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7,飛ばない原因

  ふうっと息を吐く。土の匂いと草木の揺れる音。門を越えるだけで全く違う世界が目の前に広がっている。


(いつの間にか、安心する場所になったのね)


 煩わしい人間の世のことなど知らない竜たちの場所。慣れた場所。

 足取りも軽くなってラウノアは古竜の竜舎へ向かった。


 ラウノアが出入りしていた当初は、竜の区域へ足を踏み入れる騎士もいた。しかし今、その姿は見かけない。

 騎士から情報が漏れたことで竜使い以外の出入りは制限され、竜の区域は忙しい世話人たちのやり取りの声が通るようになった。

 しかし、そんな竜の区域にも人手の補充が入る。


「学生たちが出入りするようになりました。竜と直接接触しないよう裏方の仕事を主に担ってもらっていますが、竜舎への運搬作業なども頼むことがあるので、ラウノア様も会うことがあると思います。ですが、副団長方の指導がありますので問題はありません。俺のほうからも注意していますので、古竜のもとに学生を近づけることはないと思います。さすがにいきなり古竜は危険が大きいですので」


「分かりました。オルディオ様、ありがとうございます」


「いえ。ラウノア様は他竜舎の手伝いのほうで会うかと思いますのでそのときに改めて紹介しますが、できるだけ他の世話人の近くで作業をお願いします」


「はい。注意しておきます」


 古竜の竜舎で作業中、オルディオからの報告にラウノアはしかと頷いた。


 世話人の人員不足を補ってくれるのは、春に騎士学校を卒業予定の竜の世話人志望の学生たちだ。

 まだ学生であることと竜の世話に不慣れなこと、竜の危険から守るため、学生たちが担うのは藁玉作りや藁詰め、竜がいない竜舎の掃除、竜の食事の準備など竜と直接接触しない仕事だ。

 とはいえ、そんな彼らをいきなり古竜のもとへ寄越すことはない。特別な古竜の世話はそれを任命されたオルディオだけが行えるものであり、乗り手であるラウノアでなければ世話は共同できない。


 ラウノアへ忠告をしてからオルディオはその表情を和らげ、懐かしがるように目を細めた。


「とはいえ、せっかくのこの機会。人も竜も春から少しでも早く慣れることができるよう、彼らにも時には広場を見せるつもりです」


「きっといい刺激になると思います。普段は見られない竜を近くで見られるのは世話人ならではですから。……よろしければ、そのときラーファンを呼びましょうか?」


「それは贅沢ですね。世話人でも滅多と見れないものですから、すれば世話人まで集合するでしょう」


 笑うオルディオに釣られてラウノアも笑う。

 古竜の竜舎は他竜の竜舎よりも離れている。加えて日中は広場で過ごす古竜を見る機会はあるようであまりない。ラウノアが来てから世話人が古竜を見る機会が少し増えたようなもの。


「せっかくのお申し出ですが、注目されても古竜はあまり喜ばないでしょう。お気持ちだけ受け取っておきます」


「ふふっ。そうですね。ラーファンに「なんで呼んだの?」ってちょっと拗ねられそうです」


「ああ、それは想像できますね。最近の古竜は顔を見ていれば感情が読めるようになってきて。こんなことはラウノア様のおかげです」


 人間嫌いの古竜だ。注目されるだけに呼ばれたとなれば不満を見せるかもしれない。想像に易い光景にオルディオとともに笑った。

 アレクが見守る中、ラウノアはオルディオとともに竜舎の掃除に勤しむ。


「オルディオ様も学生の頃から世話人を志していらしたのですか?」


「いえ。俺は騎士志望で、騎士団に入団しました」


 古竜の世話は任されるのも容易ではない。

 現在そこにいるオルディオの経歴にラウノアは驚いた。思わず手が止まってオルディオを見るが、オルディオはなんてことないように続ける。


「父が倒れて体が不自由になりまして。商売をしていたので、実家を手伝うために騎士を辞めたんです。父が亡くなったのを機に商いをやめ、俺は騎士団に戻りました。とはいえ、一度抜けていた体では騎士として復帰するのは難しいのではと考えて、世話人に転向したんです」


