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39,そちら側

 男装の上に外套をまとい、さらに装備を重ねていつかのように町を駆ける。けれどその足はそのときよりも遥かに速い。

 城壁を越え、地面の一蹴りで空を跳び、さらに奥へと進む。暗闇の視界に見える大きな広場。

 そこを囲う壁すら易々と超えて、ギルヴァは降り立った。


(最短距離はこれを使うしかない。音は消すとして、問題は婚約者の居場所)


 ラウノアからの報告によると、シャルベルは現在ライネル王太子の護衛で王都を離れているとのこと。

 目的地は国の北にある領地。視察とのことだが、では今どこにいるのかというのは不明。しらみつぶしに調べることはできない。


(一直線で向かえる方法は一つ)


 決め、ギルヴァは魔力感知を働かせながら駆け出した。


 距離を開けて建っている竜舎。その中の一つにやってきたギルヴァはちらりと周囲を確認し、目を光らせた。

 外套の下から出した手でそっと大扉に触れる。微かな光を放つような様子を見せたと思えば僅かに震える。


 一瞬の異変。大扉の異変はギルヴァの目にのみ映り、ギルヴァは手を離した。

 そして、躊躇いなく大扉を開けた。ゴゴッと響くはずの音は一切鳴らず、扉を開けたギルヴァは迷いなく竜舎の中へと足を踏み入れる。


 夜間の侵入者。本来ならば一斉に竜の威嚇が響くはずの中、あるのはしんとした静寂と、来訪者に目を覚ました竜たちの視線だけ。

 大扉から続く直線を歩きながらギルヴァは竜舎の竜たちを見遣った。


「起こして悪いな。ちょっと緊急なんだ」


 軽く謝って、その足は一画へ向かう。

 その主もまた、こてんと首を傾げてギルヴァを見ていた。


「ヴァフォル。協力してくれ。――おまえの乗り手の危機だ」


 ばさりと藁が舞う。すぐさま立ち上がるその姿にギルヴァは口端を上げた。


 木の檻を開け、出てきたヴァフォルにそっと触れる。なにかと問うような下げられた頭に「見つかるとまずいからな」とだけ告げて、ギルヴァは自身と同じ装備を施してやり竜舎を出た。そのあとをヴァフォルが続く。


 本来ならば竜が夜に外に出ることはない。

 見回りの竜使いたちが通り過ぎる。侵入者にもヴァフォルにも気づかずに。


 区域の奥へ来たギルヴァは、そこにある竜舎にもヴァフォルの竜舎と同じように扉に細工をして大扉を開けた。足を踏み入れ木の檻を開けながら、不思議そうな顔をする友に笑ってみせる。大扉の外でヴァフォルが舎内を覗いていることにも古竜は不思議そうな顔をした。


「ラーファン。ラウノアの頼みだ。ヴァフォルの乗り手のもとへ行くぞ」


 ぴくりと古竜が反応し、すぐに立ち上がる。


 月が昇る夜。その下で照らされる黒と白の輝き。それを見つめ、ギルヴァはそっと目を閉じた。


 この身体は借り物だ。だから返そうという意思はすぐに意識を沈ませてくれる。

 意識の海へ落ちて、ラウノアと交代する。そうして海から上がればいつもの草原に帰っている。そこが自分の居場所だ。


 目を閉じて、ゆっくりと瞼を開ける。その折には意識が戻った朦朧さからふらついてしまうラウノアをすぐに古竜が支えた。


「あ……ラーファン。ありがとうございます」


 ぱんっと頬を叩いて意識を覚醒させる。

 ここにいるのは古竜とヴァフォル。問題なくギルヴァは行動してくれたのだ。


 ならばあとは……。


「ヴァフォル。ラーファン。シャルベル様のもとへ急いで向かいます。ヴァフォル。シャルベル様の魔力を追ってください」


 任せろ、と言わんばかりの声が頼もしい。

 古竜はすぐにラウノアを背に乗せ飛び立つ。それにヴァフォルも続き、二頭は空を駆け出した。






 ♦*♦*





 ルインが気づいた敵襲。事前に察知できたおかげで冷静に対処ができている。数も多くはないが、念のため上空から敵影の確認は今も続けているはずだ。増えるようならばライネルを脱出させることも考えなくてはいけない。

 竜使い二人には敵を建物に入れないよう指示を出してある。周囲の雪ごと燃やす竜の炎は威力を抑えていても敵に圧力を与えているだろう。


 できるならば敵は拘束し、情報を吐かせたい。そう思って戦っていたシャルベルはふと気づいた。


(殿下の暗殺……。以前にもあったそれはラウノアを狙ったもののカモフラージュ。だとしたら……)


 ラウノアを狙った襲撃者。そして同じようにラウノアと自分を狙った毒。

 今回の襲撃者もまた非常によく似ている。


 まさかという推測が頭を掠める。それを確認するためにシャルベルは走り出した。動き出したシャルベルに敵がついていく。

 引き離せそうな相手はおよそ半数。残る半数は屋敷の前で他の騎士たちと交戦しているまま。


(やはり、狙いは俺か……)


