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19.防衛本能

 シャルベルの視線にラウノアも気づいた。

 青い瞳に見えるのは疑心ではない。ただ、疑問の答えを持っている可能性があるラウノアに、心当たりを問うている。今回のことは、ターニャたちの自作自演とするには腑に落ちないところが出てくるのだ。


 シャルベルの視線に、ラウノアは謝罪するように答えた。


「……申し訳ありません。わたしも記憶がはっきりとしておらず……。一度、意識が戻ったような気がしなくもないのですが、もしかすると、そのときに無我夢中で抵抗したのかもしれません」


 あまりにも必死で。何をされるかという恐怖で。

 視線を下げるラウノアをシャルベルも見やる。身を守る術を持たない令嬢が遭遇した恐怖は想像に容易い。


 ラウノアは頭に包帯を巻いているが、その影響はないだろうと足取りや喋りから感じ取れる。少々記憶の途切れは見られるが、それ以外はしっかりしている。


(この様子なら、証言も正確なものだろう。三人が相手だったが、二人は同じ女性で、一人は小柄な少年。テーブルやソファに頭を打ちつけたと見られると医師も言っていた。人数で迫られなくて幸いだったな。無我夢中な抵抗でうまく意識を奪え、ラウノア嬢も糸が切れた)


 この推察どおりなら、あの現場が出来上がってもおかしくはない。

 ラウノアが思いの外意識を取り戻したのが早かったとしても、あくまで一時的なものだった。命を奪われる――その恐怖が体を動かすことは往々にしてある。

 ターニャたちがラウノアに暴力を振るわれたとする証言も、ラウノアの言葉どおりなら合点がいく。


(まだ調査は必要だが、状況や残っている証拠もラウノア嬢の証言が裏付けている。となると……)


 頭を下げるラウノアを見てケイリスが席を立ち、そっとラウノアの前に膝を折った。自分を見上げるケイリスの眼差しは、安心させるように穏やかで、優しい。


「大丈夫、ラウノア。そういうときならそういうこともある。それに、ラウノアは自己防衛しただけだ。ラウノアに殺意を持って手を下そうとしたあっちに非がある。実際、怪我をしたのはラウノアだけだし、あっちはたんこぶで済んでる」


 頭に巻かれた包帯を見つめ、ケイリスはラウノアの手を強く握った。


 今回の騒動は家督を狙ったターニャたちが起こしたことであり、直接の被害を受けたのはラウノアだ。仮にターニャたちを無意識のうちに突き倒していたとしても、それが罪となることはない。

 ターニャたちがそれを否定したとしても、証拠として、すでに養子縁組の契約書と国王の権利譲渡否認状が揃っている。加えて、これまでカチェット伯爵家で彼女たちがラウノアにしていたことに関しても、トルクから証言をとることができる。すでに証拠も動機も揃っているのだ。


 小さく頷いたラウノアを見てケイリスは満足そうに笑みを浮かべた。それを見たシャルベルも、ラウノアの不安を除くために言葉を添える。


「陛下も、ラウノア嬢にもベルテイッド伯爵家にも罰を与えるつもりはないと仰せだ。心配しなくていい」


 その言葉に、ラウノアははっとしてベルテイッド伯爵を見た。

 当然のように落ち着いた表情を見せていたベルテイッド伯爵は、ラウノアの視線に視線を返す。


「昨夜のことで、伯父様にはご迷惑を――」


「ラウノア。家族の危機と、家族のために行動することに、迷惑などないよ」


 やんわりと遮った言葉にラウノアは口を噤む。その背に伯爵夫人が手を添え、ラウノアに力強く頷いた。

 二人の眼差しに、ラウノアもこれまでを思い出す。


 そうだ。ベルテイッド伯爵は自分を受け入れる決断をしてくれたときから、家族だと、父だと、言ってくれた。なのに自分だけ、今もまだ他人だ。

 ベルテイッド伯爵家の面々が家族と受け入れてくれていることはなにより嬉しい。


 けれど――


「心配ない。陛下には昨夜、ラウノアに何事かあったようだとお伝えしただけだ。君を保護してから、トルクを交えて事情も聞いたから」


「そう、ですか……」


 ほっと安心した。もしベルテイッド伯爵家に何かあれば、それは自分のせいだということ。

 それはなんとしても、阻みたいところだった。


 ラウノアの安心を見てとり、ベルテイッド伯爵はさらに続けた。


「トルクは今、王都の屋敷で謹慎中だ。ターニャという者たちには正式に罰が下るだろう。トルクは、彼女たちの監督不行き届きは己の罰だと、そう訴えていた」


 その言葉に、ラウノアは拳を握った。


 トルクの一存とはいえ、カチェット伯爵家の居候であったターニャたち。その存在がこれまでどおり、領地の屋敷だけで収まっていればよかった。しかし、よりによって城内に、カチェット伯爵家の名を使い入ろうとした。

 その責は、当主代理が負うもの。本来ならそこにはラウノアも加わっていたけれど、もう、ラウノアはベルテイッド伯爵家の者であり、他人だ。


(父様は、知らないで通すような人ではないから……)


