19,誰も知らないこと
そんな会話に区切りがついたとき、ふと、マクライ王が護衛たちを見た。
「おまえたち。少し外してくれ」
「……。御言葉ながら……」
「何かあればすぐ呼ぼう」
ライネルもゼオに視線を向ける。少し迷う様子を見せつつもゼオは頷いてもう一人とともに離れる。マクライ王の護衛もまた同じで、姿は見えるが声は聞こえない距離を保って護衛に徹する。
そんな護衛たちを見てから、マクライ王はその目をライネルに戻した。
「シュライゼン侯爵も意気消沈していた。しかし、息子がおまえを守り抜いたなら、それを誇りに思うとのことだ」
「……そうですか」
静かに受け止めた、つもりだ。しかし最後に見たカーランを思い出すから、そうじゃないと叫びそうになる。
カーランとは幼馴染だった。カーランは年上で、幼い頃は一緒に遊んだし、成長してからはライネルのためにとしかと諫言を与えてくれることもあった。頼もしい友だった。
頭も良くて、文官としても武官としても腕を振るえるだろうと思っていれば、決めた職場は騎士団だった。
それだけは、少し不満だった。
文官か近衛騎士になって、自分の側近として活躍してほしかったから。
『殿下のお傍につくために相応しくなれるよう、強くなってみせます』
実力も将来性も上官たちは認めていた。近衛隊に入ったってよかったのに。
そう、思っていた。
隣国セルグ国、その国境にある豪族との衝突が起こり、騎士団から派遣された騎士の中にカーランがいた。
危険なことになると分かっていた。だから、約束した。
『帰ってきたら、今度こそ近衛隊に転属して、俺の護衛になれ』
『殿下……。はい。お約束します』
――カーランは、いつからカーランではなかったのだろう。
いつもいつも自分が知るカーランで、いつから殺そうと狙われていたのかも、分からない。
「――陛下。お話があります」
「……。ああ。聞こう」
静かだが強い王の眼差しに、ライネルは誰にも聞かれないよう声を潜め、すべての事の本当の顛末を報告した。
マクライ王は一切口を挟まず、ただじっとライネルの報告を聞いていた。
すべてを聞き終えてやっと「……そうか」とだけをこぼした。その音は思いの外小さく、悲しみを抱いているようで、ライネルも視線を落とす。
しかし、顔を上げて言わねばならない。
「俺は……その人物について、なにを問うつもりもありません。すれば、シャルベルにひどく恨まれるでしょうし、国が混乱します」
「そのようだな。しかしライネル、おまえはその人物について思うところはあるのだろう?」
「……まあ、多少は」
聞いてしまった。疑問を抱いてしまった。
一度生まれたものを、なかったことにはできない。
「ライネル。少し付き合え」
「? はい」
突然立ち上がった父に続きライネルも席を立つ。歩き出す父の後に続けば当然に護衛たちもついてくる。
夜の王宮は静かだ。王族の眠りを妨げないよう、見回りの騎士は足音を殺して巡回する。
今は警備も強化されている。しかし、王の進む先はだんだんと人気がなくなる。
(どこへ行くんだ?)
王城の奥。王宮の奥。普段足を踏み込むことのない片隅。
慣れたように足を進めるマクライ王の後ろを、ライネルとゼオたちは怪訝とついていく。
やがて、マクライ王が足を止めた。その場所をライネルはくるりと見回す。
王城内ということで手入れはされている。しかし、まず人が立ち寄らないような場所だ。周囲には草木しかない。
そして、すぐ傍の地面は土ではなく、石板のような一枚岩の地面。それをまるで覆い隠すように草が蔓延っている。周囲が手入れされているだけあって、そこだけ異様な空気を出す。
「おまえたち、ここで待っていろ」
護衛にそう告げたマクライ王はその地面を歩くと、服から何かを取り出した。そして足を止めた場所の草木を軽く払い、知っているように手を伸ばす。取り出したものを地面に差し込むと、傍にある丸い輪を掴み、引き上げた。
蔓延る草がちぎれ、少量の土が落ちる。
「「!」」
ガガッと音がして、地面が口を開ける。すぐさまライネルが駆け寄って見れば下へ向けて階段が延びているのが見えた。
隠し通路。こんなところにそれがあると知って、ライネルは驚いた。
「こんな所に……。父上はいつこれを……?」
「父の跡を継いだときだった。教えられ、鍵を受け継いだ」
