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34,不本意ながら

 シャルベルの真剣な空気を感じたのか、ラウジールとシルバークも表情を引き締め箱を見る。

 二人の視線が箱に向き、周囲に他者の気配を感じないことを確認したシャルベルは、箱を開けた。入っている物の上に置いてある紙をとって中の物を二人に見せる。箱の中にある物を見てラウジールは眉を寄せ、「ふむ…」とシルバークが顎に手をそえた。


「薬になるものばかりですね。町の薬師でも手に入れられるような一般的なものばかりですが……」


「使い方を間違えなければ大丈夫だね」


 箱の中身そのものはメリエルの証言と同じ。専門家の証言を得て、シャルベルは最初に取った紙を二人に渡した。


「箱の中身とそこに記されているものが合っているか、確認していただきたいのです」


「えーっと、えーっと……」


 ささっとシルバークの手が動き始める。医師としてなのか、なにも聞かず迷いなく動く手。ラウジールも同様で紙に記されたそれを読み上げながら箱の中身を仕分けていく。

 薬を扱う者としての行動に、シャルベルも頼もしさを感じた。


「あれ……? 一つ足りないね」


「ああ。ネビルの根がないな……」


 二人が紙を確認し、漏れがないかともう一度確認を始める。……しかし、二度目も同じ結果となり、ラウジールはシャルベルを見た。


「どうやら一つだけ足りないようです」


「その、ネビルの根とはどういうものなのですか?」


「粉薬として他の薬草と混ぜて使うのが一般的です。主にせき止めや呼吸器系症状に処方されるものですが、多量に摂取すれば毒となりえます」


「毒としてなら、呼吸ができなくなるって効果がある。喉が塞がってね」


「…それは、摂取後すぐに?」


「そう。水にでも溶かしてしまえば綺麗に溶けるけど、結構な苦味があるからちょっと口にすればすぐ分かる。まして毒として効果を出そうと思うほどの量ならね。まず向かない」


 毒殺には向かない。そう言われてシャルベルは眉根を寄せた。


(ネビルの根が使われたとするならラウノアの症状と合致しない。……誤魔化すために箱の中身を一つ盗んだとするなら、犯人は薬草について詳しくない。それに、はちみつに粉薬が混ざっているようにも見えなかった。毒で相手を狙うのなら当然だが致死量が必要だ。少量で事足りる物を選ぶだろうし、量の多く必要な、まして味の変化のある物を使うのは確実性に欠ける)


 ラウノアも昨夜の人物も言っていた。「おまえは殺されるぞ」と。

 この毒でも同じことが言える。なのに毒の結果はどうか。


「シャルベル君。誰か毒殺予定?」


「違います」


 なにをとんでもないことを言ってくれるのか。

 笑っているから冗談だとは分かるが、その遠慮ない笑みに「シルバーク……」とラウジールは額に手をあてている。


「ありがとうございます。助かりました」


「いえ。なにか御力添いになれたのなら」


「……申し訳ありませんが、この件は――」


「ご安心を。医師というものは患者のあれこれは詮索しないものです。たとえ犯罪者であろうと国家中央の人物であろうと患者のことは漏らさない。そして研究者もまたその一端に関わる者、ですから。なあ? シルバーク」


「うん。君は立場もあるから大変だろうことは分かるよ。でも、もし僕らの手が必要だと思ったら遠慮なく言ってね」


「ありがとうございます」


 深く頭を下げ、シャルベルは箱を手に二人の前を辞した。






 ♦*♦*




『反対です』


『俺も譲れない』


 一日の中で数度は必ずそんな問答をするようになって早四日。ラウノアの容態は落ち着いてきている。毒を受けて二日三日は苦しそうではあったが、それ以降はかなり楽になったのか顔色はとてもいい。

 それは嬉しい。安堵できる朗報だ。

 昨日からはクラウも見舞いに来てくれている。仕事終わりにはケイリスも同じで、ラウノアもどこか嬉しそうだ。


 しかしその代わり、互いに頑固になっているのも事実。こちらはあまり喜べない。

 今朝もそうだ。出勤前にラウノアの様子を見にいって、朝と夕方には必ずするといってもいいような問答をして、互いに睨み合って終わりになる。


 騎士団で仕事中、シャルベルは無意識に重い息を吐いた。鍛錬中と思い出してすぐにそんな空気を消しつつも、頭の中では今朝の問答が思い出される。


(ラウノアが反対するのは分かっていたが……。少しは俺にも許してくれたのだと思っていた分、落ち込むな……)


 互いに互いを守りたい。傷つけずに。傷つけても。

 だからラウノアの反対は分かっていたけれど、一歩を許してくれたと思っていた分少し悲しいのも事実。


 無意識にため息が出て、近くにいたルインが珍しそうな顔をした。


「副団長どうしたんです? 深刻そうな顔して」


「まあまあルイン。副団長だって悩むこともあるよ。たとえば……そう。恋の病とか」


「ははぁん。なるほど。さてはラウノアさんがここ最近体調不良で休みだから副団長も会えてなくて寂しいってわけで――いだだだっ」


 ルインと、その隣で訳知り顔なイレイズに苛立ちを感じたシャルベルの制裁が下る。被害を受けたのはルインであり、イレイズは面白そうに笑っている。

 ルインから手を離したシャルベルはその視線をぎろりとイレイズに向けた。けれど返ってくるのは爽やかな微笑み。


(こいつはラウノアにもこういう顔をしていたな)


