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後日談 同じ尊敬を持つ人

 竜の区域には世話人や竜使いが利用する建物も存在する。休憩用の談話室や記録室があるその建物は、竜の生活区域において小さなものとして広場からは離れて建てられている。

 ラウノアも休息時などには利用し、また世話の終わりに日々の日誌をつけるときにも利用している。


 現在国に存在する竜たちにはそれぞれ日々の記録がつけられている。それが竜の日誌であり、重要な記録である。

 日々の食事内容、食事量、排泄や運動記録、鍛錬、過ごし方、様子など、記録されることは世話人や竜使いが気づいた様々な点に及ぶ。


 竜は多くを広場で過ごす。なので、つけられる記録は必然的に人間が目にできる範囲に限られる。そのため、竜使いなら相棒竜以外、世話人なら担当竜舎以外の竜、であっても気づいたことはその竜の日誌に書くことが求められる。

 それにより、竜使いが普段見えていない相棒竜の様子なども日誌によって知ることができるようになっている。


 そんな重要な記録をラウノアも古竜の世話を任されるようになってから書いている。世話に慣れてきてからは、古竜だけでなく他竜についても気づいたことを書いていくようにしている。


「――マルグルスのこの記録、あんたが書いたのか」


 ぱたんと日誌を閉じたとき、ラウノアはかけられた声に顔を上げた。


 机を挟んで正面に立っているのは見覚えのある世話人、レアーノだ。古竜の世話を始めたばかりころ、あまりラウノアを歓迎していない様子だった世話人の一人。

 そういった反応は当然あると解っているラウノアはそれにどうこう言うつもりもなく、また、レアーノもそれから関わってくることもなかったのであえて関わることもなかった。


 そんな人物が、マルグルスという名の竜の日誌のとあるページを開いて見せるようにして立っている。少し眉根を寄せているのは苛立ちがあるからか。

 レアーノの表情を見てから、開かれているページを見て、ラウノアは頷いた。示されている文章は見覚えのあるもので間違いない。


「はい。先程記しました」


「なんで」


「時折翼を羽ばたかせながらもすぐに着地し、その際わざと足の裏を打つようにしていると見えました。それに、広場内で地面で擦るような仕草をしていたので」


 話題になっている竜、マルグルスは乗り手のいない緑の鱗の竜だ。

 今日一日ラウノアが見ていた中で、マルグルスが足の裏に違和感を感じているような、痒みを感じているような様子が見えた。なのでそれを記したのである。

 その記載がレアーノには引っかかったらしい。


「広場に入ったのか」


「古竜が誘ってくれたのです。彼は時折そうして広場内の竜たちの様子を見せてくれますので」


 眉間に寄った皺がさらに深くなった。

 何か気に障ったのだろうかと考えつつも、それが古竜の態度なのかとも感じる。

 古竜がラウノアを選んだこと。古竜がラウノアに向ける態度。それらは騎士団に衝撃を与えている。そしてそれは、病の収束という後でも今度は噂という形でラウノアにまとわりついている。


 レアーノは眉間に皺を刻んだままラウノアの手元へ視線を下げた。


「それも別の竜の日誌か」


「はい。ハークワイトのものです。わたしは書き終えましたが、必要でしたか?」


「今日はハークワイトを見ていないので結構」


 ハークワイトの日誌は青色だ。

 竜の日誌はそれぞれの個体の鱗の色で装丁されており、マルグルスは緑の装丁、ヴァフォルは白、古竜は黒となっている。黒の日誌は古竜だけなので一目で分かる。


 マルグルスの日誌を手元に戻し、レアーノはその内容を深く読む様子を見せた。

 用事は終わりだろうかと思いつつ、レアーノの出方が分からないので少し迷う。そうしていると「他にもあるなら気にせずやってくれ」と言われ、ラウノアはハークワイトの日誌を元の棚に戻して今度は別の緑の日誌を持って机に戻った。


