18,目立たせず
静かな草原に立つ四人。アレクはなにも言わずとも警戒を宿してシャルベルとライネルを見つめる。対するギルヴァは余裕を持っている。
二人の空気の違いを感じつつ、シャルベルはギルヴァに言葉を向けた。
「どこまで抑えられるつもりでいる?」
「城の状況次第だな。王子の不在で騒いでなけりゃなにを言う必要もない」
「そうはいかない。カーランの件がある」
「以前からの襲撃者が部屋に入り込み王子を攫った。カーランが気づいて、眠れずうろうろしていたお前を見つけて二人で王子奪還に挑む。で、こういう結果」
細かなところは一切詰めていないざっとした筋書きにシャルベルもライネルもなんとも言えない表情を浮かべた。
あまりにも適当すぎないかと突っ込んでしまいたい。すべてを正直に話したとして、では信じてもらえるのか。大きな混乱しか生まないことはシャルベルにもライネルにも解る。だからこそ、頭を悩ませる。
「状況的に不自然だろう。肝心の首謀者もいない」
シャルベルの指摘にギルヴァはなにも返さず、その視線をライネルに向けた。
答える気のない相手が自分を見る。その眼差しにライネルは無意識に背筋を伸ばした。
「おまえはどうする。俺があれこれ小細工をしたとして、事情聴取を受けるおまえがすべてを泡にすれば意味がない。おまえは、どう動く。――こんな、信用できるのか分からない相手に任せていいのか? 王太子殿下?」
挑発してくる目にライネルは逸らさず返した。ギルヴァとライネルが睨み合い、シャルベルも口を閉ざす。
ギルヴァにとってライネルがここにいたことは想定済みなのか、想定外なのか、シャルベルには分からない。だが、一切慌てていない様子はこの状況を考えていたように思わせるから、割り込むことができない。
「――……聞きたいことがある。カーランは、あれは……カーランでは、なかったんだな?」
「皮はカーランだが、中は違う」
それを聞いて、少しだけほっとした。
とはいえ、なにも知らない者たちからすればカーランであることに変わりはない。事がすべてカーランの仕業によるものだとすれば、大勢が疑問を持つだろう。
王子の護衛騎士がなぜ? あれほど真摯に務めていたのに。よもやシュライゼン侯爵家がよからぬことでも企んでいたのではないか。
カーランの生家シュライゼン侯爵家にも疑念の目が向き、王太子誘拐及び暗殺未遂となるとただではすまない。――たとえそれが、カーランではないとしても。
「……手を貸してほしい。カーランではない者の起こしたことでカーランやシュライゼン侯爵家を貶めることは避けたい。それに、ここでの全てを話すとなると、とても信じてはもらえなさそうだ」
おまえも望まないだろうとでもいうような笑みに、ギルヴァはふっと口端を上げた。
(罪は犯した者に。……側近を大事にする気持ちは、嫌いじゃねえよ)
思い出してしまう。自分は怒らせてばかりだったなと。
ライネルの判断がどちらであってもいい。受け入れるならそれでいいし、そうでないなら逃亡生活に入るだけだ。今の自分にとって重要なのは国や王族の判断の正しさではない。――ラウノアにとってどうであるかだ。
「とはいえ、さすがに……陛下にだけは本当のことを伝えないわけにはいかない。おまえのことも……」
「だろうな。王がおまえとは逆の判断をし、俺かラウノアに接触を図ろうとするならそこの婚約者かラウノアに即座に伝えろ。結婚式は中止、俺はラウノアを連れて国外へ逃亡する」
「そこまでか……。分かった。なんとか説得する」
すべてを投げだしても王との接触を拒む様に、そうするだけの事柄を意識させられる。
それも当然かもしれない。……なにせ目の前の人物は、他の者とは見目が違う。
(それにこいつ、まさか……)
さすがに問うことは憚られる。ありえないと頭では分かっているのに、まさかばかりを考えてしまう。
視線を下げるライネルの隣でシャルベルはギルヴァに向けて首を傾げた。