 ちょっともやっとしてしまう。けれどすぐに振り払う。


「で、実際どうされたんですか? 副団長。ルインの言うとおり、お悩みって顔をされてますけど?」


「大したことではないし、仕事中にする話でもない。いい加減鍛錬に――」


「やっぱりラウノアさんのことってわけですか? 副団長も仕事中にそんなこと考えるんですねえ。ちょっとケイリスにでも後で聞いてみよ」


「ルイン。それだけ元気ならまだまだ追加でやれそうだな?」


 ヒヤッとわざとらしくのけ反るルインにイレイズが遠慮なく笑う。そんな同僚にルインは頬を膨らませた。


「イレイズだって気になるだろ?」


「うーん。明言は避けたいかな」


「逃げるとは卑怯なっ……!」


「ははっ。ルイン。一目惚れだなんて話のお二人、気にならない人いる?」


「だよなあ」


 ピキリと額に青筋が浮かぶのが自分でも分かる。まったくもって、部下たちは好き放題言うのが好きなようだ。

 そんなシャルベルの様子を見て小さく笑うイレイズは、にこりと微笑んだ。


「それで、やっぱリラウノアさん絡みですか? 俺も、ここ最近来ないなって気になってたんですよ」


「無用な心配だ。ここずっと竜たちの世話に明け暮れていれば、身体も疲れる」


「ふ~ん。だそうだよ、ルイン」


「で、そんなラウノアさんを副団長は気もそぞろに心配して――」


「気が抜けているなら俺が追加で鍛錬をつけてやろう。明日に備えてな」


「ええー」


「副団長。明日に備えてしっかり身体を休めるのも大事ですよ」


 不服を顔に出すルインとは違いイレイズは微笑みのまま。そんな二人にため息が出て、シャルベルは自分のため息に眉根が寄った。

 もうやめだ。ため息をつくとろくなものを引き寄せない。とくに部下の前では。


 気を取り直し、シャルベルは剣を構える。


「早速始めるか」


「イレイズのばかー」


「ごめんごめんって」






 今日も仕事を終わらせて屋敷へ戻る。着替えてすぐにラウノアの部屋へ行き、夕食が始まるまでの睨み合いが始まった。


「ラウノア」


「だめなものはだめです。危険すぎます」


「承知の上だ。君だけを行かせるわけにはいかない」


「アレクが一緒です。問題ありません」


「俺の心配をしてくれるのは嬉しい。だが、俺も心配だ。守ると言っただろう」


 むすっと拗ねたような顔をするラウノアを珍しいと思って、けれどそれを喜びはしない。顔に出てしまえばきっとラウノアはもっと頑固になるから。

 そんなラウノアはきゅっと拳をつくって、苦しそうな顔をする。


「……相手は、もしもあの御方の予想通りならば、とても危険な相手です。アレクでも、シャルベル様でも、太刀打ちの難しい可能性が高いのです。そうであれば狙われることになります。そんな危険に連れていくなどできません」


「アレクは連れていくんだろう?」


「それは……」


 違うのだ。自分と側付きは。

 分かっていた。解っていたけれど、その事実はどこか胸を刺す。


 視線を下げて無自覚に寂し気な目をするシャルベルに、ラウノアも告げる言葉をなくした。


(アレクを連れていくことに迷いなんてなかった。アレクもきっと同じ。だけど……)


 目の前のこの人は違うのだ。

 守りたい。傷ついてほしくない。生きていてほしいと願う気持ちは、秘密に近づかれたときからなにも変わらない。


「俺は……そこへいけないのか……?」


「っ……それはっ。……それは……こちらへくるということは…」


 だから、婚約の解消を求めた。けれどそれは、そうはならなかった。

 近づいて欲しくない。それは本心だ。きっと生涯変わらない。なのにシャルベルは、望まれていないことを解っているのに――……。

 自分の所為で己が危険に晒されているかもしれないのに。巻き込んだのは自分なのに。


「ラウノア。言っただろう。俺は――俺のすべてをもって君を守ると」


 息を呑む。

 その目がまっすぐラウノアを見つめる。ただそれだけのことに呼吸を忘れる。


 危険だと分かっているのに。近づくことは死を覚悟することだと知っているのに。

 嘘は言わない。できないことは言わない。――だから、できることの誓いを立てた。


 目の前の婚約者はそういう人だ。

 ギルヴァが認めたラウノアの婚約者であり、将来を考えてよいと言った人だ。


 自分が危険であっても、自分の身を守ることを考え、そして手を伸ばしてくれる。

 だから、伸ばしたいと思うのだ。


「シャルベル様。同行すればあなたは……わたしに死を求められる可能性が高くなります。それでも、ですか?」


「君がそんなことをしなくていいように俺が守ろう。誰にも知られない、誰にも他言しない。耳を塞いでいろと言うならそうしよう」


「あなた自身も、とても、かつてなく、危険に晒されます」


「君も同じだ。互いの守り手は多くて困らない」


「……どうして言い負かしてばかりくるのですか」


「それは君も同じだ」


 ちょっと怒ってしまいたくなる。そんなラウノアにシャルベルは小さく笑った。余計にラウノアが不満そうな顔をしてしまうけれど、それを可愛らしいと思ってしまっては怒られるだろうか。

 だからラウノアを見つめていると、ラウノアはとても不服そうな顔をしてぷいと視線を逸らした。


「行くのはわたしではなく、あの方ですからね」


「ああ。分かった。君の身に傷ひとつ負わせないようにする」


 ぷいと視線を逸らしていてもその頬が僅か赤いのが見て取れるから、シャルベルはラウノアを見つめてしまう。そんな二人を控えて見つめるマイヤは小さく笑っていた。






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