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番外編 乗り手が来ない…

 古竜は現在生存する竜たちの中では最も長命だ。伝説とさえ言われるその存在は、どの竜よりも人間というものを見てきた。

 この生活が始まった当初から見れば人間たちの行動は幾度も変わり、時代も変化し、年数が経てば落ち着きを見せるようになって今に至る。


 人間というものは、いつだって大嫌いだ。


 人間嫌いは竜の本質だ。たとえどれだけ時代が経とうともそれは変わらない。

 古竜が憶えている生活から変化した今は随分人間のためにあれこれしている、するしかないという面倒なものに変わっている。


 変化とは、人間に関わらず誰にでも訪れる。人も。竜も。環境も。時代も。


『いつか、こういう時間も変わっていくんだろうな』


 いつか、友がそう言っていた。

 言っていたけれど、その表情はどこか晴れやかなものだった気がする。


 ――これもまた、友が言う変化だ。


 そしてその変化は、竜が生きる道を狭めた。だから竜は乗り手を選ぶようになった。

 そしてそれを、人間は知らない。


 友は晴れやかに、それを拒むつもりもないように言っていたけれど、現在の古竜はそれを思い出して不満げな息を吐いた。


 ――自分は嫌だぞ。あの時間が変わってほしくなんてなかった。とっても窮屈じゃないか。


 怒っても仕方がないのは分かるが、鼻息が草を大きく揺らした。


 ご機嫌ななめな古竜は、竜の広場で周りを見回す。

 竜の広場に人間はあまり入ってこない。乗り手が相棒を探すときや、入らなければならない用事があるときだけその姿を見る。


 竜の広場は竜のすみか。容易に足を踏み入れて攻撃されても文句は言えない。だから乗り手の中には広場に入らず呼び笛を使う者もいる。


 離れた場所で、乗り手らしい男が相棒竜を連れて訓練に行く様子が見える。それを見てまた古竜は不機嫌そうに尻尾を揺らした。


 ――来てくれない。昨日も。今日も。


 背に乗せた唯一の乗り手。大切な友の面影を持つ人。

 強い意思と覚悟、誰よりも竜を想い、拒絶と親愛を持ち、誰かを大切に想う、最後の乗り手。


 背に乗せた以上は乗り手として認知されるといことを古竜は知っている。だからもう、他の者にも見られている彼女は自分の乗り手として認められる。それも、なんだと言いながらも友が仕組んだ結果だ。

 彼女がここに来る理由はもう充分なのに、あれから日が経っても経っても彼女は一向に姿を見せない。


 人間というのは面倒な生き物だ。

 自分という存在が人間の中で随分と大袈裟に扱われていることを知っている古竜は、数日くらいは待つことになるのだろうと思っていた。


 ――けど、思っていた以上に遅い。なんでだ。


 納涼会が終わった頃、古竜は実にご機嫌であった。

 世話人や竜使いが見ても「なんか足取り軽くね?」「ものすごい機嫌いいじゃん」と分かってしまうほどに、分かりやすく機嫌がよかった。


 しかし――納涼会から数日、古竜は実に不機嫌であった。当初とは真逆の機嫌に他の乗り手たちや世話人たちも時折窺うように見る。古竜の不機嫌の理由に予想はついても誰にもどうにもできない。できるのはそれこそ乗り手だけ。

 実際のところは、伯爵令嬢であるラウノアという乗り手の存在が前例のないものであるからなのだが、人間を知っていても貴族社会には疎い古竜は日に日に不機嫌を募らせる。

 古竜の不機嫌について報告は受けているシャルベルも、ライネル暗殺未遂や古竜の乗り手問題の忙しさから様子を見にくることも少ない。


 不機嫌な古竜は尻尾を揺らす。

 友ならば訳を知っているだろうか。教えてくれないだろうか。そう考えても友が来ることはないだろうと理解もできる。


 今の友もきっと、古竜と同じように動けない理由があるのだ。

 一度来てくれたときも、きっとあの言葉をちゃんと伝えないといけなかったからで。あとから来るラウノアのためで。古竜のためで。

 あのとき来てくれた友を思い出して、ふと古竜は体を起こした。


 来てくれないという不満ばかりで大事なことを見落としてしまっていた。

 ――いけない。彼女は友となにか繋がりがあるけれど、彼女自身は竜が近づくことをあまり望まないのだ。だから他の竜にもそれを周知させねば。彼女の魔力に竜たちが反応してしまえばきっと彼女は困ってしまう。


