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32,思う守り、為した守り

 ♦*♦*




「――厨房までは見つからなければ侵入できる。料理長から「誰もいない場所でボウルが落ちた」という話が聞けた。風だろうと結論付けたようだが、外部からの侵入者の可能性が高い」


「そうか」


 調査を一通り終えた夜。シャルベルは夜には自室に戻り、誰にも見つからないようにラウノアの部屋へ来ていた。

 いくら婚約者とはいえ夜に寝室に出入りしていてはさすがによろしくない。分かっているが、夜にしか会えない人物がいる。


 その相手が今、枕を背もたれにして上体を起こしている。

 寝間着の上に冷えないよう上着を羽織り、じっとシャルベルの話に耳を傾けていたギルヴァはふっと息を吐いた。


「身体は平気か?」


「問題ない。ラウノアは酒と毒には強い」


 まだ少し辛そうに見える姿にシャルベルの眉根が寄る。それを見てギルヴァはふっと笑った。

 酒と毒は同じ。ラウノアは魔力の動かし方を知っている。だから魔力は動きを知っていて、体内に入ったものに自分で動くことができる。しかし逆に魔力を持っていても動かしたことがない者は、魔力自体も動き方を知らない。

 動きを知らない魔力は在るだけの力となり、錆びつく。いずれは入り込んできた自分より弱い力にさえ負ける。


(酒と毒を魔力で消し飛ばせるのはラウノアだけだ。にしても、毒を食うこの感覚は随分と久しぶりだな)


 とはいえ、時間はかかるし症状も出る。症状が強く出るのは魔力の動きがさらに活発になるこれからだ。

 妙なところで懐かしさを感じていると知ったら目の前の男は怪訝として、それで怒るだろうか?


 そう考え、ちらりと傍に置いた椅子に座る男を見る。

 動かし方を教えればこいつにもそれはできる。しかし魔力というものを感知することも難しいだろう。


 ラウノアは、ラウノアであるからできるのだ。

 それ以外の者がこれを習得するには時間と鍛錬と気力が必要になる。


「首謀者の一味にはバークバロウ侯爵子息夫人、もしくはその侍女が絡んでいる可能性が高い」


「そのようだな。かといって、おまえではそこから先は辿れないだろう」


 近づけばどんな顔をされるか。これまでにも経験があるシャルベルは僅か顔を歪めた。それを見てギルヴァは軽く喉を鳴らす。

 しかし、すぐにその視線をベッドの天蓋へと向けた。


(襲撃者。魔力による死。丸薬と毒。箱の中の植物。公爵邸に侵入する方法……)


 自分の懸念がこの事態に絡んでいるとするならば――……。

 ふっと長く息を吐く。そうしてギルヴァの目はラウノアが普段見せるそれよりもずっと鋭く、目の前を見る。


「――ガナフ」


「はい」


「この屋敷に関しての調査でおまえたちは動かなくていい。バークバロウ侯爵子息夫人、そのスティラという侍女、調べろ。イザナにも協力させていい。――ただし、近づきすぎるなよ」


「はい」


 当然のように命じ、当然のように承諾する。

 そっと部屋を出るガナフとイザナを見て、シャルベルは視線をギルヴァへと戻した。


(ラウノアの側付きたちはこいつの命令に素直に応じるんだな。こいつが本当の主……? いや。ラウノアへの姿勢も本物だろう)


 まったく違うように見えるその二人を知り、その上で命を懸けて仕えている。他の使用人ならばないだろう、ラウノアだけのために。


「勘はいい。おまえが気づいてるとおり、俺と同じだろう」


「……おまえのようなことができる者が、他にもいると?」


「今のところ一人いるかもしれない。そいつが動いているなら痕跡を残すなんてヘマはしない。今回は何かしらの手を貸しているだけだろうな」


 まるで見えているかのようにラウノアではない誰かは不敵に口端を上げる。ラウノアには見ないその表情もやっと見慣れてきた。

 その銀色の瞳が自分を見る。射貫くような鋭さと試すような不敵さをもって。


「夜会の香と今回の毒は確かにおまえが標的でもあったんだろう。それと襲撃者は別だ」


「同じ人物が仕込んだとしても、行った者が違うと?」


「ああ。おまえの件はおまえが死んでもいいという類のものだな。襲撃者がもしもラウノアを殺そうと狙うならもっと場所と周りにいる人間を考えるだろう。アレクもおまえも公爵家の騎士もいる中でそれが成功すると思うか?」


