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40,知らない人、知らないこと

 第三者の声にシャルベルとイレイズの視線が動く。


 月明かりがその姿を照らした。

 外套をまとった姿。身を覆うそれのおかげで服装すら全く見えない上、フードが顔を隠しており見えるのは口許だけ。


 己の頭上を見上げたイレイズは、樹の枝に乗った人物をちらりと見て口角を上げた。


「なんだ。来てたんですか」


「僕にも用があって。で、どうかな? 殺せそう?」


「手ごわい相手ですよ」


「それは困った」


 仲間か。そう察したシャルベルがまとう空気が鋭く変わる。

 相手は一人。顔は見えず、その声も男とも女ともとれるようで判別がつかない。


 油断なく剣を構える姿を見て、フードの人物はその下で笑みを浮かべた。そして徐に手を挙げる。


「じゃ、もういいよ」


 ――合図が下る。

 途端、シャルベルの前でイレイズが喉を抑えて苦しみだした。


「がっ……! はっ、なっ……! かし、ら……」


「ばいばーい」


 感情のない微笑みだけ。ひらりと軽く振られる手の先でばたりとイレイズが倒れて動かなくなった。

 あっさりと仲間を見捨てたフードの人物に、シャルベルはすっと心臓が冷えた。


(こいつ、殿下とラウノアを襲撃させた奴らの親玉か……。イレイズが突然苦しみ悶えた、何かの原因を起こしたのもこいつ)


 分からないその何かには恐怖を抱く。けれど、足を引こうとは一切思わない。


(こいつをここで野放しにすればラウノアへ再び危険が迫る)


 その存在が、笑みが、強さが、ここに立つ覚悟をくれる。守り抜くと決めた、大切な人。

 傍にいられなくなるかもしれないことよりも守りたい想いが強く湧いてくるが、生憎と死んでも守るとは思えない。


『――……ラウノアを守ると言うが、ラウノアの身に危険が迫ったとき、自身の命を投げ出しても守るか?』


『そんなことをすれば……ラウノアは泣くだろう。彼女を守るためにこの命を捨てるつもりはない。……ともに、これからを生きていきたいんだ』


 だからシャルベルは、剣を構えた。


 平然とイレイズを殺したその人物は枝の上からシャルベルを見つめる。下から見上げているのに一切フードの下がうかがえない。

 得体のしれない相手に警戒は緩めない。


「さてと、邪魔な人間も消えた。ちょっと君に聞きたいことがあるから答えてくれ」


「断る」


「まあそう言わず。これは君の婚約者、ラウノアに関することでもある」


 その名前にも一切反応を見せないシャルベルに、フードの人物はその下で笑みをつくった。

 婚約者。その立場にいる目の前の人物がどこまでを知っているのかは分からない。知らない可能性が高いだろう。


(彼女は古竜の乗り手になった。あの『質』もありえないが事実。だが、それを誰かが知るということは彼女自身が死を選ぶこと。婚約者だろうと言わないかな)


 だろうなと、思う。だからこれはただの確認であり、別の意味もある。


「なお断る」


「……なぜ?」


 まるで刃のような冷えた眼光がフードの人物を睨みあげる。その強さと鋭さに怪訝と首を傾げた。


「貴様に語るラウノアの話などない」


「まあそう言わず。聞きたいことっていうのは、今やってみせたような君らには理解できない類の話であり――ある人に関することだ」


 聞くだけ無駄。

 瞬時に判断したシャルベルは持っていた剣をフードの人物へ向かって投げつけた。


「おっと!」


 剣は触れることなく、フードの人物は後ろ向きに倒れるとそのまま地面に落下し――ふわりと着地した。

 どういうことかと動きが鈍る――ことはなく、シャルベルは瞬時に落ちている剣を奪うと駆け出す。


 まっすぐに相手を睨む目に見えたのは、にんまりと歪んだ口許。そして背後に出現した、氷の刃。


「!?」


「君さ――ギルヴァ・ディア・ルーチェンハインって御方を知ってるかなっ……!」


 氷の刃が撃ちだされる。

 すぐさま足を止めて真横へ転がり、かろうじて回避。が、自分がいた場所には氷が刺さり、接地する場所が僅か凍っている。


(なんだこれは……!?)


 すぐさま身を起こし剣を構える。

 フードの相手はまたも氷の刃を生み出し、悠然と立っていた。


 心臓が、嫌な音をたてる。相手を前にして、今の攻撃を見て、敵う相手でないかもしれないと理解する。

 けれど、シャルベルは剣を強く握った。


(ギルヴァ・ディア・ルーチェンハイン……。こいつの目的はラウノアではなくそっちか……!)