「だが、首謀者はどうする」
「こっちで手は打ってある。それに関してはこちらに任せろ。――それより、王子に一つ助言をやろう」
「助言?」
この件に関することかと思いライネルは無意識に僅か緊張した。
目の前のこの人物は少し年上というように見えるのに、その風格も威風も自分を遥かに凌駕しているように感じられる。絶対的な自信があるように感じられ、それが全身から放たれているようだ。
自分が下した判断に手厳しい評価でもくだすつもりなのか、ライネルはギルヴァをじっと見つめた。
「国を守り、王家の血を絶やしたくないなら、竜に選ばれる女を嫁にしろ」
「……? それは……どういうことだ?」
「身分だのなんだのよりそこを重視したほうがいい。できれば赤がいいが、黄色ならまだマシか。じゃなきゃ、王家の血にかけられている呪いが消えない」
「王家の血に、呪い……。まるで過去の不幸を持ち出すようなことを言うんだな」
「だから王家は薄氷の上なんだよ。現国王の呪いはおまえに移って薄まってるだろうが、おまえと王女は呪いの中だ。それがある限り、いつかは王家は絶える。そうさせたくなかったら赤か黄色の竜に選ばれる相手を伴侶にしろ。まあ、王女なら白でもぎりぎりなんとかなるかもしれんが、おまえは……微妙だな」
「なんだその微妙って」
「よし。ラウノアが気にしていたからちゃんと言ったぞ。ほら。さっさとそいつと一緒に王宮へ戻れ。こっちも隠ぺい工作があるんだよ」
堂々と隠ぺいと言うんじゃない。
気になる言葉ばかりに加え、むっとするライネルとシャルベルの背を押してさっさと歩かせ、姿が見えなくなってからギルヴァはやれやれと肩を竦め、同時に姿をラウノアに戻す。まとう外套のフードを被り、なるべく気配を消す。
「若」
「さっさと済ますぞ」
ライネルがシャルベルとともに王城へ戻る途中、騎士たちがすでに夜の王都を静かに俊敏に駆けまわっており、二人は騎士に発見された。
「ご無事ですか殿下! よかった。突如としてお部屋から爆音が響き何事かと……」
「とにかく、お早く。陛下と妃殿下がそれは心配されております」
ライネルとシャルベルがちらりと視線を交わし、騒動の発端を察した。
詳細を聞きながら城へ向かい、ライネルとシャルベルの足はすぐにライネルの無事を待つマクライ王のもとへ向かう。
ライネルが無事に戻ったことで皆が安堵し、王妃がライネルを抱きしめて無事を喜んだ。兄王子のことがある。ライネルも母に心労をかけたことを詫びた。
夜が明けたのは、それから間もなくだった。
♦*♦*
「状況は?」
「はい。現場には証言通り、カーランと敵首謀者らしい男が死亡しておりました。この男、裏町に出入りしていたかなりの腕利きで、現王政への不満をよくこぼしていたようです」
「動機は充分か……。これまでのことは?」
「事件当日のアリバイは聞き込みではありませんでした。連れ回っていた者たちもここ最近は姿を見せていないそうです」
「ってことは、そいつで決まりの線が濃いな」
夜が明けてすぐ城では調査が開始された。
ライネルの行方知れずが判明したのは、ライネルが誘拐されたと思われるそのときにライネルの部屋から派手に爆音がしたことによる。最近出回る火薬だろうと考えられている。
城は混乱、すぐにライネルの姿がないことが確認され、捜索に動き出した。同時に宿舎にいるはずのカーランがいないことも判明。
王城と王都を捜索中、ライネルがシャルベルとともに戻ってきた。そして二人から事情を聞き、調査が進められた。
騎士服に着替え直したシャルベルからの報告に、騎士団長ロベルトは息を吐いた。
「おまえがいてなによりだったな」
「……このところに加え昨晩も眠れませんでしたが」
「そのおかげで殿下はご無事だったわけだろ。今夜はしっかり休め」
夜間勤務でも、あまり眠れないときには、警備という名目でうろうろしたり竜の区域の見回りに出たりするシャルベルだ。それをよく知っているロベルトはおかしそうに喉の奥を震わせた。