「今度は」


「ミケラジーの日誌です」


 日誌を開いて書き記していいだろうかと少し迷うラウノアの前で、レアーノは正面の椅子に腰かけた。

 なにやら長丁場になりそうな予感がしながらもラウノアは日誌にのみ視線を向けているレアーノを一度見てから日誌に視線を戻し、ペンを手に取った。


 しばらく二人は黙ったまま、ページを捲る音とペンを動かす音だけが室内に静かに広がった。

 ラウノアの後ろに控えるアレクは少し警戒した様子を見せるが、レアーノに危害を加える様子がないのを見て視線だけをただじーっと向けるに留める。


 やがて日誌に記し終えたラウノアが日誌を閉じると、レアーノもぱたんと日誌を閉じた。


「いつも何頭分の日誌を書いている」


「……気になったことや気づいたことがある分だけなので何頭かは……。竜の区域へ立ち入るようになった当初は古竜だけで精一杯でしたので」


「まずは自分の竜に集中できなければ意味がないだろ。それもできず他竜にばかり気を取られるなら乗り手失格だな」


 ふんっと鼻で笑うレアーノだが、ラウノアは少し驚いた。


(……今のは、認めてくださったということ?)


 ラウノアという乗り手の存在が古竜の世話人であるオルディオにとってよくない相手であると威嚇していたレアーノが。

 表面に出さず驚くラウノアに、レアーノは視線を向けることなく言葉を続ける。


「オルディオさんに迷惑はかけていないだろうな?」


「自身では。オルディオ様は丁寧に教えてくださって、竜のことも細かく指導してくだって、お世話になるばかりですが」


「オルディオさんは世話人だれよりもそれだけの知識と経験がある人だから当然だ。俺たち世話人の中であの人のすごさを知らない奴はいない」


 古竜の世話を任される。それは世話人たちにとっては名誉なことで、認められている証。

 オルディオのことを語るレアーノは自身も嬉しそうで鼻高々だ。それを見て頬が緩んだ。


「オルディオ様をとても尊敬なさっているのですね」


「当然だ。あの人は俺の目標だ」


 オルディオは古竜の世話人であるが、古竜だけを見ている人ではない。気づいたことがあれば他竜のことでも世話人や竜使いを交えて話をし、広く竜たちを見つめている。

 古竜の世話を任されている。その理由がラウノアにもよく解るほどにオルディオは優秀だ。


「古竜を任されることは名誉なことだが責任も大きい。それだけの信頼をオルディオさんは受けているんだ」


 そう言って、レアーノはその視線をちらりとラウノアに向けた。


 言いたいことは理解できた。その先に何を続けようとしているのかも。

 だからラウノアは、まっすぐにその視線を受けた。


「あんたみたいな人は前例もないし、竜について騎士のように学んでいるわけでもない。オルディオさんのこれまでを越えられるなんて思うなよ」


「思いません。……わたしは今の竜たちを何も知りませんから。竜の性格をそれぞれ熟知しておられるオルディオ様とは比べられるものではありません」


「当然だ」


 レアーノの表情を見てラウノアは微笑ましくもなれた。


 レアーノの言葉はもっともなもの。怒りは湧かない。

 それに、言葉のわりに声音は悪意が感じられない。


「あんたはまだまだ学び足りないんだからな。古竜の世話人であるオルディオさんに迷惑をかけるような不甲斐ない乗り手になるなよ! それから、あの人に妙なことをしたら許さないからな」


