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22,竜の矛盾

(そうかもしれないと、思った。ギルヴァ様の懸念を聞いたそのときに)


 きゅっと膝の上で拳をつくる。そんなラウノアを横目に見つつ、ギルヴァは続けた。


「だがそうなると疑問が増える。なんで()()()()()になってるのか。俺とおまえと同じということか」


「それは……ありえないのでは?」


「ああ。これはあの場所だからこそ、だからな」


「誰かが手記を残していてそれを読んだ、とか?」


「可能性はある。かなり使い方が上手いがな」


 考えても答えは出てきそうにはない。それはギルヴァも同じなのか、早々に思考をやめたように「本人に聞くしかねえな」と軽やかに結論を出した。

 けれどラウノアにとっては、事はそれほど軽くはない。


(わたしが狙いなら今後も同じ危険がある……。シャルベル様との協力はシャルベル様への危険にもなる。……ここまでにしたほうがいい)


 黙って視線を下げるラウノアに気づきながらも、ギルヴァはラウノアに気負わせないように続ける。


「相手の魔力は強い。だが、仲間の身辺に魔力を張り付けておくにはそれなりに魔力を消費する上、かなり繊細な方法だ。数はそう多くないとみていい」


「ギルヴァ様でも同じですか?」


「やらねえよ。張り付けとくってのは監視だろ。水魔法に加えて光魔法も必要な上、付与するのとは違ってそのままで隠すってのは通常の魔法よりも加減が難しい」


 ギルヴァでも相当な難技であるようだ。それならば確かに多量に用意できているとも思えない。ギルヴァの推測にラウノアも頷いた。


「このタイミングも引っかかるところではある。おまえの婚約者にも俺から注意させておく」


「あ……。ギルヴァ様。シャルベル様には……」


「狙われてるのが分かった以上、おまえの身辺から使える奴を離す利点はない。それに……ここで離れろと言って頷く男か?」


 違うだろうと、口端を上げて言うのだからラウノアに返す言葉はない。そうだろうなと自分でも思ってしまうから。


「それからもう一つ、もしものときに俺とすぐに交代できるようになったほうがいい、が……立ったまま意識手放せってことと同じだからな」


「わたしの意識がなくなってギルヴァ様が目を覚ます、そういう感覚なのですよね?」


「ああ。だからおまえが起きてる間俺は寝てる感覚に近い。それをおまえがこっちに来ずに叩き起こせるようになれば、まあ感覚的にはできるはずなんだが……」


「……可能でしょうか?」


「前例がない。これまでの俺は実に平穏だった。今はかなり刺激的」


 自分で言って「ふはっ」と笑うのだから、そうさせているのが自分であるラウノアはなにも言えない。

 ゆらゆらと尻尾を動かして、笑いが止まったギルヴァが伸びをする。


「……例えば、飲んですぐに眠ってしまう薬などがあればどうでしょう?」


「……変な副作用出ねえだろうな?」


「……アレクに気絶させてもらうとか?」


「護衛に気絶させられる状況ってのはそれなりの危機だけどな」


 知られてはなにをひそひそ言われるか。想像してギルヴァの視線からそっと逸らしてしまう。

 これは他の方法を探したほうがいいようだ。


「え、えっと……。それで、これからどうしましょうか?」


「どうするべきだと思う?」


 問われ、ラウノアは思案の海に入った。


 町で丸薬製作者について捜索するにはシャルベルの騎士という立場が助けになってくれる。自衛についてはアレクを傍に置くこと、ギルヴァがシャルベルに話すことを勧めたこと、ラウノアがギルヴァと交代できる方法を探すこと。


(だけど、重要なことは丸薬の二の舞になる第二の物を防ぐこと。それは製作者と同じで町での流行が手がかりになる。あとは……)


 考えながら視界に入る、ギルヴァの大きくてふわふわの尻尾。髪色と同じ色のそれは太陽の光を受けて神々しく輝いている。


(ギルヴァ様の懸念……。ヴァフォルが調べてくれた手がかり。ギルヴァ様の懸念であるそれはギルヴァ様自身でないと感じとれない)


 ギルヴァの存在は秘密。だからこそ動きが狭まる。

 ヴァフォルのおかげで絞り込みはできている。ならば、それをどう活かすか。


(とはいえ、私ができることは限られている)


