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26,見えた目的

 ♦*♦*




 古竜の騎乗道具の試作が続きながら平穏な日々を送る毎日。そんなある日、ラウノアはギ―ヴァント公爵邸に来ていた。

 陽射しの暖かな日もあるが今は公爵邸内で過ごす。レオンは仕事に向かっており、邸内はシャルベルとラウノア、使用人たちだけ。そして使用人たちはラウノアの訪問を歓迎し、準備もまた張り切っていた。


「今日は書庫を見せよう。ラウノアにとって新しい本があるかもしれない」


「ありがとうございます」


「最近はなにか読んでいるのか?」


「実は、先日父からカチェット家にあった私的な本が贈られてきたので、それを読んでいるんです」


 やってきたラウノアを早速書庫に案内しながら楽し気に会話をするシャルベル。その表情の柔らかさに使用人たちも気づき、二人が落ち着いて心地よく過ごせるようてきぱきと動き出す。


 普段はシャルベルとレオンだけで静かな邸内。今日はシャルベルがいてラウノアが来訪しているが、慎ましいラウノアのおかげで静けさは普段のものと変わらないからこそ落ち着く空気が流れている。

 おかげで使用人たちも普段どおりに緊張は覚えない。……メイドたちのやる気が跳ね上がるだけで。


 坊ちゃまの婚約者は淑やかで慎ましい。今も坊ちゃまと一緒に書庫室で本を見ている。静かで微笑ましい二人を見つめつつ、休憩の準備にも余念はない。


「そろそろティーセットをお持ちしましょう。ラウノア様は菓子がお好きとのことですから、事前の手はずどおりに」


「「はいっ!」」


 きっちり指示を出すメイド長に従いメイドたちが動き出す。

 そんな屋敷内の動きなど知らず、ラウノアはシャルベルと書庫で本を前に雑談を広げていた。


「失礼いたします」


 そんな二人のもとへメイドがやってくる。シャルベルはすぐに視線を向け、ラウノアも同様にメイドを見た。


「どうした」


「そろそろ休憩にお茶でもいかがでしょう?」


「もうそんな時間か……。ラウノア」


「はい」


 すっかり時間を忘れていた様子の二人に微笑みが浮かぶメイドの提案を受け、シャルベルとラウノアは一旦書庫室を出た。

 メイドが案内してくれた部屋に向かえば、すぐにてきぱきとお茶と菓子が用意される。


 今日はすっきりとした香りの紅茶と小さくも沢山の種類の菓子。普段とは違うなと見て感じつつ、シャルベルはメイドたちのやる気を悟った。

 目の前のラウノアは普段どおりに慎ましい。けれどよく見れば視線が菓子を行き来して、数秒の迷いの末に皿に取る。


「君はこういった菓子が好きだろう」


「……なぜ、お分かりに?」


「以前出かけたときから感じていたんだ。君の視線がよく動いて、少しだけ迷う時間が長くなるから」


「!」


 無自覚だったのだろう。驚いたような顔をして、少し恥ずかしそうに視線を逸らすラウノアにさえ愛おしさを抱いてしまう。

 そんな二人に控えるメイドたちも笑みを消すことができない。


「違っただろうか?」


「……いえ。合っています」


 見られていた。それが分かると恥ずかしい。

 けれど目の前の誘惑に勝てなくて、ぱくりと一口。すぐに羞恥も消え去った。


 公爵邸を訪れると、とくに公爵夫人の意向で茶や菓子はこだわりを持って迎えてくれていた。それだけ歓迎してくれている証拠であり、嬉しく、少しだけ申し訳ないようにも感じていた。

 菓子もさまざまな種類を用意してくれた。公爵邸だけあってどれも美味しくて、だから迷ってしまって。


「シャルベル様は、シンプルなクッキーや甘さを控えている焼き菓子によく手を伸ばされますよね」


「ああ」


「わたしだって見ておりますよ」


「それは……嬉しいな」


 言ってしまって、はっとして、シャルベルの微笑みを見れなくなってしまう。視線を逸らすラウノアをシャルベルは見つめていた。そんな二人に控えるメイドたちはにこにことしたまま。

