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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第五部

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143/214

1,あなたとの距離

 吐く息が白くなる。動きやすい服装の上には防寒着を着ているが、今は少しそれを暑く感じてしまう。

 はっはっと息をして、冷たい空気が鼻先まで冷たくさせるのを感じる。


 肌を刺す温度は冷たく、周囲には白い雪が降り積もっている。足元が滑らないように気をつけなければ。

 防寒服を着ているがあちこちと動いていれば汗をかいてしまう。これは後で脱がなければ逆に身体が冷えてしまう。


 そう思いながら、ラウノアはせっせと押し運んでいた荷車を止めた。


「藁を持ってきました」


「ありがとう! 助かる!」


「うっし! んじゃ手分けして敷くぞ!」


 ウィンドル国王城にある騎士団の敷地内。そのさらに奥にある竜の区域。

 日中の広場は竜たちが思い思いに過ごし、竜の家である竜舎では竜の世話をする世話人たちや竜の背に乗る竜使いたちも相棒竜の世話のため忙しく動き回る。


 竜の中でも一層に畏怖を持たれているのが、ウィンドル国建国から生存し、初代国王ハーウェン英雄王を乗せたとさえ噂される古の竜、そんな古竜の乗り手に選ばれたラウノア・ベルテイッド伯爵令嬢も世話人たちの仕事に加わっている。

 他の世話人たちに交じり、せかせかと竜の過ごす部屋である区画に藁を敷く仕事を始めた。


 身体にいいと評判だった丸薬が原因と思われる病が王都中に流行し、それが収束したのは、年が明ける少し前。

 例年ならば賑やかに新年を迎えたが、病の直後ということでひそやかに新年を明けることとなり、社交期間もまた静かに終了した。


 貴族の多くが領地へ帰り社交の時期から外れる冬、その後半が訪れた。

 病の原因が判明したことで流れていた噂は徐々に消え、今ではラウノアも以前のように竜の区域へ出入りすることができている。


 しかし、騎士団にも問題が起こっていた。深刻な人手不足である。

 病の犠牲者には騎士も多く、竜使いや世話人も犠牲となった。加えて、病流行時に流れたラウノアへの誹謗でもある噂の元凶が騎士団の竜の区域にあったことが分かり、騎士団団長ロベルトは竜の区域への出入り制限をかけた。


 それにより、竜の区域は騎士団全体よりさらにたいへんな人手不足状態なのである。


 世話人たちは複数の竜舎をかけ持ち、竜使いたちもなるべく相棒の世話を己でこなしつつ他の竜舎への手助けにもいく。当然騎士としての鍛錬も欠かせない。

 普段は古竜の世話のみを行っているラウノアは、古竜の世話人であるオルディオも複数竜舎をかけ持っていると知り、ならば自分もと手を挙げた。


 ロベルトやシャルベルは少々難色を示したが、


『俺はいいと思います。彼女は個々の竜のこともよく見ていますし、それに今はとにかく手が要ります。至急、人手を』


 世話人レアーノが援護射撃をしたことでかけもちの世話が認められた。

 ラウノアはレアーノにお礼を言ったが「やると言ったからには古竜を半端にせずきっちりやれ」とのお言葉を賜ることになった。


 そうしてラウノアは、朝からせっせと竜の区域で世話に勤しんでいる。


「ミケラジーは藁をとくにお腹の下に集めているようなので、そこだけ少し盛り上げたほうがいいかもしれません」


「ああ、うん。最近それやってる。遊んでるのかと思ってたけど……」


「ミケラジーはもしかすると、お腹が冷たいのが嫌なのかもしれません。竜は寒さに弱いということはありませんが、温かいほうが好きなのかも。今度、試しに温石を用意してみます」


「了解。他に寒がってそうな奴いないか他の連中にも聞いてみます」


 話題のミケラジーと名のついた竜の区画で藁を敷きながらラウノアは気づいたことを言ってみる。


 世話人や竜使いの間では、ラウノアに対する見方が大きく変化していた。

 その理由が、ともに世話の仕事をするようになって分かったラウノアの竜の観察眼である。

 ラウノアはすでに竜たちの名前も覚えており、世話仕事の中で個体の癖や特徴を見つけていく。そして世話人や竜使いに告げる言葉にはそれだけの説得力があり、誰もがすぐに目の色を変えた。


