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18.仕えるのはあなただけ

 着替えを終えたラウノアは、ベルテイッド伯爵たちに会うよりも先に側付き四人を室内へ入れた。ガナフから語られた経緯を聞き、冷静に頭を働かせる。

 その後、ラウノアの目覚めを聞いたベルテイッド伯爵からの呼び出しがあり、ラウノアは部屋を出るため立ち上がった。


「アレク」


 けれど、部屋を出る前に、黙した己の護衛の前に立つ。


 アレクは普段から表情を滅多と動かさない。話す言葉も最低限で、話しかけないと自分から口を開くこともあまりない。

 そんなアレクだが、感情が出にくいだけで、胸の内は感情豊かだ。それをラウノアは知っている。


 ガナフが話をしている最中も、今も、少し眉根を寄せて苦しそうな顔をしているのが、はっきりとラウノアには見て取れる。


「アレク。ごめんなさい。わたしが……一人でなんとかしなくちゃと、そう思って。だからアレクになにも言わなかった。結果がこれじゃ本末転倒だけど……」


「……どうして。俺が、弱いから?」


「そんなことないわ。アレクより強い人なんて、わたしは知らないもの」


 少し悲しそうな、寂しそうな目をするアレクをまっすぐ見上げ、ラウノアは首を横に振った。きっぱりと否定したラウノアを見て、アレクは少し眉を緩め、はっきりと告げる。


「俺は、姫様を護るためにいる。……姫様が傷つくのは、嫌だ」


「……うん。ありがとう」


 アレクの強い眼差しを、ラウノアも静かに受け取る。


 自分でできなければいけないと、思った。けれど結果はどうか。

 自分はどれほど守られているのか。それでこれから、どうするのか。


 不安も恐怖も、じわじわと胸の内を侵食してくる。

 それでもこの感情を出してはいけない。出してしまえばそれは――甘えにしかならない。


 だから、ラウノアは密かに決意する。

 今度は。必ず自分で――


「ラウノアお嬢様」


 そんなラウノアに、静かで穏やかな声音が向けられた。振り向くラウノアを見つめるのは頼れる執事ガナフだ。

 その目はどこか真剣に、まっすぐ、けれど慈しむようにラウノアを見つめる。


「以前も申し上げましたとおり、私たちはラウノアお嬢様にお仕えする身。それは終生、変わりません。お嬢様がたとえどの家に嫁がれようとも。どのような立場にあられようとも」


「! ガナフ……」


「旦那様もその点は予想されておられるでしょう。なにせ、カチェット伯爵家からともに来た私たちですから」


 そう言って、ガナフは品よく笑った。その笑いにはイザナも胸を張って大きく頷き、マイヤも当然というように頷く。

 そんな三人を見つめ、驚きと嬉しさが込み上げるラウノアは、小さく唇を噛んだ。


「姫様。俺たちは、ずっと、姫様と一緒にいる」


「当然です!」


 きっと、本当にそうするのだろう。ガナフの言ったとおり、ラウノアに仕える意思を知っているベルテイッド伯爵も、想定済みだと笑うかもしれない。嫁入り時に付き従う者がいることは珍しいが、ないわけではない。


 それでも、それとは違うのだ。この四人が傍に居てくれることは、絶対の味方として在り続けるという意思の表れ。

 カチェット伯爵家ではないこの場所で、自分に従う必要はない。だから、もう、自由にしてくれていいのに。咎めないのに。


 なのに――。


「ガナフっ……どうして分かったのっ……」


「長く、お嬢様がお生まれになったときから見ておりますから。それくらい」


 的中だと笑う執事は、いつもよく他人を見ている。だから、なにも言わなくても動いてくれる。子どもの頃は、そんな彼を凄い人だと無邪気に褒めていたものだ。

 思い出して、懐かしくて。


 笑みがこぼれて、泣いてしまう。


 そんなラウノアを、マイヤとイザナは優しく抱き締め、ガナフとアレクも見つめていた。






 夜会会場の応接室で負傷したラウノアは、王城の医務室で手当てを受け、すぐに屋敷へ帰された。帰宅にはクラウ、ココルザード、ベルテイッド伯爵夫人が付き添い、ベルテイッド伯爵は残って、トルクを交えて王との話し合いが行われた。

 ターニャたちは、城内で貴族令嬢を負傷させたことにより、今は調査中ということで拘束されている。彼女たちは夜会への出席口実にカチェット伯爵家の名を出していたため、トルクも調べを受けている。これらの調査指揮は現場に居合わせた騎士団副団長シャルベルが執り、ケイリスも加わっている。

