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29,おかしな方法

 クラウとケイリスにとってラウノアは従妹であり、妹だ。そんな家族から向けられる信頼は嬉しいし、身が引き締まる。

 去っていく二人を見送って、息を吐いた。


(ラウノアはそんな家族にでさえ秘密を明かせない。背負わせたくないほどに大切にしている。俺は……ただの偶然でしかない。それでも――……)


 身を翻して、シャルベルは一度ラウノアのもとへ向かうことにした。

 急ぎ足で向かい部屋の扉を開ける。そこにはすでに側付きたちが揃っていた。そして、主たるラウノアが背に枕をつめて上体を起こしているのを見て慌てて駆け寄る。


「ラウノア。まだ無理は……」


「はい……。シャルベル様、分かっていることを……お聞かせ願えませんか?」


 決して体調がいいわけでも顔色がいいわけでもない。それでもその目には強い意思が見える。

 だから即答ができなくて、少しだけ唇を噛んだ。


 何かあればすぐにラウノアを支えられるようベッドに腰掛け、シャルベルはラウノアの様子を見ながら話し始めた。


「俺たちの茶を用意してくれたメイドたちによると、おかしなことはなかったと。ただ厨房に普段ない箱が置いてあって、その所有者であるメイドは判明した。名はメリエル。箱の中身は植物の種や葉。本人曰く「中には毒になるものもあるが、実家の両親が体調が悪くなったときのためにくれたもので、薬として使うもの」だと。実家が薬屋で調薬知識も多少なりと持っていて、度々両親から薬となる材料を送ってもらっていたらしい。それは執事も把握している」


「では、それを茶に振る舞った可能性は?」


「本人曰く「使っていない。箱は常に部屋でしまっている」そうだ。ただ、メリエルは箱の中身を厳正に管理して。中に何を入れているか紙に記してあった。俺もそれを確認したんだが、箱の中身は確かに一つ消えていた。メリエルが言うには、よほど多量に摂取しなければ毒にはならないものだったらしいが、念のため、明日城の薬学室へ行って話を聞いてくる。その確認が取れるまで、とりあえず謹慎を言いつけてある」


「――分かりました。ではわたしからも一つ」


 静かな声音に一同の視線が向く。静かだが凛とした眼差しでラウノアはシャルベルを見つめていた。

 すぐにでも休んでほしいが、今のラウノアは弱っていることを感じさせないほどに凛としている。


「シャルベル様。お茶をしていたときにお話したこと、憶えておられますか?」


 もちろんだと頷くシャルベルにラウノアもひとつ頷いた。

 その眼差しを見て、内容を口にせずとも頭の中で思い出しふっと小さく息を呑んだ。


「……まさか、これもそうだと?」


「公爵邸でわたしを殺したい者に、シャルベル様の御心当たりがなければ」


「あるわけがない。誰もが君を好意的に受け入れていた。メイドたちはとくに君を歓迎して準備に余念がない程だったんだ」


 身支度を整えるように言われ、屋敷中隅々まで磨き上げ、シャルベルと一緒にいるとにこにこと笑顔で見守られ。知っているからこそラウノアも少し恥ずかしくシャルベルの言葉に賛同できた。


「ただ……ひとつ気になることはあります」


「これまでとはお嬢様の狙い方が違うということですね」


「ええ。これまでは誰にも気づかせなかった。だけどこれは分かりやすすぎる」


 ガナフの言葉にラウノアが頷くが、シャルベルは内心で首を傾げた。


(襲撃者は分かりやすい方法だと思うが……。同じ犯人と思われる丸薬もそれによる原因の病も、すでに周知されているはず……。いや。俺が知らない何か、か)


 側付きたちの表情がガナフと同じものであるというのがその証拠だろう。知らないことに歯がゆさを感じて、シャルベルは拳をつくった。


「わたしの予想通りなら、犯人は外部の人間です。おそらく……メリエルが箱を持っていることを知っていて、それを利用したのだと……」


「外部……。だが、外部の人間がそう入り込めるような警備はしていな――……」


 言いかけ、そうではないと気づいた。

 頭に浮かぶのは夜の侵入者。不敵な笑みと異なる雰囲気。


 シャルベルの様子を見てラウノアは瞼を伏せる。拳が握られたことにガナフたちは気づいていた。だから、その視線がシャルベルに向く。

 なにを言う。なにを問う。それによって主を守るのが自分たちの役目だ。


「ラウノア……」


「はい」


 妙に緊張を覚えてしまうのは、自分の弱さのせいだろうか。シャルベルと向き合い想いを持つことを決めたのに、そのための努力をしようと思えたのに、心はいつも弱さを持っている。

 それはこれからも変わらない弱さだと分かっているから、ラウノアはそれを見せずにシャルベルを見た。


 青い瞳は、自分を見つめてくれる。


「そうなると、君を守る手をかなり綿密に練らなければいけない。明日はロベルト団長に休みをもらうが、以降は俺も仕事に行かなければいけないからアレクと公爵邸の騎士を配備する。配置についてはレオンとも話し合い万全を期する。俺もかなり手慣れて……気付かせない侵入を受けるからな。あれを回避するとなると……」