 現在共に藁敷きをしている世話人もラウノアに言葉にふむふむと頷く。そして二人でせっせとお腹の下になるだろう一部の藁を盛り上げておく。

 それが終わると今度は別の世話人がラウノアに声をかけた。


「ラウノアさん。ハークワイトの様子で最近気になったこととかないですか? 最近飯の量が減ってて」


「……そういえば、古竜が広場へ連れていってくれたとき、ハークワイトは樹の枝を齧っていました。口の中を診たほうがいいかもしれません」


「まじか……。口腔内の傷とか牙の問題かなあ……。ありがとう、助かった」


 人が入ることのない竜の広場。そこで起こることを知ることは難しい。そこでしかない竜の行動があると世話人たちは気づくのが遅れるのだが、今は古竜と度々広場に入っている頼もしい古竜の乗り手がいる。これもまた世話人たちが目の色を変えた理由の一つだ。

 忙しいのだろう、手を振ってすぐに去っていく世話人を見送り、ラウノアもすぐに次の仕事へ動き出した。






「「終わったあ~っ」」


 太陽が沈む時間が早くなった。それでも日が落ちる前に仕事が終わればいいほうだ。

 あと数十分で日が落ちるだろう時間になってやっと、世話人たちは解放の息を吐いた。ラウノアも同じでほっと一安心の息を吐く。


「今日も助かったよ、ラウノアさん。それに護衛のアレクさん。本当に人手がなくてさ」


「お役に立ててなによりです」


 人手不足の今、ラウノアの護衛のためにともに竜の区域へ出入りしているアレクもまた、世話人仕事を一部手伝うことがある。当然ラウノアの身の安全が最優先なので、ラウノアから離れるような仕事はしないという徹底ぶりであるが。

 それでも世話人たちは非常に助かっていて、世話人たちも反応が薄いアレクに気にせず「ありがとう」と礼を伝える。鈍い反応だがちゃんと受け取っているのだと分かるラウノアは、そんなアレクを見て小さく笑った。


 しかし、ここまでの人手不足はやはり心配である。

 ラウノアは隣に座るオルディオに視線を向けた。


「オルディオ様。世話人の人員に関してはなにかお話が出ているのでしょうか?」


 ラウノアだけでなく世話人たちの視線もオルディオに向けられる。世話人の中でも大きな信頼を向けられているオルディオはその問いに頷いた。


「はい。世話人に関しては、騎士学校をこの春卒業予定の世話人志望の学生たちが近く来てくれることになりました」


「騎士学生かあ。懐かしいなあ」


「最初の頃って勝手が分からなくて困ることもあるしな。早く慣れるって意味でもいいと思うけど、教えるこっちは苦労も増える」


「でもほら、最初の頃ってやっぱりビビったよな。竜でけえし威嚇の唸りすごいし」


 懐かしさに頬を緩ませたり、感謝したり、さまざまな反応を世話人たちが見せている。世話人もまた騎士学校で竜に関する知識を得て現場に入ることになる職業で、騎士と同じだ。

 この場でそうではない唯一といっていいのはラウノアだ。


(竜は知らない人には威嚇するから、きっと学生たちは最初は裏方仕事をすることになるはず。噂のこともあって、ロベルト様は竜の区域へ出入りする人を制限するつもりだけれど、皆さまも負担が大きいから、加減は大変だわ)


