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24,騎乗装具

 皆が古竜を前に少し用心している中、ラウノアはすっと意識を集中させた。


(この中にいるのなら、まずは絞る)


 丸薬製作者の絶対の条件。それは魔力を持っていること。

 古竜は区域外すぐ傍に魔力が感知できると教えてくれた。それをより誰であるかを感知する。ギルヴァとこれまで話し合い、毎夜のように訓練を続けてきた。意識すれば感知することは難しくない。


 瞼を少し落とし、感覚の網を広げる。

 音はいらない。視覚情報も極力減らす。もっとも感知しやすい自分の魔力を起点に、周囲にある独特の力を探る。

 そうすれば、ゆらりと揺れるような他の魔力が感知できる。その位置を視覚情報に照らし合わせる。


(古竜、シャルベル様、ルインさん……それから…)


 視線を動かす。

 そもそもに魔力を持つ者というのは少ない。持っている限りある者の中でも、強い者はさらに少ない。


(……あれ?)


 感知の網に引っかかったものにラウノアは内心で首を傾げた。そして思わずちらりと視線を向ける。

 ライネルと仲良く話をしているグレイシア。その周りを固めるそれぞれの護衛。少し離れて見守るシャルベルやルイン、イレイズ。一同を見て、ラウノアはそっと拳をつくった。


「おわっ……!」


 そのときふと古竜の視線が動き、区域の入り口から驚いた声が聞こえた。

 すぐさまシャルベルが視線を向けると、そこに大きな箱を一緒に持つ二人の人物がいた。


 区域に入ってすぐにいる古竜と王子王女と騎士団副団長。そうそうたる顔ぶれに一瞬足を引きそうになりつつも、その二人はシャルベルを見てほっとしたような顔をした。


「ああ、よかった。副団長がいらしたんですね」


「驚かせたな。それは?」


 息を合わせながら箱を運んでくる二人。その大きさと重そうな様子にグレイシアが興味深そうに目を輝かせて近づいた。

 突然の王女殿下に恐縮しつつ、二人は持ってきた箱を一度地面に置くとラウノアを見つけて笑みを浮かべた。


「我々、竜使い用騎乗用具製作室から、ラウノア様用の騎乗用具の試作品をお持ちしました!」


「ラウノアさんラウノアさん! これで古竜に乗れるわ!」


 グレイシアが嬉しそうである。そんな妹にライネルは瞳に優しさを浮かべつつも肩を竦めた。

 早く早くと言わんばかりにグレイシアに手招かれラウノアも箱に近づく。そして製作室の二人が開ける箱を、ラウノアとグレイシア、興味があるのだろうイレイズが覗き込む。


「へえ」


「まあ……!」


 綺麗に箱に収められているのは、古竜の身に合わせて作られた鞍、腹帯、鐙、手綱などの騎乗装具だ。竜使いはこれらを使用して相棒である竜に乗る。

 竜の鞍は馬のようなものとは違い、丸みは小さく平らに近い。人よりも大きな竜はもとより安定的に人を乗せることができるが、鞍を着けるのは戦闘時に備え乗り手が戦いやすいように安定させるためであり、さらに鞍には命綱をつけることになる。


「出来たのね。人手が少なくて大変ではなかった?」


「殿下にご心配いただけるなんてそんなっ恐れ多いことでございますっ。……その、はい。確かに大変ではありましたが、それは皆さまも同じことですので。それにむしろ、ここまでお待たせして申し訳ないほどで……」


「そのようなことはございません。古竜のこととなると慎重になられるのも無理はありませんので」


 鞍をつくるにあたっては当然竜の身体測定が必要になる。乗り手以外が近づけないので古竜のそれはラウノアが担った。

 もっとも、とうの古竜には「なにやってんの?」と言いたげな目を向けられたものだ。「背に乗るために必要なんです」と説明しても古竜は不思議そうな顔をするばかりだったけれど。


 箱から取り出されたそれをラウノアが受け取る。そして少し驚いた。


「軽いのですね……!」


「はい。重たさはそのまま竜の負担にもなりますし、ラウノア様が運べなくては意味がありませんので。ああですが、補強が必要かとなればすぐに改良はいたします」


「ありがとうございます」


 竜一頭の騎乗道具を作るだけでも繊細で時間のかかる作業となる。竜一体の身体はそれぞれに異なり、また成長することもある。

 個々に合わせる道具を一つひとつ作ってくれている製作室の面々は、竜使いには不可欠な人員だ。ラウノアの礼に製作室の二人も嬉しそうに照れた顔をする。


 ラウノアがシャルベルにちらりと視線を向けると、静かな頷きが返ってきた。それを受けてラウノアは早速とりかかる。

 アレクと手分けして道具を手に持ち、古竜のもとへ向かう。


 伏せたままの古竜は顔を上げ、その視線を不思議そうにラウノアに向けた。


「ラーファン。これは、あなたの背に乗って空を飛ぶための道具です。これをあなたに着けてほしいのですが、いいですか?」


 古竜が返すのは肯定ではなく、不思議そうに首を傾げる動作だった。それを見てラウノアもやはりかと受け取りつつも、なんとか説得を試みる。


「これがなければわたしは空を飛べません。わたしは、あなたの背に乗ってともに空を飛びたいと思っていますが、どうでしょう?」


 不思議そうにする様子は変わらない。そんな古竜をラウノアは見つめた。


 古竜にとってこれは不要なもの。それはラウノアも理解する。

 かつてのギルヴァはこういった道具などなく古竜とともに空を飛んだ。それができる人だったから。


(わたしは、ギルヴァ様のようにはできないから)


