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5,贈り物と充分な一言

「それにほら。今回は魔力絡みですから。やっぱり気にされているんじゃないでしょうか? 丸薬の魔力がどれほど強いのか分かりませんが、もしそこそこならあの方の知り合い――……なんてことはありえませんね」


「そうね……。そんな人はもうどこにも――……」


 解っている。口から出かけて否定したイザナにラウノアも頷き、そして、がばりと手紙に視線を戻した。

 突然のそんな様子にイザナは「お嬢様?」と首を傾げる。その声を聞きながらもラウノアは食い入るように手紙を見つめた。


(魔力絡みだからギルヴァ様がこれほどご自身で動こうとされるのも解る。どうして気づかなかったのかしら。……丸薬は竜使いの命すら奪った物だったのに)


 他者の魔力が身の内に入ることで身体が蝕まれる。それが病の正体であり、呪い。

 しかし、その呪いが効力を発揮するには条件がある。


(入り込んだ魔力が弱いなら、竜に選ばれた竜使いたち自身の魔力が捕食できたはず。それができなかった)


 それが入り込んだ魔力の強さ。だから、多くの人の命を奪った。


 ギルヴァからの手紙の文字を追う。シャルベルと協力したという衝撃で続きが止まってしまっていた。

 急いで文字を追い――見つけた。


『今回絡んできてる魔力に関しては俺なりに調べる。少し気になることがあるから、詳細は今度会って伝える』


 その文言に目を瞠った。


(やっぱり……。ギルヴァ様は何かに気づいてる。だけど確証がないから、それをはっきりさせるためにシャルベル様に協力を頼んだのね)


 ラウノア自身が拒んでもギルヴァは独自に調べる、もしくはシャルベルに協力させて調べるだろう。

 まだ分からないことが多い。けれどギルヴァの動きだけは少し分かって、ラウノアは息を吐いた。


「お嬢様。どうかされましたか?」


「大丈夫。あとでガナフたちを呼んでもらえる?」


「分かりました」


 まだ、ギルヴァが何を感じているのかは分からない。けれど側付きたちにも心構えをさせなければいけない。

 魔力に関することを知っているのは、唯一ギルヴァだけ。それに絡んで何かが起こるなら、きっとギルヴァは動く。そういう確信があるからこそラウノアは手紙を見つめた。


「今夜にでもお会いできるかな……」


 ギルヴァに何か懸念があるのなら、早期にそれを知っておきたい。

 今回起こった事に関しては誰よりもギルヴァが推測を立てやすいだろうし、考えも多く浮かぶはずだ。


 ふっと小さく息を吐いたとき、イザナの視線が扉に向いた。同時に扉が開けられる。


「お嬢様。クラウ様がお呼びにございます」


「分かった。すぐに行くわ 」


 今日は竜の区域へ行く予定だ。その前になんの用だろうかと思いながら、ラウノアはガナフとともにクラウのもとへ向かった。






 現在の王都ベルテイッド伯爵邸では、ベルテイッド伯爵の三人の子どもが過ごしている。

 伯爵夫妻と先代伯爵は領地へ戻り、現在は領地運営の仕事中だ。本来はもう少し早くに戻る予定であったのだが、ラウノアが古竜の乗り手に選ばれたことと病の流行によりその予定が遅れてしまった。

 ぎりぎりまで傍にいてくれたことに嬉しさを感じ、仕事で忙しいだろうから身体には気をつけてほしいとも思う。


 なので、現在は社交期を終えた屋敷の姿となっている。

 そんな屋敷の一切を預かるのは次期当主であるクラウだ。使用人のことやベルテイッド伯爵から任される仕事をこなしている。クラウも跡取りとして大変なのは、次期領主として育ったラウノアにも理解できる。