 世話人は竜という生き物が相手であるからこそ、現場への慣れと同じくらい危機意識も必要だ。そして新顔が入ることになるので、竜が慣れるということも重要になってくる。

 古竜のように、見慣れたオルディオにさえもいまだに威嚇するのはごくありふれた光景。他の竜も今の世話人たちを見慣れて威嚇をやめるまで数年かかったはずだ。


 今後に少しだけ明るい光が見えたが、世話人の一人が少し気にするように声をひそめた。


「でもオルディオさん。あの……ほら……ラウノアさんのことってどうするというか……説明とか」


 他者が竜の区域へ出入りすることになれば必然、ラウノアもまみえることになる。

 病の折には「古竜の乗り手は貴族令嬢」として王都の民にも知られてしまった。竜の区域へ出入りする貴族令嬢はラウノアだけ。必然的に察せられる。


 ラウノア自身も懸念となるその点について答えたのはオルディオではなく、後ろからやってきた人物だった。


「なにも言わなくていい。なにもしなくていい」


「「シャルベル副団長!」」


 一斉に世話人たちが立ち上がる。ラウノアも背筋を伸ばしてやってきたシャルベルを見て腰を上げた。

 一同のもとへやってきたシャルベルはラウノアを見つめて眼差しを柔らかくさせたが、すぐに世話人たちに騎士団副団長としての顔をみせる。


「王家は古竜の乗り手を他竜の乗り手同様に扱うと決めている。騎士団もそれに従うのみだ」


「分かりました!」


「ラウノアもそのつもりでいてくれ。今後の世話も他竜を含めてするつもりなんだろう?」


「はい」


 あまり目立ちすぎるならば控えるべきかとも悩む。しかし世話人たちの苦労を知っているからこそ、離れてしまうことは躊躇う。それに、頼られることは嬉しいものでもある。


「学生たちには守秘義務を徹底させる。騎士団長と俺とレリエラ殿で事前にその点はきつく言い聞かせるから心配ない。それでもなにか言っているようならすぐに報告してほしい」


「皆さまにそこまでしていただけるならきっと大丈夫でしょう。それに、そうして噂されるのも平気――」


「特におまえたちは学生に近いからな。聞いたらすぐに報告。命令だ」


「「了解しました!」」


「……」


 シャルベルの遮り具合と世話人たちの一致団結になにも言えない。オルディオも苦笑いを浮かべている。

 一致団結した世話人たちはそれは真剣に頷いた。


「学生たちのせいでラウノアさんの手を借りられなくなると痛いですから」


「そうそう。広場での竜の様子とか俺らまったく分からないしラウノアさんの観察眼も鋭いし覚えるのも早いし」


「だろう? ラウノア様は古竜の世話にも熱心な勉強家だからな」


 オルディオまで笑いながら同意しているのを聞いて、ラウノアは少し気恥ずかしさを感じてしまう。


 もともと古竜のことは昔から知っていて、避け続けるつもりがそうできなくなって、友の分もと思って頑張っているだけだ。

 それに、オルディオは丁寧に分かりやすく教えてくれる。分からないこと難しいこと、突然の古竜の乗り手にも公平なオルディオの存在は大きい。


 ラウノアと世話人たちの打ち解け具合を見て安心していたシャルベルは、影が濃くなるのを認めた。


「それにまあ、副団長二人で学生たちに言い聞かせるなら問題ないですよ。なにせあの二人ですから!」


「? あの、というのは?」


「シャルベル副団長もレリエラ副団長も、学生の頃からとんでもない人たちで。その逸話は今でも語られてるって話ですから反抗しようものならどうなるか――」


「ラウノア。そろそろ帰宅時間だ。送ろう」


「あ、はい」


 これ以上余計なことは言わんでよろしい。すぐさま遮ったシャルベルに世話人たちも小さく笑ったり苦笑いを浮かべたりとする。


「あ、ですが……夜のお仕事が」


「大丈夫ですよ、ラウノアさん。夜のほうがゆっくりできますし俺らも余裕がありますから。飯配って広場見回るだけならいつもの勤務で充分です」


「そうっすよ。また明日、お願いします」


 あたたかな言葉をもらいラウノアも自然と笑顔になる。「はいっ!」と明るく笑うラウノアは一礼し、アレクを連れてシャルベルとともに歩き出した。


 世話人たちから離れると、途端に周りは静かになる。

 もうすぐすれば竜たちも竜舎へ戻る。そして夕ご飯となり、あとは就寝というだけだ。竜の就寝後には世話人たちが広場を見回り一日の仕事が終わる。

 本当ならそこまで居たいがやはり立場上それは少し難しく、まだ参加させてもらったことは片手の指の数もない。


 暗くなる広場を歩く。シャルベルの足取りはラウノアに合わせてゆっくりで、その立ち位置もラウノアの隣。

 自然とそうして歩く婚約者をラウノアはちらりと見上げた。


 ほんの一月ほど前まではこの婚約関係がどうなるかも分からなかった。それでも今、まだこの関係は続いている。

 解消を願った自分とは裏腹に、誰よりも事情を把握している友は続行を選んだ。その真意もまだ聞くことができていない。


(ギルヴァ様はあれからまだ会ってくださらない……。シャルベル様だって、本当に他言しないのかは分からない)


