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37,こんばんは

 ライネルたちも緊迫に包まれたとき、素早くゼオが扉を開けて周囲を確認。

 駆けてくる騎士にゼオは鋭く声を飛ばした。


「何事だ!」


「およそ三十の敵襲が向かってきます! 殿下を安全な場所に!」


「殿下! 急ぎましょう!」


 カーランが素早くライネルに外套を被らせ、ゼオとともに部屋を出る。

 廊下を走り進んでいれば近衛隊の騎士がライネルを守るために集まってくる。


「状況は」


「敵は三十ほど。竜使いが上空から確認し、じきに来ます。騎士団の者たちが応戦します」


「他に敵の影は」


「いえ。竜使いからの報告では地上に影は見えないと。ですがなにぶん夜ですので……」


 別邸の周囲はなにも深い森におおわれている訳ではない。拓けているからこそ、竜使いは敵の影を上空から確認できる。

 しかし、なにぶん夜だ。


(外へ逃げたとして、囲まれていればこちらも逃げ道がない。夜に困るのはこちらも同じだからな)


 しかし、ここで最善を弾き出すのが自分の仕事。

 敵の数。騎士団と近衛隊の戦力。周囲の状況。考えるライネルの視界に、また一人別の近衛騎士がやってきた。


「報告します。敵は正面から攻撃。現在騎士団が応戦中。竜たちは屋敷の周りで威嚇を」


「分かった。竜使いで対処、すぐさま撤退しないというのは対処できるという判断だろう。俺が出れば万が一の脱出方法がなくなる。俺は出口に近い場所に隠れよう」


「了解しました」


 ライネルの動きが決まったとき、雷が落ちる前のように一瞬窓の外が明るくなったと思ったら地響きが建物を襲った。ぐらぐらと揺れてライネルは咄嗟に姿勢を低く保つ。

 細かく強い振動が収まり、思わずふっと笑ってしまった。


「竜の火か? 滅多と見えない戦場か、ここは」


 竜が出るほどの戦場か、絵本か歴史書の中でしか見ることのない、竜の火。竜が吐き出す炎はすべてを焼き尽くす。それがあれば三十の敵に負けることはない。

 思わぬ攻撃にライネルは安心感よりも恐怖を覚えた。しかしそれを顔に出すことはなく、すぐさま己の護衛騎士に指示を出す。


「カーラン、ゼオ。外を頼む。今の状況ならばおまえたちが行っても問題ない」


「ですが……」


「増援の可能性は竜が消した。今後あったとしても気づくほうが早い。それに、こういうのは早々に片付けたい」


「……分かりました。なにかあれば戻ります」


 主の指示にすぐさまカーランとゼオが走り出す。護衛騎士たちに囲まれて、ライネルは微かに聞こえる戦闘音に耳を澄ませた。






 ♦*♦*




 静けさに包まれる夜。月の明かりは神々しく降り注ぎ窓から射しこむ。

 冬の冷たさは風に乗ってやってくる。カーテンが揺れるのをラウノアはじっと見つめた。


 まっすぐと突然の訪問者を見据えたままの瞳に、フードを被ったその人物は見える口許に笑みをたたえる。


「こんばんは。類まれな魔力を持つお嬢さん」


 突然のことにマイヤはすぐにラウノアのもとへ駆け寄る。必死に相手を睨む様子を感じながら、ラウノアはアレクを見た。


「アレク」


「敵」


「ええ。……けれど、まずは話をしましょう」


 ラウノアの言葉にアレクは剣を抜いて相手を睨んだまま、ゆっくりと足を動かしラウノアのもとへ戻る。

 守るようにアレクが傍に立つのを待って、ラウノアは侵入者を見つめた。


「ご用があるならば昼間に、正面から来ていただきたいものです」


「ふふっ。そうもいかない。君とちゃんと話をするには時と場所を選ばなければいけない」


 その声は女のように聞こえる。うまくフードで顔を隠しているのもあって正体は分からないが、口許から見れば若いだろうと思わせる。

 相手を観察していることに気づいたのか、フードで見えていないはずの相手は笑みを深めた。


「あまり時間がないから単刀直入にいこう。君は魔力を使って病の治療を試みた」


「……」


「その前から、あれ? とは感じていたんだ。お、おかしいなって。古竜が確信をくれた」


 ラウノアの目は相手から逸らされない。変えることのない表情にも侵入者は笑みを崩さない。

 笑っていない。直感的にそう感じるのは、口許とは違う空気が肌を刺すせいか。


 侵入者は侵入してきた窓の前でばっと両手を広げる。その下にあるのは良家の娘が着用するような寝間着であり、そんな装いにラウノアは僅か眉を寄せた。そしてすぐにフードの下を探るように見つめる。


