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31,痕跡と気のせい

(待て。あいつはグレイシア殿下のもとへもあっさりと侵入していた。俺も追いかけても何度も見逃している。だとすると……仮に、人の目を欺くことができるとしよう)


 そうやって正面から侵入したとすれば……。そう考えるシャルベルの足が正面の門へと向かい始めるので、騎士たちも慌ててついていく。


 正面の門近くまでやってきたシャルベルは門を見てから背を向け、屋敷へ向かう道を見る。


「犯人がどこかから侵入したと仮定して、どう動くと思う?」


「そうですね……。当然見つからないよう動くでしょうが、庭は屋敷の近くでない限りは案外隠れられる場所が多いですから」


「夜なら見つけるのも大変ですが、昼間なら屋敷へ近づく時点で見つけられそうですけど……。よほどに上手く隠れたとしても屋敷内ではさすがに見つかるのではないですか? 服装まで合わせていれば誤魔化しはできるかもしれませんが」


 そういう方法もある。考えながら、自分がこの屋敷に侵入するならと仮定して足を進めた。


(もし仮に犯人がバークバロウ侯爵家の者ならば、カティーリナ殿とのことから少々は屋敷の配置を知っているだろう、もしくは犯人が真犯人の入れ知恵を受けて屋敷の配置や間取りを把握したとするなら、使用人棟や本館の位置関係も知っていた可能性が高い)


 屋敷から離れた敷地の外側は比較的立木が多い。こういった場所ならば身を隠すことはできるし、見回りの騎士に遭遇しない限りは隠れやすい。

 考えながら樹に身を隠しつつ屋敷へ近づく。


「事をなすにはまず箱が必要だ」


「となると、まずは使用人の棟に行く必要がある、ですね」


 使用人たちは住み込みで働く者もいれば通う者もいる。箱を持っていたメリエルは住み込みだ。

 住み込みの使用人たちには男女別に生活用建物がある。仕事は主人一家の住まいである本館で行い、仕事が終わればまたその棟へ戻る。使用人たちの家のようなもの。


 そう考え、シャルベルは思わず足を止めた。後ろからは「若?」と怪訝な声が聞こえるがそれに答えはない。


(通い……。仮に人の目を欺けるとしたら、侵入経路はその中に紛れたこと……?)


 そうならば侵入は可能だ。

 騎士たちは使用人の顔を知っているのは当然、通いの使用人も顔を隠して入る者などいない。いれば不審として騎士が止め、顔はちゃんと確認している。――だがもし、そこをすり抜けられるとしたら。


(その可能性が高い)


 少しずつ繋がる。足を止めたシャルベルは再び歩みを再開させた。


 辿り着いた使用人棟の玄関に鍵はかかっておらず侵入は易々と成功してしまう。本来は休日の者もいるが、ラウノアが倒れたことで全員呼び出され現在執事による簡単な聴取中。日常的に、仕事に出ている者がほとんどなのでがらんとした建物内は発見される危険も少ない。

 周りを見て同じことを考えたのだろう。騎士たちも眉を寄せた。


「これは……部屋の鍵さえ開いていれば持ち出すのは簡単ですね」


「ああ」


 部屋の場所は親しい間柄を利用して聞き出したとして、シャルベルは問題であるメリエルの部屋のノブを回した。が、当然、鍵はかかっている。


「でもここ一階ですし、窓さえ開いてれば入れますよね?」


「外へ回るぞ」


 外と繋がるもう一つの入り口を調べに向かう。

 シャルベル自身はあまり近づくことのない使用人棟だが騎士たちの中には同じように騎士棟で生活する者もいるので、メリエルの部屋の窓を当てるのはそう難しいことではなかった。


 問題の窓の前に立ち、シャルベルはそっと窓を引く。と、あっさりと窓が外側に向けて開き、シャルベルも騎士たちもなんとも言えない顔をした。


(しかし、少なくとも今日は窓から侵入できることが分かった)