そう言って見せるのは、この扉を開けた鍵。かなり古いものだと分かる見目だが、その機能はいまだに健在。
マクライ王が護衛に目配せをすると、護衛はすぐに手に持っていたランタンをマクライ王に渡す。それを受け取ると「ライネル、来なさい」と息子だけを連れて階段を降り始めた。
二人だけで階段を下りる。唯一の明かりはランタンの火だけ。薄暗い中ではそれがないと足元さえ分からない。
人一人が通るのがやっとの狭さの階段の通路は、左右が石積みであるせいか余計な圧迫感を覚える。明かりに照らされると不気味な影が生まれ、あまり見たくない。
何段くらい下りたのか分からない中、前を歩くマクライ王が階段を下り終えた足でさらに進む。ライネルもそれに続き、周囲に目を向けた。
すっとマクライ王がランタンを渡してくれたので、それを手にこの空間を歩いてみる。
狭かった階段のわりにその先に広がる空間は狭くない。空間は行き止まりでこの奥に通路はない。
目を引くのは、入ってくる通路がある以外の三方の壁に描かれている壁画だ。入って左側には、人々の絵が描かれているようだが、よくよく見るとただの人ではなく頭に耳が腰元に尻尾のようなものがあるように見える。
(これは……)
入ってきた通路の正面。そこは左右とは違い三段ほど高い祭壇のようなものが作られていた。そこには細長くて重そうな二つの石の箱がある。
その石の箱の背後にある壁にも壁画が描かれている。耳や尻尾を持つ人が下の方に描かれ、その周りには色の薄れた丸い靄のようなものもある。そんな二つの上に、赤、黄、白、青、緑、そして黒の、竜の絵。竜のまた上には、白い獣の絵。
入ってきた通路の右側の壁を見る。こちらには大きく、白い獣と黒い竜が描かれていた。
三壁とも異なる絵。どれも、歴史書でも学びの中でも全く見たことのないものばかり。
「父上。これは……?」
「ライネル。――これが歴史だとしたら、どう思う?」
「歴史……? これが……?」
じっと壁画を見つめるマクライ王を見て、ライネルもその傍で再び壁画へ視線を向けた。
竜は歴史でも記されている存在だ。壁画に描かれているその色も同じ。
だが、ならばあの人は? 白い獣は?
(これが歴史だと――……やはり、そうなのか?)
まさかと思った。あの会話を聞いて。
今、その疑念が確信に近づく。
マクライ王の足が勝手知ったる場所のように動く。慌てて足元を照らしながら父に続き、空間の隅ある、石と同色に塗られた見つけづらい扉を見つけた。父が開けて入るその後に続く。
ランタンで全体を照らすと、空間よりも狭い場所だということが分かった。
机と椅子は後から入れたのか比較的新しいようだ。壁には書棚が置かれ、そこにはぎっしりと書物が埋まっている。足りないのか、幾冊かは机に置かれたままだ。
どの書物も古そうで、下手に触れば紙が破れてしまいそうだ。手に取るのを躊躇ってしまう。
少々迷いつつもそっとランタンを机に置き、傍にある本を手に取ってみた。
「……これでも近隣国含めて文字は学んだんですが…」
「読めぬだろう? 私も読めん」
さっぱり読めない文字言語が記されていた。
ライネルの形のいい眉が歪むのを見て、マクライ王は机にある一冊を手に取った。ぱらぱらとページを捲り、ライネルに見せる。
「中には、ウィンドル国の文字もある。おそらく、ここにある本のどれかを訳したのだろうな」
「父上がこれを研究せぬとは意外です。すぐにでもお命じになるかと」
「できぬのだ。ここを知って、私にも読める訳された書を読んでしまってはな。独自にやってはみているが芳しくない」
残念そうに、けれどどこか寂しそうに。そんな声音を出す父に、ライネルは差し出された本を手に取って慣れ親しんだ文字を読んだ。
――理解した。父がなぜそうしないのかも。自分の疑念も。すべて。
「――……陛下。では、あの男は……」
「間違いないだろうな。よもや、こんなところで判明するとは……」
「待ってください。あの男は、このままでは王家は絶えると俺に言いました。王家を存続させたくば竜に選ばれる者を妻にしろと。そこになにか企みがあるとは思えませんし、そうならそんな忠告はしないはずです」
「かもしれん」
「……それでも、ですか。それでも陛下は……あの男の、ラウノア嬢の――……首を斬るのですか?」
薄暗く静かな空間に、重苦しいほどの沈黙が落ちた。




