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47,夢を叶えてくれたのは

 ♦*♦*




「君の願いどおりになるといいな」


「どうでしょう。あくまで、セドリク様とカティーリナ様お二人の問題ですので」


「……俺も怒られてしまった身として、いってくれと勝手に願っておこう」


「ご不満でしたか?」


「まさか。……感謝している」


 ふっと微笑みを交わして、ラウノアは公爵邸の庭でシャルベルとお茶の時間を楽しむ。

 さきほどまでセドリクがいた椅子にはシャルベルが座り、メイドたちがティータイムの用意を始めてくれる。そそっと運ばれてきたティースタンドを見てラウノアの目が輝いた。それを認めたシャルベルも口許が綻む。今日の菓子はいつも以上に豪勢だ。

 ラウノアが嬉しそうに菓子を食べていく。それを見つめていると、ラウノアが口許に笑みを乗せたまま静かに口を開いた。


「夢は、いつか覚めて、諦めなければいけないときがくることもあります。思うように何事もが進めばなにも苦労はしません」


「……そうだな」


「――……わたしも、夢を見ました」


 そっと紡がれた声に、シャルベルはカップをそっと置いた。見つめる先のラウノアは瞼を伏せ、それでも口許の笑みは消えていない。

 メイドたちは声が聞こえない程度まで下がっており、今は二人だけの静かな空気が流れる。


「夢は所詮、夢でしかない。だから諦めました。そうすることがわたしにとって正しいことで、夢欲しさに投げ出せるものではありませんでしたから」


「君の夢は、なんだった……?」


 秘密のためにどれほどのものを犠牲にしたのだろう。なにか大きなものを抱えながら、それを知られないよう振る舞って。

 けれど危機に対して手を差し出すほどに優しくて。迷って悩んで。優しいから知らせない。


 そんな婚約者の夢。

 いつか覚めるものでも、諦めたものでも、叶えてやりたいと思うのはいけないことだろうか?


 答えを聞いていいのかどうなのか。シャルベルの迷う声音にラウノアはシャルベルを見つめ、微笑んだ。

 幸せそうに。嬉しそうに。ふわりと吹く風に銀色の髪をなびかせ、その髪を太陽が美しく照らす。――目を瞠り、息を呑んだ。


「あなたがくれました。諦めた、わたしの夢を。あなたが叶えてくれました」


「俺が……?」


「秘密に触れながらも信じさせてくれた姿勢も、貫き通してくださる姿勢も、我儘に振り回しても変わらない姿勢も、想いを伝えてくれる眼差しも言葉も」


 諦めていたそのときを思い出すような、少し悲し気な声音。

 けれどどこか、夢が叶った喜びがにじむような目。


「カティーリナ様とわたしの夢は同じです。今の形が異なってしまって、だから思わずあんな罰を言ってしまったのかもしれません」


「それは――……」


 ラウノアとカティーリナ。二人の今の形。それはつまり――……

 目の前でラウノアが微笑む。目を逸らすことができなくて、思考が止まりそうなのに耳はしかと動いている。


「――……あなたが好きです。シャルベル様。心から…そう誰かに言えることが、わたしの夢でした」


 だから、聞き間違えるはずがない。風にさらわせたりしない。


 穏やかな春の空気に溶けるような、心の満ちた柔らかな声音。じわりと胸にしみてぎゅっと胸が苦しくなるなんて、なんてらしくないことか。

 苦しいことがこんなにも嬉しいことだなんて初めて知った。ただたまらなく、胸に歓喜が満ちるのだからどうしようもない。


「……と……もっと、時間がかかるだろうと、思っていた。まだまだ短いだろうと」


「わたしも当初は早いと思いました。ですが……カティーリナ様を見ていると、早い遅いもないのではないかと思わされました。……それに、グレイシア殿下にも背を押していただきました」


「殿下に?」


「はい。あっ。これは内緒です」


 そう言って唇に指をあてる姿が普段に見ないお茶目なもので、シャルベルは思わず呻いた。何事かとラウノアが首を傾げるが答えられない。

 思わず口許を覆って、シャルベルはなんとか顔を上げた。


「それに、わたしはシャルベル様に少々とはいえお話してしまいました。ですので、これからもお傍でご様子を監視していなければいけないと気づいたのです」


「……つまり、俺が逃げようとしても逃がさないと」


「はい」


「これは……とんでもない女性に捕まったな」


「後悔しても遅いですよ?」


「するわけがない。俺が死ぬまで傍で見ていてくれ」


 目が合って、二人から笑いがこぼれた。


 これまで何度もラウノアとの間には距離を感じていた。縮まっても開いていく、繰り返した距離。

 けれど今はその距離がなくなったように感じられて、越えられない一戦は残っていても、ラウノアが最大限に近くにいてくれることが分かるから、それだけで心が満たされる。


 ふわりと吹く春の風。あたたかくて優しいそれは、二人を祝福するように天高く舞い上がる。

 どこかで感じる風に似ていて、ラウノアは風の行き先を見つめた。


(ギルヴァ様が、ガナフたちが、父様が、伯父様たちが。皆がくれた幸せを、もう絶対に、手放さない)






拝読ありがとうございます。作者の秋月です。


これにて第五部は終了です。

秘密に触れたシャルベルがどうするのか。触れられたラウノアはどうするのか。離れたほうがいいのに離れたくない。葛藤しながらも前を見て決断するのは、ラウノアだけではありませんでした。


このあとは番外編を挟んでから、第六部に入ります。

第六部ではこれまた大きく、秘密に関して動いていくことになります!


これからもどうか、ラウノアとシャルベルをよろしくお願いします。


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