「そうだったのですね……。転向は大きな決断だったのではありませんか?」


「いえ。それほどは。世話人になろうというのも存外すんなりと決めることができましたし、今はとても充実しています」


 古竜の世話を任せられるほどの逸材。その根底にある元騎士という立場が世話人と乗り手を繋ぐことができているのだと思うと、なんとも頼もしい。

 そしていつか、そんなオルディオが世話をしてくれている古竜の乗り手として、しかと名乗れるときがくると嬉しい。


 ときに雑談を交えながら仕事をし、一段落した古竜の竜舎を後にして二人は他竜舎へ向かった。

 人員不足の世話人たちは複数の竜舎をかけもって世話をしている。それはオルディオも同じで、古竜の世話が終われば次の竜舎へ向かうのがここ最近の常だ。


 オルディオとともに他竜舎に着けば、そこには世話人に案内されている十名近い学生たちがいた。

 竜舎の説明をしている様子を見て、オルディオも「今は邪魔をしないで行きましょう」とラウノアとともに仕事をしている世話人のもとへ向かう。突然やってきた世話人の制服ではない女性という光景に学生たちは視線を向けつつも世話人の説明を受けていた。


 竜舎の掃除をしながら、世話人たちがラウノアの側へやってくる。


「ラウノアさん。彼らが今回来てくれた学生たちです。事前に副団長方から情報の機密は徹底することを言われてるんで大丈夫だとは思いますけど」


「わたしのことをどうご説明なさったのかご存知ですか?」


「ああ……。そういや、学生たちが竜の区域へ来たときにいきなり質問が飛び出しました。「古竜の乗り手が貴族のご令嬢というのは本当なんですか?」って。副団長たちはその点はなにも言わずで、他竜と同じってふうにしてましたね」


「そんで、オルディオさんが「どの乗り手も竜の大切な相棒であり、立場は関係ない」って。噂は知ってますからそりゃ気にはなってるみたいです」


 国としての姿勢に従うのがロベルトたち騎士だ。竜により近い世話人もそれは同じであり、しかし竜と乗り手に近いからこそ関心もまた向いてしまう。

 世話人を志す学生たちなら一層に関心を抱くだろう。


「ま、俺らも注意するんで、ラウノアさんもできるだけ俺らといてください」


「分かりました。皆さまにまでご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「なに言ってんですか。竜の世話じゃかなり助けられてるんですから、当然!」


「そうですよ! 俺らでお守りします!」


「おーおー、おまえら頼もしいー。シャルベル副団長に睨まれないように気をつけろー」


 感情のこもっていない棒読み、というよりも、今にもけらけらと笑いそうな声が入ってきて一同の視線が向いた。

 世話人と学生がいる中、一人違うその制服は騎士団のもの。そして見慣れたところどころ跳ねた薄茶の髪。


「ルインさん」


 世話人たちも「お疲れさまです」と声をかけるなか、それに応えていたルインはラウノアを見てちょこちょこと手招いた。


「ちょっといいですか?」


「はい」


 ルインから用件とは珍しい。そう思いながらラウノアはすぐに駆け寄った。


 ラウノアが竜の区域へ出入りするようになった頃は案内役兼護衛として同行してくれることが多かったルインだが、ラウノアが竜の区域にも慣れ、好意的な世話人や竜使いも増えたことでその役目から解放された。

 今では会うことも少し減って、ルインが竜の区域へ来たときくらいしか話をする機会もない。そんなルインと久方に会えたことが嬉しくも感じられる。


「どうされましたか?」


 やってきたラウノアと周囲で忙しい世話人や学生たちを見て、ルインはそっと竜舎を離れようと足を広場の方へ向けた。ラウノアもそれに続き、少し離れてアレクも控える中、誰にも聞かれない位置まで足を進めたルインは広場の一点を示す。


「あそこ、副団長とヴァフォルがいるの見えます?」


「はい」


「なんか、ヴァフォルの様子が妙らしくて。飛べって言っても飛ばないとか。そんで、ラウノアさんがここ最近のヴァフォルの様子で気になったことがないか聞きたいから、来てほしいそうで」


「飛ばない……。分かりました。行ってみます」


 ラウノアの竜に対する観察眼と、古竜とともに広場に入って他竜の様子を見ていることを知っている竜使いたちは、時折そうしてラウノアに相談をもってくる。気づいたことは竜の日誌にも記すので、必然乗り手はそれを目にする。

 日誌にいろいろと書き出した当初は竜使いから質問をされることも少なくはなかった。


 今回のシャルベルも同じらしい。気になる事態なので、ルインに礼を言ってラウノアはすぐに広場へ向かった。

 向かいながらシャルベルとヴァフォルの様子を確認する。シャルベルはヴァフォルを前に立っているが、ヴァフォルはなぜか翼を広げて落ち着きなく動いている。


(ヴァフォルが何か拒んでいる……?)


