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19,夕暮れの襲撃

 外に飛びだしたシャルベルは状況を確認した。

 馬車が停車しているのは貴族街へ向けた道の途中。貴族の屋敷はどこも敷地が広いせいで隣り合う屋敷も距離がある。停められたのは、そんな人がいない絶妙な合間。


 西日が剣を手に構える護衛騎士たちを照らすと同時に、黒い外套に身を包んだ複数の相手を映し出す。顔は見えない。人数はおよそ十数名。手に持つのは短剣や長剣。その後ろには飛び道具を使う相手も見受けられる。

 隠すことのない敵意を向けてくる相手は、シャルベルが剣を抜いたのを合図に一斉に襲いかかってきた。


 シャルベルと護衛騎士が先陣を駆ける。その後ろから続く護衛騎士は飛び道具を使う相手を狙って走り出す。


「若! あんまり前出すぎないでくださいよ!」


「御守りするのが俺らの役目なんですから、ねっ!」


「そうか。置いていく心配はいらないようだな」


 軽口を叩きつつもその目は誰も鋭く、その剣は強く速い。

 相手と切り結びながら、シャルベルは小さな違和感を覚えた。


(こいつら……以前ライネル殿下を襲った者たちと似ている)


 貴族街に近いが人がいない絶妙な場所。貴族が集まる納涼会の少し離れたあの場所。その身なり。

 ライネルはあの襲撃を自分へのものだと予想して、その線で捜査をした。そしてそれは病のこともあって打ち切り、今は王家の守りを固める方向で進んでいる。


 あれから事件に進展はない。

 が、今目の前に、思っていない進展があるかもしれない。


 騎士として。婚約者として。迷いなく剣を振るう視界に、夕日に照らされた灰色が映った。

 感情の読めない淡々とした目をして敵を斬る。未練も怯えもなくその剣は次の獲物を探し、勢いが衰えることなく血潮を上げる。


(相変わらず、とんでもない男だな)