「いたしません。わたしもオルディオ様が胸を張れる乗り手になる心づもりです」


「言ったな? なれよ」


 そう言って、レアーノはマルグルスの日誌を持つと棚にそれを戻し、颯爽と部屋を出ていった。その背中を見送りラウノアは小さく笑う。

 どこか楽しそうな主に後ろに控えるアレクは首を傾げた。


「姫様。楽しい?」


「楽しい、というより、嬉しいのかもしれないわ。レアーノ様、乗り手としてその努力をしろと激励くださったのだもの」


「……姫様は不甲斐なくない。どの乗り手より竜のことを解ってる乗り手」


「だけど、個々の竜は分からないわ。わたしもまだまだ勉強しないとね」


 日誌を見て眉根を寄せていたレアーノ。悪意が消えた態度。

 自分もしかと頑張らなければと一層のやる気をくれる。


 部屋を出て外に出れば、晴れ渡る青空が広がっていた。

 心なしか足どりも軽くなる。そんなラウノアは各竜舎が並ぶ場所を抜けると、広場の近くから広場内を見回した。


 竜たちは思い思いに寛いでいる。黒い鱗の姿は見えないから奥にいるのかもしれない。

 今日はもう帰宅の挨拶を済ませてある。また明日だ。


「ラウノア様。一旦おかえりですか」


「はい」


 何か用事があったのだろう竜舎から出てきたオルディオがラウノアを見つけた。

 頼れる先輩の姿を見て、ラウノアは自然と身が引き締まる。


「今夜の仕事がありますがとりあえず、今日もご苦労さまでした」


「ありがとうございます。オルディオ様こそお疲れさまです」


 竜たちが各竜舎の帰った後には木の檻と竜舎の大扉は閉められる。竜たちが寝静まってから、世話人たちは広場内を見回りを行うのが一日の最後の仕事となっている。

 日中は竜たちがいるため人間が立ち入ることは滅多とない広場内。竜たちの場所とはいえ危険がないとは限らない。地面の陥没や樹が折れていないか異物がないかを確認し、竜の糞の掃除も行うことになっている。


 ラウノアはいつも夕方には帰宅する。なのでその仕事については知らなかった。

 病の流行から一連の騒ぎでは竜の区域を訪れることもなく、この仕事について知ったのは最近のこと。


 知ったからには参加したい。そう願い出たラウノアにロベルトやシャルベル、オルディオは思案の末に了承を出した。

 乗り手とはいえ貴族令嬢の夜間外出なのでベルテイッド伯爵にも了承を得て、初めてなのでケイリスが同行、シャルベルも参加することになっている。

 そこまで固めなくても……と思いもしたが、シャルベルにダメだと言い張られた。


『夜は視界も効きにくい。騎士団の敷地内とはいえ君や見回りの者たちへの安全に配慮するのは俺の仕事だ』


 仕事だと言われればなんとも言い返せない。

 夜が昼間とは違うのは分かっているとはいえ、現実にどうであるかは分からない。


「実は、ラウノア様が夜間業務に参加すると知ったレアーノが、俺に事実なのかと確認してきまして……」


「レアーノ様がですか? 先程日誌を書いているときにお話をしましたが、そんなことは一言も……」


「本人に伝えるような奴ではないんです。……ですがあいつは、ラウノア様への見方を変えているのだと思います。偉そうかもしれませんが、その……見直した、というような顔をしていましたので」


 困ったように笑い、申し訳なさそうに頭を掻くオルディオが告げた言葉に怒るより驚いて、そして笑ってしまった。

 そんなラウノアにどこか安心したようにオルディオも眉を下げる。


「それは嬉しいです。これからもそう思っていただけるように頑張りますね」


「ラウノア様は今も充分に頑張っておられますよ。一つひとつの作業をとても丁寧にされているのをずっと見ていますから」


「ありがとうございます」


 誰だって最初は驚いて。戸惑って。妬んで。

 少しずつ少しずつ解いていくためには、できることをするしかない。


「オルディオ様。今夜の仕事もご教授よろしくお願いいたします」


「俺でよければ。こちらこそお願いします」


 少しずつ、少しずつ。崩さないように積み上げよう。

 見直してくれた人のために。丁寧に教えてくれる人のために。相棒竜のために。






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