 そんなクラウに呼ばれ、ラウノアがガナフを先導に向かったのは談話室だった。


「クラウ様。お呼びとうかがい参りました」


「ああ。これが用件だ」


 すでにソファに座って待っていたクラウはその視線をテーブルに向けた。それにつられてラウノアもそこに視線を向ける。

 テーブルに置かれている大きな箱。一人でもなんとか持ち上げられそうな大きさだ。


 なんだろうと思うラウノアがテーブルに近づけば、すでに封を開けられた箱の中身が見えた。


「……本?」


 詰められているのか、表紙が箱の中に見える。

 なぜ本がこんなにも箱に詰められているのか。分からないラウノアの側で、立ち上がったクラウが箱から本を一冊手に取る。


「先程届いたものだ。これらは全ておまえ宛てに贈られてきた」


「わたしに? どちら様からでしょうか?」


「トルク叔父さんだ」


 その名前に目を瞠った。クラウが差し出す本に反射的に手を出せば、とんっと重みが手に伝わる。心地よいような、懐かしいような、不思議な感覚がラウノアの胸を占める。

 そっと視線を落とせば、いつか見た記憶があるような本の題名が映る。同時に思い出した――今はもう懐かしい書庫室で、父が隣に座って読み聞かせてくれた記憶。


 言葉を失うラウノアの珍しい様子に驚くことなく、クラウは箱に視線を向ける。


「カチェット伯爵邸を整理中、役人が回収しないと言った本をすべておまえに贈ると。もともとはおまえの物になるはずだったものだ、正当な人物に渡すのが道理だと」


「……父が…」


「正式な記録になるようなものは全て回収される。残ったのは変哲もない物語や専門書、日記などだと手紙に書いてあった。……受け取るか?」


 カチェット伯爵邸の書庫。小さかった頃はそこに出入りして、父がよく本を読み聞かせてくれた。

 竜の話。英雄の話。お姫様と王子様の話。どの本も父と楽しく読んだのを憶えている。箱に入った本の表紙も憶えのあるもので、泣きそうなくらい、胸を苦しくさせる。

 鮮やかに脳裏に浮かぶ、懐かしい日々。


「――はい。受け取ります。全て」


「分かった。部屋に運ばせる」


 クラウがちらりと使用人たちに視線を向ける。

 本が多く入っていれば重い箱だ。数名の使用人が協力して箱を持ち上げ、部屋を出ていく。


 それを見送ったクラウは箱の傍に置いてあった封筒を手に取り、ラウノアに差し出した。


「トルク叔父さんからの手紙だ。どうせ、お互いに手紙なんてしてなかったんだろ?」


「……はい。出していいのか、迷ってしまって……」


「考えすぎだ。これはおまえが好きにしろ」


 封筒を受け取る。トルクの字を見るのが懐かしくて、胸が締め付けられる気がした。

 本と手紙を大切に持つラウノアを見て、クラウはそっと視線を逸らす。きっと今の表情なんて見られたくないだろうから。


(実の親子だというのに、なんともお互いに遠いものだ)


 そうなるとラウノアはきっと解っていただろうし、それは叔父も同じだろう。

 いつからか交わらなくなってしまった親子の道。それでも――この二人はよく似ている。


 ただなんとなく、妹の頭をぽんぽんっと軽くたたく。どうしたのかと上げてくる視線にはなにも答えないことにした。


「今日はこれから竜の区域へ行くんだったな。世話のために出入りするのは構わないが、体調管理はきちんとしろ。休日明けだからといって張り切りすぎるなよ」


「はい」


 せかせかと古竜の世話をするラウノア、頑張っているのは知っているし、好ましい努力だと思う。しかし、頑張りすぎるのは心配でもある。

 クラウのつんとした声音にラウノアは笑顔で頷いた。






 トルクからの本を自室の書棚に並べた。空きが多かった書棚に並ぶ懐かしい本の数々に自然と頬が緩んだ。

 カチェット伯爵邸にあった本の多くをラウノアは読んでいる。しかし、トルクから贈られた本の中には見慣れないものもいくつかあった。

 一冊ずつ確認して、知らない本を頭に入れる。今後読もうと考えながら、まずはトルクからの手紙を読むことにした。


 椅子に座り、封を開ける。

 ギルヴァとの手紙とは違う、妙な緊張を感じて手に汗が滲む。無意識にふっと息を吐いて意を決するようなラウノアを後ろでイザナが見守っていた。


 ぱらりと開いた便箋にはトルクの字が綴られている。その一言をゆっくり読んでいく。


『ラウノア嬢。元気にしていますか?』


 どこか他人行儀な言葉から始まった手紙。その言葉が今の距離を痛感させて胸が痛む。

 震えながら書いたのか、最初の文字の線が少しぶれている。書いたトルクの姿が容易に浮かんで、ラウノアは歪に笑みが浮かんだ。


『あの一件以降、ターニャたちとは一切連絡をとることも会うこともありません。私は今、王家直轄地となったジェラ領で役人として働いています。準備と引き継ぎの期間を経て、今は問題もなく領地運営も進んでいます。準備期間中には屋敷を片付け、伯爵家の記録や領地のことなどの書類や書物は全て王城が保管することとなりましたが、そうでないものは自由にしていいとのことでしたのであなたにお譲りします。きっと、そうするべきだと思うので。私は今後ジェラ領を把握しているということで、その役所で働くことが決まりました。ルフが守ってきたものを壊してしまった身として、今後は形を変えるジェラ領のために尽くしていきたいと思っています』


 続くにつれ、手紙の文字は歪んでいなかった。連絡事項に緊張はなかったようだ。だからラウノアもその言葉をすらりと読むことができた。


 トルクがどうしているのか、気にしなかった日などない。けれど思い切って手紙を書く勇気がなかった。

 忙しいかもしれないと思ったのも本当で。――トルクが自分を恐れていたのも知っていたから。


(父様は今後もジェラ領で過ごすことになったのね……。よかった。貴族ではなくなったからきっと平民としてだろうけれど。でも、元気でいてくれれば)


 それで、充分だ。

 ほっとして。今も父の胸にある想いに泣きそうになる。


『ラウノア嬢はギ―ヴァント公爵子息様と婚約したと聞きました。おめでとうございます。あなたならきっとこなしていけるでしょう。私はそう思います。……あなたは充分な素養を持つ人です。母親に似てしっかりとしていて、優しい人です。――どうか、幸せになってください』


 たった一言。その一言が、溢れんばかりの想いを伝えてくれた。


 たくさんのものを背負って、押しつぶされそうになって。

 それでも、守ってくれた人。幸せを願ってくれている人。


(自分の幸せを選んだことは失敗だったと思ってた。でも、そう思いたくない)


 たくさんの人が願ってくれていると知っている。父が。家族が。側付きたちが。友が。

 間違いだったと思った。間違いにさせたのは自分だった。


『僕は、カチェット伯爵家よりも、ラウノアが大事だから』


『ラウノアには幸せになってほしいからな』


『おまえが、おまえの幸せを考えてした決断を早々に取り消すな』


 皆がくれた言葉が耳に蘇って、ラウノアはそっと瞼を閉じた。






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