 信じると、強く心が定まらない。そんな自分が嫌だ。

 それでも婚約を解消できなかったのは、自分の心がそれを求めたから。もう分かっている。


 ――それでも、これでいいのかと何度も自問してしまうのだ。


「――…ア、ラウノア」


「! はい」


「考え事をしていたのか? すまない」


「いえ。それで……?」


 どこか心配そうな青い瞳を見返すとシャルベルはじっとラウノアを見つめ、なんともないようだと分かると少しほっとしたような顔をした。


「先程の話の続きになるんだが、世話人と同様に騎士も、卒業見込みの学生や騎士団管轄拠点である砦などから転属させて人手不足を補うことになった。そういった者が竜の区域へ立ち入ることはそう認めることはないとは思うが、区域外では顔を合わせることにもなると思う」


「分かりました」


「新しく入る者は騎士団の所属とはいえ、その……最初の頃はあまり情報を渡したくない。できればラウノアも躱してほしい。難しいなら近くの見知った竜使いか世話人、俺にすぐに言ってくれ。またしばらく落ち着かないだろうと思うが、どうかよろしく頼む」


「そのような……。皆さまの負担を少しでも和らげる大切なことですので」


 そう言って、問題ないと頷くラウノアをシャルベルは見つめた。

 婚約の続行が決まったとき、自分の言葉を信じてもらえたのだと嬉しくも感じた。だがそれは違うのではないかとそれから会う度に少しずつ感じ、今では己の内で確信を持っている。


(信じているのではなく、信じていいのかと迷っている)


 時折寂し気に目を伏せ、きゅっと両手を握り合わせる。これまでどおりに振る舞いつつもやはりどこか距離が開いているように感じてしまう。

 無理もないと思う。彼女にとってそれはそれだけ大きなものなのだろうと。


(とはいえ、言葉を尽くして信じてもらえるとも思えない。こればかりは俺次第だろう)


 守る。他言しない。

 一度口にした言葉を簡単に覆すほど、この決意は軟ではない。


 だから、このまま、そう在るのだとラウノアに示し続ける。

 解消を願っていたラウノアがまだ続行を選んでくれた、その心のためにも。


「シャルベル様もきちんとお休みになられていますか?」


「ああ。大丈夫だ。ロベルト団長は休みも大事にしている人だから、だれにも休みはきちんととらせている」


 少しだけラウノアがほっとしたような顔をする。心配してくれていたのなら嬉しいと思い、シャルベルも少し頬が緩んだ。

 お喋りでなく、そろって少し心の距離が開いている二人の足がゆっくりと区域の外へ近づく。


「ラウノア。また今度、もう少し落ち着いたら街へ行かないか? 屋敷で茶を飲んでもいいし、本の話でもしよう」


「……はい。ぜひ」


 返される微笑みにあるのは嬉しさよりも迷いなのだろう。少し寂し気な目がそう思わせる。そんな顔が胸を衝く。


 だから思わず、この心を信じて欲しくて、伝えたくて――ぎゅっとラウノアの手を握った。

 手袋をした上からきゅっと包まれ、ラウノアは驚いて隣を見上げた。


 まっすぐで。けれどうかがうような。優しい目がそこにある。

 見て、思わず逸らしてしまった。


「……最近、分かったことがある」


「っ、なんでしょうか?」


「君は一人で抱え込みやすいことと、見つめられることに弱いこと」


「っ! そっ、それはシャルベル様があまりにもまっすぐにっ……!」


 真面目に言われてがばりとシャルベルを見上げると「俺が?」と問いかけて見返された。

 あなたがまっすぐにわたしを見ているから。言いかけた言葉は消え失せて、ラウノアは繋がれていないほうの手で思わず自分の頬に触れた。

 手袋越しだが熱い気がする。気がするだけだ。きっとそうだ。


 そんなラウノアの挙動を見つめてシャルベルは小さく笑った。笑えばラウノアがじたりとシャルベルを見上げて、全く迫力のないそれにシャルベルも頬が緩む。


「君に睨まれても怖くはないな」


「怖い睨み方を学びます」


「君がそんなものを習得する必要はないと思うが……。楽しみにしておこう」


 むきになってしまうラウノアにシャルベルは笑う。どこかぎこちないと見えていた二人の様子に、見守るアレクも少し安堵に似た感情を覚えた。






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