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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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216/240

20,秘密の招待

 ♦*♦*




 社交の始まりともいえる王家主催の夜会。アカデミーを卒業した者たちが卒業続きで参加し、大人の社会のデビューを果たす場。

 そんな夜会を三日後に控える中、ラウノアは伯爵邸の庭でほっと息を吐いた。


(あれから、特に動きはなし)


 春の社交が始まるまでに決着をつけるとしたギルヴァ。シャルベルも同行させたギルヴァと、そこに放り込まれたライネル。

 なんとか主目的は達成された。けれど、問題を起こした。


(殿下は陛下に報告する。カーラン様のことも、その戦闘も。陛下がどう見てどう判断するか、わたしには分からない。……だけど)


 見せてしまった秘密はたとえまだ一端だとしても、それでも充分すぎるほど、知られてはいけないもの。

 切に願うのは、ベルテイッド伯爵家やギ―ヴァント公爵家に迷惑をかけないこと。――シャルベルにしたくない願いを突き付けないこと。そうなるよう自分でもできる限りをする。


 ――それでもそれが叶わないなら、ラウノアにできることは唯一つ。

 だから、いざというそのときのための準備はしている。抜かりはない。


 だけれど、その覚悟があるのに、どうしても浮かんでしまう人がいる。

 だから困って、口許が歪に歪む。


(それでも――……ごめんなさい)


 現状の王家に動きはない。マクライ王からも呼び出しなどはない。

 今はまだ平穏だ。――今のうちに、逃げてしまおうか……。


「お嬢様。ギ―ヴァント公爵子息様がお見えです」


「……うん。こちらへご案内して」


 知らせにきてくれたガナフの言葉に、少しだけ返事の間を要してしまった。

 情けないと自分を嗤っているとその足音が聞こえ、視線が向いた。


 仕事帰りなのだろう、騎士服のままやってきたシャルベルは、ラウノアを見て僅かに笑みを浮かべる。

 そんな表情を愛おしいと思うのに、思えば思うほど、心は苦しい。


 前の椅子に座るシャルベルにマイヤが茶を出す。それを口に含んでから、シャルベルは口火を切った。


「ライネル殿下から、預かり物を受けた」


「……はい」


 仕事帰りにシャルベルが立ち寄るとき、必ずなにか用件がある。それを知っているから心構えはできていた。

 シャルベルが差し出すのは一通の封筒。封をしている蝋にはなんの紋様もない。そして、差出人の名前もない。


 手が震えないよう気をつけて、封を開ける。傍に控える四人の側付きたちも緊張したようにラウノアの動きを目で追う。

 シャルベルもまた、じっと待つ。


 封筒の中には数枚の便箋。それを開いて、読む。

 長いような短いような時間。ラウノアがそれを読み終えるのをシャルベルと側付きたちは待った。


 風が吹く。沈黙が少しだけ緊張を助長させる。

 じっと黙って内容に目を通すラウノアがそっと目を伏せ、大きく息を吐いた。


「お嬢様……」


 たまらずイザナが前のめりになるのを傍でガナフがそっと止める。きゅっと眉根を寄せた悩まし気で苦し気なイザナの表情に、ガナフもラウノアを見つめた。

 側付きたちの視線、シャルベルの視線。便箋をそっとテーブルに置いた。


 伏せがちの眼差しでシャルベルを見つめて、悲し気に微笑んだ。


「陛下からの、お手紙でした」


「……陛下は、なんと?」


「ライネル殿下からご報告はすでに受けておられるようですが、それを公にするつもりはなく、お二人の胸に秘めると。殿下を救出してくれた礼と合わせて一度話をしたいと」


「……受けるのか?」


「受けなければ、公にするぞと呼び出されるかもしれません」


 冗談のつもりなのか、それでも想定している事態なのか、ラウノアの困り顔にシャルベルは笑えない。

 すっと顎に指をそえる。マクライ王からのこの手紙の内容をすんなりと信じていいものか。行けば不審人物として捕えられるなんて可能性はゼロではない。


 ライネルがすべてを報告している今、ギルヴァは正体不明すぎる。怪しげな技を持ち、王太子を救出した功績あれどそれは表に出されない。いなくなっても困らないし、むしろ国に仇なす危険を考えれば最悪は想定できる。


(ラウノアもそれを考えているのか……)


 事前に去ることもできただろう。だがそれは、伯爵家と公爵家をも巻き込んでしまう。


 側付きたちの表情も晴れない。非常に険しくなっているが、おそらく覚悟の上なのだろう。


「お嬢様……」


「陛下は、話の場にライネル殿下とシャルベル様のみを同席させると書いてあります。秘密の話、というおつもりなのでしょう」


「俺も? ……殿下の報告から俺も関わっていると知られているから当然か…」


「申し訳ありません。やはりこんなことに――」


「俺が望んだ。だから、君が責任を感じる必要はない」


 ラウノアの瞳が揺れるのを見つめて、それでもシャルベルは揺れない。

 後悔などない。自分で選んでここに来た。たとえこの先マクライ王と敵対することになっても、ライネルと決別することになっても、それでも――守ると決めた。この誓いを消すことができるのは、諦めたときの自分だけ。


 だから絶対に、諦めない。

 ラウノアの手を、絶対に離さない。


「……行くのか?」


「はい。ですがその前に、はっきりさせておくべきことがあります」


「というと?」


「陛下がどこまで本気で、公に、他言しないかという点です。これをしかと確かめなければ、わたしは応じることはできません」


 悲し気に、寂し気に、揺れていた瞳は一度閉ざされて、覚悟と強さを持って前を見据える瞳に変わる。

 それを見つめたシャルベルも胸が熱くなるのを感じた。


(強いな、ラウノアは)


 この覚悟はずっと変わらない。もしもを考え不安を抱き、それでも、そのときには決して逃げない。


「シャルベル様」


「なんだ?」


 白銀の瞳が自分を見つめる。悲し気なのに強くて、申し訳なさそうなのに迷わない、そんな瞳はいつだって目を惹いて止まない。


「こうなってしまった今、あなたは、どんな状況になるまで、わたしの傍にいてくれますか?」


「最期まで。この身が君と共に追われる日が来ようとも」


 解っているように瞳が揺れる。嬉しそうに悲しそうに、口許が笑みをつくる。


「シャルベル様。すべてを失って――……わたしのために死んでくれますか?」


 ラウノアの言葉を風が攫おうとする。まるで、言わないでと願うように。

 けれどこの耳に届いてしまったから、だから、口許が自然と形をつくった。






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