(俺が夜間勤務のときならさして怪しまれなかったかもしれないが……。まあ、眠れずに動くのは騎士団でも知られているからな)
一部貴族はいろいろうがった見方をするだろう。しかし、やましいことはなにもないので堂々としていることに変わりはない。……ない。なにもない。そういうことになっているのだから。
(にしても、どこから首謀者の代わりの死体を持ってきたのか……。そこまでやるとはな…)
調達先……と考えて浮かんでしまうのは、あの場にいなかった側付きたち。……いやまさかと考え、けれど否定できるだけの材料がないことに頭を悩ませる。
そのおかげで、これまでの諸々に決着をつけられそうなのは一安心でもあるが、万が一に備えてしかと情報収集はしておこう。
「しばらくは城内の警備を強化する」
「はい」
ライネルはどうしているか。どういうふうにマクライ王に報告したのか。頭の片隅で考えつつも、シャルベルは自分の仕事に思考を切り替えた。
昼間は忙しく、人も大勢行き交う。グレイシアから詰問され、騎士団での事情聴取、近衛隊と協議、貴族との会議、執務、積み重なる仕事をこなしていれば時間はあっという間。
今日も一日の仕事をこなし王宮へと戻る。家族で夕食を摂って、あとは各々の時間を過ごすだけになる、夜の帳が下りた時間。
ライネルは、内から自室の扉を開けた。そこには護衛騎士のゼオ、そしてカーランがいなくなりその立ち位置を務めることになった、ライネル付き近衛部隊の騎士が一人。
見知った友はいないのだと、少しだけ寂しさを覚えてしまう。
「殿下。どうされましたか?」
「心配をおかけした分の埋め合わせ、かな」
そうとだけ言うとゼオは察したようで、少しだけ眉を下げる。
細かな気遣いは苦手なくせ、心の機微には疎くない。そういう優しい奴だとライネルはよく知っている。
部屋を出るライネルに当然に付き従う護衛騎士。
その足が国王夫妻の部屋に近づいたとき、ふとライネルは足を止めた。
「なんだ。おまえもアリエッタのことが心配か?」
談話用の広い空間に、寛いだ姿の父マクライ王が優雅に座っていた。近くには護衛が一人だけ。
ライネルのことがあった後では少々不用心ではなかろうか。思わず顔に出てしまうライネルにマクライ王は喉の奥を震わせた。
危機感なんてなさそうな父にため息をつき、ライネルはマクライ王の方へ足を向けると正面のソファに腰をかける。その後ろに護衛騎士がつく。
「も、ということは、グレイシアも?」
「母様が夜中に飛び起きたとき安心させてあげなくちゃ、とのことだ。母想いの子で嬉しい限りだ」
「頼もしい妹でなによりです」
「おかげで追い出されたがな」
遠慮なく笑ってやれば、ため息を吐きつつも決して不快は抱いていない表情をみせる。
(就寝の挨拶、と思ったが、グレイシアがいるなら問題ないか)
一度我が子を失った母は、自分やグレイシアのこととなると少し心が弱い。責める気は全くないし、仕方ないことだと思う。
父は父であれない。民の命と暮らしを背負う王だ。しかし母は、王を支え国を想う王妃でありつつも、決して母の顔を捨てられない。
そういうものなのだろうと思う。腹を痛めて産んだ子だ。幼いころから愛情も厳しさも与えてくれた母は、父よりも親の顔をしていることが多かった。
『だから王家は薄氷の上なんだよ』
ふと、思い出した。
「じゃあ、追い出された父上と世間話でもしましょうか」
「ああ、ああ。慰めてくれ」
自分で言って笑う父に、ライネルも思わず笑ってしまう。
久方に親子で交わすのは、政治も貴族社会もなにもないただの他愛ない世間話。王宮の庭に咲き始めた花のこと、城下で流行っているもの、時に護衛たちも交えて笑みをこぼす。
少し前にあった出来事がどこか遠くの日のようだ。けれど、常ならばここにいた友を思い出して痛む傷は、まだまだ新しい。
穏やかな平穏に残された痛みを、ライネルはひどく痛感した。




