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38,暗闇には落とさない

 ふっと息を呑んだラウノアの表情を見ていた侵入者はにこりと微笑み、水球を消し去った。


「今の、本当だと思う?」


「え……」


「君に死んでほしいんだって依頼を受けてね。そのときに言ってたんだ。君の婚約者が死んだっていいんだって」


「っ……!」


「頼まれたけど君に死なれちゃ困るから僕も苦労したんだ。そしたら次は勝手に君に毒をあげて殺そうとした。困ったけど、君は毒に強いっていうのは分かってたしもしかしてギルヴァ様が出てくるかなあと思ってさ。……えーっと、なんだっけ。そうそう! シャルベル・ギ―ヴァントの婚約者である君を殺して悲しむ姿を見てやろうとしたけど君が全然死なないから、もうこうなったらあいつを殺して! ってさ」


 嘘か本当か。それよりもその言葉が思考を止めにかかる。

 毒から回復すれば相手も動く。それは分かっていた。この毒は自分とシャルベル、両方を狙ったものだろうと予想できていた。


(本当に……? 甘いものをあまり口にしないシャルベル様よりわたしを狙ったんだろうと、どこかで思っていなかった……?)


 狙われる理由がある。魔力に絡むそれらはシャルベルには無縁だからこそ。――相手の狙いは自分だと、思っていた。


(魔力なんてなにも関係なく、ただ私怨でシャルベル様を狙っていた……? 私を殺せばシャルベル様が悲しむから……?)


 だとしても魔力のことは切り離せない。使われたものも手段もそれなしでは考えられないもの。

 ――それは全て、目の前の人物が用意したものであったなら。その狙いがギルヴァであったのなら――……。


「……あなたは、他者の私怨に手を貸したのですね。あなたが言うところの魔力という物と手段を貸して」


「そうだよ。ギルヴァ様に会える可能性もあったし、僕もライネル王子に死んでほしいなって思ってたから、ちょうどいいなって」


「殿下を……?」


「そう。僕には僕の、依頼人には依頼人の目的がある。じゃなきゃ手は貸さないさ」


 フードに隠れた口許が三日月に歪んだ。瞬間、嫌な予感が背を走る。


「王子のほうはおいおいに。さて――君の婚約者なら、知ってるかな?」


「捕えて!」


 あの水球の光景は今のもの。魔力を用いる者が絡むとなるとライネルとシャルベルが危ない。


 すぐさま指示を飛ばすラウノアにアレクは瞬時に応えた。その剣が侵入者を狙い、光る。

 ひらりとそれを躱しながら相手は笑った。すれすれで避けようと、外套が切られようと。


「こういうのは久しぶりだ! だけどこの身体じゃ相手ができないな。また今度にしよう」


 言うとすぐさまその身は侵入してきた窓からひらりと去っていく。アレクがすぐさま後を追いラウノアは窓へ駆け寄った。

 相手の姿はすでにない。庭に降りたアレクも姿を見失ったのか周りを見回し、ラウノアを見上げた。


(魔法で逃げた……? あの侵入者、丸薬をつくった人物に間違いない)


 自分の力ではその魔力の『質』までは分からない。しかし相手は病の治療についても言い当て、ギルヴァのことまで言い当てた。魔法をああも容易く使っている。


(ギルヴァ様のことを知っていたことがなによりの証拠……。ギルヴァ様の言ったとおりだった)


 丸薬とキャンドルを手にしたときのギルヴァの目を思い出す。その懸念を語ってくれたときのことを思い出す。

 静かに淡々と、感情を込めないように意識されたかのような、そんな声音。


『丸薬を作ったのはおそらく、俺が知る、もしくは俺のことを知っている奴だ。ありえないが、被害の拡大から推察できる魔力の強さと『質』からそうだと判断した』


『それは……看過できません』


『そうだな。ありえないことだ』


 だからさらに懸念が生まれた。


 相手がそれほどに長けている人物ならラウノアの魔力の『質』もばれてしまうと。けれどこれは隠そうとして隠せるものではない。だからギルヴァはあれほどに自分が動いたのだ。

 ――自分の不始末ならば、自分で対処すると。


 思わず窓辺で崩れ落ちるラウノアにマイヤが慌てて駆け寄った。


「お嬢様……!」


 添えられた手に冷静さを取り戻しながら、ラウノアは額に手をあてた。


(どうしよう。どうすればいい……。今のシャルベル様への襲撃があの人物が貸した手によるものなら、そこに魔力がある可能性が高い。あの人物がシャルベル様に接触すれば……)


 ――その命は、奈落の底の一歩手前。


 ライネル暗殺未遂時と自分への襲撃時、敵が残らず死んだ理由が分かった。

 魔力で見張られ、魔力で殺された。魔力を知らない今の者たちには一切気づかれない手段で。


(だけど、今のシャルベル様のもとへどう向かえば……。いえ。そもそも向かっていいの? それをすれば余計な問題が……)