 傍でシャルベルが真剣に考え作戦を練っている。今の自分が持っているものを使って万全にしようと。

 その姿勢が見えて、泣きたくなった。誓いを思い出して胸が苦しくなった。


 関わらないでと願っても、きっとそれは拒まれる。拒絶ではなく、彼の正直な想いがそこにあるから。

 嬉しくて。嬉しくて。信じたいと思う気持ちが強くなる。だけど――……。


「シャルベル様」


「なんだ?」


「……分かって、おられますよね? この毒の件と夜会の件はあなたが倒れていたかもしれないのです。相手は……あなたも狙っているのですよ?」


 たまたまシャルベルがはちみつを使わなかっただけ。二人とも使っていれば共倒れだった。

 それが相手の狙いだったかもしれない。どちらかが取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


(わたしは魔力が毒を打ち消すから、毒の症状が軽いだけ)


 いくら魔力を持っていても、持っているだけのシャルベルにこれはできない。

 だからシャルベルが倒れれば命の保証はされない。自分よりも遥かに危険が高い。


 ラウノアの歪む笑みに、シャルベルは優しい眼差しでラウノアを見つめた。


「襲撃者なら返り討ちにする。屋敷の警備は強化する。しばらくは夜間の来訪者もないから問題ない。念のため解毒薬と医師を常駐させよう」


「そこまでしても……?」


「そこまでしても君は関わるべきではないと言うんだろう? できない相談だ。君ばかりを危険に遭わせたくない。――守らせてくれ。ラウノア」


 唇が震える。心が震える。


(この人は、本当にどこまでも……)


 覚悟をしなければいけない。関わる者にも危険は振りかかる。

 側付きたちも同じ。それでも全てを話したのは、そうなっても守ると決意をしたから。


(ガナフたちの中にシャルベル様が入ることになっても。私が絶対に――……)


 絶対に――……


「守るから。ラウノア」


 震える手が大きなぬくもりに包まれる。優しくも決意に溢れた青い瞳がじっと逸らされることなく自分を見つめる。

 ――同じだから。解ってしまう。


「わたしも御守りいたします。シャルベル様。――これから何があろうとも。あなたが全てを知ったとしても。あなたを切り離して傷つけても、あなたを守ります」


「俺はなかなか離れないと思うから、どちらが根負けするかになりそうだ」


「負けません」


「俺も負けない」


 意地になりそうになって、思わず互いから笑みがこぼれる。そんな二人を見つめて側付きたちも肩の力を抜いた。


(よかった。お嬢様がそうして笑うことができて)


 悩んで苦しんで。ラウノアはそうやって誰かを想う。

 その優しさを美徳と思い、その優しさを孤独だと感じる。それでも今、ラウノアは独りではなくなった。


 シャルベルの手はラウノアの手を離さず、ラウノアは表情を改めてシャルベルを見つめた。


「シャルベル様。公爵邸の警備から考えて外部からの侵入は難しいと思います」


「だが不可能ではない。俺も驚かされる侵入を受けている」


「それはその……申し訳ありません。ですが、それがいい例です。方法はあるのです」


「……同じ方法で侵入していると?」


「あの方はその可能性が高いとおっしゃるでしょう。ですが、その方法をとってまで行ったことが毒というのが、少し気になるのです」


 ラウノアの言うとおり別に真犯人がいるのなら、その真犯人は絶対に見つからない上、公爵邸内に疑わしき人間が出れば犯人にもならない。今回もそのとおりになりそうであるが、見つからないという行動はともかく毒というのはそれほど怪しがる手段ではないはずだ。

 そう考えるシャルベルは思案しながらラウノアを見て、側付きたちを見た。


「……おまえたちも同じことを妙だと思うか?」


「はい。詳細は申せませんが」


「構わない」


 聞き出したいわけではない。首を横に振るシャルベルにガナフは謝罪を込めて頭を下げた。それでも変わらぬ姿勢を見てシャルベルは少し考える。


「少し整理したい。……丸薬や君に贈られたというキャンドル、俺が夜会で嗅いだ香。これらは同じもので製作者も同じ。さらに殿下の襲撃や俺たちへの襲撃も同一犯によるものだと推測されている。今回の毒も同じだということで合っているか?」


「はい。すべては繋がっています。相手の狙いはわたしですが、中にはシャルベル様を狙っているものもあります。夜会での香や今回の毒。……犯人も単独ではないのかもしれません」


「黒幕がいて、その手足となっている者が俺や君を狙っていると?」


「仮にその一人がバークバロウ侯爵家に関わる誰か、だとしましょう。経路は不明ですが香を入手し、夜会に出席すると事前に分かっていれば呼び出すなどしてシャルベル様を狙うことは可能です。この場合、相手はわたしではなくシャルベル様に狙いを絞る理由があるはずです」


「理由……。ラウノア。君は……自分が狙われる理由が分かっているんだな…?」


 返ってきたのはどこか寂し気な笑み。それで充分で、シャルベルはなにも言わずに頷いた。


(俺を狙う理由。それがバークバロウ侯爵家の誰かにあるとしたら……)


 考えてラウノアの手を包む手に少しだけ力が入った。一度だけ瞼を落として、再び開く。


 関係はないと思っていた。けれど、そうではないかもしれない。少なくとも可能性に自分は気づいている。

 自分のせいでラウノアを危険に遭わせたくはないし、これからのために言い合えない関係は望まない。


「ラウノア。聞いてほしいことがある」






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