の飼い主に申し訳ない」


「いねえよ。そんなやつ」


「……いない?」


 怪訝とライネルがギルヴァを見る。ギルヴァは鳥を見て「ラウノアはまだ言ってなかったのか」と隣にいるシャルベルに問うが、返ってくるのは怪訝と首を傾げる仕草。

 仕方ない、とギルヴァは鳥を見た。


「いや……。これほど人慣れしている鳥だ。飼い主がいるはず……」


「人慣れしてて当然だ。――そいつ、中身は人間だ」


「「「……は?」」」


 三人の声が揃ったがギルヴァは調子を変えない。自分のことを話されていると解っているのか、鳥もまたじっとギルヴァを見つめる。


「ラウノアがどこまでどう説明したのか知らんが、クロリスはおそらく、かなり衰弱していたか息絶える寸前だった別の人間の魂を追い出してその肉体を占領していた。本来追い出された魂は消えるものだが、消える前に、追い出された衝撃で別の肉体に入った、なんてこともないとは言い切れない」


「別の肉体……」


「そいつ、随分おまえに懐いてる……いや、おまえを守ろうとするな。命を賭してまで守るなんてことは――まるで護衛か側近か」


「っ……」


 息を呑んだ。まさか…と頭をよぎった。


 クロリスはカーランの身体を使っていた。ならば、本来のその体の主は?

 魂を追い出されるほど体が弱り果てていたとするならそれはいつ? あったじゃないか。まだ彼が騎士団にいた頃。


 約束したじゃないか。――『帰ってきたら、俺の護衛になれ』と。


「――……っ、カーラン……?」


 ――もう、どこにもいない友。


 震える声。まさかと疑念を持つ表情は泣きそうに歪んでいる。

 それを見て、聞いて、鳥はゆっくりと頭を垂れた。


 だって、知っている。

 初めて目が合ったとき、自分を見て逃げようとしなかった。去っていくまでずっとその場に留まっていた。まるでそのときの無礼を謝罪するかのように、謝罪の品を持ってやってきた。

 何度も執務室に来て、私室に来て、ライネルの不安を察するかのように病のグレイシアを見舞っていたとグレイシアから聞いた。

 決して肩に乗ってはくれない。いつだって窓辺に、仕事の邪魔をしないように腰を下ろして見守っていた。


 だから思わず、その小さな頭に手を置いて、こつんと額を当てた。――そうしないと、情けない顔を見せてしまいそうだったから。


 さすがにマクライ王もシャルベルも目を瞠って驚きを露にする。


「本当なのか……?」


「あの鳥からはクロリスが歪めた精霊の力の残滓、それとは違う魔力を微かに感じる。あのカーランの身体に生来あったものと同じだ。間違いはない。鳥に飛び込んで少々ねじ曲がったのか……カーランの自我があれどまるきり本人ってふうでもねえな」


 ライネルを慰めるように鳥がするすると嘴を寄せている。

 それを見つめてふっと表情を緩ませるギルヴァを、シャルベルはじっと見つめた。


「ってわけだ。その鳥は大事におまえが傍に置け。人間は魔力に鈍いが、いつだって過酷な環境にある生き物は今も魔力を感じとりやすい。呪いが外部からのものを引き寄せる場合、そいつは他の奴より気づきやすい」


「っ、ああ。分かった」


 ライネルの手が優しく鳥を撫でる。鳥もまた気持ちよさそうに瞼を落とす。

 それを見てから、ギルヴァは「さて…」と話題を変えた。


「話はこんなもんか? ウィンドル国王」


「そうだな。またこうして直接話ができると嬉しいものだ」


「やめとけ。第三者にばれれば面倒だ。俺もラウノアに頼まれない限り外出はしない」


「それは残念だ。では、明日の夜会では頼む」


「ああ。承った」


 外套を被り顔を隠す。そうしてギルヴァはシャルベルの手を取った。

 そしてその姿が、消える。ハッとライネルが息を呑むと、どこからか吹いてきた風が頬を撫で、階段上へと吹き抜けていった。






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