2,不審な贈り物
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竜の世話人たちはこれだけの多忙な中でもしっかりと休日をとり休んでいる。その方針は騎士団長ロベルトの意向であり、騎士たちも忙しくともしっかりと休みをとっている。
シャルベルのように休日出勤しようものなら「来るな!」と騎士団棟から追い出されてしまうほどに、ロベルトの部下への勤務体制は徹底している。
そしてその指導は、古竜の乗り手となったラウノアにも適応されている。ラウノアは当初毎日でも通うつもりであったが、ロベルトから休日を作るよう言われ、今は休日を事前に明示するようになっている。
いつものように朝食を終え自室へ戻る。今日は竜の区域へは行かない休日だ。
休日の古竜の世話はオルディオが担ってくれている。逆にオルディオが休みの日はラウノアが担う。二人の休日は重ならないように調整されている。
部屋に戻って少し、ラウノアが自室で寛いでいると部屋の扉がノックされガナフが入室した。
「お嬢様。お手紙とお荷物が届いております」
「拝見するわ」
室内に入るガナフがそのまま扉の前に控えていたアレクも招き入れる。それを少し不思議に思いながらも、ラウノアはガナフから数通の手紙を受け取り差出人を確認した。
どの人物も知った相手だ。ベルテイッド伯爵夫人を通じて交流を持った家の夫人や令嬢たちの名に、ラウノアは微かに笑みを浮かべた。
(皆さんを心配させてしまったけれど、こうして手紙をくださるのは嬉しい)
社交の場でもよく話しかけてくれる人たちだ。同じ年頃の令嬢たちは友人で、シャルベルとのこともよく聞かれる。
少し困惑することはあるけれど、そういった友人はベルテイッド伯爵令嬢となってから増えた繋がりだ。
一度開けられた手紙を開けて、便箋を確認する。誰もが同じように噂に関して心配してくれ、払拭に助力すると書いてくれている。その文字を追って胸があたたかくなる。
けれど、いいことばかりがあるわけではない。
「――…今回はどれくらい逆の手紙があったの?」
「不明は三通ほど。贈り物が一つございました。すでに処分しております」
「分かった。伯父様の気分を害してしまうわね。申し訳ないわ」
「突き止めますか?」
「……いいえ。これくらいならしなくていい」
伏せがちの目で答えるラウノアに、ガナフも「承知いたしました」と恭しく頭を下げた。その後ろではイザナの怒った表情が見えてラウノアは困ったように笑った。
悪い的になってしまった。だからこれも想定内。
反撃はしない。余計な波風はたてない。
「お嬢様。こちらの贈り物なのですが……」
少し戸惑った様子でガナフが机に置いた箱に視線を向けた。
片手に乗るより少し大きい箱だ。小さな置物でも入っているような箱は可愛らしくリボンが結ばれている。リボンにはカードが添えられており、ラウノアはそれを手に取って贈り主を知った。
「この店……」
「はい。送り主はジェラ領都にある店となっております」
思わぬ相手にラウノアも驚かされた。
ジェラ領は生家であるカチェット伯爵家が治めていた領地だ。その領都は両親とともに出かけたこともある。だからこの店も知っており馴染みもある。
しかし、ラウノアは怪訝と首を捻った。
「……何も頼んではいなかったはずだけど」
「はい。カードには『お嬢様の御心が安らぐように』と」
「病の流行で流れたお嬢様の噂のことでお嬢様が気に病んでおられるだろうから、お慰めにってことでしょうか?」
考えながらイザナが紡ぎ出す言葉には傍にいるマイヤも納得の表情を見せた。
しかしガナフの目はどこか険しく、ラウノアもすっと顎に指を添えた。
「――それは、妙だわ」
「え?」
イザナとマイヤの視線の先でラウノアはどこか厳しい目をして贈り物の箱を見ていた。その眼差しに二人は妙に嫌な予感を覚える。
「あの病の広がりは王都でのみ。ジェラ領にまで広がってはいないし、噂も同じ」
はっと息を呑む音が室内に聞こえる。それを感じつつも、ラウノアはちらりとガナフに視線を送った。
妙に緊張感の漂う室内にアレクもすぐに警戒を見せながらガナフの傍に近づき、すっと腰の剣に触れる。
これまた一度開けられた形跡のある箱を、ガナフがそっと開ける。リボンが解かれ箱が開けられる。
その中で丁寧に包まれているのはキャンドルだった。
見るからに危険な物、ではなかったことにマイヤから少し力が抜ける。イザナは警戒しつつ箱を覗き込み、入っているのがそれだけだと確認した。
