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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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218/240

22,色濃く残る場所

 ♦*♦*




 それは社交始まりの前に片付けるため、翌日の夜とされた。

 マクライ王はライネルとともに二人の護衛のみをつれていつぞやのように城内の奥へ。目的のそこが近づく前に護衛を一人様子見のため配置、目的のそこが見える場所にまた一人を配置し、マクライ王とライネルは地下空間へと降りた。


 しかして今日は、一つだけ違った。

 扉を開けて階段へ一歩足をかければ、ボッと火が出現する。それは階段の下へと続き、道を照らす。


 一瞬驚きながらも、国王と次期国王は足を進めた。階段を下り終えると、それまで照らしてくれていた火が消える。

 階段を下りた先に火がともり、そこに広がる空間全体が照らされるほどに明るくなった。木に灯しているでもない火が宙に漂うようにして灯りとなる。不思議な光景にライネルは思わずそれを見つめた。


「これはそなたの力か? ラウノア嬢」


「いえ。先に足を踏み入れた方が」


「見事だ」


 空間の奥、石の箱が置かれた段の前にラウノアが立っていた。その隣にいるのはシャルベル。その逆隣にはライネルの見知った鳥。元気そうな鳥の姿にライネルはほっと息を吐いた。

 二人は同じように外套をまとっている。隠れて来たのだろうと察しつつも、ライネルは首を傾げた。


「ここへの入り口は鍵がかかっていたが……どうやって?」


「あの扉は鍵の他にも開ける方法がありますので、そちらで。見破ったのはわたしではありません」


 ちらりとシャルベルを見るが、シャルベルも首を横に振る。だからなんとなく解ってしまった。


 改めてラウノアはマクライ王に向き直る。王もまたその視線をまっすぐラウノアに向けた。

 僅かな緊張感。感じ取るシャルベルも二人を見つめる。


 いつものようにやってきたギルヴァ。外套で隠れて城へ向かい、「城の奥にある、蔓草の蔓延る石の地面」という場所を手掛かりにギルヴァと向かった。

 どこだろうと探していれば、なぜかギルヴァは「あそこだな」とこの空間を見つけた。しかも、触れただけで扉を開けて。

 仕組みは知らない。聞いていない。ここへ降りてすぐにギルヴァはラウノアと交代したから。


「ラウノア嬢。此度の席に応じてくれて感謝する」


「こちらこそ。先の契約を結んでいただけて安堵しております」


「なに、あれくらい。互いに望むものは同じであろう。……こういってはなんだが、私はそなたの内にいる者というよりも、その歴史を知りたいのだ」


 国に関する大事。それよりも個人的な望み。しかしそれは、つまり――……。

 ラウノアはぐっと拳をつくった。問われても答えは出さない。そのつもりだったのに、今、そこに別の波紋が生じる。


「――……陛下は、どこまでご存知なのですか?」


 迷いも恐れも抱くような小さな問い。マクライ王は「少し待て」と一度身を翻すと、空間の隅にある扉を開けて中に入る。そして、一冊の書物を手に戻ってきた。

 見つめるラウノアの前に差し出された古びた書物。それを受け取ったラウノアはそっとページを開いた。


 その合間、空間に沈黙が落ちる。長いような短いような、誰も音を発さない静かな時間。

 やがてそれは、ラウノア自身によって破られた。


「……解っておいでだったのですか。それでも、あの契約を……?」


「歴史とは、真実とは限らぬ。都合のよいものに変貌し、都合の悪いものは消し去られる。それは現実が消えるわけではない。確かにそこにあるものだ。上に立つ者ならば尚更、それから目を逸らしてはならん。違うか?」


「っ……」


「なにが真実であるのか、今となっては知りようがない。しかしどのような形でも変わらぬものがある。――ギルヴァ・ディア・ルーチェンハインは存在した。そこで為したことがあった。為せなかったことがあった。その歴史は横に並ばず積み重ねられた。重ねる時間が増えるほど、下は潰れる」


 ぐっと書物を持つ手に力が入った。唇を噛むしかない。


(この書物を読んでいたから、陛下は殿下からの報告でギルヴァ・ディア・ルーチェンハインの実在を知り、この場を望んだ。最も知られてはいけない人に、知られていた……)


