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番外編 あなただけに伝われば 後編

 子どもを人質にとる男を相手にシャルベルは、さて…と冷静に考えた。

 このまま正面突破すれば簡単だ。しかしそれでは子どもに刃物が刺さるほうが早い。それは避けねばならない。

 男の目がぎらついている。冷静な判断力は期待できないだろう。時間が経てば経つほどなにをしでかすか分からない。


 男の正面にいるのはシャルベルとケイリス。他の面々は別方向から男を囲っている。

 ケイリスを見ればまるで仕事中と変わらない。……ラウノアとの時間に嫌なものに巻きこんでしまったのは申し訳ない。

 今のケイリスが自分であっても駆けつけただろう。しかしラウノアとの時間が減ってしまうのは少し残念でもある。分かるからこそシャルベルはすぐに目の前を睨んだ。


「その子どもを放してくれ。話があるならば聞こう」


「うるせえ! おまえなんかに話してもどうにもなんねえよ。おまえなんかに分かるわけねえ!」


 言葉が通じないというのは厄介だ。己がまるで世界で最も不幸であるかのように思っている相手には尚更。

 結局は何を言っても「おまえには分からない」の一点張りで自分を慰めるだけ。なにも解決せず、悪化させるばかりになっている。


(さて、子どものためにすぐでも取り掛かりたいが、まずは奴の手から刃物を奪わなければいけない)


 ちらりと視線だけを向ければ、気づかれないよう離れて動いていた部下が取り囲む中に混じったのが見えた。その手にあるのは果実だ。

 問題ないと部下から視線が返される。


 ならば…とシャルベルが配置した部下を動かそうと合図を送ろうとしたとき、びゅっとなにかが飛んできた。


「でっ……!」


「!」


 それは刃物を持った男の手を打つ。からんっと刃物が地面に落ちるのを見たシャルベルはこの好機を逃さずすぐさま地面を蹴った。


 別方向から来た人物がすぐさま子どもを引き離し、騎士の制服を着た部下が男に足払いをかけ、シャルベルがすぐさま腕を捻り上げて地面を倒す。

 瞬きの収束に野次馬が刹那沈黙し、すぐにわっと沸き立った。


「何今の! 見えなかったよ」


「すごいねえ。さすが騎士様だ!」


「なんか飛んできたあれも騎士様が?」


「きっと時間稼ぎしてたんだよ!」


 地面に倒れた男はもう力を失ったのかだらりとしている。捕まればもうどうにもできない。

 集まる部下たちへ視線を向ければ、戸惑った顔をしている者が一人。その手にはまだ果実がある。


(先を越されたか……。だが、騎士団が行ったと見せるには充分だ)


 投げてきた方向もぴったり重なる位置だった。

 部下には問題ないと視線を送り、男を拘束したシャルベルはすぐに部下に連行させる。力なく歩いていく男に逃げる気力がないのを確認し、振り返った。


「子どもに怪我は――……セドリク殿?」


「……お久しぶりです。シャルベル殿」


 そこにいたのは、先日屋敷で会った一人の侯爵子息。

 思わぬ場所での再会にシャルベルが瞬いていると、野次馬の中から誰かが駆け込んできた。


「大丈夫!? 怪我はない?」


「お母様……」


「大丈夫だ。見たところ怪我はない」


「よかった……。ごめんなさい。私がここで待つようになんて言わなければ……」


「今後気をつけろ」


 これまた駆け込んできた女性にシャルベルは驚く。見知った相手がシャルベルに気づいて、どこか気まずそうに視線を逸らした。


「お久しぶりです……」


「ああ……。そうか。あなた方の息子だったのか」


「お助けくださり感謝いたします。シャルベル様」


「仕事上当然のことをしただけだ」


 ぺこりと頭を下げるカティーリナからはまだ少し気まずさは感じつつも、これまでそうだったような刺々しさを感じない。少しだけ心も軽く接することができている気がするが、これはラウノアのおかげだろうか……。


 二人の間に立つ息子。一度だけ町であったことがあるが、生憎とラウノアが話しかけるのがほとんどであまり顔は見ていなかった。

 セドリクとカティーリナの息子は少し震えているが、気丈にも立ってシャルベルを見上げる。


「あ、ありがとうございました……!」


「いや。怪我がなくてよかった。……すまない。せっかくご両親との外出だったのに嫌な思いをさせてしまった」


「だ、大丈夫ですっ……! それに……その、お母様と、お、お父様…と、お出かけは楽しいので、ちょっと嫌なことがあっても、平気ですっ!」


 目の前の子どもがなぜだが緊張したような、けれど嬉しそうに頬を染めて言ってくれる。そんな姿を見て少し驚いているシャルベルの前には互いにそっと視線を逸らしたバークバロウ侯爵子息夫妻がいるのだが、視線が下がっているシャルベルは気づかなかった。

 親子三人。そんな光景にシャルベルはすぐに気づいてふっと口許を綻ばせた。


「そうか。ご両親との時間を楽しむといい」


「はいっ……!」


「では、セドリク殿。カティーリナ殿。もし怪我などあればすぐに連絡してほしい」


「分かりました」


 野次馬を散らせている部下と合流、ケイリスにも礼を伝えてから、シャルベルは周囲へ視線を向けた。

 野次馬が散ったといっても人の口にのぼる話は止められない。それも僅かな間にしかならないが。


 ケイリスもほっと安心したように駆け出す。それを見てシャルベルも同じ方向へ足を向けた。


「ラウノア。お待たせ」


「無事に解決しましたか?」


 ケイリスが頷けばラウノアも安堵したように微笑む。その笑みはシャルベルに向けられ、シャルベルも小さく肩を竦めた。


(やられたな……)


 この微笑みが証拠だ。きっと他の誰かは気づかないのだろうけれど。今も黙して彼女の傍に控えるかなり腕のいい護衛なら容易いだろうと想像できるほどに、その実力を知っている。

 そして、これを口にする必要はどこにもない。


「セドリク様とカティーリナ様のお子様はお怪我なく?」


「ああ。無事だ。……気づいていたのか」


「はい」


 ラウノアは遠目から見たのだろうが、それでもすぐに察して動いたのだろう。

 その迅速さはおそらく、子どものため。


「ケイリスとの時間を邪魔して悪かった。その……よければ、また一緒に出かけよう。今日の謝罪といろいろな感謝を込めて」


「お気になさらず。ですがその……楽しみにしております」


「ああ。また連絡する」


 そう言って身を翻すシャルベルをラウノアも見送った。小さくなっていく背中を見送っていると、なんだか少し満足感を覚える。


((あなたにだけ伝われば、それで充分))


 これは二人だけの秘密だから――

 お互いの口許に仄かな笑みが浮かんだ。






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