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8,いつでも引ける場所にいて

(無駄にしたくない。無にしたくない)


 自分はなにも言えないけれど。それでも、協力というものができるのなら。

 何かを隠していると悟らせておいて、なにも話さないけれど。こんなにも、ひどい女だけれど。


「――……君はきっと多くを背負って、より多くのなにかを守っているんだろう」


「!」


「俺も、側付きも、ベルテイッド伯爵家も。……ただ、それを見せないだけだ。感じさせない、知らせない。だから、少しでも俺がそれに触れたなら、君の力になって、ともに守りたい」


 目の前の柔らかで甘い、けれど強くて揺るがない青い瞳。

 重なってしまう、きっと今の自分と同じ顔をしていただろう人が見ていた、金色の瞳。


『おまえは他人よりも視えるものがある。俺はおまえより力がある。だから俺に手を貸せ。おまえが必要とするなら俺が手になってやる』


 重なる光景。重なる瞳。

 驚いている様子のラウノアの目からこぼれる雫を、シャルベルはそっと拭った。


(ともにいる。ともに背負う。君はそう言うと泣いてしまう。だから思ってしまう。……君は、本当に一人で背負っているんだな)


 小さな身体で。小さな肩にどれほどのものを背負っているのか、自分には全く想像もできない。

 知らない。無理に知ろうとは思わない。話してくれないだろうことも分かっている。


 けれど。それでも――……。


「ラウノア。俺は、なにがあろうと、君がなにを背負っていようと。ともにいる」


 覚悟は伝えた。後は自分の行動だけ。

 だからまっすぐラウノアを見つめる。


 そんなシャルベルの眼差しに、ラウノアは唇を引き結んだ。


(平凡でありたいことも目立たないことも変わらない。――シャルベル様になにも言わないことも。秘密は誰にも教えない。これからもずっと)


 それでもシャルベルは、それでいいと言う。それでもともにあると。


(口にしてしまうことが怖い。全てを変えてしまいそうで。……ああ。()()()もこんな気持ちだったのかな)


 一人で背負って。言いたいけれど言えなくて。

 ただ――生きてほしいと願っていた。


(わたしも、同じなのです)


 また流れてしまう涙をシャルベルは優しく拭ってくれる。そのぬくもりが胸に苦しさをくれる。

 だからこそ、嘘も、なにも言わない選択もとれない。


「……わたしは、まだ分からないのです。シャルベル様をどこまで……信じていいのか」


「ああ」


「迷っているのも、進んでいないのも、わたしだけだと解っています。わたしは……臆病で。ひどい人間だからあなたを利用して……」


「――ラウノア」


 静かで、けれど強い声が制止を与える。そんな声音にラウノアは顔を上げた。

 シャルベルのまっすぐな目が自分を見つめている。自分より大きな手が、剣を握る手が、優しく両の手を包み込む。


「俺がなにも知らないからそう思っているんだろう? だが、それは違う。俺は分かっていて君の傍にいる。だからこれは利用じゃない。――協力だ」


「知っているのはわたしだけです。だから――……」


「なら、なにも言わずに俺を使えばいい。けれど違うだろう? あの男は協力しようとも言った。――君が、そうやって思い悩んでしまうから」


「っ!」


 目を瞠るラウノアにシャルベルは小さく笑った。

 やっぱり気づいていなかったと思いながら、昨晩のラウノアであってラウノアではない誰かの笑みが頭をよぎる。


(あいつはおそらく、ラウノアを大切にしている。俺の背を押したことやラウノアに言っていないことがある点はあるが、好き勝手に動き回っているわけではないはずだ)


 ラウノアを想っているのだろうことはこれまでの行動からも推測できる。それが少し胸に引っかかってしまうのは、今は見ないことにした。


「だから、言わなくていいから、協力しよう。まだ信じられなくていい。俺はいつまでも待つ」


「それは……」


 何かを言いかけて口籠る。そんなラウノアを見つめて答えを待った。

 アレクもどこか警戒しているのだろう。普段よりも強い視線が刺さるのを感じつつも、シャルベルはラウノアを見つめ続けた。


「――……一つだけ、お願いしてもよろしいですか」


「ああ」


「っ……。もしも、協力し合う中で、わたしが何かを隠しているとシャルベル様のように誰かに悟られたら。それが大勢に知られることになったら。そのときは……自分はなにも知らないという姿勢をとってください。そのときまで、わたしの傍にいないでください」