 人間というものは、竜がちょっと反応しただけで大袈裟だから。

 竜が反応する理由も知らないような無知だから。大きく変わってしまった生き物だから。


 人間が知らない理由を彼女は知っている。その差を彼女はきっと知られたくないのだ。

 だから、竜を拒む。


 ――で、あるならば、乗り手の心のままに。


 古竜は身を起こすとのしのしと歩き出す。


 竜は乗り手の指示には従っても、決して懐くことはない。

 けれど逆に、人間の心を感じとる竜が乗り手に懐けば、竜はいつだって乗り手のために動く。その心に従う。といっても、人間嫌いの竜が懐くなどそうそうありはしない。


 広場を歩く古竜はのんびりとしている竜や遊んでいる竜たちのもとへ行き、自分の乗り手への反応を控えるよう指示を出した。他の竜も古竜の指示に素直に頷く。

 それを満足そうに見つめながら古竜はさらにのしのしと歩いた。


 そして、広場に降り立つ白い竜を見つけた。


「お疲れ、ヴァフォル。今日の訓練もすこぶるいい調子だった」


 乗り手の言葉に白竜はふんっと鼻を鳴らし、古竜に気づいて怪訝と首を傾げた。相棒竜の視線に気づいた乗り手もまたその視線を古竜へ向ける。


「古竜。どうかしたのか?」


 相棒への挙動と同じなのか、自然とした様子で声をかけてくる騎士。それを見て古竜はふいと視線を逸らした。


 ――知っているのだ。この乗り手は彼女と何か関わりがある。彼女を背に乗せたあのときもとても心配そうにしていた。


 もともと、ラウノアについて知ったきっかけはヴァフォルからの世間話であった。古竜はときに他竜からの世間話にも応じている。


 人間は知らないけれど、古竜の鱗は特別な色。竜族を束ねる王の色。竜の本能はどんな状況でもそれを忘れない。

 だから竜たちは古竜に道を譲る。指示には必ず従う。――それを知らない人間たちが竜への指示でごたついてちょっと困っていようが、竜たちにとっての優先は変わらない。


 竜の王のご機嫌ななめに、ヴァフォルだけが「何か気にいらないことでも!?」とおろおろした様子で駆け寄ってくる。

 そんな同胞に古竜は他竜へと同じ指示を与えた。頭を低くそれを聞いていたヴァフォルも、了解と言わんばかりにひとつ鳴く。


 それを見ていたシャルベルはなにやら問題は解決したようだと一安心し、すぐに次の仕事へ切り替えた。


「ヴァフォル。俺は戻る」


 そう言って身を翻すシャルベルを、古竜はひとつ鳴いて呼び止めた。

 古竜に呼び止められることなど滅多とないシャルベルは驚いて振り返る。古竜が自分を見ているので呼ばれたのは間違いないようだ。


 シャルベルを呼び止めた古竜は、ばっと翼を広げて鳴いた。不満を込めて。思いきり込めて、鳴いた。

 隣ではヴァフォルも同じように翼を広げて鳴いている。


 それを見つめ、シャルベルは首を傾げた。


「……ラウノアを待っているのか?」


 ――おまえは少しは察しがいいようだ。


 そうだと言わんばかりに鼻を鳴らす古竜にシャルベルもなるほどと納得した。

 なにせ、ここ最近の古竜の不機嫌は報告にあがっている。そのときから想像はしていたがやはりそのとおりであるようだ。


「ラウノアなら明日こちらに来る予定だ。上層部はおまえの乗り手が現れたことに混乱して、なかなか結論が出なかったからな」


 ――そんなことは知らん。どうでもいい。


 用は終わったと言わんばかりに背を向ける古竜に、シャルベルはやれやれと肩を竦めた。






 翌日。

 ラウノアが竜の広場へ来たことは魔力を感知してすぐに知った古竜だが、待たされたことに対するちょっとした意趣返しのつもりで姿を出すのを少し遅らせた。

 彼女の周りには他にも人間がいたり、広場から離れて人間たちの鬱陶しい視線や言葉も聞こえたけれど、一目見えた彼女にやはり心が嬉しくなった。


 彼ならば、強風に煽られる銀色の髪を抑えることもせず、不敵に笑って自分を見上げていた。

 彼女は今、煽られる銀色の髪を抑えて、驚いたように自分を見上げる。

 全く違う。――違うのに、今の彼女を自然と受け入れられるのは、彼女だけだと認めたからだ。


 だから自然と尻尾が揺れて、彼にしていたのと同じように頬を摺り寄せた。






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