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6,久方の視線の嵐

 トルクからの手紙の返事はゆっくり考えることにして、ラウノアは予定どおりに竜の区域へ向かった。

 いつものように馬車を降り、騎士団棟のさらに奥にある竜の区域への入り口に向かう。その最中に感じる視線にラウノアはそっと視線を向けた。

 馬車を降りればそこから竜の区域までは歩くことになる。それはいつものことで、視線を感じることも竜の区域へ来たばかりの頃に比べればなくなっていた。けれど今、それがある。


 ラウノアが通る道の近くに鍛錬場はない。あるのは騎士団棟と誰もが通る道だけ。

 その道を歩く騎士たちから視線を感じるのだ。


(皆さまの顔を憶えているわけではないけれど……。ここへ来たばかりの頃みたい。それに、騎士の制服じゃない方もいる)


 制服じゃない人々はどこかまだあどけない。ラウノアよりも年齢は下だろうと見受けられる。

 あからさまにラウノアを見て驚いた顔をする者も多い。


(……。ああ、そうか。新しく転属になった騎士や騎士学校の生徒ね)


 だからかと一人納得したラウノアは、それでも気にする様子を見せずに進んだ。

 竜の区域までもう少し。そんなとき、不意にラウノアは身体を引かれた。


 後ろへ倒れそうになっても腕を掴んだその人は支えてくれる。体勢を整えてからラウノアは目を向けた。ラウノアの腕を取ってすぐ隣に立つアレクが前方に鋭い視線を向けている。


「騎士でない女性とお見受けしますが、誰の許可を得てここに立ち入りを?」


 歩く先に立ちはだかる男性がいた。騎士の服装から騎士団の人物であるとは分かるが、ラウノアに向ける視線は不審者に向けるものと同じ。

 体格もよく、アレクは警戒しているがまだ剣に手は添えていない。


(敵意はない。ただ怪しんでいるだけ)


 アレクの仕草からそう読み取ったラウノアはそっとアレクを一歩下がらせ、男性をまっすぐ見つめた。


「わたしは、ラウノア・ベルテイッドと申します。騎士団への立ち入りはすでにロベルト騎士団長よりいただいております」


「団長から? 失礼ながら、用件はなんでしょう」


 問われ、刹那迷った。

 古竜の世話のため。そう言うのは簡単だ。しかし、ラウノアを古竜の乗り手として紹介するつもりがないことはシャルベルから聞いているし、新所属となる騎士たちは竜の区域への立ち入りが認められない。

 それになによりも、人員不足解消についてシャルベルが話してくれたときのことが頭をよぎる。


「それはわたしの口からは申せません。ロベルト様にご確認ください」


「言えない理由で来ていると? ……なぜ門番はこんな女を入れたんだ」


 アレクの手が剣に伸びる。目敏くそれを認めた騎士が同じ動作に入るのを見て、ラウノアはすぐにアレクの手に自分の手を添えた。

 騎士の警戒は当然のものでもある。見知らぬ、しかも騎士でもない女が出入りしていれば詰問するのは当然の行動。しかしラウノアは、まだ、それに応えることはできない。


(シャルベル様が新所属騎士に情報を与えないと言ったのはたぶん、間者を警戒しているから)


