番外編 それは自分じゃない
「――でさ、実際のとこどうなの?」
騎士団の鍛錬場。そこで他の騎士たちと同じように鍛錬に勤しんでいるルインは、一瞬話の輪から逸れていた意識を戻されるように視線を戻した。
すぐ傍では喋っている騎士たちの視線が自分に向いている。
(えっと、なんの話だっけ?)
ちょっと考え事をしていて聞いていなかった。このまま答えずにいるときっと不満そうな顔を出されるのだろう。それはそれで人間関係上面倒だから、ルインはとぼけたようにへらりと笑った。
「ごめんごめん、なんだっけ?」
「おまえなあ。聞いてなかったのかよ」
笑いながらも小突いてくる仲間が笑う。同じように周りも笑って仕方がないというように和らいだ空気をみせる。
問題なく凌いだルインはその笑みのまま。そんなルインに騎士が再度告げた。
「ほら。ベルテイッド伯爵令嬢だよ。おまえ、彼女の案内役命じられてるだろ? どんな様子かなあって」
ああそれか。
納得半分それほど興味を引くことなのかと興味のない頭半分で、それでも「ふむふむ」と真剣に聞いているように頷く。
これまで誰も背に乗せなかった古竜の乗り手に突然選ばれた伯爵令嬢。
そんな彼女の案内役兼護衛に選ばれたのは、彼女が初めて竜の広場へ来ることになる数日前だった。騎士団長の執務室に呼ばれ、副団長二人とともにいた団長から直々に命じられたのだ。
『なんで俺が?』
『シャルベルからの推薦でな。他に任せられる奴を選ぶのも難しい。おまえ、ラウノア嬢に思うところあるか?』
『いや別に?』
『だからだよ』
騎士たちですら羨む古竜の乗り手。その乗り手が貴族令嬢でしかも副団長の婚約者で、安心して任せられる人物というのも選ぶのは難しい。
(シャルベル副団長は建国祭のときのこともあって俺を指名したんだろ。団長も、俺が竜のこととか興味ないっていうの分かってるし)
ルインが竜使いに選ばれ、相棒竜が他の竜には見ない行動をとり始めたとき、騎士団ではちょっとした騒ぎになった。
なんでどうしてをルインは騎士から問われた、当然その答えなど持っていない。なんで自分にだけ……と、相棒竜に怒りに似た感情を抱いたこともある。
けれどそれも、すぐに消えた。
『すげえ! 兄ちゃん竜に乗れるの!?』
『ねえねえお兄ちゃん。竜さんってどんなの? すっごく大きいの? 今度見てみたい!』
実家に帰ったとき弟妹たちがそう言って大喜びしてくれたのだ。そのとき初めて選ばれてよかったと、そう思った。
父親は少し心配そうな申し訳なさそうな顔をしていたけれど、「すごいな。だけど気をつけて」とそう言ってくれた。
王都から離れた実家に帰省するときには相棒竜に乗っていく。すれば弟妹たちはおおはしゃぎで、だけど竜の危険については教え込んでいるから無闇に触ろうとも近づこうともしない。
目を輝かせて、眩しいくらいの笑顔で。それだけで充分で。思い出して頬が緩んだ。
騎士になったのも家のためだ。だから給金はそのほとんどを家に送っている。
竜や竜使いにはもともと興味もなかった。ただ騎士になってそれなりに稼いで仕送りができればよかったから。
人間関係も苦手だった。幼いころから家のことで精一杯で、人との関わりもあまり持てなかった。人見知りもあったのだと思う。
だから騎士学校では苦労した。どうにかしなければと考えて、今の自分を作り上げた。
シャルベルもロベルトも、そんな自分に薄々気づいているのだろう。だからラウノアのことを任せた。
分かっても別にどうでもいい。ルインは目の前の騎士たちの前でそれっぽく思案する顔をみせた。
「うーん……。オルディオさんに教わりながら頑張って世話の仕方勉強してるって感じ? 積極的に動いてるし、学ぼうとしてるって感じ」
「へえ。なんかこう……汚れるなんてイヤっ! みたいなことは?」
「全然。頭に藁つけてることだってよくあるし」
「あれは? ほら。古竜懐いてるっぽい感じ。懐かれてる逸材としてどう見るよ」
「懐かれてるでしょ、あれは。乗り手を背に乗せても普段はべたべた触らせないっていうのが一般的な竜だし。古竜は触ってくれってアピールしてるし」
ラウノアが竜の区域へ来た初日、古竜はラウノアに懐く様子を見せた。疑いようなく古竜が認めている証。
同じことを自分も相棒にされる。適当にあしらうけれど諦めない、妙なところでぐいぐい迫ってくる相棒なので困っている。
「ルインに続いてかあ……。なんか共通点とかないの? 参考までに聞かせてくださいよ~」
「残念ながらないですねえ。お貴族さまと平民だし。ご令嬢と騎士だし」
「竜ってほんと、どういう選び方してるんだろうな。懐いたりそうじゃなかったり」