 知らなかった。こんな書物があったなんて。

 いやむしろ、真っ先に燃やされている類の書物のはずだから、だから存在しないと思っていた。これまでも何冊も歴史書を読んだけれど、一文字だって記されているものはなかったから。


 だからもう、消えたのだと思っていた。


「……ならば、なぜ、契約したのですか? なおさら……わたしの首を落とすべきではないですか」


「そのようなことをすれば私は二家から恨まれるだろう。そなたに被せられる罪状などない。どれもありえないと一笑されるだろうからな。それに……もう、千年前の話だ。今のそなたたちに、恨みを晴らし、国を盗る意思があるなら、話は別だが」


「ありません。そのようなことはあの方の望みではありません。もう……終わったのだと、誰よりもあの方がそう解っておられます。かつての記憶を血で汚すことをあの方はしません」


「ならば、こちらもそのつもりで在ろう。それに、ルフの娘であるそなたを死なせることは、できるならばしたくはない」


「……なぜ、母を?」


「私の初恋の人だった」


 思わぬ言葉が飛び出した。シャルベルもライネルも驚きに目を瞠る。それはラウノアも同じで、ぱちりぱちりと瞬いてマクライ王を見る。

 三人の視線にマクライ王は小さく笑いながら石段に座った。


「一度だけ、妃になってほしいと伝えたことがあったが断られた。慎ましくも聡明で、学識ある彼女ならば申し分ないと思ったが、次期領主であるからと言われてな。分家から養子をとることもできるはずだと粘ったが、「家を継ぐのは直系の女性という決まりだ」と断じて首を縦に振ってくれなかった」


「! だから陛下は、我が家の決まりをご存知だったのですね」


「彼女とは何度か会っていたからな。その中で聞いたのだ」


 やがてマクライ王は気持ちを切り替えてアリエッタ妃を迎え、ルフはトルクを迎えた。互いに幸せな道を進んでいた中、ルフが世からいなくなった。

 その知らせを受けて悲しんだ。よき領主だった、よき人だった。幸せそうな光景を見ているといつも安心できたし、ルフがトルクに向ける愛情を感じていたから安堵していた。だから自分も、政略関係だと突き放すことなくアリエッタ妃との関係を構築できた。


「ルフと同じように次期領主として育ったそなただ。ベルテイッド伯爵家に養女にという嘆願を受けてすぐ、下手な家に渡ればその聡明さが失われるのではないかと考えた。ライネルの相手としても考えたが、状況が悪かった。それでギ―ヴァント公爵に話を振ったのだ。そのときは、まさかそなたにこんな秘密があるとは思わなかったがな」


「なるほど。それで俺はシャルベルに後ろから刺される未来を回避できた、と」


「刺しません」


 非常に納得しているライネルにシャルベルは実に不満げだ。少しだけ空気が和んで、マクライ王も喉を震わせる。


「しかしよい結果になった。シャルベルがそれほどにそなたを守ろうとするならな」


「「!」」


 にやりと意地悪い王の笑みにラウノアは思わず視線を逸らす。が、逸らした先でシャルベルと目が合ってしまって、互いにばっと顔を逸らした。

 そんな二人にマクライ王はさらに笑い、ライネルはやれやれと肩を竦める。


「ラウノア嬢」


「はいっ!」


「私は混乱を生むつもりはない。歴史からしても、公になれば皆が願うのはそなたの首になる。結果は同じだ。国を荒れさせるわけにはいかん。ギルヴァ殿も今のままでよいとされるならばそれが互いのためだ。契約通り、秘密は生涯この胸に仕舞おう」


「……はい。ありがとうございます」


 深く頭を下げた。王の寛大な決定に心から感謝を。


 平穏を願っても、ギルヴァという存在でそうはならない。王に知られることもまたその一つ。

 しかしマクライ王はラウノアと同じことをすると言ってくれた。そして次期王たるライネルも。


(わたしで全てが終わる。何事もなく終われるなら、それがいい)


 これからも危険はあるけれど。今までと同じように警戒していくけれど。

 少しだけ安堵している。






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