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33,それぞれの専門家

 ♦*♦*




 翌朝。いつもより早くに目が覚めたシャルベルはまず軽く身体を動かし、朝食が始まるより少し前にラウノアの部屋の扉を叩いた。

 ノックしてすぐに顔を出すのはラウノアの侍女であるマイヤだ。


「朝早くからすまない。……ラウノアの様子は?」


 気になって仕方がないような、けれど失礼ではなかろうか。ラウノアを気遣っているようなシャルベルの声音と間にマイヤは微笑んだ。

 扉を開けてシャルベルを招き入れる。逡巡の末足を踏み入れたシャルベルは、扉の傍にいたアレクと視線が合ったが、すぐにマイヤに「どうぞ」と促されて足を進めた。


「ラウノア――……」


 開いている部屋の窓から風が吹き込み、天蓋の薄布をひらめかせる。風の冷たさからラウノアを守っている薄布の向こうに見えたその姿に、刹那息を呑んだ。


 ひどく苦しそうな顔をしたラウノアが眠っている。呼吸が浅く速く、額には汗が滲んでいてかなりの高熱だと分かる。

 ぐたりとした姿に思わず駆け寄るが、ラウノアの瞼は開かれない。


「これほどひどいならなぜ早く言わなかった」


「お嬢様は症状が強く出ると悟っておられました。お嬢様がおっしゃられたように、この毒がギ―ヴァント公爵子息様を狙ったものでもあるとなると弱い毒であるはずがございません」


 言われた言葉に眉根が寄った。


(強力な毒……。殺してもいいとする俺を狙いに入れている以上そういう可能性は考えていたが、昨日までのラウノアが思いの外元気そうで油断した)


 思わず奥歯を噛む。

 毒に強いというラウノアは症状が出るのが少し遅かったのだろう。


「すまない。ラウノア」


 そっと汗に濡れた頬に触れる。自分の手が冷たいのかそっとラウノアが擦り寄ってきて、言い表せない感情が沸き起こる。


 ラウノアが苦しむ姿は見たくない。ここまでの事をして命を狙ってくれた相手に怒りが湧く。

 ラウノアの眠りを妨げないようそっと離れ、シャルベルは眼光鋭く敵を睨む。


「医者を呼ぶ。――ラウノアを頼む」


「もちろんにございます」


「アレク。公爵家の騎士もいるが、俺がいない間ラウノアを守ってくれ」


 当然だとアレクの頷きが返ってくる。それを見てからシャルベルは部屋を出た。

 その足ですぐキリクのもとへ向かい、屋敷に留まってくれている医師をラウノアのもとへ案内させる。


 キリクに案内を任せて食堂へ向かえば、その前に公爵家の騎士とレオンがなにやら話をしている様子が見える。シャルベルが足を向かわせると騎士たちもすぐにシャルベルを見て礼をした。


「兄上。おはようございます」


「おはよう。――いいか?」


「はい」


 騎士たちも連れて食堂に入る。シャルベルとレオンはそのまま席につき、騎士たちは壁際に控える。

 朝食が用意されるまでの間に情報交換だ。すぐさまシャルベルは視線を鋭くさせた。


「ラウノアの容態が少し悪い。今は医者に診せている」


「心配ですね……。私のほうは騎士たちと話し合って屋敷の警備を見直しました。今日からしばらくは義姉上の部屋の前、屋敷の外は巡回を増やします。……兄上は、外部犯()疑っておられるのですよね?」


「ああ。昨日の調査でもその痕跡があった。あくまで可能性の範囲だが」


「僅かでも可能性があるなら警戒はすべきです」


 互いに強く頷き合う。

 僅かな隙もなく護衛対象を守り抜く。日頃からそれを徹底して行っているのがレオンだ。その手腕に不安はない。


「この件、父上やベルテイッド伯爵には?」


「手紙を出す。クラウ殿がベルテイッド伯爵に手紙を出すと言っていたが、俺からも説明の手紙を出すつもりだ」


 何度、ベルテイッド伯爵に申し訳ないことをしているだろうか。ラウノアとの婚約はなしにしてくれと懇願されても文句は言えないほどにラウノアの周囲に大事を持ち込んでいる。

