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17,子ども

 ♦*♦*




 古竜の世話をしながら世話人や竜使いともやりとりをする。すっかり慣れてしまった日々の中、やってきたその日に、ラウノアは姿見の前で自分の恰好を確認していた。

 ちょっといいところのお嬢様風な服装は町に溶け込めるはずだ。この服も冷たい空気から守ってくれる厚手の上着も、ベルテイッド伯爵夫人がたくさんの服と一緒に購入してくれたもの。マイヤとイザナと一緒になってあれこれと吟味してくれていたときのことを思い出して笑みが浮かぶ。


「ギ―ヴァント公爵子息様がご一緒ですし、アレクもおりますから大丈夫だとは思いますが、あまり素性が知られるようなことはおやめくださいね?」


「ええ。わたしも目立ちたくないもの」


 病の折に流れた噂は、まだ少し街歩きを躊躇わせる。けれど、騎士として町の巡回もしているだろうシャルベルが誘ってくれたということは、大丈夫だという判断があるはず。

 そう思って、そう信じる自分にどうしてか眉が下がってしまう。


「お嬢様。ギ―ヴァント公爵子息様がいらっしゃいましたよ」


「今行くわ。――そうだ。ガナフ、これを」


 教えてくれたガナフに、机に置いておいた一通の便箋を手渡した。


「父様への返事。出しておいてもらえる?」


「はい。しかと承りました」


 どこか嬉しそうに微笑んだガナフが頷いてくれて、ラウノアも笑みが浮かんだ。

 悩んで悩んで書いた返事。書きたいことがたくさんあって、けれどどうやって伝えようかと悩んで、怖がらせないかと心配になって、けれどなんとか書き終えた。


(また、手紙をくれるかな)


 今度は自分から書いてもいいかな。考えて、次を考えられることが嬉しくなる。


「お嬢様。お出かけ前で申し訳ありませんが、ジェラ領の店から返事が届きました」


 はっとして、ガナフが差し出した手紙をすぐに開封した。

 キャンドルの贈り物を怪しんで確認した手紙。急ぎたかったが不審に思われないよう通常便で、挨拶と世間話に混ぜて確認した、その返事にラウノアはすぐに目を通す。


「お嬢様」


「やっぱり否定だわ。あれはあの店からの物じゃない」


「ということは――……。いえ! お嬢様。気にはなりますが、まずはお出かけです!」


 ぐっと拳をつくるイザナにラウノアは一瞬だけきょとんとしてしまった。

 てっきり激昂するか怪しむかと思っていたが、ひとまず忘れようとでも言わんばかりの言葉だ。


 思わずイザナを見ると、傍にいるマイヤもガナフも頷いている。だからどうしようもなくて、嬉しさを感じてしまう。


「そうね。ありがとう」


 ほわりとあたたかい胸中のままラウノアはエントランスへ向かった。そこにいるのはクラウと、本日休日のケイリスだ。

 そして町に馴染める服装だが気品漂うシャルベルがいる。その姿に、初めて外出に誘ってくれたときのことを思い出す。


「お待たせしました」


「いや。では、行こう。――クラウ殿、ケイリス。大事な妹を一時預かる」


「ええ、どうぞ。ラウノア、近頃外出は避けていただろ。シャルベル様がいれば滅多なことはない。楽しんでこい」


「はい」


「気をつけて。あんまり遅くならないようにね」


「はい。行ってまいります」


 ぶっきらぼうながらも想ってくれる言葉と、笑顔で送り出してくれる優しさ。二人の兄に笑顔を返してラウノアは外へと出た。

 今日も公爵家の馬車に乗り、周りは公爵家の騎士とアレクが守ってくれている。この上ない安心の中で馬車は町へと向けて進みだした。






 気温の低い冬の日ならば冷たい風が肌を刺しただろう。けれど今日は空も穏やかな晴天で、冷たい風に首をすぼめることもない。

 厚手の上着があれば心地よく過ごせそうな仄かなぬくもりの中、ラウノアはシャルベルの手をとって馬車を降りた。


「行こう」


「はい」


 公爵家の騎士たちが少し離れて護衛に務めてくれる。アレクも同様であるのを視界に確認し、ラウノアはシャルベルの隣を歩き出した。


 病を乗り越えた町はその活気を取り戻しつつある。冬の寒さの中で暖かなぬくもりに誘われたのか、少し人の往来も多いように見受けられる。

 硝子越しに店内で売られている品を見つめる。そこにあるぬいぐるみを見て思わず笑みがこぼれた。そんな笑みにシャルベルは視線を向ける。


「こういうものは好きなのか?」


「子どもの頃は父がよく買ってくれた憶えがあります。両親は屋敷へ商人を招くよりも店に足を運ぶことが多かったので。子ども向けのお店で男の子が竜のぬいぐるみを買っていて、それを見ていると、そのぬいぐるみでがぶっと噛む真似をされたり」


「子どもらしいじゃれ合いだな」


 竜使いに憧れる男の子にありがちな行動に肩を竦めるシャルベルにラウノアも思わず「ふふっ」と笑みがこぼれた。そんな笑みを見つめて自然と心が安らぐ。

 そして、自分の子どもの頃を思い返した。


(ラウノアに語れるような記憶はないな……)