「ふ、ふふっ。僕は気づいてた。だって君はありえない魔力を持ってる。どうしてそれを持ってるのかな?」


「先程からなにをおっしゃっておられるのでしょう?」


「ふ、ふふふっ。分かってるくせ、に。ねえ?」


 こてんと首を傾げる。にんまりと三日月に歪む口許にラウノアは眉を寄せた。

 傍ではアレクが指示さえくれればいつでも飛びかかると言わんばかりに構えている。後ろのマイヤは不安げで、ラウノアも背筋が冷えるのが分かった。


(魔力を知っている。解っている。――この相手、やっぱり)


 心臓が嫌な音をたてる。手足が冷える。

 目の前の相手から、目を逸らせない。


「教えて、ほしいなあ。――ギルヴァ様は、どこにいるのかなあ?」


 一際強く、心臓が鼓動を打つのが分かった。けれど決して表に出してはいけない。何があろうと言われようと、それを隠し通す。

 だから、それが徹底されているアレクもマイヤも空気を変えない。


「どなたか存じ上げません。それより、勝手な侵入を報告されるか、アレクに拘束されるか、お好きなほうをお選びください」


「嘘吐いても、だめ、だ、よお? その魔力の『質』は、あの方のものだ、から。魔力は個人で『質』が違う。だから、同じはずが、ない。僕、みたいなことかなあ?」


「よく分かりませんが、あなたみたいとはどういう意味でしょう?」


「ふ、ふふふっ。だめ、だよお? 教えてあげない」


 どこか途切れ途切れになる言葉。不自然なそれにラウノアは相手をじっと見つめた。


(僕みたい、ということは、わたしとギルヴァ様と同じか、それとは違うこともありえるということ……? それに何かしら。この、まるで壊れかけの人形のような……)


 そんな相手は自分の喉に手をあてて「う、うーん」「あー」と意味のない言葉を繰り返している。


「い、いけない。う、う、うまくしゃべれ、な、も、ちょっ」


「?」


 とんとんと自分の頭を叩く。壊れかけの物を無理に直すかのような動き。

 何をしてくるかと睨むアレクの後ろで、ラウノアはそっと意識を研ぎ澄ませる。


 やがて相手は「うー」とまた意味のない声を出すと、咳ばらいをしてラウノアへ向き直った。


「ねえ、教えてくれない? ギルヴァ様はどこ? 君みたいな存在がいるならどこかにいるはずだ。教えてよ。あの方だってきっと僕みたいにいるはずなんだ。だってすっごく憎悪と怒りを覚えているはずだからさ! 覚えないわけがないよね!? 僕はさ――君に会えて嬉しくてたまらないよ! ()()()()()()()()()のは悔しいけど、全てギルヴァ様のためだから! そう思えば悔しさなんてちっちゃなものさ!」


 両の手を挙げ歓喜に震える。そんな姿をラウノアは見つめた。


(憎悪と、怒り……)


 ギルヴァの笑みが脳裏をよぎる。

 でも、今はそれを消す。目の前には決してなにも教えないために。


「理由は存じませんが、あなたがわたしに用件を持ってきたのは、先日わたしを襲ったときにうまくいかなかったから、でしょうか?」


「ああ、あれ。あれは僕じゃないよ。ただ頼まれただけさ」


「頼まれた……?」


「だけど僕は君に死なれたら困るからさ」


 ひらりひらりと手を振る侵入者。

 発された言葉にラウノアは瞳に光を宿らせた。


(わたしかシャルベル様、どちらかを殺そうとした誰かと、わたしを殺させないとしたこの人物がいる)


 思考がすっと冷静になる。そんなラウノアの前で侵入者は思い出したように手を掲げた。その動きにアレクが侵入者を睨む。

 そんなアレクを笑って、侵入者はその手の上に水の球を浮かばせた。


「そうそう。見せてあげないと」


「! ……!?」


 澄んだ水。凪いだ水面のように映る風景。光が反射するように水球は輝いて、滑らかにその光景を映し続ける。


 暗い。外だろうか。突然明かりが襲ったかと思うとすぐに消え、炎のゆらめきが見える。

 大勢の人。見覚えのある服装をしている人たちと、黒い外套で身を隠した者たちがいる。――そこにはっきりと見えたシャルベルの姿に息を呑んだ。


 シャルベルの鋭い目はすぐに周囲を見回すと、何かを叫んで走りだす。その後に黒い外套の一味が続くのを見て、ラウノアは思わず一歩足が出た。

 それをアレクが制するが、そんなことよりも水球の光景に目が離せない。


(シャルベル様は今ライネル殿下の視察に同行しているはず……。まさかそこで敵襲に……!?)


 冷静に。そうあろうとしていたのに、その姿に心が乱された。






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