 知らない名前だ。だが、心当たりなら――ある。

 あの人物は一度も名乗っていない。正確な名は知らなくてもこれまでのことから察することができた。ラウノアはおそらく気づいていたのだろう。彼女だけが知る秘密に関わっていると思われる。


 どういう経緯かは知らないが、ラウノアがギルヴァであるということを知ったのだろう。この人物とギルヴァの関係は知らないが、あまりいいものとは思えない。


「で、聞き覚えはある?」


 にこりと無邪気に問うように聞かれるが、シャルベルは答えず地を蹴った。そんな行動に相手の口許から笑みが消える。


「もういいや。君が死ねばラウノアも動いてくれるかな……!」


 氷の刃が撃ちだされる。それに怯むことなく足が地面を蹴ったとき――突如として視界に黒が映り、バキッと音を立てて氷が砕けた。


 近辺の樹々が風に煽られ怯える。眠っていただろう鳥は遠くの方でも衝撃が伝わったのか音をたてて飛び立つ。シャルベルとフードの人物もまた、風と衝撃にすぐさま後退した。

 目許を腕で覆っていたシャルベルは何事かと目の前の光景を見て驚愕した。


「古竜……!?」


 漆黒の竜はフードの人物を睨んで威嚇の唸りを上げている。


 竜は夜間、すでに竜舎にいて就寝しているはずだ。それに区画の檻も竜舎の大扉も閉じられているはず。オルディオがそれを怠ったとは考えづらい。

 しかし目の前にいる古竜は本物で、肌が確かな怒りの刺激を感じとっている。


 シャルベルの耳はもう一つ、古竜とは違う唸り声を拾った。

 はっと見ればいつの間にそこにいたのか、傍らには月明かりに照らされた白い輝きと怒りの気配。


「ヴァフォル! おまえまでなぜ……!」


 相棒がなぜかふんっと鼻を鳴らしてどこかを見る。その視線の先を見て、まさかという推測が頭をよぎった。

 古竜の背中。自分から見えづらい位置。そこからばっと身を躍らせた、月明かりが神々しく照らす銀色の輝き。


「ラウノア……!」


 銀色の目がシャルベルを見て、すぐにフードの人物へ戻る。


 その横顔は普段とは全く違う。強い意思と覚悟、それでいてどこか怒りをたたえているような、そんな瞳。

 慎ましい空気は霧散し、他者を圧倒するほどの存在感を放っている。どうしてかラウノアではない誰かのことが頭をよぎる。


 その姿に僅か息を呑んだ。

 あんなラウノアの表情を、あんな空気を、これまでに見たことがあっただろうか……。


 前へと歩み出たラウノアの側には古竜がつき、守っている。一人と一頭はどこか似た空気を放っており、シャルベルはすぐさま目の前に集中し、隣ではヴァフォルもラウノアたちを見つめている。


 フードの人物はそんな一人と一頭を見て、口許に手をあてた。


「はっ……はははっ。古竜に乗ってここまで来るとは! どうやって竜の区域から来たのか気になるな」


「あなたこそ、随分と早い到着……いえ。意識だけを移動させたのですか?」


「こっちが本体だと言えばいいのかな。あっちを動かしたのは今日が初めてさ。魔力で動くただの人形だけれど」


「……だとしても、意識を移すなどできるはずがありません」


「できるさ。だから君だってありえないものを持っているんだろう?」


 両者の睨み合い。シャルベルはすぐに駆け寄ろうとした足を止めた。

 何を言っているのか全く分からない。だが分かるのは、ラウノアがとてつもない決意と覚悟をもっているということ。


(意識の移動……。それに、魔力……?)


 今ラウノアの側に行くことを、きっと彼女は望まない。

 なんとなくそう解るから、シャルベルは危険時にはすぐに出られるように構えたままじっとラウノアを見つめた。


「婚約者の危機に飛んでくる。来てくれるかなとは考えたけれど、まさかどんぴしゃになったとは」


「……シャルベル様を狙ったのは、わたしが動くと睨んだからですね」


「正確に言うと、ギルヴァ様が、だ。君が同じ『質』を持っているという点において君には非常に興味がある、けれど君個人に用はない」


「その人物に会って、なにをしたいのですか?」


「それは本人に言わないと」


 フードの下の目が自分をじっと見つめているのが分かる。

 どこにいると。大人しく言えと。肌を刺す僅かな魔力の刺激がそう訴えてくる。古竜もそれが分かるのかラウノアの側で唸り声を発し、向けられる魔力を自身の魔力で相殺させているのが感じられた。

 互いに目は逸らさない睨み合いに周りの空気が震えた。






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