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9,挨拶早々に招待されました

 シャルベルと話を終えたラウノアは再び仕事に戻り、世話人たちとともにあちこちへと動き回った。

 学生たちを前に改めてオルディオが「こちらはラウノア様だ」と紹介してくれた。明確に古竜の乗り手であると名乗らなくても察しているのだろう、それからは学生たちの視線を少し感じることはありつつも、何事もなく仕事は進んでいった。


 騎士団の食堂でケイリス、オルディオ、ルインとともに食事を摂り、午後からも仕事に勤しむ。

 それから少ししたときだった。


「ラウノアさん。ちょっといいかしら?」


 本日二度目のお呼びがかかる。振り返ったラウノアの視界には微笑むレリエラがいた。

 一日のうちに騎士団副団長二人から声をかけられるのは珍しい。そう思いながらもレリエラからの用件が分からないラウノアは、世話人に声をかけてからレリエラのもとへ急いだ。


「レリエラ様。お仕事ご苦労さまです」


「ラウノアさんもお疲れさま。学生たちも問題ない?」


「はい。皆さまも仕事を一生懸命こなしてくれています」


「そう。それなら安心ね。オルディオさんが見て指導もしてくれるから彼らにとっていい経験になること間違いないと思うわ」


 その成長を楽しみに思うように微笑むレリエラにラウノアも同じように頷いた。

 それからレリエラはラウノアを促して歩き出す。その歩みの後ろにラウノア、そしてアレクが続く。


 竜の広場が眺められるそこは、今日ものんびり過ごしている竜たちの姿が遠目に見える。冬の寒さにも強い竜だがやはり日向が好きなのだろう、日向ぼっこをしている個体もあれば複数頭で身体を動かし遊んでいる個体もある。

 その様子を微笑ましく見つめてから、ラウノアは前を歩くレリエラを見上げた。


「レリエラ様。どこへ向かわれるのでしょう?」


「実はね、ラウノアさんに会いたいって人がいるの」


「わたしにですか……?」


 世話人や竜使いならばわざわざレリエラがラウノアを迎えにくる必要はない。竜の区域は現在入所制限を設けているとはいえそれらの役職の人物たちは入ることが可能だ。

 となると、それ以外の人物。


(騎士の方? もしかして今朝のこと……? ケイリス様がレリエラ様を使いにするとは思えないし、他には……)


 考えてもやはり今朝の件だろう。そう思い、それならば少し話し合う必要がありそうだと判断しながら歩みを進めた。

 見えてくる竜の区域の入り口。そこにいる見張りの騎士たち。そんな彼らが少し緊張して外部を見張っているように見えてラウノアは内心怪訝とした。


 レリエラの足は竜の区域を出る。ラウノアもそれに続いて区域を出て、待っていた人物に目を瞠った。


「ラウノアさん。あなたと少し話がしたいとのことだから来てもらったの。――第一王女グレイシア殿下よ」


「ごきげんよう、ラウノアさん」


 派手でなくも品良く、背筋を伸ばして微笑む。社交の場で見た姿よりも少しだけ痩せたように見えるグレイシアが、侍女と護衛を連れて待っていた。


 まさかの待ち人。それでもラウノアは慌てることなく、頭に冷静さを残しながらすぐにすっと片膝を曲げて頭を下げた。

 当然のようになされる流れるような動作にグレイシアはその目をまっすぐにラウノアを見つめる。


「いきなりお呼びして、ご迷惑ではなかったかしら?」


「とんでもございません。殿下のお呼びとあらばいつでも馳せ参じる所存にございます。わたしこそ御前に不相応な身なり、誠に申し訳ありません」


「分かっていて呼んだのは私よ。それよりも頭をあげてちょうだい」


 グレイシアの許しを得てラウノアは頭を上げる。


 ライネルが唯一の王子であり、グレイシアは唯一の王女だ。

 その容姿は王妃である母に似ている。濃緑の髪、澄んだ翠の瞳はぱちりと大きく明るく輝く。


 直視することなくグレイシアをうかがっていたラウノアは、その護衛騎士の中にレオンの姿を認めた。その表情は久方の笑み……ではなく、少し眉を下げて困っているような、謝っているようなもので、ラウノアは内心で首を捻る。


 グレイシアが一歩、ラウノアに近づく。後ろでアレクが僅か動くのを感じてラウノアは後ろ手でそれを制した。

 相手は王族だ。一介の護衛が警戒をむき出しに動いていい相手ではない。


「ラウノアさん」


「はい」


 呼びかけて、また一歩距離が縮まる。目の前にまで近づいたグレイシアに少し戸惑いを抱きつつも、足を引くわけにはいかないのでなんとか立ち止まる。

 グレイシアの目がなぜかだんだんと輝きだす。ぐいぐいとそのままラウノアににじり寄る動きにレオンたち護衛騎士が止めに入ろうとすると同時、グレイシアが明るく目を輝かせた。


「その格好からして普段から古竜の傍で古竜の世話をしているのよね古竜は普段はどんな様子で何を食べているのかしら広場にいる他の竜はどんな様子なのやはり竜それぞれに個性はあるのよねラウノアさんはすでに竜の名も性格も把握していると聞いたけれどそれはどうやって把握したの竜の性格とはどんなものなのかしら古竜にはもう乗ったの竜の背に乗るってどんなふうでどんな光景が見えたの竜使いたちが訓練でするような――」