 唇を噛む。

 ああ。こんなときにまでそう考えてしまう。シャルベルの命がそこで危険なのに。自分のせいなのに。


『守らせてくれ。ラウノア』


 あの声が耳に蘇る。


 自分だって守りたい。協力すると決めた。関わらせても守ると決めた。

 大切だと、分かっているから。


「お嬢様」


「ラウノアお嬢様!」


 部屋に人の気配が増える。マイヤは戻ってきたアレクと、アレクが連れてきたのだろうガナフとイザナを見てほっとしたように息を吐いた。

 状況をすぐにマイヤに問うガナフの声が耳をすり抜ける。その中でラウノアは唇を噛んだ。


 助けにいけば守ることができるかもしれない。それはシャルベルの関わりを証明する行動であり、シャルベルが知らなくていいことを教えてしまうこと。もしそこに他の騎士たちがいれば誤魔化しようがない。

 助けにいかなければ、シャルベルの命に保証はない。そして、自分の秘密は守られる。


『好きな人に好きだと言える。それは素敵なことではない?』


『――愛してる。だから、生きてくれ』


 誰かを愛する心に正直で、自分の想いを素直に口にする人。

 愛しているから守ることを選び、未来から自分という存在を消した人。


 二人の笑みが脳裏をよぎり、ラウノアはきゅっと強く目を閉じた。


(わたしは――……)


 保証のない感情。それを繋ぎとめるために必要なもの。


 この口はまだ動く。まだなにも伝えられていない。優しい目に、口にしてくれる決意に、いつも唇を引き結んで答えなかった。

 自分の心を知っている。もう分かってる。ならばその人の幸せを願って自分はどうする。やはりだめだと言って離れて――諦められるのか。


 考えて浮かぶ、不敵で優しい笑み。――『迷う必要がどこにある』まるでそんなことを言うような。……いや。そう言うのだろう。そういう人だから。


(わたしは、シャルベル様を守りたい。この秘密にたとえ彼が関わっても、なにを賭しても守りたいほどに、あの方のことを――……)


 踏み出す怖さはだれもが同じ。

 けれどきっと、シャルベルとなら、進んでいける。自分がそうしていける努力を怠らねば。


「お嬢様」


 ふとかけられた声にラウノアは顔を上げる。そこに見える頼もしき側付きたち。

 だから泣きそうになって、決意が固まった。


「皆まで危険に晒して、ごめんね」


「とんでもございません。お嬢様のお傍にお仕えすることは、我々の至上の喜びにございます」


「そうですよ! お嬢様ほどの人はいないんですから!」


「はい。いつまでもお傍におりますよ」


「ずっと守る」


 一緒に死ねと言えばこの四人はそうするのだ。知っている。だからそうさせないように頑張る。

 そう決意したのはいつだっただろうか。


「シャルベル様を、お助けに行くわ。秘密からはなるべく遠ざけて守りたいけれど、それと同じくらい……一緒にいたいと思うから」


「「御心のままに」」


 頭を垂れる四人に泣きそうに、けれど決意を強く頷いた。


 マイヤがすぐに部屋に置いてあった水差しから水をカップに注ぎ、ラウノアは机の引き出しから例の丸薬とは違う薬を取り出した。


(念のためガナフに用意してもらっていてよかった)


 これは強い睡眠薬だ。ギルヴァの懸念を聞いてから念のためにと秘密に用意してもらっていたもの。

 マイヤに水をもらい、ラウノアはぐいっとそれを呷った。そしてふっと息を吐く。


 意識を持ったままギルヴァを起こす。それはまだまだ訓練中でできたことはない。だから今は、こうした物に頼るしかない。


「あの方にはこう伝えて。――最短距離への案内でかまわないって」


「承知いたしました」


 恭しくガナフが頭を下げる。

 それを見ていると睡魔に襲われ、ラウノアはソファに座り込んだ。


(早く……シャルベル様の……もとに……)


 瞼が落ちて呼吸が落ち着く。それを見つめて僅か、すぐにラウノアが顔を上げた。

 その手が動き、場所がソファであることにこてんと首が傾いた。欠伸をするもう一人の主の傍に膝をつき、ガナフは緊急案件を告げる。


「若。ギ―ヴァント公爵子息様が危機です。相手は若を探しているという例の人物。お嬢様はお助けすると御心を定められました。最短距離への案内を求められております」


 聞いて、その口角が不敵に上がった。

 跳ね上がるように席を立てば、その銀色の輝きがひらりと揺れる。


「やれやれ。ラウノアの願い、叶えないわけにはいかねえな」






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