「カードの内容からみてもおかしなものではないですね……」
処分が必要だと早々にガナフが判断していればここに持ってこられることはない。そうではない中身はラウノアの判断による。
マイヤがほっと息を吐きながらこぼす。イザナも少し緊張が解けたような顔をする中、アレクはじっとそのキャンドルを見つめた。その視線をラウノアに向ける。問うてくる視線にラウノアは静かに首を横に振った。
――カードの言葉どおりのものであるならそれがいい。けれど直感が訴える。
「――触れちゃだめよ」
その制止は室内を再び緊張で包んだ。
静かだが毅然とした声音にイザナやマイヤの視線はラウノアに向き、ガナフも表情を引き締める。アレクも僅か眉を寄せて剣に触れる。
許可あればいつでも壊す、という意思表示にラウノアはそれを制して、キャンドルに手を伸ばした。
「お嬢様っ……」
「大丈夫。だけど、皆は触れないでね」
箱から取り出した片手に乗るほどの小さなキャンドル。壊れないよう梱包された中から取り出せば傷ひとつないことが見て取れた。
色のついた蝋は美しい花の形。見るだけでも和むだろうそれだが、見ているラウノアの表情にその様子はない。その細い指がそっと蝋に触れ、すっと瞳に光が宿る。
(丸薬にちゃんと触れたときと同じ感覚。……『質』はまだわたしには分からないけれど、感知はできる)
丸薬に触れたときは少しの違和感でしかなかった。だが今は、触れてきちんとその正体が分かる。これも訓練の成果かと思うと少しでも前に進めていると分かって嬉しさも感じる。
けれど、まだその詳細は自分には読み取れない。できるのは、自分の魔力を操作することと魔力を感知すること。その訓練もまたギルヴァに会えていないことで止まっており自主練習をするしかない。
危険かもしれないキャンドルに触れたままのラウノアに、たまらずマイヤが声をかけた。
「お嬢様……」
「大丈夫。だけど、皆は念のためこれには触れないで。たぶん、香りによって沁み込んでいる魔力が放たれるのだと思うけれど。――移ってしまうかもしれないから」
その一言にガナフたちもその正体を察し表情を引き締めた。
「この店はわたしも憶えてる。だけど、店にこんなものは並んでなかったはず……」
「何者かが騙ったと……?」
ガナフが慎重に放つ言葉にマイヤも小さく息を呑む。その傍でイザナはすぐにラウノアを見た。
「店に手紙を出してすぐに確認を――……」
「名前は使われた可能性が高いわ。だってこんな特殊な物、どこにでも売っているものではないもの。……丸薬と同じかもしれない」
「丸薬を作った奴が、わざと姫様に送ってきた」
「なおさら敵です! 突き止めて丸薬のこともこれも洗いざらい吐かせてやりましょう!」
拳をつくっていきり立つイザナにラウノアは少し緊張がほぐれた。
持っていたキャンドルを机に戻し、少し考える。
(『質』はギルヴァ様に確認をお願いするとして……。仮にこれが仮定と合致しているなら、どうしてわたしにこんなものを送ってきたのか。噂に便乗した? 病の治療に関してわたしが動いたことは誰も知らないはずで――……)
そう考えて、一人の例外が頭に浮かんだ。
浮かんで、唇を噛む。
「皆、落ち着いて。まだこれが丸薬製作者からの物だとは決まってないわ。どこかから入手した誰かがわたしへの嫌がらせに送ってきたのかもしれない」
「この店ならお嬢様がおかしく思わず開封すると狙ったってことですか? でも、キャンドルで嫌がらせなんて……」
「お嬢様。ならばなおさら、これがどういう物であるのか相手は分かっていたのでは?」
眉を寄せて怒りを見せるイザナと、険しい表情のガナフ。親子の似た表情を見てラウノアも視線を下げた。
本当にラウノアを想ってのことなら名前を偽ることはない。偽らなければならない裏がある。
そして、贈られてきた物。これがなんのか解っていたのか。
考えて、小さくため息を吐いた。
「これに関してはあの方に手紙を書くわ。もし出てこられたら詳細をお伝えして。――ガナフ。まずは店に確認を。それから、最近の王都で急に出回っている物がないかも確認を。マイヤ、ガナフを手伝ってあげて」
「承知いたしました」
「分かりました。お嬢様」
側付きたちが頷くのを見てキャンドルを箱に戻し、誰にも触れさせないように机の引き出しにしまった。
(もし、これが噂に便乗したものではなかったら……)
そう考えて疑ってしまう自分が、なによりも嫌だった。