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42,勇気

 ♦*♦*




 ライネルの視察は予定通りに進み、しかして帰城は予定よりも遅れた。

 帰ったライネルから仔細を聞いたマクライ王と王妃はライネルの無事に安堵し、マクライ王は護衛騎士たちを労った。


 襲撃者一切はやはり全員が命を落とし、騎士の中でもイレイズを始め数名が命を落とした。シャルベルの報告を受けたマクライ王は、ライネルを守ってくれた騎士たちに自ら花を手向け冥福を祈った。

 ライネルを襲った者たちについては今後水面下の調査が続けられることになっている。


 今後の予定を並べつつ、久方に屋敷へ帰ったシャルベルは執事キリクに出迎えられた。


「おかえりなさいませ、坊ちゃま」


「ああ。留守の間なにも?」


「はい。屋敷内は万事問題なく。坊ちゃま宛ての手紙などは全て部屋に」


「分かった」


 ひとつ肩の荷が下りて部屋へと向かう。自室で着替えをすませて、キリクが言っていた手紙を確認した。

 置いてあるのは三通。そのうちの二つは早馬の印が押されている。


(父上からと……ベルテイッド伯爵からか。あとは……)


 二人からの内容はある程度予想ができる。

 最後の一通を確認し、シャルベルは僅か目を瞠るとすぐにそれを開封した。






 春のぬくもりが周囲に感じられるようになり、蕾が膨らみ花が開く頃。シャルベルは休日を利用してベルテイッド伯爵邸を訪れた。


 ラウノアの侍女であるマイヤに案内された先は、敷地内にある温室。ラウノアから婚約の解消を願われ、自分からは続行を願ったのはほんの少し前。

 あまりいい思い出があるわけではない場所だが、他の耳目に触れないという点で選んであるのだろう意図が読み取れた。


 温室の中にはすでに人が集っていた。


「ようこそおいでくださいました。シャルベル様」


「招いてくれてありがとう。ラウノア」


 最後に会ったのは森に来たあの日。王都へ戻ってから話をする機会を互いに捜し、今日という日をつくった。

 場所の指定はラウノアからだった。そうする理由もなんとなく分かったから否は言っていない。


 今日はそんなラウノアの側に四人がいる。普段は自分がいると下がる者たちがそのままなのだ。

 ラウノアに促され前の席に座ると、すぐにイザナが茶を出してくれた。


「シャルベル様、お忙しい中でお時間をとってくださってありがとうございます」


「問題ない。俺こそ視察から戻ってすぐに時間がとれなくてすまなかった」


「いえ。お忙しいことは重々承知しています」


 ラウノアにとって重要なことのはず。そう言わせてしまうことが少し情けない。


 挨拶を交わして互いに沈黙する。どう話そうか、なにを切りだそうか、迷っているような二人を側付きたちは黙って見つめた。

 意味なく膝の上で指を絡め、視線を下げたままラウノアは考える。


(どこから、話そうかな……)


 視察地での一件からずっと考えていた。けれど、どれだけ考えてもこれだといういい結論が出なくて。ギルヴァにも相談したが「おまえの思う範囲」という、放任なのか尊重なのか困る答えをもらってしまった。


「……ラウノア。その……そうだな……。まず、俺が視察へ行ってからのことをちゃんと話そう」


「……はい」


「殿下が滞在する屋敷で敵襲を受けた。俺は騎士たちを動かして、ルインともう一人竜使いが竜の炎で建物に近づけないようにしてくれた。交戦の中、相手の身なりと俺への攻撃から、狙いは俺なのではないか、君を狙っているという奴らではないかと推測し、俺が引き付けることにした。そして、イレイズが敵だったことを知った。フードの人物がイレイズを例の……突然死で殺し、戦っていたところに君が来てくれた」