 肝心要はギルヴァだ。

 その人をちらりと見れば、その目は自分を見つめている。


「ヴァフォルが絞り込んでくれたので、ラーファンの手を借りて竜の区域内の人を調べてみます。ラーファンなら丸薬の『質』も把握してるので、数日時間をいただけますか?」


「分かった。区域外はどうする?」


「まずは感知してみます。区域内にないと分かればラーファンに区域外で探れる範囲を調べてもらいます。わたしも感知を働かせれば絞ることもできますので」


「ラーファンなら把握してるだろが、城は人間が多いから時間はかかりそうだな」


「ですから、精度を上げて『質』も解るようになれるようにもっと厳しい訓練をお願いします」


「分かった。それから、その方法をとるならアレクにはちゃんと伝えておけ。護衛が役目だからな」


 ラウノアが選んだ方法に口端を上げ、ギルヴァは「それじゃあやるか」と訓練開始を告げた。






 ♦*♦*




 こてんと首が傾いたのが自分で分かって、はっとなって頭を上げた。そんな自分の様子を黒い鱗の友が不思議そうに見つめている。


「少し寝不足なんです」


 大丈夫だと伝えるように頬に触れれば、古竜はそのぬくもりを求めるかのようにすり寄せた。そんな仕草をラウノアも見つめる。


 ギルヴァに訓練をつけてもらうときは、身体は寝ていても意識が起きている状態。だから朝は寝坊してしまうことも、日中に眠たくなることもある。

 それは逆に、意識が寝ていても身体が動いているときも同じで、どちらも休むことが重要なのだとこれまでの経験から知っている。


 古竜の世話をするようになってから、ギルヴァは訓練をいつも早めに切り上げて休むようにさせてくれた。けれど昨夜は無理を言って時間を延ばしてもらったのだ。

 そのせいか久方の徹夜は身体に堪える。動き回っていれば気にならないが、落ち着けば眠気がやってくる。


 また襲ってくる眠気を頑張って振り払えば、古竜が心配するように顔を寄せる。その口許に触れつつラウノアはくすぐったくて小さく笑った。


「ラーファン。わたしが眠たそうだと気づいていたのですか?」


 問うと、分かって当然と胸を張るように鼻を鳴らす。そんな仕草に思わず笑ってしまった。


 朝やってきて挨拶をしてからずっと古竜は常に姿が見えるところにいた。普段ならない行動に世話人たちも不思議がって、学生たちも何事かと驚いていた。

 古竜から人間に近づくことはない。距離は長くとられているが、ラウノアの仕事が落ち着くとみると距離を詰めて服を噛む。


『今日の古竜は構ってほしいんでしょうか? どうかこちらは気にせず、古竜のことをお願いします』


『あなたは世話人ではなく古竜の乗り手だ。その務めをしかと責任もって果たすべきだろう』


 オルディオを始め世話人たちに笑顔で頷かれ、レアーノには離れて当然だと言わんばかりに言われ、ラウノアは感謝を伝えて竜舎を離れた。

 古竜が連れてきてくれたのは広場の中だ。そんな場所に寝ころんだ古竜は「ここに凭れろ」と言わんばかりに自分の首元を尻尾で示した。


 広場は乗り手でも滅多に入らず、今も周りにいるのは竜とアレクだけ。久方にゆっくりと時間が流れる。それに心のどこかがほっとしている。

 それを感じつつも、ラウノアは古竜がこうして連れてきてくれた目的を問うことにした。


「ラーファン。例の人物は区域内にいそうですか?」


 ふんっと息を吐いてその首が横に振られる。

 それを見て少しだけがっかりとしたが、そう簡単ではないと解ってもいるからこそ表には出さない。


(区域内に丸薬と同じ魔力はない。つまり、丸薬製作者はいない。ラーファンの感知力は確かだから間違いないけれど、だとしたらどうしてヴァフォルは区域に降りたったんだろう……)


 考えるラウノアの傍で古竜の視線が動く。その動きを認めたラウノアもその視線を追った。

 古竜の視線の先にいるのは赤い鱗の竜だ。気持ちいいのか日向でのんびり昼寝をしている。


(あれは、ラーサナ。ルイン様の相棒竜)


 古竜がラーサナを見て、自分を見る。その視線の意味を考え理解した。


「ルイン様は確かに強い魔力をお持ちだけど、魔力の使い方まではご存知ないと――……もしかして、それくらい魔力が強い可能性があるということですか?」


 はたと気づいたラウノアに古竜はゆっくり瞬きをした。それを肯定と受けてラウノアは思案する。


 丸薬の被害から見て魔力が強いことは予想できていた。しかしそれはあくまで、現在において、だ。

 ルインの魔力は、相棒竜の色から見て現在では珍しい部類に入る強さだ。それと同等の強さ、もしそれよりも強いとなると、現在では一人いるかどうかという強さになる。


 そしてその強さはギルヴァの懸念を裏付ける。厄介なものにラウノアは小さく息を吐いた。


(もしギルヴァ様の懸念どおりであるならあちらは魔力のことを知っている。となると、わたしの魔力の感知、もしギルヴァ様のように『質』まで感知できるなら――……わたしの魔力の秘密が、知られる)


 脳裏に浮かぶギルヴァの背。解っていたのだろうギルヴァはいつも自分を守るために動いてくれている。


(とはいえ、『質』まで正確に分かるはずはない。魔力の強さはルイン様かそれ以上だとして、ギルヴァ様と同程度のことができることはありえない)


 風が吹いて銀色の髪が揺れた。冬の外は寒いけれど、古竜が傍にいると不思議と寒さは感じない。

 竜の背に乗る者は『竜の加護』によって空中での影響を受けない。空中だけだと思われているそれは、竜によっては平地でも与えられるもの。


(とはいえ、厄介なことは早くなんとかしたい。これ以上ひどくなれば目立つことになってしまうかもしれない。……だけど、ラーファンとヴァフォルで矛盾が生まれてるのはどうして……?)


 はあと息を吐いてしまう。とはいえ考えるばかりではなにも起こらない。


「ともかく、世話人や竜使いにその人はいないと分かりました。となると区域外ですね。ラーファン、ありがとうございます」


 応えるように小さな声が返ってくる。微笑みでそれを受け取った。


 竜がもし、自由に空を飛べるなら、その翼を使って探し回ることができた。――けれど、それはできない。

 だからラウノアが自分の足で探すしかない。


(区域外である、となると……)


 その銀色の視線が動く。

 そんなラウノアに古竜はすりすりと頬を寄せた。そんな甘える行動にラウノアは表情を和らげて撫で返した。






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