 ウィンドル国は他国にはない、唯一、竜が存在する国。だからこそ新しい人間には当初警戒してしまう。

 騎士団に出入りする。そのための心構えを認識し直しつつラウノアは周囲を確認した。


 周りに騎士の姿は見えない。そもそもラウノアには見知った騎士が少ない。竜使いはほぼほぼ知っているがそもそもに数が少ない。世話人は竜の区域外で出会うことが少ない。

 こうなったらシャルベルかレリエラを呼んでもらうしかない。そう思ったとき、アレクの視線が動いた。


「何してるんですか? こんな美しい女性を睨んじゃって」


 落ち着いた声音はどこかふわりとした軽さをもっている。そんな声に釣られて見れば、制服を着た騎士が一人、微笑みを浮かべてやってくるところだった。

 金色の髪の下の容貌は整っている。どこか柔らかで、けれどその目はしっかりとした光をもっている。


 そんな騎士の登場に、ラウノアを睨んでいた騎士も肩から力を抜いた。


「イレイズか。騎士じゃない人物の出入りがあったんでな。情報はどこから漏れるか分からないから詰問中だ」


「ああ、なるほど。でも……たぶんそれ、大丈夫ですよ」


 もとより騎士と知った仲なのか。気さくに言葉を交わしながら、イレイズと呼ばれた騎士は柔らかなその視線でラウノアを見つめた。

 イレイズの言葉に騎士は首を捻る。それが分かっているのか、イレイズは調子を変えずに続けた。


「騎士団に、それもこの奥に向かってたってことは目的は竜の区域。そこに行く騎士じゃない女性。――なんて、例の噂の古竜の乗り手のご令嬢でしょう?」


「まさか……。竜の世話なんて貴族のご令嬢がするわけ――……」


「違った? 美しいお嬢さん?」


 病の流行時に古竜の乗り手が貴族令嬢ということは民にも知られたことで、騎士団に出入りしていることから関連付けることはできる。そう思わなかった理由は貴族令嬢という先入観。

 ラウノアは納得しつつイレイズの微笑みを見返した。


 紹介はしない。名乗る必要もない。シャルベルにそう言われていようがバレるのは分かっていたことで、シャルベルとては隠し通すことはできないと解っているだろう。

 それでもラウノアに出るなといったのは、きっと、シャルベルなりの想いがあるから。


「竜とその乗り手については特に厳重な情報として扱われると聞きます。竜に関するその質問には、わたしはどの立場でもお答えすることはできません」


「情報に関しても徹底してる様子。心配なら俺が案内しますから」


 イレイズと呼ばれた青年の提案に男は数秒の思案の後、頷いた。それを受けたイレイズがラウノアに視線を向けて微笑む。


「じゃ、行きましょうか」


 男性騎士に礼をしてラウノアも歩き出した。


 一人で歩くよりは騎士がいることで声をかけられることもなくなる。それはありがたいが、その相手がどうやら同様に転属してきたらしい騎士であるというのは少々複雑なものだ。

 しかしどのみちあの男性騎士やイレイズの口から話は広まるだろう。こういった好奇の視線は最初のうちだけだとすでに学んでいる。あまり望むものではないけれど。


「自己紹介が遅れましたね。俺はイレイズ。砦からこっちへ転属になりました」


「ラウノア・ベルテイッドと申します」


「古竜の世話はご自分でされてるんですか?」


「……。なぜ、すぐにわたしがそうであるとお気づきになれたのですか?」


 噂になった。だからというのは解る。

 しかし先程の男性騎士のように、その貴族令嬢が自分で世話をしているなど、貴族令嬢という先入観が邪魔をしてしまいそうなものだ。


 しかし、問われたイレイズは爽やかに笑みを浮かべてラウノアの隣を歩く。


「噂も興味深かったんですけど、騎士団へ来てからもずっと気になってて、実は皆にいろいろ聞いてみたんです。情報管理が厳しくなってあんまり教えてもらえなかったんですけど、「世話に来るから分かる」って聞いて。それであなたを見てああこの人なんだなって」


「元から興味があったのですか?」


「そりゃもう。なにせ、建国から生きる伝説の竜の乗り手ですから」


 興味に駆られる者というのは多い。イレイズもそうかと分かって少しだけ肩の力が抜けた。

 こういう反応をされるのは古竜の乗り手だと判明して以来かもしれない。王都の外でなら何度でもこういった反応をされるのだろうがそれも仕方がない。


 ラウノアが古竜の乗り手だと判明してからあった反応は二つ。一つは好奇心、一つは妬み。

 どちらにしろ目立ってしまうものなので困ってはしまったが、後者は視線が居心地悪く、前者は少し交流を深めることができれば親しくなれる可能性があった。それで築いたのが今の世話人や乗り手たちとの関係だ。