「イレイズ様のことは、騎士団ではそう伝えたのですか?」


「いや。俺しか知らないことだ。団長たちには交戦中に死亡したと、そう報告してある」


 その言葉にラウノアは瞼を震わせた。

 偽りではなくとも嘘は吐いている。けれどシャルベルの目に迷いはない。


(イレイズ様のことを報告すれば、必然フードの人物のこと、シャルベル様が狙われたことまで報告することになる。そうなると以前の殿下襲撃でさえ見る目が変わる)


 シャルベルが三度襲撃されたことになる。公爵家の子息が三度も狙われたとなれば親であるギ―ヴァント公爵夫妻の耳にも入り公爵家も調査に動く上、ここまでくると騎士団まで調査に動いてしまうだろう。

 考えて思わずぎゅっと拳をつくった。けれど冷静にゆっくり息を吐く。


「それで、よろしいのですね……?」


「ああ」


「では、わたしもそうします」


 もともと、突然苦しんで死んだなど信じがたい話だ。そんな信じがたい話をラウノアは他にもいくつも知っている。

 だからその判断に否は言わない。それがもっとも現実的で受け入れやすい話だから。


「では、わたしからもお話します。――あの夜、わたしの部屋にフードの人物が来ました。そしてギルヴァという人物がどこにいるのかを問い、シャルベル様を危機に陥れたとわたしに教えたのです」


「わざわざ教えたのは、奴の狙いである人物を君が動くことでおびき出そうとしたから、だな?」


「はい」


「部屋に来たと言ったが……その…なにもされなかったか?」


「はい。大丈夫です。すぐにアレクが来てくれましたので」


 ならばよかったと安心するその表情を見て、ラウノアは眼差しを和らげた。

 心配して。心配されて。胸があたたかいけれど少しだけ苦しい。


「それで、すぐにシャルベル様のもとへ向かうには竜に乗るのが一番だと考え、古竜にお願いしました。シャルベル様の居場所は……ヴァフォルならすぐ分かるので、同行してもらったのです」


「……俺のもとに報告は来ていないから、見られていないと、そう思っていいんだな?」


「はい。シャルベル様のもとへ訪れる客人も、誰にも見られていないでしょう?」


 そういうなにかをしているのだ。けれどそれを詳しくは語らない。

 ラウノアの言葉にシャルベルは「そうだな」と頷いた。


(すべてを話してくれとは思わない。言えることでいい。それでも俺は――充分だ)


 迷いつつもその信頼を少し得られたのなら。

 ラウノアが全てを話すことはないとなんとなく解っている。それはつまり、ラウノアにとってはシャルベルに死を命じるということになるからであり、優しいラウノアはそうならない一線を常に保とうとするから。


(だから、守りたいんだ)


 なんでもすべてを、とは望まない。自分の意思はいつだって変わらない。


「そうですね……。では、順を追ってお話しましょう。私たちが把握している最初は、丸薬です」


「どこかの薬師だろう者が作り、知り合ったコルドを使って町で売った。身体によく効くと評判になって広まり、しかしそれは建国祭から売られなくなり、やがては病の原因になった」


「はい。あの丸薬を作ったのはフードの人物です」


 ラウノアとフードの人物の会話を思い出し、シャルベルも眉根を寄せた。


 あの丸薬には何かがあった。自分たちは病となった原因を副作用や調合法だと推測したが、そうではないとラウノアともう一人の彼は言った。

 その何かは知らないが、同じことがあってはならないと考えてラウノアとともに製作者を探そうとした。結局町にそれらしい人物は見つからず、しかし思わぬところで自供が得られた。


 しかし、シャルベルには少々気になることがある。


「だが……コルドの話によると、製作者は五十代ほどの男性だという話だったが……」


「……おそらく、わたしの部屋へ来たのと同じことでしょう」


 どこか迷い気に視線を下げて小さく紡がれた言葉にシャルベルはラウノアを見た。


(あまり触れないほうがいいか……。そういえば……ラウノアが部屋でフードの人物にあってから俺のもとへ来たのだとすればフードの人物はどう移動して――いや)