 そう見える光景に一層心が急く。走って向かえばヴァフォルがすぐに気づいて顔を向ける。その動きでシャルベルもラウノアに視線を向けた。

 ヴァフォルの乗り手たるシャルベルの傍に来て、ラウノアは呼吸を整えた。


「ルインさんからお呼びとうかがい参りました。……ヴァフォルの様子が妙だと」


「ああ」


 シャルベルの頷きを受けて、ラウノアはまずヴァフォルを見上げた。

 竜の広場であっても竜舎から見える位置にいるとヴァフォルも甘えてはこない。今もそう。けれどその目はまっすぐラウノアを見つめ、なぜか不満そうな光を宿している。


「いつからヴァフォルはこの様子に?」


「……いや。原因らしいものは分かっているんだ」


「?」


 シャルベルが少し眉根を寄せてヴァフォルを見つめている。そんな様子にラウノアはさらに怪訝とシャルベルを見つめた。


 相棒の様子がおかしいその原因が分かっているなら、乗り手であるシャルベルはその対処も心得ている。だというのにわざわざラウノアを呼んだその理由が分からない。

 首を捻るラウノアの前でシャルベルは周囲に人がいないのを確認し、それでも誰にも聞こえないようラウノアに一歩近づいて、声をひそめた。


「これだ」


 そう言って制服のポケット、手巾に包まれたものを取り出す。布を捲って見えた破片にラウノアは息を呑む。


 それは、ラウノアへの贈り物としてジェラ領の店が送ってきた、キャンドルの破片。

 思わずシャルベルを見て口が音を紡ぐ前に、咄嗟に止めた。


「昨夜、ある人に指示されたんだ。――これを持ってヴァフォルに乗り、追えと命じろ。と。それでそれを実践してみた」


「それで……?」


「ヴァフォルは飛んだ。だが、王都の空を飛んでから結局ここへ戻ってきた。それからは追えと言っても頑として飛ぼうとしない」


 指示と結果にシャルベルも思うことがあるのか、顎に指をそえて思案している。そんな様子を見てラウノアは思わず額に手をあてた。


 間違いなくギルヴァの仕業だ。

 シャルベルに協力を要請したとは聞いていた。だが、このキャンドルに関しては聞いていない。


(いつもならこういった報告はお互いにきちんとするようにしているのに。……これもギルヴァ様の個人的懸念に関係してるのかしら)


 製作者を見つけるために調べ物をシャルベルにさせるのかと思っていたが、どうにも自分だけが知らないことがある様子。

 頭痛を覚えるラウノアを見て、シャルベルはどこか心配そうな顔をみせた。


「大丈夫か? ……ここでするべき話ではなかっただろうか?」


「いえ……。驚きましたが、教えてくださって感謝します」


「報告は二人にと言われたからな。ラウノアもそのつもりだと思っていたんだが……」


「……申し訳ありません。初めて聞きました」


 シャルベルは目を瞬き、ラウノアはギルヴァに言いたいことリストに加える内容を増やした。けれどすぐ、息を吐いてシャルベルを見上げる。

 ラウノアからのまっすぐな目にシャルベルもすっと口を閉じる。その目は彼女がときに見せる、強い目。


「シャルベル様。本当に、関わるおつもりですか?」


「ああ。……それを、君が望まないのは分かっている。だが俺の心は変わらない。俺の命まで背負わせるなら、俺は君をその秘密ごと守る」


 側付きたちは見定めながらも好意的だ。ギルヴァはシャルベルがそのつもりならとこちら側に引き寄せた。

 自分は――……。


(――怖い。いつかシャルベル様をどうにもならない状況に追い込むかもしれない。望まなければと、思うかもしれない)


 母もこんな想いだったのだろうかと思う。それでも母は父を選んだ。

 笑い合って、愛し合って。そんな二人は記憶にあって今も父の心にある。


 愛情をくれたトルクからの手紙を思い出す。

 だからぎゅっと拳をつくった。






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