 しかし、何があったのかという肝心の部分が曖昧だ。これはターニャたちの証言だけを鵜呑みにはできない。故に、ラウノアの目覚めを皆が待っていた。


 そして朝、普段より遅い時間にラウノアは起床。不調も錯乱も見られず、ベルテイッド伯爵たちの前にやってきた。


「ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした」


 応接室への入室一番、ラウノアはその場にいる全員に頭を下げた。

 そんなラウノアに真っ先に駆け寄るのはベルテイッド伯爵夫人だ。ラウノアの頭に巻かれた包帯を痛々し気に見つめ、心配に瞳を揺らす。


「もう大丈夫なの? ゆっくり休んでいていいのよ?」


「大丈夫です。痛みもありませんので」


「そう? もし辛かったらすぐに言って。ね?」


「はい。ありがとうございます」


 伯爵夫人に手を取られ、ラウノアはソファに腰を下ろした。しっかりとした足取りに安堵の表情を見せるのは、ベルテイッド伯爵やココルザード、クラウも同じ。

 ラウノアの前に座るのは、騎士の隊服を着たシャルベルとケイリス。見慣れない格好だが、ケイリスも同様の服装であることから仕事のためだとすぐに理解できる。


「ギ―ヴァント公爵子息様。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「いや。大事ないならよかった。ベルテイッド伯爵にあなたの容態を聞いていたところだったんだが、目が覚めたならちょうどいい。昨晩から早々に無理をさせて申し訳ないが、話を聞かせてほしい」


「はい」


 相も変わらぬラウノアの静々とした謝罪と下げられた頭を見つつ、シャルベルは本題に入った。

 ラウノアが頷いたことで室内の空気が少し変わる。ガナフやマイヤも静かに控えつつことを見守る。


「そもそもに、ラウノア。あの女たちは何者だ?」


「彼女たちは……母が亡くなったあと、父が屋敷へ招き入れた居候です」


 クラウの問いに答えれば、クラウが眉根を寄せた。不機嫌と不可解を両方見せる表情に、ラウノアは語った。

 ベルテイッド伯爵がある程度話してあるのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。ルフが亡くなってからのカチェット伯爵家についてラウノアが語る度に、クラウもケイリスも、伯爵夫人もだんだんと表情が険しくなっていく。


 居候であるターニャたちが屋敷へ来たこと。屋敷での振る舞い。自分に向けられた悪意だけは伏せて、カチェット伯爵家についてを話す。

 夜会でシャルベルと話をしていたときに受けた呼び出し。ターニャたちからカチェット伯爵家の権利一切に関して話をされたこと。自分たちがそれを得るためにラウノアを消そうとしたこと。意識を奪われるまでのことを全て、正直に話した。


「――そうか」


「そんな身勝手な理由でラウノアを傷つけるなんて、許せないわ」


 ラウノアの傍で伯爵夫人は怒りの表情を見せ、前に座るケイリスも同様に顔を歪めていた。


 ベルテイッド伯爵家にとって、カチェット伯爵家は縁のある家だ。クラウやケイリスにとってトルクは叔父。

 他の家よりも情のある家だからこそ、ラウノアを挟んで起こった事態には、怒りもあり、悲しみもある。感情が綯い交ぜになるのは、皆同じだった。


 ラウノアは微かに瞳を揺らしつつも、その視線を前に座るシャルベルに向けた。


「ギ―ヴァント公爵子息様。このような身内話でお耳汚ししてしまい、申し訳ありません」


「いや。話してくれたからこそ、より、あの者たちの動機に推測がついた。……今の話、必要と判断すれば上に報告を上げることになるが、構わないか?」


「はい」


 身内でないのに、家名を出された故に家の罰として周囲には見られる。ラウノアの立ち位置には、シャルベルも不憫を感じずにいられない。

 同様である様子のベルテイッド伯爵一家の表情を見ながらも、切り替えて、シャルベルは顎に手をあて思案した。同じように、一人ゆったりと腰かけるココルザードもふむ……と顎に手をあてる。


「トルクは婚姻に頷いていなかった。つまり、トルクは彼女たちを迎えるつもりはなかったが屋敷に入れた、ということか。理由は分からないが、私たちが危惧していた事態ではなかったということかな」


「そのようですね。しかし、ならなぜトルクはラウノアをベルテイッド伯爵家(うち)に……」


 ココルザードとベルテイッド伯爵が思案の様子を見せる。

 ラウノア自身、トルクがターニャと婚姻を結ぶつもりがなかったということには驚いた。そのつもりがあったのだろうと思っていたから。


 だが、それは違った。

 ターニャはトルクとの婚姻を望んでいたようだが、トルクが頷かなかったということは、トルクはターニャたちにカチェット伯爵家の家督を継がせないつもりだったということ。


(父様の気持ちが、分からない……)


 ならなぜ、ターニャたちをカチェット伯爵家に入れたのか。

 なぜ、自分と距離を開けたのか。

 なぜ――目も合わせてくれなくなったのか。


 考えるほどに視線が下がるラウノアの傍で、シャルベルを見たクラウが少し険しい顔をしたまま問うた。


「それで、そいつらは昨夜の件をなんと?」


「ラウノア嬢を害そうとしたことに関しては否定している。逆に、自分たちがラウノア嬢に暴力を振るわれ、気を失ったのだと」


「なんですって?」


 相手の言い分には、問うたクラウだけでなく伯爵夫人も眉を吊り上げた。目の前のベルテイッド伯爵一家の怒りを受け、シャルベルだけでなくケイリスも眉を寄せる。


「ちょっ……。俺らに向けないでくれよ」


「分かってるよ。すまないね」


「じい様だって十分迫力あるんだから」


 ケイリスが頬に冷や汗を流す様子に、ココルザードが軽く笑った。しかしすぐ、その目はシャルベルを見る。

 促されたシャルベルは、さして表情を変えず答えた。


「あくまで、あちら側の言い分だ。しかし確かに、揃って倒れていた理由が分からない」


 その視線が、ちらりとラウノアを見た。






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