「いや……。だからラウノアも違和感を感じていたのか。相手にはラウノアを殺す意志はないはずだと」


「殺すよりも大事なことがあるんだろう」


 シャルベルの視線が動く。ラウノアの目が自分を見ておらずそこにない何かを見ているようで、シャルベルはそれを見つめた。


「……犯人に心当たりがあるのか?」


「どうだろうな」


 かちりと視線が合えば睨み合い。しかしギルヴァはどこか笑みを浮かべるままで、シャルベルは眉根を寄せた。


「これには確証がない。それに、ラウノアが回復して平然と出ていってみろ。それによって相手も動きだす」


「ああ」


「おまえも気をつけろ。殺されるぞ」


 笑みを含めて物騒なことを、それも婚約者の身体と声で言わないでほしいものだ。

 思いきり眉根を寄せるシャルベルにギルヴァは笑った。


 自分が狙われている。しかしそれよりも、ラウノアを狙う者をどうにかしたいと思ってしまう。そんなことばかり考えていると彼女が知ったら怒るだろうか。

 そう考えて、困ったような嬉しいような気持ちになってしまう。


「おまえの心当たりが主犯だとして、手足とは接触しているはず」


「だが、その主犯に近づきすぎるのはよくない。誘い出せば問題はないが……それが最適だろう」


「待て」


 そう動くつもりであるような言い方に思わず待ったをかける。向けられる視線をまっすぐ逸らすことなく見つめ返した。

 この問答次第で自分はこの相手と意見が分かれる。そうなれば協力は難しい。


「……それは、ラウノアか、それともおまえか」


「俺が動くのがいいだろうな。とはいえ、俺であるということは隠して当然だ。手段もここへ来るときのものと変わらない」


「ラウノアのその体に危険は」


「あるだろう。俺はラウノアを守るし、傷はつけない。だがそれは相手の動き次第だ」


「俺も行く」


 はっきりと強く、静かな室内に毅然と放たれた言葉。ギルヴァはシャルベルを見遣り、ため息を吐いた。

 それをどう受け取ったのか、シャルベルは眉根を寄せてギルヴァを睨む。


「やめておけ。相手によっては役に立たん」


「ラウノアを守ると約束した。――危険からも、秘密からも」


 青い瞳は一見すれば冷たいのに、熱を持ってラウノアを見つめる。その強さを見つめていると耳の奥に蘇る音がある。


『きっと、守るための力でしょう? だから守りたいのです。私にしかできないことですから』


 眩しいほどにまっすぐな笑みだった。自分にしかできないことを背負って、その上で明るく強く立っていた。そんな人は最後までなにも言わず、けれど自分は解っていた。

 だからあのとき、自分に誓った。


 ――絶対に、守り抜くと。


「――……ラウノアを守ると言うが、ラウノアの身に危険が迫ったとき、自身の命を投げ出しても守るか?」


「そんなことをすれば……ラウノアは泣くだろう。彼女を守るためにこの命を捨てるつもりはない。……共に、これからを生きていきたいんだ」


 強く揺るがぬ決意をみせるくせに、どこまでも優しすぎる男。

 見遣って、それでも胸の内がほっとするのは、自分とは違う選択をするだろうと思えるからかもしれない。


(俺は、あいつを泣かせた。共に生きる道はなくなったと早々に区切りをつけた。ただ……生きていてくれと願った)


 だから泣かせた。最後に背を向けた。

 出会えた幸せと、それよりもたくさんのものを、胸の内にしまって――。


「……おまえは泣かせるなよ」


「? なんの話だ」


「いや。独り言だ」


 その眼差しがなにかを見つめているように見えてシャルベルはじっと見つめた。けれど読み取れない。

 ただひどく、切なそうに見えるのが気がかりで。

 問うても答えはないのだろうとなんとなく分かったからシャルベルは話を戻す。


「おまえが動くつもりだとして、俺も行くというのは譲れない」


「ラウノアに許可をとれ。ラウノアがいいと言うなら好きにしろ。俺としてはこの身体が回復次第動く。次の手を食うのはごめんだからな」


「……五日後、殿下の領地視察に警備として入ることになっている。そのあとは?」


「五日か……。まあそれくらいは見ておいてやる」


「ならばそれでいこう」


 ラウノアが回復して外に出れば相手も次の手段に出る。その前に動けるならば動きたい。

 今後の予定を頭に浮かべるシャルベルをギルヴァは肩を竦めて見遣った。


「おまえ……ラウノアの許可を簡単にとれると思ってるのか?」


「……善処する」






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