 きっと今も、きちんと謹慎の罰を受けているのだろう。陛下から正式な沙汰が下されるまで。


「陛下は、当主代理であるトルクに家督を継がせるつもりもないとおっしゃっていた。今後トルクが誰かと再婚して、その子が生まれても、だと」


「……つまり、ラウノア以外に認めないと?」


「ああ。なんでも、それがカチェット伯爵家の決まり、だそうだ」


「なら陛下は、カチェット伯爵家を途絶えさせるつもりで、ラウノアをベルテイッド伯爵家(うち)の養女にしたのか」


 クラウが首を傾げる傍ら、ラウノアは小さく息を呑んだ。


 マクライ王は確かに、カチェット伯爵家の権利一切をターニャたちには認めないと明示していた。それは、養子縁組の契約書に「権利は正統なる者に」という文言があったからだとも考えられた。

 しかし、そうならば、ベルテイッド伯爵の直談判で養子縁組をしたい意思を把握していた上での決定だ。間違いなく、後々に問題になると想像できる。


 カチェット伯爵家の跡取りがいなくなると知った上で、養子縁組を認めた。


 奇妙な決断だ。怪訝と首を捻る決定だ。

 しかし、マクライ王がカチェット伯爵家の決まりを知っていたとするならば、相続権利に関しては納得がいく。


(だけど、どうして陛下がカチェット伯爵家の決まりを知っているの……?)


 ラウノアにマクライ王との親交はない。夜会で挨拶を交わしただけで、母であるルフからもそんな話は聞いたことはない。

 疑問にさらに疑問が浮かぶラウノアの前で、ケイリスがその視線をラウノアへ向けた。


「ラウノア。カチェット伯爵家の決まりって?」


 ケイリスの疑問に、同じものを抱いていた面々がラウノアを見る。全員からの視線を受けつつラウノアは説明した。


「カチェット伯爵家には、いくつかの決まりがあります。その一つに、継承権は当主の娘のみが持ち、養子や傍系は認めない、というものがあります」


「娘だけ? 息子は?」


「当主の息子には継承権は与えられません。カチェット伯爵家は、女性が継ぐ決まりなのです」


「女性のみ、としている理由は何かあるのか?」


「初代当主が女性であったから、と言われています。初代当主は分け隔てない御方で、聖なる乙女のような存在だったという言い伝えから、慣習となり、決まりとして引き継がれていると」


「へえ。珍しいな、そんな決まり。家によってしきたりとか決まりはいろいろだけど」


 物珍しさをだすケイリスには、クラウやベルテイッド伯爵も同じ様子を見せた。

 実際、カチェット伯爵家のように、家督継承に関してそれほどに明確な決まりをもつ家は少ない。多くの貴族は生まれた順によって長子に継がせることが多く、ベルテイッド伯爵家もそうだ。


 シャルベルはケイリスを自分の隣に座らせると、ラウノアを見つめた。

 視線の先のラウノアは、自然体でありながらも慎ましく座っている。その瞳にさまざまな感情を見せながら、カチェット伯爵家のことにはその瞳を揺らしているように見えた。

 そんな瞳に、昨夜、バルコニーで話をした時間が脳裏をよぎった。


 誰になにを言われようとも、自分が決めた養子縁組。

 自分よりも、引き取ってくれたベルテイッド伯爵を案じる気持ち。


 ――その瞳に見えた、強い意思と覚悟。


(これで実質、カチェット伯爵家は途絶える、か……)


 マクライ王は、それを承知している。

 国内から貴族が一家、消える。


「ラウノア嬢。もし……今後のカチェット伯爵家のことで思うことがあれば、陛下に――」


 口に出てから、はっと口を閉ざした。


 ラウノアはもう、カチェット伯爵令嬢ではなくベルテイッド伯爵令嬢だ。本人がそこを認め、そうあろうとしているのに、自分が言うべき言葉ではなかった。

 思い直し口を噤んだシャルベルを、ラウノアは驚いて見つめた。


 言葉を交わしたのはほんの少し。それでも、真面目で誠実な人なのだと十分に感じられた。それでいて周囲に左右されず、己の非を素直に謝ることができる人だ。

 そんな人柄はとても好ましいと思う。できればあまり関わり合うのは避けたい立場の相手だけれど、束の間の安らぐ時間をくれた人だから。


 ラウノアはそっとシャルベルを見つめ、少しだけ口許を綻ばせた。


「――いえ。お気遣い感謝いたします」


「こちらこそ、余計なことを言った。すまない」


 小さく頭を下げるシャルベルを見つめ、ラウノアはそっと首を横に振った。

 頭を上げたシャルベルはその視線を騎士としてのそれに戻し、すぐにベルテイッド伯爵を見た。


「では、ラウノア嬢からの話を含め、今回の件を調べます。終了次第、報告に来ます」


「お願いします」


 席を立ったシャルベルは傍らに置いてあった剣を腰に佩く。同様にケイリスやラウノア、ベルテイッド伯爵家の面々も席を立つ中、シャルベルはラウノアを見た。


「ラウノア嬢もしっかり休んでくれ。無理をさせて申し訳なかった」


「いえ。多大なご負担をおかけしてしまい、申し訳ありません」


「気にするな。これが仕事だ」


 そう言い、シャルベルは身を翻す。それにケイリスが続く。

 ラウノアたちは、城へ戻るシャルベルとケイリスを、屋敷の外まで見送った。






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