 窓を閉め、再び歩き出す。


 これで箱を入手できたとしよう。そうなると次の行動に移らなければいけない。


「前日から動いて箱を入手したとしても再びの侵入は危険が高い。早々に厨房に置いてしまえば撤去されるだろう」


「今日の朝、皆が動き回ってるときに箱を入手し、どうにかして厨房に置いた。今日は窓が開いてたっていうのは分かりましたし」


「箱の入手方法は窓からの侵入だとして、次は屋敷への侵入だ」


「侵入……。守る俺らが侵入……」


 これも仕事だ。


 屋敷の近くの庭は足元の芝も刈り揃えられ、腰より低い植物が多い。こうなると隠れるのは難しい。

 身を隠しやすい樹から樹へ移動して屋敷へ近づく。さらに屋敷に近づくには体勢を低くさせ足早に、時には膝をついて身を低くして見回りの目をやり過ごす。


(……ん? これは……)


 屋敷へ侵入するならば正面からよりもどこかの窓、もしくは別の入り口を使う。考えて動いていたシャルベルは屋敷の近くで足を止めた。


「若。どうされました?」


「ここの枝が折れている、それに足元の草も倒れている」


 公爵邸の庭師は優秀だ。花に元気がなくなれば肥料や水を与えるのは当然、萎れてしまったり枯れてしまったものは誰かの目に触れるより先に摘み取る。折れた枝などあれば見逃すはずがない。

 人が歩くような場所はその動線を考えて整備をしてあることが多い。していないのは屋敷を囲む庭から外れる外周か、ヴァフォルの竜舎の傍くらい。


 しかし、現在地は屋敷のすぐ傍。もちろん使用人たちが踏んだ可能性もあるが、今日はラウノアが来るということで誰しも屋敷内で忙しくしていたはずであり、外仕事の場所からもここは離れている。


 考えていたシャルベルは倒された草を見て、そっと自分の足を動かした。

 自分が今まで踏んでいた地面。見回りの目をやり過ごすために少しじっとして踏んでいた地面。――その草が倒れている。


「……誰かが俺たちと同じことをした……?」


「若」


 騎士の声に険しさがのった。


 念の為庭師を呼ぶと顔色を変えて折れた枝を切ろうとしたが、シャルベルはそれを止めた。


「少しだけこのままにしておいてくれ。手がかりかもしれない」


「分かりました」


 さて、では侵入を続けよう。

 屋敷にある使用人が使う出入り口を使い、誰の目にも触れないよう意識しつつシャルベルは騎士たちとともに侵入に成功した。


「箱を入手した次に向かうべきは厨房だ」


「今日は朝からいい匂いがしてますから、場所は特定しやすいですよ」


 ラウノアのために菓子をいろいろと用意してくれていたのを思い出す。同時に喜んでいたラウノアの表情を思い出して笑みが浮かぶ。

 しかしすぐに引き締め直して厨房へと向かう。道中は当然、侵入者のつもりで見つからないように。


 そう思いながら壁に身を隠し、足音を殺しながら向かう。

 厨房へ近づけば使用人たちの姿も目につくようになる。広大な屋敷で仕事をする使用人たちは仕事の場所もばらばらで、思ったよりは遭遇率が低い。


 周囲状況も確認しながらシャルベルは厨房へと向かう。

 その矢先、厨房へ向かって歩くメイドの背中が見えてすぐに身を隠した。


(仮に、屋敷の敷地に侵入できるほどに人の目を欺けるなら、俺と同じように見えなくなることもあるか……?)


 考えて、隠れることをやめてメイドの後を追う。後ろでは侵入のつもりでいる騎士たちが驚いている気配を感じるが、シャルベルは普段のように後ろを続き――


「ひゃっ! 坊ちゃま……!?」


 足音に気づいて振り返ったメイドに驚かれた。

 ……そうなるだろうとは思ったが、この驚きがなかった可能性もあるかもしれない。


 経験故に思案するシャルベルの前で、メイドはよほどに驚いたのか呼吸を整えることに必死だ。


「すまない。驚かせた」


「い、いえ……。驚きましたが、ちゃんと誰かがいてちょっと安心しました」


「ちゃんと……?」


「あ、はい。……実は、坊ちゃまとラウノア様のお茶のご用意をしていたときも誰かの足音が聞こえた気がして、振り返って……でも誰もいなかったので気の所為かなと。気の所為だったんですけど……」


 頭に浮かぶ、庭で見た光景。

 謝るメイドに「気にするな」と告げ、仕事に戻らせる。すると騎士たちが駆け寄ってきた。


「若。侵入じゃなかったんですか?」


「侵入だ。――その線が濃くなった」


「と、いうと?」


「行くぞ」


 まだ厨房についていない。再び歩き出すシャルベルの後を騎士たちも急いで続いた。






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