 こんなことにライネルを巻き込んでしまっては申し訳が立たない。

 すぐさま部下たちにはライネルを守るよう指示を出し、単独で森へ入った。


 月明かりだけが頼りの森の中。その唯一の頼りすら木の葉に隠れて頼りにならない。木漏れ日と慣れた視界だけを頼りにばさばさと茂みをかき分け奥へ走る。

 周囲には敵の気配。囲んでいるのが分かる。森に援軍がいたのか数は当初よりも増えている。


 少し拓けた月明かりの下。シャルベルは足を止めて振り返った。


「狙いは俺か。おまえたち、以前ラウノアを狙った者と同じだな。なぜ彼女を狙う」


 答えはない。だろうなとは思っていたからさしてがっかりはしない。


 ざくりと土を踏む音が聞こえ、シャルベルは視線を向けた。そこに見える見慣れた隊服。


「さすが副団長。しぶといですね」


「イレイズ……。おまえか」


 にこりと女性の視線を集める微笑みが、目の前にあった。


 流れるのは張りつめた空気。だというのにイレイズの笑みは崩れない。

 剣を構えたままいつでも飛び出せるように目を光らせ、シャルベルは問う。


「目的はなんだ」


「俺は仕事をしてるだけですよ。頼まれたんです。あなたに死んでほしい……ああ。最初はラウノアさんだったんです。でも、猛毒を盛ったのに死んだ話が出てこないからって狙いを変えたようで」


「依頼人について吐く気はあるか?」


「すみません。それはちょっと」


「そうか。――残念だ」


 素早く地を蹴ったシャルベルに、囲む敵も動き出す。

 襲い来る数本の剣を避け、弾き、すぐさま切り捨てる。その目は眼前だけでなく全方位に向けられ、無駄のない動きが確実に敵を倒していく。

 イレイズと剣が交差する。睨み合いながらもイレイズはなぜか口角を上げた。


「副団長が羨ましいですよ。ラウノアさんみたいな婚約者がいて」


「殺しの手助けをした男に言われたくはない」


 左右から繰り出される突きを見て、イレイズの剣を剣の腹で捻って弾く。右の相手を体勢低く蹴り倒し、左の相手を剣を振り上げて斬り捨てた。振り下ろされるイレイズの剣をすぐさま受け止め、睨み合いが戻る。


「だいたいの女性はこの顔で油断してくれるんです。俺は手伝いだけを命じられましたが、俺に乗り換えてくれれば殺しなんてしなかったんですけどね」


「ラウノアは易い女ではないんでな」


 がきんっと音を立てて剣を弾く。襲いくる敵を斬り捨てて距離をとれば、イレイズが口許を歪めているのが見えた。


「ふっ。自分は彼女に好かれてるって自慢ですか? ケイリスに嫌がられますよ」


「ラウノアに好意を持っていながらなぜ殺しの手助けをした」


「仕事ですから。もともと興味はあったんです。古竜の乗り手だって聞いて面白そうだなあっと」


 シャルベルの眉が僅か動く。その眼光が光を宿してイレイズを睨む。


(依頼人はラウノアが古竜の乗り手だと知っていた……? それにラウノアが毒に倒れていたことは誰も知らないはずだ。どこから漏れた……?)


 ラウノアが外に出たのは自分が視察に出発した今朝のはず。竜の区域へ行くつもりだとはラウノアから聞いたが、すでに出発していたイレイズに誰が情報を吹き込んだのか。


「その依頼を達成するために、ラウノアに接触できる騎士団に転属したのか? 人員不足を利用して」


「俺はもとから、砦に勤めてたただの騎士ですよ?」


 仕事のために騎士になったのか。騎士だったから仕事を受けたのか。

 問うても口は割らないだろう。今だって肝心要は口にしない。与えてくるのは疑問ばかり。


 切り替えるようにふっと、息を吐いた。


「最後の問いだ。――誰の指示で動いている」


「言うわけないじゃないですか」


 もうなにも、問うことはない。

 地を蹴ったシャルベルとイレイズの剣が交錯し、同時に敵が数を減らしていく。やがて二人だけになったときイレイズが初めて顔を歪めた。

 剣を弾き飛ばし、シャルベルの剣と眼光がイレイズへと突きつけられる。


「……さすが副団長。いくら実力を持っていても実戦となると別物。そう思ってましたけど、本物のようで」


「おまえがラウノアと俺を襲撃した一味と同じなら――口封じに殺される」


「……は?」


 そのとき初めて、イレイズの表情が変わった。

 驚いたような。困惑したような。そんな表情から殺気が消えているのを感じながらも、シャルベルは剣を下ろさず告げた。


「一名を除いて全員が死亡した。拘束のため生かした奴らも、最終的には突然苦しみだして死んだ」


「……なんですか、それ」


「おまえの後ろにいる人物がそうさせたんだろう?」


 イレイズが眉根を寄せた。信じないように、信じられないように。


(仲間の末路を知らないとなると、裏にいる者がわざとそうしているのか……)


 それはまるで、使い捨ての駒のように。


 ライネルの暗殺未遂やラウノアと自分への襲撃など、それなりの手練れであることが戦闘から分かっている。そんな者たちを統率し使っている。

 油断できない相手にシャルベルは剣を握る手に力が入る。

 僅か険しい表情をしていたイレイズだが、すぐににこりと笑みを戻した。


「俺も仕事ですので」


「情報を吐く気がないなら拘束する」


 イレイズから意識を奪おうかとしたとき、シャルベルは視界に見えた輝きに反射的に身体を逸らした。

 その瞬間にイレイズが後退する。二人が後退して再び距離ができたとき、イレイズの傍にある樹から葉が落ちた。


「――見つけた」






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