 ロベルトが、機会があれば騎士団に入れたいと言っていた言葉を思い出す。戦となるとたしかにとんでもない活躍をするのだろうと、今から予想できる。


「アレク! 全員を斬るな。生かして捕える!」


 言ったそばから敵から血が飛ぶ。

 怒りを覚えつつ、最後の一人となった相手に剣を振り下ろそうとするアレクを認めて、すぐさま地面を蹴った。


「斬るな!」


 手を伸ばすよりもアレクの剣が早い。舌打ちしたい心境に駆られ、持っている剣を投げ飛ばして止めようかとすら考えたとき――


「――だめよ」


 アレクの剣が止まった。相手の肩口に添えられるように止まったそれはすぐに引かれ、アレクは相手を蹴り飛ばして気絶させる。


 シャルベルも驚いて勢いを失い、護衛騎士たちとともにその視線を後ろへ動かす。そんな間をアレクはただ淡々と歩き進み、足を止めた。

 アレクを止めた主は、凛とした静かな表情でアレクを見つめる。


「アレク。守ってくれてありがとう。だけど、敵を全て斬っていいわけじゃない。アレクなら相手を気絶させることも、戦闘不能にさせることもできる。でしょう?」


「……できる。でも、あいつらは姫様に殺気を向けた。だからいい」


「斬るなとは言わない。だけどね、アレク。……首謀者について調べることも大事。だからシャルベル様は制止したでしょう?」


 アレクの表情がむっと拗ねるように変わる。それを見たラウノアは困ったように肩を竦めた。

 誰が首謀者だろうと斬ることはアレクにとって変わりない。けれど首謀者を調査することは次を防ぐこと。アレクはいつだって目の前の危険から守ってくれる。


「……ごめん」


「もし今後、シャルベル様もいらっしゃるときに同じ事があったら、そのときはその言葉を聞いてね?」


「姫様の次」


 いつだってアレクの心は変わらない。それは側付きたちも同じ。

 分かるから、ラウノアはそれでいいと頷いた。


 ひとまずアレクを言い聞かせ、ラウノアはその視線をシャルベルへと向けた。

 どこか驚いたような顔をして自分を見る婚約者。出てきてしまって怒られるかなと思いつつも、ラウノアはゆっくりと近づいた。


「シャルベル様。お怪我はございませんか?」


「あ、ああ……。いや。なぜ出てきたんだ。危険だろう」


「申し訳ありません。アレクがやりすぎるかと思いまして」


 その懸念はそのとおりだったわけだが。読めていたかのようなラウノアには身体から力が抜けた。

 大きく息を吐くシャルベルを見て、ラウノアは周囲にも視線を動かす。


「皆さま。守ってくださりありがとうございます」


「いえ。当然のことです」


「はい。ですがその……馬車にお戻りになられたほうが……」


 少し言いづらそうに濁される声。

 ラウノアが瞬く傍で、シャルベルもはっとしたようにラウノアに馬車へ戻るように背を押した。


「このまま戻ってくれ。あとのことは俺たちが――」


「少しだけ、待っていただけますか?」


 怪訝とするシャルベルの前でラウノアが動いた。

 息を呑むシャルベルや護衛騎士たちの気配を感じながらも、アレクが傍につくラウノアは倒れた敵の傍に膝を折る。そして――そっとその手に触れた。


「ラウノア――……」


 思わずラウノアの傍に駆け寄り、同じように膝を折る。シャルベルの心配そうな空気を感じつつも、ラウノアは触れた先に意識を向けた。

 倒れた敵はおそらくシャルベルが倒したのだろう。まだ息があって呻いている状態だ。下手をすれば反撃されるかもしれないからこそ、シャルベルの心配が解る。


(この人から魔力を感知できる。だけど……二つ? どちらかが入り込んだものだとするなら呪いとなる。わたしの未熟な感知どおりなら他の人も同じだけど……おかしい。襲撃前に感じた魔力がない)


 感知ができても詳細が分からない上、魔力についてもギルヴァほど理解があって推測が浮かぶわけでもない。

 ここでこの魔力の『質』が読み取れればより調査ができるのに。


(そうだ。この魔力をわたしが取り込めば、帰宅してすぐにギルヴァ様が分かるはず)


 そうと気づくとラウノアはすぐに自分と相手の魔力を正確に感知、操作した。自身の魔力を相手に流し、相手の魔力を捕食する。

 捕食した魔力は、食べた物を消化するのには時間がかかるように、少しの間は自分の魔力に絡みついている。これもほんの数時間の問題だ。

 綺麗さっぱり捕食したラウノアは、ほっと息を吐いた。


「ラウノア。大丈夫か?」


「はい。まだ息がある方は?」


「大丈夫だ。警吏を呼んで対応させる。護衛の数を減らすことになるが、すぐに屋敷へ送ろう」


 立ち上がり、ふらつかないよう意識しながらラウノアはシャルベルを見た。どこか心配そうな目をしている婚約者に微笑み返す。

 なにか言いたげな顔をしていたシャルベルだが、すぐに切り替えて護衛騎士たちを見た。


「息のある者に軽く手当てと拘束を。警吏を呼んで事情の説明。騎士団には後で俺から報告する」


「分かりました」


 指示を受けた護衛騎士たちがすぐに動き出す。ラウノアの傍でそれを見ていたアレクが、唐突にラウノアの前に立った。


「アレク? どうし――…」


 シャルベルが問うより先に、護衛騎士たちが拘束しようとしていた息のある敵が苦しみだした。


「うっ! がっ、ああっ……!」


「はぅっ……! なっ。がはっ……!」


 あまりに突然のことに護衛騎士たちも驚き露に動きを止め、シャルベルも剣を手にラウノアの傍で警戒する。


 首を抑え。胸を抑え。息ができないという苦し気な表情をして。全身を擦るようにして。

 ――その身体活動が、停止した。


「な、なんですか。これ……」


 誰もその答えを持っていない。

 しかしシャルベルは、目の前の光景を聞いたことがあった。


(同じだ。ライネル殿下のときと)


 息があった者を拘束したとき、突然苦しみだして全員が息絶えた。あの不可思議な出来事と。


(やはりこの相手は殿下を狙った者たちと同じ。だが、なぜ今回俺たちの前に……)