「殿下! 殿下お待ちを! ラウノア様が気圧されておりますから!」


 息継ぎなくまくしたてられた勢いにラウノアは目を瞬く。そんな前で大柄な護衛騎士の一人がグレイシアを止めていた。

 王族の言葉を途中で遮るのは不敬である。しかしどうやら稀ではない様子の護衛騎士とグレイシアのやりとりにはレリエラも喉を震わせている。


 気心知れている関係なのだろうと見て取りながらちらりとレオンを見れば、やはり申し訳なさそうに眉を下げている。今度はそれを見て、納得と心配ないと伝えるためになんとか笑みを浮かべて頷いた。


 護衛騎士に窘められ、グレイシアは少し恥ずかしそうに頬に手をあてている。


「気になりすぎて前のめりになっちゃったわね……。驚かせてごめんなさい」


「いえ。殿下は竜がお好きなのですね」


「ええそうなの!」


 途端にぱっと表情を明るくさせる。

 社交の場では微笑みを浮かべ、大きく表情を動かさない姿とは違うそれには少し新鮮さも抱く。


「子どもの頃からずっと見てたわ。孤高たるその存在はとても眩しくて、翼を広げて空を飛ぶその背に乗って一緒に飛べるなんて素敵だもの。だから竜使いになることが夢だったの。両親には反対されたけれど今でもこの胸の高鳴りはどうしようもないわ」


 好きなのだ。その想いが言葉と表情からあふれている。

 そんな素直さも眩しさも好感を抱かせるもので、ラウノアも自然と頬が緩んだ。


「だからね、古竜が乗り手を選んだと知って、それがあなただと知って、ずっとお話をしてみたかったの。本当はもう少し早くにと思っていたのだけれど、国の危機よりも優先させるなんてできないから、今日レリエラさんに案内してもらったの」


 グレイシアが病に倒れたことは非公表だ。ごく一部の者しか知らない。

 ラウノアはそれを知っている。けれど、表向きは知らない人間の一人だ。だからそう振る舞う。


「ラウノアさん。これから一緒にお茶をいかがかしら?」


「これから、ですか……?」


 いきなりのお誘いだ。

 さすがにラウノアも困惑するが、目の前にはグレイシアの期待に満ちた目がある。グレイシアの後ろには、侍女や護衛の「言っちまった……」と言わんばかりの頭痛を覚えているのだろう表情が並んでいる。それが見えているのもラウノアだけだ。

 従者たちの苦労を感じつつもラウノアも返事に窮する。


(断るのは不敬……。とはいえ、王族からの招待を受けるとなると相応の準備も必要だし、こんな格好じゃ……)


 今の自分は竜たちの世話をするとき用の機動性重視の軽装だ。とてもお茶をするような服ではない。


「殿下。お誘いはとても光栄に存じます。ですが……わたしはこのような格好ですし、後日改めてでは……」


「そうね……」


 ラウノアの断り文句にグレイシアもそっと指を顎にあてる。

 竜の話に目を輝かせ食いついてくる様子であったが話はきちんと通じるグレイシアにどこかほっとしつつ、ラウノアは回答を待った。

 ラウノアの格好を見て、グレイシアはひとつ頷く。


「分かったわ。明日はどうかしら?」


「あ、明日ですか……?」


 準備期間がない。なさすぎる。

 唐突な提案に驚くラウノアの前でグレイシアは先手を打つ。


「これは個人的なもので招待状を送るなんて正式なものじゃないわ。それなら服装に準備をかけることもないでしょう?」


 再び輝き出すグレイシアの目に少々気圧されつつ、ラウノアは明日の予定を思い出す。

 思い出してしまった。タイミングがいいのか悪いのか……。


「……明日は竜の世話も休みの休日です…」


「それならゆっくりお話ができるわ! 明日。明日ね! 待っているから!」


 心底嬉しそうな顔をするグレイシアになんとか頷きを返すと、満面の笑みで喜び跳ねた。そんな様子に侍女も護衛たちも身を小さくさせながら「殿下がすいません」と言わんばかりに何度も頭を下げている。

 ……見えてしまうと、断れない。


 明日の約束をとりつけたグレイシアが「それじゃあね」と淑女らしからぬ喜びを前面に出す様子で王宮へ戻っていく。

 それを見送りほっと息を吐くラウノアの傍へやってきたレリエラが苦笑した。


「いきなり驚かせちゃってごめんなさい」


「いえ。殿下は本当に竜がお好きなのですね」


「ふふっ。ここしばらくは区域の落ち着かない状況や病の流行もあっていらっしゃらなかったけれど、以前はライネル殿下よりも熱心に足を運んでおられたの」


「竜たちをご覧に?」


「ええ。時々世話人たちと世話についてお話なさったりも」


 竜への憧れ。多くの子どもたちも抱くその想い。

 それは王族であろうとも同じで、それを知る機会が傍にあるグレイシアはより熱心に学んでいたのかもしれない。


(とはいえ、思っていない招待を受けてしまったわ……)


 しかし、受けた以上なすべきことはなさねばならない。

 目立たず、平穏に、平凡に。


 レリエラと別れ、ラウノアは終了近い仕事のため竜の区域内へと急いで戻った。






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