 震えて、けれど強く、シャルベルを見つめて放たれた言葉にシャルベルはきゅっと眉根を寄せた。

 それは、この意思に反する願い。頷くなどできない。けれど、ラウノアの目は頷くこと以外を許さない。


(俺を守るため、か……)


 婚約の解消を願ったときも同じだった。その心は感情とはきっと別のもの。

 嬉しいけれど、胸が痛い。守りたいのはお互いで。だから譲れない。


 解っている。だからシャルベルは少し目を細めて、ラウノアを見つめた。


「――……君が俺を信じられるまでの間、瀬戸際までは粘らせてくれるなら」


「……分かりました」


 まだ少し不満があるというような表情でも出た了承の言葉に、シャルベルは少し切なげにラウノアを見つめた。

 まだ、少し遠い。仕方がないと分かっているけれど。


(そんなときは絶対にこさせない)


 決意を胸に拳をつくった。強く、強く。


 互いの協力関係が三者によって結ばれたことで、改めて状況について話をすることになった。そのときには、ラウノアはアレクを傍に呼んで話し合いに参加させる。

 ヴァフォルは変わらずシャルベルの傍におり、状況の落ち着きを感じたのか飛行しないと分かったのか、その身をのんびり伏せている。


「――……というわけで、これを持って飛ぶことになったんだ」


 改めて、ラウノアはシャルベルからキャンドルの破片に関してギルヴァと話をした内容を聞いた。

 初めて知ることにラウノアはちらりとアレクを見る。アレクもまたラウノアを見つめた。


「アレク。何か聞いている?」


「昨日はガナフとイザナ。でも、出ることが増えるって」


「シャルベル様と協力するからね……」


 しかし、やはり肝心の内容は側付きたちにも言っていないようだ。

 ギルヴァが下した決定ならラウノアは手紙を通して伝えられるか、会うことで伝えられる。側付きたちにはギルヴァが直接告げることもあればラウノアが伝えることもある。しかし、どの程度を伝えるかはギルヴァの判断次第。


(わたしにも皆にも伝えていないということは、やっぱりこのキャンドルもギルヴァ様が気にしているという魔力に関係すること……。今晩会いにいくとして、それまでに――)


 思案するラウノアの傍でシャルベルも思案の顔をみせる。


「ヴァフォルでも追えない、ということだろうが、それでは手がかりが消えてしまうのではないだろうか?」


「――いえ。もしかすると……」


 視線を横にずらしてヴァフォルを見ると、視線に気づいたようにヴァフォルが顔を上げた。


「ヴァフォル。シャルベル様の指示どおりに動いたのね? 追えるだけを追って」


 ラウノアの問いにヴァフォルは肯定の声を上げた。その声が「そうだそうだ!」と訴えるようで、シャルベルは改めてキャンドルの破片を見る。


「つまり……追った結果が竜の区域だということか?」


「おそらくそういうことです」


 そうなると見えてくる道筋にラウノアは僅か深刻な顔をみせる。傍でそれを見つめるシャルベルもまた思案に暮れた。


(この破片が丸薬の製作者に繋がるものだとするなら……。しかしこれはただの蝋の破片。以前の丸薬のように竜の鼻でしか分からないものがあるのか……?)


