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番外編 あなただけに伝われば 前編

「ラウノア。そろそろ行ける?」


「はい。お待たせしました」


 いそいそと近づくと人懐こい笑みが迎えてくれる。それを見ると自然と笑顔になれてしまう。


「それじゃ行こうか」


「はい」


 ケイリスが差し出してくれた手をとってラウノアは馬車へと乗りこんだ。

 今日はケイリスとのお出かけである。


 生家からベルテイッド伯爵家に引き取られてからずっと、ケイリスはラウノアを実の妹のように想い接している。

 ラウノアにとってクラウやケイリスという従兄は母が存命の頃には王都に来たほんのわずかな日に会うことがあっただけ、母が亡くなってからは父とも距離ができ従兄と会うことすらなくなった。社交の場でも顔を合わせて挨拶をする程度の、成人してからのほうが希薄になってしまった関係だった。

 しかし今では兄妹。二人の兄はラウノアにとって優しい兄であることに揺るぎはない。


 冷静で頭の切り替えも早い長兄のクラウ。言葉は少し悪くてケイリスには容赦ないところもあるけれど、その中身はとても家族想いに溢れている。そういうところは父親であるベルテイッド伯爵によく似ている。

 軽薄な印象を与えつつも仕事との切り替えがはっきりしている次兄のケイリス。兄とも仲が良く、社交の場では男女問わず親しい友人も多い様子。ラウノアを甘やかすように帰宅前に花やスイーツを買って帰ることも少なくない。ラウノアの甘いもの好きはケイリスにはばればれである。


 そんなケイリスは休日には度々ラウノアを外出に誘う。ラウノアも断る理由もないし、兄との時間は嬉しいので快く受ける。

 今日もまた、そんな日である。


 馬車に乗って町へ向かいながらラウノアはケイリスを見た。


「今日はどちらへ行くのですか?」


「美味しいスイーツのお店を聞いたんだ。この春の新作ケーキらしいんだけど、それを食べにいこう」


「新作ケーキですか? とても楽しみです。ケイリス様はそういった情報を集めておられるのですね」


「ふふーんっ。騎士仲間の女性たちとか男どもの姉とか妹とかメイドとか、いろいろお話してるから」


 ちょっと胸を張って言うケイリスにラウノアは喉を震わせた。


 男女問わずケイリスは友人が多い。クラウは社交の場でも平然と仲良く女性と話をしているケイリスに呆れていることもあるが、ベルテイッド伯爵曰く「距離感はほどほどに保って愚かなことはしない」とのこと。ラウノアも時折見るが確かにそのとおりであるようだ。

 ケイリスはふらふらとどの女性にも声をかけるということもない。軽いようできっちりしているのは、クラウに通じる真面目さがあるのだろうとラウノアは思っている。もっとも、それをケイリスに伝えると「あんなお堅い兄貴と似てるなんてヤだ」と表情が歪むけれど。

 そうして得た情報をいつもこうして活用してくれる。時には、帰宅前に花や菓子を買って来てくれたり。


「春はなんか、一気に華やぐって感じでいい季節だよなあ。新しい出会い、新しい後輩、新しい一歩って感じ」


「ふふっ。ケイリス様に新しい出会いはありそうですか?」


「ラウノアみたいな出会いができるといいなあ。どう? 副団長とはうまくやれてる?」


「はい。一度は……勝手を言ってしまったのに、シャルベル様は変わらずに接してくださって……」


「そっか。よかった。副団長ももっとしっかりしてくれないと」


 うむうむと真剣に頷くケイリスにラウノアは小さく笑う。

 だって、明日にはそれをシャルベルに言ってしまって制裁を食らうだろうケイリスが想像できてしまうから。


 なんてことない世間話をしながら、ラウノアとケイリスは町へと向かっていった。






 本日の護衛はいつもどおりアレク一人。ケイリス自身も騎士であるので護衛が二人いるようでもあり、ラウノアも安心して町を散策できる。

 シャルベルとのお出かけならばアレクは少し離れているのだが、ケイリスとのお出かけにその様子はなくラウノアの側にいる。ケイリスもそれに気にした様子はなく、ラウノアとアレクの二人を案内するように歩く。


「あったあった。ここだよ、ラウノア」


 その店は大通りの中にあった。ケイリスの情報通り人気の店のようで女性たちで店が賑わっている。その賑わいに少し驚きながらも、ケイリスはラウノアの手を引いて歩き出す。


 ケイリスが事前に予約していたのか、それほど待つことなく外の席へと案内された。

 座ってすぐにケイリスがメニューをラウノアに渡す。「好きなのどうぞ」と言われ開いてみるが、すぐにラウノアは僅か眉根を寄せた。そんな様子をケイリスは笑みを浮かべてみる。


「じっくりしっかり、どうぞ吟味してください」


 やはり、悩んでいるのはばればれだ。ちょっと恥ずかしくてメニューで顔を隠すと、微笑ましいものを見るような笑みが聞こえた。


 ラウノアは新作だというケーキを、ケイリスは同じケーキとベリーのタルトを頼む。ラウノアはアレクにも同じものを注文した。自分も食べるのかと問うようにラウノアを見るアレクにケイリスも「食べよ食べよ」と席に座らせる。