 他の竜よりも大きな古竜ならば足場は安定するかもしれない。けれど手綱だけでは、落下したときのための命綱もその手綱に直結させることになり、竜が体勢を崩してしまう恐れがある。

 万が一に落下したとしても古竜ならばすぐに降下して助けてくれるだろうけれど。それでもそれは理由にはできない。

 なにより、かつてのギルヴァのようなことができない今の自分たちは道具が必要であり、なれけば騎乗は認めてもらえない。


 ラウノアをじっと見つめた古竜は大きく息を吐くと、仕方がなさそうに身を起こした。そしてゆっくりと頭を下げる。


「ありがとうございます。ラーファン」


 礼を言ってすぐに装着にとりかかる。その様子を見たシャルベルは、ルインに「ここを頼む」と告げるとラウノアのもとへ走った。

 近づいてくるシャルベルに威嚇する古竜はラウノアに止められ、「おまえか」と言わんばかりにふんっと息を吐いた。ラウノアもシャルベルへ視線を向ける。


「装着方法を教えよう」


「ありがとうございます」


 シャルベルに教わりながら古竜に道具を取り付けていく。腹帯を締めて締め付け具合を確認し、鐙をつけて落ちないことを確認する。最後に手綱をとりつければ一通りの準備が完了となる。

 ――のだが……。


「……不服そうだな」


「……そうですね」


 古竜の顔がとんでもなく不機嫌である。誰が見ても分かるそれにラウノアも眉を下げて頬を掻くしかない。

 後ろではグレイシアが「古竜はあんな顔もするのね」と新発見に目を輝かせ、ライネルまで「まあ、道具に一番無縁だったからな」とその表情の理由を察している。


 古竜は何度も翼を広げて閉じるを繰り返し、鞍へ視線を向けて身体を震わせる。

 落ち着かない。慣れない。感じているのだろう古竜はラウノアに視線を合わせて不満を訴える。


 ラウノアの眼前に視線を落とし、古竜が鳴く。不満のように拒絶のようにとれるその音にラウノアは眉を下げて、ひとまず取り付けた手綱を外した。


「慣れませんか?」


 肯定が一つ。ぶるりと頭を振る様子に見守っているルインも肩を竦めて製作者たちに通訳をした。古竜の意思には製作者も難解な問題に遭遇したように顔を歪める。

 古竜の反応にラウノアも頭を悩ませた。


「分かりました。では、今後改良をしていただきますので、もう少し付き合ってくださいますか?」


 少しだけ嫌そうな顔をしつつも古竜が頷く。それを見て「ありがとうございます」とそっと撫でて返した。

 長丁場になりそうだと感じるラウノアの隣で、ふとシャルベルが考えていた様子から顔を上げた。


「ラウノア。一度、乗ってみるのはどうだろう?」


「ですが……ラーファンは道具を着けているので嫌では……」


「そうかもしれないが、もともと古竜は君を乗せたがっていただろう? こういう道具があれば君が乗れるのだと実感できる。今はまだ飛行方法を教えていないから飛ぶのは危険だが、乗ってみるだけでも古竜にとっては実感がわくかもしれない」


「そうですね……。ラーファン、一度――……」


 言いながら古竜を見て、言葉が切れた。

 ゆらりと古竜の尻尾が揺れている。シャルベルの言葉が理解できていたのだろう、不機嫌だった瞳がどこか嬉しそうに輝いてラウノアはその反応に思わず笑ってしまった。


 古竜が身を伏せる。外した手綱を着け直し、それを手に持ってから鐙に足をかける。鞍に手を伸ばせば古竜の尻尾がラウノアを背まで押し上げる。

 身体の大きな古竜には乗るのも一苦労だが、ラウノアを押し上げる古竜の行動をシャルベルはじっと見つめ無事に背に乗ったのを見届けた。


「「おお~!」」


 離れている見物者たちの歓声が上がる。ちょっと恥ずかしくてラウノアは曖昧に微笑んだ。

 無事に乗った姿を見つめながらシャルベルは数歩下がり、ラウノアを見上げる。


「ラウノア。怖くはないか……?」


「はい。大丈夫です」


「実際に飛ぶとなると浮遊感があるし、ときには不安定に感じるかもしれない。今の状態で感じたことがあればなんでも言ってくれ。道具は君自身の安全のためでもある」


「分かりました。ラーファンの背はとても安定するので、今のところは――……」


 ぐわりと視界が動く。思わず鞍の前輪を掴む手に力が入り身体が強張った。下方からは慌てたように「ラウノア!」と呼ぶ声が聞こえる。

 驚いてしまった。けれど、すぐに安心できた。


 古竜が伏せていた身を起こした。それだけだ。それだけでもぐんと視線が上がる。

 ラウノアはほっとしつつ下方に向かって「大丈夫です」と安心させるために声をかけた。小さくなってしまったシャルベルやアレクが安心してくれたならいいのだけれどと思いつつ、背に乗せたがっていた友へ視線を向ける。


「ラーファン。少しびっくりしました。喜んでくれるのはとても嬉しいのですが――……ラーファン。あの、まさか……」


 翼が広げられる。嫌な予感がする。

 知っているのだ。乗ってほしいと言ってくれていたことは。飛行訓練でもそういう反応を見せていたから。けれどついさっきまで騎乗道具に渋っていて――…。


「ラーファン、まっ――…」


 古竜の足が地面を蹴ったが早かった。






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