こういうとき、いつもその不思議の壁に当たる。考えても答えの出ない問いに。
ラウノアが古竜に接するのを見ているルインも、見ながら何度も考えた。
竜に関心もない自分と、竜を大切にしているラウノア。
そこからすでに違うのに、なのに竜の態度は同じ。
(ほんっと、分かんねえや)
出ない答えに騎士たちがなにやら談義している。それもすぐに指導官の声で止まり、鍛錬に戻ることになった。
ラウノアの案内役兼護衛を仰せつかっているルインは、自己鍛錬が終わって竜の区域へ足を向けた。
まだラウノアは古竜のもとにいるはずだ。そう思って足を急がせる。
ラウノアがこうして竜の区域へ来るようになって少し経つ。騎士たちの様子やその口が動かす言葉でルインがどれだけラウノアの護衛役を続けることになるかも変わるが、どうなるかはルインにも分からない。
(まだしばらくは続くかなあ)
そう思いながら古竜の竜舎へ向かっていると、不意にその目が見つけた光景に駆け寄った。
「ラウノアさん。どうかしました」
「ルインさん。鍛錬お疲れさまです」
ルインを労ったラウノアがその視線を再び竜の広場へ向けた。ルインもそれに続いて広場を見る。
竜たちが寛ぐ竜の広場。その中に見える黒い鱗と赤い鱗。
古竜の傍で自分の相棒竜が昼寝中らしい。
「竜はのんびりでいいですねえ。古竜の周りって、赤とか黄色の竜がよくいるし」
「はい。ですがラーファンはどの竜の様子も見て、時折声をかけているみたいです」
ルインは感心したような声と視線をラウノアに向けた。
世話について学ぶだけでも大変なラウノアは、それでもよく竜を見ている。
古竜が広場ではどうしているのか。他の竜とはどういうふうに接しているのか。
古竜が傍にいるときもその目を見て、人に話しかけるように言葉を紡いで、返事を読み取る。古竜もまたそんなラウノアを見つめている。
(竜が相手だとかそういうの考えずに、それが自然みたいにしてるよな)
古竜の乗り手に選ばれたときからそう。驚きも興奮もなく、落ち着いて受け止めている印象を受ける。
「ルインさん。相棒がこちらに気づいたみたいですよ」
「え? うっわー……」
ぱちりと目を開けた相棒竜がこちらをじっと見ている。
それを見てあからさまに嫌そうな顔をするルインにラウノアは思わず笑った。
ルインの相棒竜が起き上がりえっさえっさとこちらへ向けて足早に駆けてくる。逃げたところで無駄だと分かっているルインは、盛大なため息を吐きながら相棒をじたりと見遣った。
正反対な一人と一頭を見てラウノアは微笑む。
「ルインさんが大好きなんですね」
「こんな顔する相棒好きになりますか?」
「ふふっ。でも、なるんだと思います。ルインさんは竜や役目も関係なく、竜の心を掴むほどにまっすぐになにかを大切にできる方だと思いますから」
「……」
微笑みから飛び出した言葉にルインは驚きと怪訝が混ざるようにラウノアを見た。けれどラウノアのその目は、駆け寄ってくる赤い竜を見つめるだけ。
広場に吹く風が不思議と柔らかで、優しいような感じがした。
隣の人の表情から目を離せない。見られているその人は、その表情を今度は困ったように変えている。
「――……それって、前に、俺が竜を大切にしてるって言ってたあれですか?」
「はい。人間も見ているように、竜は、人間をよく見ていますから」
目の前の微笑みから視線を逸らす。
自分に向かってきて「どうしたの?」とでも問うような目を向けている相棒に、ルインは「なんでも」とそっけなく返した。そんな相棒の隣にはすぐに黒い影が見えて、ラウノアが擦り寄るように近づく古竜を宥めていた。
ラウノアは困ったような顔をして、けれど古竜を微笑ましく好ましく思っていると隠せていない顔をしている。
(竜を大切にしてる、ねえ)
全くそんなことはない。
そう思って、ふと、弟妹たちの笑顔がよぎった。
(俺っていうより、あいつらならそれも当てはまると思うけど)
だからやっぱり、間違いだ。
そう思ってふっと口許が歪んで、相棒竜がこてんと首を傾げていた。
番外編をお読みくださりありがとうございます。
次の第五章までの少しの間、新作を連載することにしました。
短編として以前書いた「初めてわたしを抱きしめてくれたのは獣の公爵騎士様でした」を長編として加筆修正を加え、短編終了後のお話を加えております。長編版では作品タイトルを変えています。
無事に国王との謁見を終えたユフィに新たな試練が……! ユフィとオルガの関係に加え、新たな登場人物たちも加わっております。
短編版URL……https://ncode.syosetu.com/n0799ij/
長編版URL……https://ncode.syosetu.com/n3051kh/