 少し歯痒い。自分はいつも彼女に出せるものが少なくて。

 けれど思う。それでも少しでも、意味のない語りだとしても。


「……俺は、幼い頃は勉強が多くて、あまりこういったものに触れたことはなかった」


「そうなのですね……」


「両親にとって俺はやっとの子どもだったから。それをどうと言うつもりもないし、両親には感謝している。……すまない。その…あまりいい話ができなくて」


「いいえ。今のシャルベル様を形作る大切な記憶ですから。それに……シャルベル様のお立場で騎士を務めるというのは、それもたいへんなことなのではないですか?」


 そう言ってラウノアは静かに優しく微笑む。その笑みを見つめて僅か目を瞠ったシャルベルは、視線を展示されているくまのぬいぐるみへ移した。

 静かで、あたたかで、どこか切なげな瞳。それを見たラウノアはその店の扉を開けた。


「ラウノア……?」


「シャルベル様さえよろしければ、入ってみませんか? 子どもの品と思われるかもしれませんが、わたしも見てみたいです」


 そう言ってラウノアが誘う。優しく思いやりに溢れる声に、シャルベルは表情を和らげて足を向かわせた。


 からんっとドアベルが鳴りながら二人が入店する。店には他にも数名客がいて、子ども連れの親子や若い男女が多い。それを見ていると、店主らしい女性がおおらかな表情で「いらっしゃい」とラウノアとシャルベルを迎えた。


「おやおや。お若いお二人ってことは、お子さんにプレゼントかい?」


「!」


「えっと、違うのです。子どもの頃に馴染んだ懐かしい品々が見えたので気になりまして」


「おやそうかい。さあさあ見ていっておくれよ」


 言葉を失ったシャルベルの隣でラウノアは少し困り顔。すぐに店主をいなしたラウノアは、少しだけ煩い心臓を宥めながらシャルベルを見上げた。


「見てみましょう。……シャルベル様?」


「いや……。なんでもない」


 口許に手をあててなぜかシャルベルが視線を逸らす。けれど、そうなっている理由が分かるからラウノアは困った顔をしてしまう。

 そう思われても仕方がない。年齢的にもそう見えるのだろう。けれど――……。


(そんな未来、わたしにあるのかな……)


 言葉を失ったのはそんな未来を想像してしまったせいだ。いつまでも、ラウノアが隣で笑ってくれる未来を。


(傍にあると決めてそのつもりだったが、そういう未来をこうも他人にはっきりと言われるとは……。だが、俺も望むんだ。いつまでも君と、それから――……)


 いつかまた、この店に来ることがあるだろうか。今度はちゃんと二人で笑いながら、誰かに向けてのプレゼントを選ぶような。

 想い、願う。まだ分からない未来を。


 犬のぬいぐるみを手に「かわいいですね」と話すラウノアを見つめて、シャルベルは眼差しを和らげて口許に笑みを浮かべた。


 その店を出てからも他の店を見て回る。香ばしいパンの匂いにつられたり、人気だという占い師の店に行ってみたり。神殿を訪れる人を見つめたり。

 そうして過ごす中、迷子らしい子どもを見つけたラウノアは思わず駆け寄った。


「どうしたの?」


「おっ、おかあさまがっ……」


「お母様とはぐれちゃったの?」


 問うと「うん」という頷きが返ってくる。それを見てすぐシャルベルを振り返った。

 事情を理解したシャルベルも周囲を見遣り母親らしい女性がいないか探すが、子どもを探しているような女性はいない。


「この辺りではないな。他にいるんだろう」


「……お時間をいただいても、よろしいですか?」


「もちろんだ。仕事柄放っておくわけにもいかない」


 迷いなく頷くシャルベルに感謝を抱き、ラウノアは子どもに向き直った。

 年の頃はおそらく三、四歳。市井の子どもにしては身なりがよく、豪商か貴族の子どもだろうと察せられる。ならば母親も同様の可能性が高い。


(町の喧騒に心が浮足立って、はぐれちゃったのね)


 今度ははぐれないように、子供にそっと手を差し出す。


「一緒に探すわ。手を繋いでもいい?」


 きょとんとしたような驚いているような顔が、ラウノアを見つめて、差し出されている手を見つめる。そっと掴んでくれた手に笑みを返しつつ、ラウノアたちは歩き出した。


 ラウノアと一緒に歩いていた歩幅よりもさらに少し小さくなる。感じつつシャルベルは周囲を確認しながら歩く。


「お母様とどこではぐれたか、分かる?」


「分かんない……。お母様はお買い物だったから」


「大丈夫。お母様も探してくれてるわ」


 ラウノアは子どもを優しく慰めながら歩いている。そんな姿を傍でこそりと見つめる。子どもと話をして。周りを見て。ラウノアは自然とそうして母親を探しながら子どもも気にかけている。

 もともと町の人々との交流もカチェット伯爵家にいた頃からしていたというラウノアは、こうした迷子にも慣れているのかもしれない。

 迷子一人に駆け寄って、その親を一緒に探そうとする貴族は少ないだろう。仕事柄放っておくことはしないけれど、そこまでできるかと問われると分からない。


 思いつつ歩いていたシャルベルは、ふと見えた光景に足が止まった。


「? シャルベルさ――」


「あ! お母様だ!」


 言うや否や子どもがラウノアの手を振り払って走り出す。ラウノアは少し驚いた様子で見つめ、子どもの行く先で驚いたように子どもを見つめて駆け寄る女性を見てほっとした様子を見せた。


「どこに行っていたの? 本当っ、心配したのだから……!」


 母親と子どもは再会にほっと安堵している。心配していたのだろう母親は瞳を潤ませている。

 そして子どもに何か言われたのか、母親が顔を上げ――目を瞠った。


「シャルベル様……」


「カティーリナ殿……」






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