 思い出してその目が光を帯びた。

 ラウノアとの会話にあったヒントらしい言葉。自分には理解ができなかったが、ラウノアは解っていた様子だった。


 しかし目の前のラウノアはあまり話したそうには見えない。シャルベルはすぐに話を戻すことにした。


「フードの人物は、丸薬が病になると分かっていたと?」


「はい。あれは、その……そういうものなのです。あれが招く結果を分かった上で撒いた種」


「そして、王都民の命を奪った」


 ラウノアも強く頷いた。胸中に沸き起こるのは怒りだ。

 なんの罪もない民が大勢泣いた。分かっていて大勢の命を奪った。ある程度を売りさばいて満足して、足がつかないように販売をやめたのもわざとだろう。


「フードの人物は、病に対してわたしがどうするのかも見ていたのでしょう。早くに気づくことができてあの方に接触していれば、あの方自身が動くだろうと踏んで」


「……だが」


「――はい。わたしは頼みませんでした。一度で全ての人は救えません。大勢がいる場所に何度も行ってしまうと見つかる危険が高いと判断して。それに……発症となるとすでに体が弱って助けられない場合が多いと」


 ラウノアの瞳が揺れる。側付きたちもラウノアを見つめていた。

 原因も治療法も知っていた。でもそれを誰にも言わず実践もしなかった。ラウノアの瞳を見つめ、シャルベルはしかとした声音を放った。


「仮に君がすべてを正直に俺やシルバーク殿、陛下に伝えたとしてもまず信じてもらうことはできない。詰問と不審が増すというのが目に見えている。いち貴族令嬢が自由に動き回れる状況でもなかった中で、君は自分にできる方法で動いてくれた。騎士病院でも神殿でも、それで救われた人は確かにいる。だから、君がしたことは決して間違いじゃない」


「……ありがとうございます」


 何度も自問して自責しているのだろう。それをさらに責めるなどシャルベルにはできない。ラウノアが自分なりに行った、上出来でなくても最大限の行動なはずだ。


「丸薬は、バークバロウ侯爵家の夜会に置いてあった香や君に贈られたというキャンドルと同じだったな。それらも製作したのはフードの人物ということだな?」


「はい。ただ、バークバロウ侯爵邸にあったという香はおそらく、イレイズ様やフードの人物が言った依頼人が置いたのでしょう」


「依頼人は俺かラウノア、どちらを殺せてもいいんだろう。だが……香を置いたということは、それがどういうものか解っていたということになる」


「ですが、香を吸い込んで倒れるはずのシャルベル様が倒れない。そこで襲撃者を使った」


「やはり納涼会のあれは俺や君を狙ったものか」


「……ですが、どうやらフードの人物は個人的にライネル殿下を狙ったようです。おそらく二人の狙いが合致して起こしたのでしょう」


 カモフラージュがそうではなかった。その事実にシャルベルは目を瞠るが、すぐに口許に手をあて思考に戻った。


「そうか……。一つ気になるんだが、香を嗅いだ俺は母や君に体調を心配されたが倒れはしなかった。……君がなにかしてくれたのか?」


「丸薬と同じですので対処は可能でした」


「ありがとう。君には助けられてばかりだな」


 情けないなと言いたいのか眉を下げるシャルベルにラウノアはゆっくりと首を横に振った。膝の上できゅっと拳をつくる。


「――シャルベル様。わたしこそ何度もシャルベル様に救われました。信じたいと思い信じられないと思い、その度にシャルベル様は変わらぬ姿勢を示してくださった。その想いに応えたいと何度も思い、だからこそ、こうしてきちんとお話する勇気が出ました」


「!」


「あなたのおかげです。――あなたで、よかった」


 未来なんて分からない。だけど悲観ばかりでなく、想いを重ねていくことを決意させてくれた。

 自分にとってそれは、この人だけ。






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