 ラウノア、シャルベル、アレク。あの場にいてこの場にもいるのはこの三人だけ。

 恨みを買っているかもしれない身だと自覚があるシャルベルはわが身の理由は思いついても、ラウノアとアレクの理由が浮かばない。


「若! まだ一人だけ息があります!」


 その人物は目の前にいる、さきほどラウノアが傍らに膝を折ったその人物。それを認めて眉根が寄る。


「すぐに応急処置をして騎士団へ連行しろ。事情はロベルト団長かレリエラ副団長に説明。俺もすぐに向かう」


「「はっ!」」


 護衛騎士たちが忙しなく動き始める。それを認め、シャルベルはラウノアへ視線を向けた。顔色も悪いことはなく平気そうなラウノアはシャルベルを見上げる。


「ラウノア。……帰ろう」


「……はい」


 答えたラウノアはほんの少しだけ、瞳を揺らしていた。






 ♦*♦*





「ラウノア。おかえり」


「どうした。随分辛気臭い上、揃ってとても逢瀬の帰りとは思えない顔だが?」


 待ってたよと笑顔で迎えてくれるケイリスと、呆れと疑念が顔に出ているクラウ。正反対な二人に出迎えられながらもラウノアは微笑んだ。


「ラウノア。楽しめた?」


「はい。色んなお店をシャルベル様と見て回りました」


「そっか。ラウノアが楽しめたならよかった」


 我が事のようにラウノアの喜びを受け取るケイリスを見ていたシャルベルだが、僅か眉根を寄せてラウノアの背を押した。


「ラウノア。疲れただろう。もう休むといい。――アレク。ラウノアを頼む」


「……ではお言葉に甘えて。失礼いたします」


 すっと礼をしてラウノアが去っていく。その後ろをアレクが、離れて待っていたマイヤとイザナが付き従う。

 それを見送り、シャルベルは婚約者の兄たちを見た。そんなシャルベルの視線にクラウはすっと目を細める。


「――何があったんですか?」


「それを話したい。いいか?」


「こちらへどうぞ」


 クラウがまとう空気の変化と、シャルベルの仕事の顔。それを見たケイリスもすぐに表情を引き締め、三人は客室へと入ると使用人の入室を禁じた。

 茶が運ばれてくることもない部屋。しかし誰もそんなことは気にせず、ただシャルベルが話す内容に意識が向いていた。


 ラウノアとの外出内容は省き、必要な帰宅時の襲撃のみを伝える。

 ラウノアにもシャルベルにも誰にも怪我はない。しかし、相手が一人を残して絶命。今後調査は続けること。ライネルの暗殺未遂事件については公になっていないので、それに関する懸念は伝えない。


「だからラウノア、さっきすぐに部屋に戻ったんですね。いつもなら副団長見送りそうなのになって不思議だったんです」


「まず、妹を守っていただいたことにお礼申し上げます。ありがとうございます。シャルベル様」


 合点がいった様子だったケイリスも、隣のクラウが頭を下げたことで慌てたように頭を下げた。

 伯爵家の嫡男としての姿勢を身につけるクラウにさすがだと感じつつ、シャルベルはすぐに言葉を返す。


「婚約者として当然のことだ。気になさらず」


「感謝します。――それで、相手のことはこれから調査を?」


「そうなる。だが、ああいう手合いは簡単には口を割らないだろうから難しい」


「でも、狙いって誰だったんですかね? 副団長はそりゃ立場上色々あるし、ラウノアは……うーん。噂絡みでまだなんか言いたい奴とかいるのかなあ?」


「あれはすでに王家から発表がされているだろう。シャルベル様も役職上職務を全うされている。逆恨みも馬鹿馬鹿しい」


 ばさりと斬るクラウに隣のケイリスも深々と頷いている。

 おまえかと言われるかと思っていれば当然のように擁護される。ありがたくてくすぐったい。


 考えるケイリスとは違い、クラウはすぐに今後へと話を進めた。


「念のため、ラウノアが騎士団や町へ行くときには人数を増やして騎士をつけます。アレクにはラウノアから離れないよう言っておきます」


「助かる。ケイリスも念のため、しばらくはラウノアが騎士団から帰るときは一緒に帰宅してくれ。おまえが遅れるならラウノアは客室か副団長室で待ってもらう」


「了解です」


 ケイリスが一緒なら心強いもの。

 ラウノアの身辺を固めるよう話し合い、後のことを二人に頼んだシャルベルはラウノアのことを気にしつつも騎士団へと馬車を走らせた。






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