 ラウノアは病のことをよく知っていた。

 丸薬、病、蝋の破片。なんの繋がりもないこれらがどう繋がるのかシャルベルには分からない。


「ラウノア。こういった蝋を使った品の動きを気にかけたほうがいいだろうか?」


「……町の皆さんもまだ用心しているでしょうが、念のためお願いしてもよろしいですか?」


「もちろんだ。巡回中に気をつけるようにしよう。……だが、形はなににでもなると言っていたからな…」


 次の形が分からない。なにであると特定ができない。それとも蝋の品であると考えていいのか。


(製作者の手から誰かに渡ってわたしのもとへ来たのだとすれば、次がキャンドルという可能性がある。だけどそうなると誰かが店の名を騙ったことになる。製作者自身であるなら、どうしてわたしにこれを贈ったのか分からない)


 絞り込むために。出来ることはなんだ。

 考えるラウノアも眉根が寄る。それを見たアレクがふいに視線を動かしてシャルベルを見た。


「姫様に害意持つ相手。心当たりは」


「いや……。騎士たちの中ではそういう者は減っているからな……。婚約して一年にもなれば周囲もさすがに静かになる。今そういった相手に心当たりはない。それがどうした?」


「キャンドル。香りを出す物。心当たりは」


「香り……? いや。香水の類なら知っているが仕事柄そういうものは付けないからな……」


 言い終えて、シャルベルが僅か眉間に皺を刻んだ。目敏いアレクはそれを見逃さない。

 珍しいアレクからの問いかけを黙って見守っていたラウノアは、アレクの眼差しが一瞬鋭く光ったのを見逃さなかった。


「あるなら言う。判断は姫様が下す」


「いや。これは関係がない」


 睨むアレクと首を横に振るシャルベル。アレクが自分から問いかけた珍しさから見守っていたラウノアは、シャルベルにそっと視線を向けた。

 シャルベルの態度は普段どおりだ。そう言うのならば本当に関係のないことなのだろう。


「いいの、アレク。なんでも無理にお聞きするものじゃないわ」


 ラウノアに制されてアレクは下がる。それを見てから改めてシャルベルを見た。


「物の動きはしばらく監視するとして、人の動きについてよろしいですか?」


「絞り込めるのか?」


「可能性として、ですが。コルドさんが病床から教えてくださった手がかりを使おうと思います」


 かつては丸薬を売る手伝いをしていたというコルド。唯一、丸薬製作者と直接やりとりをしていた彼は病に倒れて亡くなった。

 神殿で治療を受けていたところをラウノアも対面し、そのときに製作者について少しだけ話を聞くことができた。


 そのときのことを思い出したシャルベルは「だが……」とその顔を難しいものに変える。


「騎士団でも建国祭の折にコルドから話は聞いている。製作者から丸薬を受け取っていたという場所はすでにもぬけの殻で、コルドの証言からそれらしい人物を探したが見つけられなかった。周辺を聞き込みもしたが結果は芳しくないと報告も受けている。……できるのか?」


「できます」


 断言するラウノアにシャルベルは僅か目を瞠る。アレクもまたラウノアをじっと見つめた。


(とはいえ、これは前提があっていれば、だけれど……。間違っていれば見つからないだろうから、それはつまり、警戒する懸念ではないということにもつながるということ)


 顔を上げ、ラウノアはシャルベルを見つめた。青い瞳は驚いていて、けれど疑いなど全く見せない。

 だから少し、心が軽くなった。


「人と接触する人を探すのです。悩み相談を受けている。占い。話を聞いて物を渡していることがあれば、その人である可能性が高いです。丸薬のようなことを起こすならばどうしても多くの他者が必要ですから」


「言葉を使って人を誑かす、か……。分かった。怪しい者を探してみよう」


「ありがとうございます。わたしのほうでもできる限りの調べはいたしますので、あまりご無理なさいませんように」


「ああ。二人で調べてみよう」


 優しくて強い瞳がラウノアを見つめる。

 なにも聞かず、言葉を疑わず。シャルベルの姿勢にラウノアは泣きそうな笑みを浮かべた。


「シャルベル様。あなたは……わたしにはもったいない御方です」


「俺にとっても、君は素晴らしい人だ。そんな君の力にならせてほしい」


 微笑みを交わす。優しくて泣きそうな瞬間は、けれど、二人の手を強く握らせた。

 泣きそうなその微笑みは胸を痛める。けれど、心を一層揺るがぬものにしてしまう。


(ラウノア。俺はいつまでも待つ。君の心が俺を信じられるそのときまで)






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