 それを見てシャルベルは使用人たちに合図を送る。それを受けた使用人たちは頭を下げてから部屋を出ていった。


 残ったのは、シャルベルとラウノア、そしてアレクだけ。

 そういう状況になって、シャルベルは菓子には手を伸ばさずラウノアを見つめた。


「最近、身の回りに変事などはないか?」


「はい。大丈夫です。……聞いたのですよね? あの方に」


 声音を潜めた真剣な目が自分を見つめる。その銀色の目を見つめてシャルベルは思い出していた。






 ♢*♢*




 それは、ラウノアとともに出かけた帰りに襲撃された、その日の夜だった。

 騎士団へ襲撃者を連行し、尋問と調査についての話に加わっていたシャルベルが帰宅したときには日付は変わり、疲労を感じて寝室の扉を開けた。


「遅かったな」


 そこに、待ち人がいた。


 室内に気配を感じず物音もせず、扉を開けてすぐかけられた声にはさすがに驚いた。

 我が物顔でソファに座り足を組んでいる姿には一瞬思考が停止し、ゆっくりと扉を閉めてからその目の前に座った。


「……夕方の件か」


「ラウノアに話は聞いている。アレクが全員殺さなくてよかったな」


 不敵な笑みを浮かべながら、こちらの苦労を解っていて言うのだからシャルベルもさすがに眉根が寄った。

 しかし、意識してその塊をほぐす。


(ラウノアにはこんなことは感じないというのに、中が違うだけでこうも変わるものなのか……)


 目の前のこいつは言ってしまえば、普段仕事で接する騎士たちと変わらない面を引っ張り出されるような、社交会でのような作り物が意味をなさない相手。

 ラウノアに対するものとは違う。初めてラウノアにもらったものは戸惑いや躊躇で、力が抜ける心地の良いものはそれもまた自分であると解るから。


「結局生き残っているのは一人だけだ。そいつからしか手がかりが得られないとなると、吐かせなければ意味がない」


「おまえたちはな」


 肘かけに頬杖をつき溢された言葉にシャルベルは視線を向けた。銀色の視線と目が合い、沈黙が流れる。


 月明かりが射す室内。静かな空気はけれど、どこか心臓の音を際立たせる。

 思考をほぐす。ゆっくりと砕いて、情報を整理できるようにする。疲労していようが関係ない。


 シャルベルの思考の切り替えを見て取ったのか、ギルヴァはふっと口端を上げた。


「そいつは吐かない。ヴァフォルの探りから考えてな」


 口は、挟まない。それは自分には許されないから。

 だから、シャルベルはただ思考を動かした。


(ヴァフォルの探り……例のキャンドルの欠片のことか? 追いかけて区域へ降り立ったことを、追いかけた結果だとラウノアは言っていた。それと関係がある、ということは……)


 キャンドルの何かを頼りに追いかけ、区域に降り立ったヴァフォル。

 そのキャンドルは丸薬、そしてバークバロウ侯爵家にあったアロマと同じ類のものであるということ。


(あの襲撃者がそれらに関係がある……? ――……まさか)


 思わずラウノアではない誰かに視線を向けてしまう。

 きっと全てを分かっているのだろうその人物は、余裕をにじませたまま座っている。


 すっと心臓が冷えて、それでも口を閉ざしているわけにはいかず、シャルベルは意を決して問う。


「……奴らの、狙いは…?」


 ひそめて小さなはずの声が、どうしてか大きくはっきりと自分の耳に届く。

 その音を受け、月明かりに照らされた銀色の光はゆっくりとシャルベルへ向いた。


 長いように感じる時間の末、ギルヴァは抑揚なく告げた。


「ラウノアとの接触、だろうな」


 嫌な予感が、的中する。

 喉の奥が乾いて、目の前の誰かから視線を逸らせない。


(ラウノアの、秘密……)


 きっとこれは、そういう類の事件。ラウノアが背負う、なにか大きなもの。

 思わず拳をぎゅっと強くつくった。


 しかし、シャルベルの目はすぐに強い意思を宿してギルヴァに向く。それを認めてギルヴァは自然と口端を上げた。


(さあ。おまえの覚悟をみせろ。()()()()()()()を生み出す奴に用はない)


 ラウノアにも、シャルベルにも、覚悟は必要だ。自分ではなくお互いのために。ラウノアもシャルベルも、立ち止まることは許されない。

 それが、秘密を背負い、関わるということだ。


 だからギルヴァは、どちらの味方にもならない。


「ということは、今後もありえるということだな?」


「だろうな」


「分かった。襲撃の件はクラウ殿とケイリスにも話してあるから警備は今後も行ってもらおう。俺も、仕事も休日もラウノアの傍にいられるようにする」


「そうしろ」






 ♢*♢*






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