 ラウノアは隣を歩くイレイズをちらりと見遣る。


「……竜にご興味がおありですか?」


「はい。とても。――ああ、ですが、俺は間者などではありませんので。単純に、とっても個人的な知的好奇心によるものですのでご心配なく」


 安心させるような大袈裟で芝居がかった様で頭を下げる。けれど、その下にあるどこか子どものような無邪気な笑みにラウノアは小さく口角を上げた。


「イレイズ様は、竜使いになりたい夢がおありなのですか?」


「騎士になる者のほとんどが持つ夢でしょう? といっても、こればかりは竜が選んでくれるかですから俺らじゃどうにもならないのが難しいものです」


 騎士の中で竜使いになれるのは、ほんのごく僅か。狭すぎる門を突破できるかは己の能力でも努力でもない、竜が選ぶかどうか。

 そしてその基準は誰にも分からない。だからこればかりは運次第ともされる。


「ラウノア様はなんだと思われます? 竜が乗り手を選ぶ基準は」


「なんでしょう……。古竜がわたしを乗り手に選んだ理由も分かりませんので、わたしにはさっぱり」


「ははっ。まあ確かに皆驚いたことですから。古竜は誰も選ばないってどこかで皆が思ってたんですよね」


 英雄王を乗せたと言われる古竜。初代国王を乗せた竜が次に誰かを乗せるとなると、それこそ偉大なる王が誕生するときだと誰もがそう思って、だから古竜が乗り手を選ぶということを無意識に考えていなかった。だからこその衝撃が生まれてからもうすぐ半年が経つ。

 長いような短いような時間の経過にラウノアは少し息を吐いた。


「竜にも興味はありますが、ラウノア様にも興味がありますよ?」


「わたしにですか?」


 にこりとした笑みに少々きょとんとしてしまう。古竜の乗り手という以上に騎士団で興味を持たれたことはない。

 そういう場だからそれは当然なのだが、社交の場でもこうも気さくで軽い人と話すことはあまりないので、こういう相手は珍しく思ってしまう。


 そんなラウノアの側で、イレイズはなにやら真剣に考えるような仕草を見せると、ずばりと言いたげにラウノアを見た。


「好きな男性のタイプとか! あ。なんなら好きな食べ物や趣味でも結構ですよ?」


 ……頭に浮かんでしまう。女性たちの集まりである茶会の場で交わされてきた質問の嵐。


『シャルベル様は普段どんなことをされておられますの?』


『竜に乗るお姿を拝見することなどあるのかしら?』


『お二人は一目惚れなのでしょう? あのような方に一目惚れされるなんて羨ましいわあ……!』


 きゃあきゃあと自分を置き去りに盛り上がる年頃の令嬢たち。中にはシャルベルを狙っていた令嬢もいただろうに、盛り上がり方は違えど置いていかれる最後はだいたいが同じだった。


 好きな異性だとかタイプだとか、生憎とラウノアはそういう話に縁がない。

 嫌いなわけでもなくこれまで縁談話がなかったわけでもない。ただ――こういう未来を想定していなかったから。家のために婿を選ぶ、そう思っていたから。


 一瞬目が遠くなりつつも引き戻し、ラウノアはイレイズの問いに微笑みを返した。


「申し訳ありません。わたしには婚約者がいますので、そういった質問の答えは避けさせていただきます」


「おや、残念です」


 少ししゅんとした顔をさせてしまうのは心苦しいのだが、イレイズから誰かに、誰かからシャルベルの耳にでも入ればよろしくない。なので答えられない。


 答えられる程度の他愛ない話をしていれば竜の区域入口まではあっという間。門が見えてラウノアは足を止めた。


「送ってくださりありがとうございました」


「いえいえ。もし今度もああいったことがあればいつでも言ってください」


「ありがとうございます」


 ひらりと手を振ってイレイズが去っていく。感謝を抱いてそれを見送り、ラウノアは門の警備騎士に挨拶をして区域へ足を踏み入れた。






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