 それでもベルテイッド伯爵夫妻はシャルベルを責めないし、婚約についてはずっとラウノアに任せている。


「ベルテイッド伯爵には頭が上がらないな……」


「ふふっ。兄上がそう及び腰になってしまうとベルテイッド伯爵がお困りになられますよ」


「分かっているんだが……」


 それに、ラウノアの心はまだ定まっていない。もし今後定まったなら、一度ラウノアの実父であるトルクに挨拶に行きたいとも思っている。

 まだそれはラウノアには言えていないけれど。


「俺は薬室に行って箱の中身について聞いてくる」


「分かりました。私はいつもどおりに出勤しますが……兄上は休まれますよね?」


「そのつもりだ。薬室へ行くと同時にロベルト団長にも話は通すつもりだが、受理してもらえれば今日は休む」


 ラウノアの様子は気になるところであるがまずはやるべきことをしなければいけない。

 今日の予定をレオンと話し合い朝食を食べたあとに、シャルベルも騎士服に着替えて城へ向かった。





 かつかつと足音を鳴らして薬学室へと向かう。

 騎士団棟に顔を出してロベルトに休暇を申請したときは非常に驚かれた。


『休まねえおまえが急にこんな申請出してくるとはな。休め休め』


 休むことを望まれていたようで少々申し訳なく、しかし詮索せずすんなりと受理してくれたロベルトには感謝だ。そのまま騎士団棟を出て薬学室へ急ぐ。


 城は政治の場だけでなくさまざまな部が存在する。その中の一つが薬や病の研究を行う場所。

 研究機関は国内に点在しているが、城にあるその場所は国王や王族の身体を診る医師たちがおり、薬の研究も進んでいる。


 普段なら滅多と足を運ばない場所だ。騎士服姿で歩けば白衣の研究者や医師たちが驚いた顔をする。

 それを認めつつも進んだシャルベルは薬学室の扉を叩いた。


「失礼する」


 扉を開ければつんと土や植物、鼻を刺す独特のにおいがする。慣れないそれには僅か眉が寄るが、そんなシャルベルに若い研究者が駆け寄った。


「騎士団の方がいらっしゃるなんて珍しい。あっ。シルバーク先生にご用ですか?」


「シルバーク殿がいるのか?」


「はい。先程から先生とお話されています」


 騎士用病院で医師として勤めるシルバーク。その腕と研究者としての一面からその方面では活躍中と聞いている。

 こちらに出入りしていてもおかしくないなと思いつつ、シャルベルは案内してもらうことにした。


「――……か。この量ならそれほど影響はないだろうが、何度も摂取すれば毒に近い」


「そうだねえ。これとこれはちょっと匂いが独特でもあるけどうまく調和されてる。誤魔化しが上手だ」


「シルバーク。感心してどうする」


「はははっ」


「先生。騎士様がいらっしゃいました」


 薬学室の一室。奥にある個人のスペースから聞こえた声の一人は知っているもので、もう一人は知らないもの。そんな二人が同時に振り返った。


 一人は騎士用病院の医師であるシルバーク。もう一人はシルバークと同じ年頃だが少し若く見える厳格そうな印象を抱かせる男性。

 二人を見てシャルベルは軽く頭を下げた。


「あれ? シャルベル君。こんなところで会うなんて珍しいなあ」


「……丸薬の件ですか?」


「うん、まあね」


 あっさりとした肯定を出すシルバークの隣では、もう一人の男性が案内役の若者に視線を送った。それを受けて若者は頭を下げて去っていく。

 シルバークのほんわりとした空気の傍ら、男性は席を立つとシャルベルに歩み寄った。


「研究者のラウジールです。騎士団副団長のシャルベル様ですね?」


「ええ。お初にお目にかかります」


「して、どういったご用件でしょう?」


 ラウジールが心底不思議そうに首を傾げた。

 それも当然。騎士が薬学研究室に来るなどそうそうない。怪我は騎士団の医務室か騎士用病院で治療するのが主であり、シルバークのような立場でない限りは足を踏み入れることはない。


「シルバーク殿も同席していただきたい。お二人にお聞きしたいことが」


「伺いましょう。どうぞ」


 ラウジールの個人スペースには研究道具が並ぶテーブル、机、書棚が置かれている。応接用のテーブルやソファはなく、シャルベルはシルバークとラウジールが熱心に話し合っていた机に促された。

 机に置かれた物をラウジールが端に寄せ、シャルベルは持っていた箱を置いた。


「この中に入っているものについてお聞きしたいのです」






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