「ここ最近人気でさ。副団長と来たりした?」


「いえ。最近はお仕事もお忙しいご様子ですので」


「あー……視察先であったあれか。でも手紙はできてるんでしょ?」


 シャルベルとの手紙は今も続いている。ラウノアが古竜の世話で騎士団へ赴くことが増えているので、シャルベルではないがラウノアも手紙の内容に苦心するようになっている。

 けれど、悩んで書いて、そうして返ってくる返事はいつも楽しみだ。


「はい。ですがその……最近は書けることも少なくて。今日のお出かけを書いてもよろしいですか?」


「うん、いいよ。――はっ! ってことは俺副団長に締め上げられる!?」


「ふふっ。一筆記しておきますね」


「お願い!」


 人気のお店に兄と先に来てしまった。シャルベルはそう気にはしないと思うがどうにもケイリスには違う様子。

 騎士団での光景を想像して思わず笑ってしまうが、「笑い事じゃないよ~」とケイリスは泣きそうだ。それでも笑ってしまうから仕方ない。


「もぉー。副団長も俺を見習って情報仕入れてラウノアをデートに誘えばいいのに」


「シャルベル様もお忙しいですから」


「そうだけどさ。兄としては妹を任せられる、かつ、幸せにしてくれる人であってほしいわけで――」


「無論そのつもりだが?」


 突然入り込んできた低い不機嫌そうな声。驚いてラウノアとケイリスは視線を向けるが、アレクは最初から知っていたようで驚かない。


 ラウノアたちがいるのは外の席なので大通りからよく見える。だからなのだろう、後ろに部下を従えた騎士団副団長が傍に立っていた。

 店には多くの女性客がいる。騎士の制服姿でかつ端正な容貌がそこにあれば視線が向くのが当然というもので。しかしシャルベルは全く気づいていないのか気にしていないのか視線をラウノアたちに向けたまま。


「びっくりしたあ。いきなり入ってこないでくださいよー」


「看過できない発言が聞こえたんでな」


「シャルベル様。皆さま。お仕事お疲れさまです」


「ありがとう」


 きちりと立って礼をするラウノアを見つめ、シャルベルは気にするなとすぐにラウノアを座らせた。

 本日仕事であるシャルベルは、ラウノアとケイリス、そして店を見つめて少々眉根を寄せつつも、仕事中なので表情を引き締めている。


「ケイリス。あまり遅くまでラウノアを連れまわすなよ」


「了解です。副団長こそラウノアとのデートプランはちゃんと練って――」


「では仕事に戻る。ラウノア、また」


「はい。いってらっしゃいませ」


「あ、ちょっと!」


 くるりと身を翻すシャルベルにケイリスは不満を向ける。後ろの部下たちも苦笑しながらラウノアに軽く頭を下げる。

 シャルベルは仕事中なので無駄口は叩かない。それを見送ろうとしていたとき――


「きゃあ!」


 どこからか女性の悲鳴が聞こえた。はっとラウノアたちの視線が向く。


 大通りで女性が倒れている。その傍には刃物を持った男。その刃物には血がついていて、倒れている女性は腕を押さえている。

 切りつけたのかとラウノアが考えたときにはシャルベルが駆け出していた。すぐさま部下たちも追いかけ、ケイリスが追いかけかけて堪えるように足を止める。

 ううむ…とひどく悩むような表情に、ラウノアはケイリスの仕事への真面目さを感じとった。


「ケイリス様。行ってください。わたしの傍にはアレクがおりますから」


「っ、ごめん! アレク、ラウノアお願い!」


 こくんと頷いたアレクに手を上げながらケイリスも走りだす。


 ラウノアは少し離れた距離を保って状況が分かる場所まで近づいた。

 女性の悲鳴を聞きつけた野次馬が集まっている。女性を切りつけた男は今度は野次馬から攫ったのか子どもを人質にとっていて、あれではシャルベルたちも手を出しづらい。

 確認しつつ、ラウノアはその子どもを見て目を瞠るとすぐに周囲を見回した。やはり思ったとおりだ。


(どうにかしないと……)


 こういうときにどうすれば人質になっている子どもを助けられるか――……。


「子どもを放せ。その子は関係ない」


「う、うるせえ! もうどうでもいいんだよ全部! 全部道連れにしてやるっ……!」


 男が持つ刃物が子どもに向けられる。向けられる子どもは気丈にも涙を堪えようとしているが体が震えている。それを見てどこからか悲鳴が上がる。

 男はどうにも自棄になっているようだ。子どもに危害を加えるのも時間の問題だろう。あまり悠長にはしていられない。


(こういうときあの方ならどうする……)


 いや。きっと魔法で華麗に子どもを助けてしまうのだろう。自分にはそんな芸当はできないけれど。

 きょろきょろと周りを見て、ラウノアは急いで駆け出した。






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